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最近、自分がフリーメールを活用できない人間だってことに気付きました。

2007年11月26日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第132回(2版)


似合わない。分かってる。


 桧垣に別れを告げたあと、風際秀二郎を訪ねた。面会の約束は、カナコ・ローディンを通して、既に取りつけてあった。
 ずっと、頭に引っかかっていることがあった。
「この時期に、わざわざボスの時間を取るなんて。相応のネタなんでしょうね」
 カナコが言った。真っ白なパンツスーツに、赤色の頭髪が映えている。鈴乃の、少しだけ前を歩いていた。距離は、つかず離れずと言ったところだ。松葉杖の鈴乃に合わせて、歩調を緩めていた。そうでなければ、置いていかれていることだろう。靴のヒールが、心地よいリズムで、廊下を叩いている。
 鈴乃は、返事をしなかった。
 風際秀二郎の部屋の前に、たどり着いた。カナコは、冷たい視線で、鈴乃のことを一瞥した。
「まあ、いいわ」カナコは言った。
 ドアをノックし、風際秀二郎の声を聞いてから、開けた。鈴乃が、部屋の中に入るまで、カナコはドアを支えていてくれた。
 広い部屋の中心で、殺し屋集団の長は舞っていた。手には、刀が握られていた。音はない。汗の粒と、刀の切っ先が、光となって踊っていた。老体から放たれる威圧感が、部屋を、隙間なく埋めていた。
 身長が縮み、筋肉の削げ落ちた、小柄な体。そのどこに、これだけのエネルギーがあるのか。鈴乃の疑問に、未だ答えは出ていない。
 鈴乃に背を向けたまま、風際秀二郎は、鞘に刀を収めた。そして、言った。
「鏑木か」
「お忙しいところ、申し訳ありません」
「構わん。怪我の具合は、どうだ」
「ギプスをして、松葉杖を突いてはいますが、問題はありません。たいていの仕事は、できます」
「そう言って、無理ばかりしているのだろう」風際秀二郎は、そう言いながら、自分の机についた。わずかに、口許を緩める。「いや。無理をせざるを得ない場所に、お前を置いているのは、この私か」
「いえ」
 風際秀二郎は、部屋の外へと、声を張り上げた。カナコが、パイプ椅子を持って、部屋の中に入ってきた。鈴乃の側にそれを置き、カナコは出て行った。風際秀二郎が、その椅子に座れ、と言った。鈴乃は、そのようにした。松葉杖は、床に寝かせた。
 風際秀二郎は、机の上に両肘を突き、指先を組んだ。
「人の数が、半分になった」風際秀二郎は言った。「ローディンや桧垣に、人員の確保を急がせている。主に、カナジョウにある、小規模の非合法組織を、吸収することでな。だが、なかなかうまくいっていないようだ。カザギワを名乗れば、街を敵に回さなければならない。それが、躊躇の種になっている」
「でも、それは」
「そうだ。法を越えた場所にいる者は皆、そうなる危険と隣り合わせだ。覚悟というのは、その領域に入る前にしておくべきことだ。しかし、な。言うは易し、というやつだな」
「ミカドのような存在に尻込みするような人間は、必要ありません。それで、いいんじゃないでしょうか」
「知っているか、鏑木? 我々の中にも、いるのだ。ミカドに恐れをなす者が。DEXビルの一件のあと、何人か、辞めていったよ」
「許可を、出したのですか」
「ああ。必要ないだろう? そういう人間は」
「しかし」
「心配はいらんよ。他の者に、始末させた」風際秀二郎は言った。「既に、全て完了したと、報告を受けている」
「そうですか」
「不思議なものだ。確かに私も、ミカドという、組織やメディアとなって、姿を現すとは思っていなかった。しかし、それに準ずる存在は。その誕生は。この稼業に身をやつす限り、避けられないものだと知っていた。覚悟していた。それが当たり前で、皆、同じものだと思っていた」
「はい」
「しかし、違ったようだ」
「ほとんどは、カザギワに残っています。そう、悲観することではないんじゃないかと」
 カザギワからいなくなった人間。頭の中に、浮かんだ名前があった。鈴乃は言った。
「お孫さんのことが、心配なのですか」
 風際秀二郎は、背もたれに体を預け、椅子を軋らせた。わずかに顔を天井に向け、目を閉じる。そして言った。
「余計な考えだ。鏑木」
 言葉とともに、威圧感がみぞおちを突き刺す。鈴乃は、風際慶慎のことを口にしたのを、後悔した。
「すみません」
「まさか、用はそれじゃないだろうな」
「いえ」
「なら、なんだ」
 風際慶慎のことと同じく、聞いてはいけないことなのではないか。鈴乃は思った。が、今ここで言わなければ、風際秀二郎に尋ねる機会は、二度とない。鈴乃は言った。
「なぜ、高田清一に、自ら死ぬ許可を与えたのですか」
 風際秀二郎は姿勢を戻し、目を開けた。
「死にたがっていたからだ。既に、ほとんど、生を放棄していた」風際秀二郎は言った。「それに、私に許可を乞うだけ、ましだとは思わないか?」
「時間をかければ、立ち直ったかもしれません」
「そうかもしれん。だが、誰がいた? 高田のために、時間をかけられる者が。難しい問題だ。仕事の範疇に収まるものではない」
「しかし」
「お前が支えてやれた、とでも言うのか? 高田を」
 言葉を返そうとして、思い出した。津野田さつきの死を。そして、磐井と交わした言葉を。あのときと、立場が逆になっている。
 鈴乃はうつむいた。
「いいえ」
「中途半端に、こちらに繋ぎ止めれば、魂が腐る」
「はい」
「腐った魂は、何をするか分からん。お前も、殺し屋の端くれならば、分かるだろう」
「はい」
「それに、結局。高田は殺されて死んだ」風際秀二郎は言った。「もう忘れろ、飛猫。いない者に囚われるな。こだわるな」
 風際秀二郎はただ、高田のことに関して言っている。なのに、なぜか羽継のことまでも言及されているような、そんな気が、鈴乃はした。声が強張った。
「分かりました」
 風際秀二郎が、改めて鈴乃のことを、正面から見つめた。
「それと一つ、言っておきたいことがある」風際秀二郎は言った。「鏑木。その顔を、やめろ」
「何か、不快感を感じるような」
「いや、違う。最近のお前の表情には、死相がちらついている。そういう話だ」
 椿の言っていた、“センチメンタルな顔”のことだろうか。鈴乃は思った。口に出して、風際秀二郎に確かめることはしなかった。
「以後、気をつけます」
「そうしろ」
 もう、言うことはなかった。鈴乃は立ち上がり、一礼した。風際秀二郎の部屋を出た。


つづく






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posted by 城 一 at 16:58| 長編小説 焔-HOMURA-[integral] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月14日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第131回(5版)

 目的とする場所によって、空気が変わる。
 エレベーターに乗る度、鈴乃はそう思う。特に、カザギワビルにあるものは。今日は、鈍重で粘着質な感じがした。行き先は、地下五階にある、拷問部屋。
 拷問部屋は、銃器工場と同じ階層にあったが、完全に隔離されていた。戸口の類はなく、分厚い壁に分けられている。
 壁に寄りかかると、自然に溜め息が出た。
 誰にも見られていないという感覚が、安堵をもたらす。実際には、設置された監視カメラで、誰かに見られているのかもしれないのだが。
 死が、多すぎた。
 これでも、殺し屋の端くれだ。普通に生活をしている者の、何倍もの数の死に、鈴乃は触れてきた。免疫というものが、ある。
 しかし。これだけたくさんの、仲間の死というものに接触するのは、初めてのことだった。直接、自分の目で見たものであれ、他の仲間から、話で聞いたものであれ。
 それに加え、ミカドの存在もある。その性質が、自分が社会の中で、どんな立場にいるのか。半ば強引に、思い出させる。殺し屋であること。その重さが、胃を畏縮させる。
 姿を消した、焔というコードネームの少年。その気持ちが、鈴乃には、なんとなく分かる。
 鈴乃は、まだ自分が、十代前半だった頃を、思い出そうとした。なかなか、うまくいかなかった。静寂の中で悪戦苦闘しているうちに、今の自分と、そう変わらなかったのではないか、という気がしてきた。
 エレベーターが止まり、鈴乃は、記憶を掘り起こすのをやめた。エレベーターを降りた。
 拷問部屋の警備と管理をしている者の一人を捕まえた。目的を説明する。案内された先は、水牢の設置された部屋だった。
 中には、男が一人しかいなかった。
 集中しているらしく、鈴乃が部屋の中に入ったことに、気づいていなかった。
 鈴乃は言った。
「はかどってる?」
 男が振り返った。男は、桧垣行人(ひがき ゆくひと)だった。高田清一の後継者だ。
「飛猫」
 鈴乃のコードネームを口にして、桧垣は、座っていたデスクチェアを回転させた。鈴乃に体を向ける。
 桧垣は、ほっそりとした作りのスーツを着ていた。色は黒。中に着ているのは、白地に派手な色使いのストライプが入ったシャツ。ネクタイはせず、ボタンを外して、胸元をはだけていた。露出した部分に、肌以外の色が見えた。刺青だ。
 鈴乃は言った。
「ネコでいいわ」
 桧垣は口許だけで笑みを作り、頷いた。
「どうしたんですか、ネコ?」
「話し相手が欲しいんじゃないかと思ってね。もう、どれくらいになるの?」
 桧垣は、腕時計を見た。
「二十八時間を越えたところですね」
「きちんと、休んでる?」
「大丈夫です。限界が来たら、交代しますよ」
「なら、いいんだけど」
 部屋は、二つに分かれていた。拷問する側と、される側の空間。両者は、分厚い強化ガラスで仕切られていた。それで、備えた人間と直接対峙しなくとも、相手のことを観察することができる。
 だが、今日は違った。シャッターが下りていた。鈴乃は、顔をしかめた。
「これじゃあ、中の様子が分からない」
 桧垣は微笑んで、自分が向かっている机の上にあった、ノートパソコンを示した。画面には、暗闇の中、緑白色に浮かび上がる、男の姿が映っていた。
「中に、無線式の暗視カメラが、四台仕かけてあります。やつは、知りませんがね。監視されているだろうことを、予想はしているかもしれないけれど」
「なるほどね」
 鈴乃は頷いた。画面の中に映っているのは、永倉帝明だった。
「いまだに、使えるネタは吐いてません。なかなか、タフな野郎ですよ」
 永倉は、全裸だった。身につけているものと言えば、両手を後ろ手に拘束している手錠くらいだ。体をしきりに揺らし、狭い部屋の中を、絶えず、歩き回っていた。寒いのだ。強化ガラスの向こう側は、永倉の腰の高さで、冷水が循環していた。永倉は、うつむいて、ぶつぶつと何か、独り言を呟いていた。
「音は?」鈴乃は言った。
「今は、向こうからの一方通行にしてあります。が、操作すれば、いつでも中と話をすることができますよ」
「なんだか、ずいぶん回りくどいやり方じゃない? いつまで続けるつもり?」
「永倉が、使えるネタを吐くか。上から、拷問役の交代を告げられるまでですよ」
「悠長ね。“使えるネタ”と言うけど、使えないネタなら、何か聞き出してるの?」
「そうですね。訂正します。何も、聞き出していません」
「どういうこと? いくらなんでも、少しくらいはあるでしょう。永倉と話をしてみた、あなたの印象とか。永倉の個人的な情報でもいい。どこかに繋がる糸になるかもしれないから」
「話をしていないんです。全く」
「なぜ?」
「この件は、俺が一任されました」
「だから、なぜ? 拷問は、相手から情報を引き出すためにするのよ」
「たいていは」
「それが全てよ」
「俺は違います。特に、今回の件に関しては、少し、考え方を変えました。話を聞き出すのではなく、話をしてもらう。永倉帝明にね。それが、俺のスタンスです」
「高田清一の敵討ちなんてこと、考えてるんじゃないでしょうね?」
「もちろん、考えてますよ」
「桧垣」
「やつの心を“落とす”こと。それが、俺の敵討ちです」
「それは、本心ね?」
「それ以上でも、以下でもありませんよ」
「額面通りに、受け取っておくわ」鈴乃は言った。「でも、どうしてこの方法を?」
「一つ。リスクが低い」桧垣は鈴乃を見た。「あなたから聞いた話では、高田さんは、やつに心を弄ばれて逆上し、それを永倉に利用されて、死んだ。あの、冷静な高田さんが、です」
 高田が、自ら死のうと考えていたこと。それは、桧垣に伝えていなかった。必要ない。鈴乃は、そう考えた。
「心に、隙があったからよ。そして、永倉はその形に合うナイフを持っていた」鈴乃は言った。「言葉のナイフをね」
「腐っても、物書きというわけだ」
「そうね」
「やつは、高田さんや、あなたの名前を知っていたと聞きました」
「やつの得意分野は、それだもの。知識、言葉。なんら、不思議なことではないわ」
 桧垣は頷いた。
「そう。だから、分からない。永倉と直接、面と向かって拷問するのに、誰が適しているのか」
「高田の頭の中にあるものを、全て受け継いだと聞いたけど?」
「受け継ぎましたよ」
「なら、誰を選べばいいのか、分かりそうなものだけど」
「高田さんの言うこと。全て、暗記はしました。頭の中に、詰め込んだ。でも、それは。使いこなせる、というわけじゃない」
「高田は、“仕上がっている”と言ったわ」
 桧垣は、パソコンの画面に視線を戻した。スーツの内ポケットから、金製のシガレットケースを取り出した。
 見覚えのある、シガレットケースだった。鈴乃は言った。
「それは」
「高田さんの、形見分けです」
 桧垣は、煙草の先端で、シガレットケースのふたの上を叩いてから、口にくわえた。火をつける様子はない。鈴乃がライターの火を持っていくと、桧垣は首を振った。
「吸わないんです。なのに、高田さんの形見分けのとき、これ以外、頭に浮かばなかった」そう言って、桧垣は力なく笑った。「自分が死ぬ理由を正当化するために、嘘をついた。そう考えることは?」
 鈴乃は、桧垣を見た。桧垣は、パソコンの画面を見つめたままだ。唇の間で、煙草を弄んでいた。
「カザギワに入ってから、ずっと、あの人の下で仕事をしてきました。師の中で、何が起きているのか。それくらい、分かるようになります。ニュアンス程度でもね。それが、ポジティブなものなのか、ネガティブなものなのか。いくら隠そうとしたって、滲み出てくる」
「そう」
「プラス」桧垣は言った。「今の、あなたの反応で」
 鈴乃は、思わず苦笑した。
「カマをかけたのね」
「すいません」
「いいえ。高田の後継者ですもの。それくらいでなければね」
「そりゃ、どうも」
「それで? 理由はまだ、あるのね?」
「二つ。やつは、プライドが高い。痛めつけるほどに、意固地になる可能性が高い。それすらも陥落させるほどの拷問をすると、やつが死んでしまうかもしれない。そして。たとえ、やつが意固地にならなくても、嘘はつくかもしれない」
「この方法なら、嘘はつかないと?」
「ゼロにはならなくても、削ぎ落とす効果はあります。やつは、頭がいい。暗闇の中でも、頭を動かし続けていることでしょう。ベストな方法を探して。自分が、楽になるための。もしくは、助かるための。嘘をつくのが得策でないことは、すぐに分かるはずだ」
「そうかしら」
「嘘は」桧垣は、少しだけ口許をほころばせながら、言った。「聞いてくれる人間がいなければ、意味がない」
 鈴乃は、時折、ガラスの向こうに誰かを見つけようとするかのように、シャッターを見つめる永倉の姿を眺めながら、言った。
「なるほどね」鈴乃は言った。「あなた、やつを放り込んでから、一度も話しかけてないのよね」
「そうです」
「もしかして、既に何度か、やつは“喋る”と言っている?」
「ええ」
「それでも、シャッターは開けなかった。返事もしなかった」
「ええ」
「嘘は?」
「四回。どれも、水責めを始めてから、すぐの頃です。なかなか、どれも魅力的な嘘でしたよ」
「それでも」
「この方法のいいところは、やつの分からないところで頑張れる、ということですね。いくら、こっちが必死な表情で人を呼び、使っても。見られる心配はない。やつが嘘を言った直後は、忙しかったですよ。裏を取るのにね。何度、やつに直接、確かめようと思ったか分からない」
「そして、それが嘘だと分かったら」
「返事をしなければいい」
「永倉は、最初から、嘘が通じなかったものと思う。シャッターの向こうの見えない相手が、想像の中で強大になっていく」
「そう。その相手の気を引くためには、本当のことを言うしかない。そう考えるようになる」
「あくまでも、いい方に考えたら、の話だけれど」
「三つ」桧垣は言った。「永倉が死にさえしなければ、俺は成功しなくてもいい」
「それは」
「ミス・ローディンと、高田さん。情報管理のトップにいる二人ですが、若い。力がなければ、到底、認められない位置だ。そこに、俺が入った。高田さんの進言一つで。二十そこそこの俺が、です」
「ひんしゅくを買うと」
「そう、思いませんか」
「そうね」鈴乃は言った。「そうかもしれないわ」
「拷問を専門にしている人もいる。それなのに、ミカドの中心人物かもしれない、とても落としがいのある男の拷問を、突然トップに座った若造がやっている」
「気に食わないでしょうね」
「仮に、俺が、この拷問を成功させたら。手柄を横取りされた気分になるかもしれない」
「自分の拷問で、永倉が“落ちた”保証はないのに」
「そうです。それに。どぎついやつは、専門の人にやらせればいいんです。専門の人たちは、それが好きなんだから。拷問することが。俺はあくまでも、情報を管理する立場の人間だし、初手です。軽くても、いいんですよ。ボクシングのジャブみたいに」桧垣は言った。「いや、もちろん。永倉にしてみれば、相当きついでしょうけどね。全裸であることの羞恥心。冷水に奪われる体温。孤独。立ったままでいなければならないことによる、疲労、睡眠不足」
「ええ」
「最後に。四つ」
「まだあるの?」
「血や、肉。見た目に痛くて、グロテスクな拷問。俺、苦手なんです」
 鈴乃は、桧垣を見た。
「水責めを選んだのは、もしかして。それが、最大の理由なんじゃないの?」
 桧垣は肩をすくめた。
「解釈は、お好きに」


つづく






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posted by 城 一 at 10:41| 長編小説 焔-HOMURA-[integral] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月08日

11月8日(木) 今日のつぶやき

ああっ。

すいません。第130回に出てきた、尾張谷秀洋のコードネームは、『イヅナ』でした。『イタチ』じゃなくて。

間違ってしまったー。『イタチ』は、『イヅナ』の前に考えてた、尾張谷のコードネームでした。

格好悪いことこの上ないですね。マジで申し訳ない。


なんだかんだで、[integral]の更新したものも130回を迎え。手元の方では、144回(一度作ったものを寝かせて、更新するときに冷静な目で見るために、14回余分に取ってあります。でも、『イヅナ』を間違ったじゃん、と言われると、返す言葉がありませんが)。

ネームとか、構想とかを書きつづったノートも、6冊目に突入しました。チリも積もれば、何とやらですね。


そして、わざわざこのブログに来て、小説を読んでくださっている方、ありがとうございますです。多謝!
posted by 城 一 at 15:46| Message from Gusuku | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月07日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第130回(11版)

 クリスマスまで、一週間を切った。
 街に、雪は積もっていない。数年前から、北海道のほとんどの地域で、積雪を見ることはできなくなっていた。温暖化の影響だ。たとえ雪が降っても、一晩で姿を消していく。
 いくつか、ミカドの組織を潰した。
 DEXビルの一件のようなことは、起きていない。高田清一の、異常なまでに徹底した、情報収集によるたまものだった。
 高田清一は、まるで人が変わったようだった。きっかけは、DEXビル襲撃の件に違いない。だが、その作戦に参加していない鈴乃には、その理由が分からなかった。いや。高田と死線をともにした者でも、分からないのかもしれない。少なくとも、井上椿と話した感じでは、そうだった。椿は、高田の変化にさえ、気づいていなかった。
 それとも、ただの気のせいなのだろうか。鈴乃は思った。
 机の上に腰かける鈴乃の前には、半壊したマッキントッシュがあった。ひびの走る、真っ暗なディスプレイに映して、自分の耳を確かめてみる。
 釘のピアスは、馴染んできていた。様子を見る限りでは、化膿する心配もなさそうだ。
 ディスプレイ越しに、男と目が合った。仲間の殺し屋だ。尾張谷秀洋。コードネームは『イヅナ』。リボルバーを使った速射の名手だと、聞いたことがある。実際に見たことは、まだない。仲間と協力し合って、死体を運んでいるところだった。
 鈴乃は尾張谷を振り返り、小首を傾げた。
「骨折により療養中の体を押して出勤してきた淑女に、重労働をさせるつもり?」
「別に、何も言ってないだろう」
「なら、いいけど」
「それに。松葉杖の形をしたショットガンを持ち歩く女は、淑女とは言わない」
 にやりと笑いながら、尾張谷はそう言った。
 今日も一つ、ミカドを潰した。
 今まで相対してきた中で、最も本命の可能性が高いとされるグループだった。
 だが、あまりにも小さい。全員で、十人にも満たない。だから、組織とも言えない。武装も、ほとんどしていなかった。非戦闘員と言ってもいい。今日の作戦で負傷した者は、カザギワの中にはいなかった。それどころか、後方支援を任されていた鈴乃には、出番すらなかった。
 永倉帝明(ながくら ただあき)という男を中心にして、結成されたチーム。名前は『ジュジュ』。人気のない街外れに家を買い、そこを事務所として使っていた。そして、そこで雑誌や広告のデザインの仕事をこなしていた。『ジュジュ』とはつまり、デザイン事務所の名前だった。
 ヤマツ市やカナジョウ市にはもちろん、他にもデザイン事務所の類は、いくつもある。ただ、『ジュジュ』は、表の世界での仕事の他にも、活動をしていた。『Z city』という名の、ミニコミ誌を作っていた。それが問題だった。アンチ・カザギワという文化を作り上げている、様々なメディア。その中心にあるのが、『Z city』だった。
 頭を寄せるようにして並ぶ、机の上。『ジュジュ』の人間たちが流した血で汚れた、雑誌やプリントアウトなどが散乱する中から、鈴乃は、『Z city』を見つけた。その一冊だけは、大判の封筒に入っていたので、ほとんど汚れていなかった。
 右下に打たれている数字は、既に五十を超えていた。表紙では、晴れた空の下、人気のない公園のブランコに腰かけ、AK47を抱えた若い女が微笑んでいた。最初の数ページだけがフルカラーで、残りは白黒になっていた。フルカラーのページには、『カナジョウ市の闇、カザギワの実態』と銘打たれていた。掲載されている写真は、かなり遠くから撮影されていて、ぴんぼけだった。それだけの距離がなければ、撮影者はフィルムを持ち帰ることができなかったのだろう。その写真は確かに、誰かが誰かを殺す現場を写したものだった。記事では、それがカザギワの殺し屋の“仕事”だとされていた。そして、死体の写真。カザギワの殺し屋に殺された被害者だと言う。モザイクなどの加工処理は、全く施されていなかった。
 鈴乃は、顔をしかめた。見慣れている死体も、写真になると、また別のニュアンスを含み、
グロテスクさを増していた。
 雑誌の内容の正否は、鈴乃には分からなかった。あくまでも、鈴乃は殺し屋だ。カザギワで行われる“仕事”を、全て把握しているわけではない。だが、知らない人間が見れば、カザギワという集団が、カナジョウ市で暗躍しているという情報は、確実に吸収するであろう内容の記事だった。
「たとえカザギワでも、ためになる内容にはなってるはずだ」
 永倉帝明が言った。四十三歳。伸び放題の髪の毛と、髭。目の下には大きなくまができていた。白目が黄色くなっている。丸い背中。灰色のタートルネックのセーターに、薄い色のジーパンを履いていた。新聞記者として働く傍ら、作家としても活動していた経歴がある。作家として活動するときは、『mikado』というペンネームを使っていた。名前に入っている、「帝」の字を訓読みにしたものだ。そして現在、ペンネームの影響なのか、彼のことをミカドと呼ぶ人間がたくさんいた。そう言った情報から考えても、永倉がミカドの中心にいる人物だという可能性は、高い。アンチ・カザギワのメディアが、どうしてミカドと名乗るのか。その理由で、説明がつく。
 少なくとも、DEXビル襲撃の一軒で、カザギワを罠にはめたのが、永倉だということは、はっきりとしていた。ばらばらのはずだった、数えきれないほどの集団を、一晩だけ、アンチ・カザギワの性質の下にまとめ上げた。
 それも、もう終わりにしたいものだ。鈴乃は思った。
 永倉は、部屋中からかき集めた、電気コードでがんじがらめにされ、デスクチェアに縛りつけられていた。コードはきつく、永倉の体に食い込んでいた。
「読むのは初めてかい?」永倉が言った。「コードネームは確か、飛猫だったかな? 鏑木鈴乃」
 鈴乃は目を細めた。
 名乗った記憶はない。それが、永倉の怖いところだった。名前を言い当てられたのは、鈴乃だけではなかった。尾張谷や、他の殺し屋たちも、同じように当てられた。
「ええ」鈴乃は言った。動揺はしていない。既に、永倉はカザギワの手の中にあるようなものなのだ。「その通りよ、永倉帝明」
「なら、持って行っていい。興味を持ったやつには、ただでやることにしてるんだ。最初の一冊はな。どこから“ミカド”が生まれるか、分からないからな」
「残念ながら、メディアの作り出した風潮に頼って、自分の意志を捨てるつもりはないわ」
「自分の意志を捨てなくても、道が交わるときがある。“ミカド”へ繋がる道に」
「たとえ交わっても、その道は選ばないわ」
「そうかな?」
「そうよ」
 鈴乃は、手にしていた雑誌を、血の海の中に落とした。赤色の塗料は、あっと言う間に、雑誌のページ一つ一つに、吸い込まれていった。
 そのことに抗議しようとしたのか、永倉が何か言おうとした。が、できなかった。限定された体の動きを最大限に活用して、激しくのたうち回る。
 高田が、永倉の左手の小指に、千枚通しを刺したのだ。指と、爪の間。
「ずいぶん、余裕が見て取れるな。ミカド」高田は、苦痛に顔を歪ませている、永倉の耳元に口を寄せて言った。「見上げたものだ」
 拷問だった。永倉の身柄を拘束してから、数時間。まだ、終わりは見えていない。拷問する側である高田の顔にも、疲労の色が滲んでいた。
「椅子に座って、指示を出すだけのお前さんと違って、根性があるのさ」
 永倉は、額に脂汗を光らせながら、言った。高田は、永倉の小指の千枚通しを、さらに奥深くへと刺し込んだ。歯を食いしばった永倉の首に、血管が浮き上がる。そして、呻き声。
「二つ、間違いがある。一つ。椅子に座って指示を出すことだけが、私の仕事ではない。それはDEXビルの一件で、既に分かってもらえているものと思っていたんだがな」高田はそう言って、微笑みに口許を歪めた。「二つ。私は、根性なしなどではない」
「そうかい。そいつは、悪いことをしたな」
 鈴乃は、複雑な心境で、高田が永倉に拷問を与えるさまを眺めていた。
 そのこと自体は、別に何の問題もない。むしろ、自然な流れだった。この事務所代わりの一軒家の中で、ミカドに関する有力な情報が、一つとして出てこないのだ。あり得ないことだった。『Z city』は、かなりの人間に送られている。そのために必要な配本リストすら、見つからない。
 金色の坊主頭の、桧垣という男が、パソコンの解析をしていたが、はかどっていなかった。プロテクトのかかったファイルを見つけたものの、攻略できていない。
 しかし一方で、高田がこうして拷問をするということは、あり得ないことだった。高田がかつて、そういう役割を演じたという話は聞いたことがないし、性格からしても考えにくい。にも関わらず、この拷問は高田が自ら始めたことだった。鈴乃は、その高田の心境を、推し量ることができずにいた。
 ただ、一つだけ確信があった。高田は、目に見えないところで、何かを抱え込んでいる。
 高田は、永倉の左手をまじまじと見つめ、目を細めた。
「指輪は、していないんだな」
「する理由を、お前たちが奪ったからな」
 永倉には、妻と子どもが二人いた。十年前、それが一夜にして失われた。永倉の妻と子どもは、運悪く、カザギワの殺し屋の“仕事”を目撃してしまったのだ。殺し屋は、目撃者を何人たりとも逃さないことで、裏の社会を渡り歩いてきていた。その夜も、殺し屋は自分の信条を曲げることはしなかった。
 そして、ミカドの雛形とも言える存在が誕生した。底なしの悲しみと憤怒を抱えた、新聞記者。永倉は間もなく、勤めていた新聞社を辞めた。警察の捜査員の力不足により、闇に葬りかけられていた事件を、自らの手で解明した。が、それを表沙汰にはしなかった。街は、表の顔までも、カザギワの力に影響され始めていたからだ。事件が公式には、未解決のまま終わったのも、警察の中に、カザギワと繋がっている者がいたことが、原因だった。永倉は、自分の手でメディアを作ることを決心した。そうして生まれたのが、『Z city』だった。
「たとえ妻が死んでも、指輪を外さない者はいる。お前は、妻に対して。家族に対して。何か、後ろめたいことがあったんじゃないのか?」
「言葉が、回りくどいな。はっきり言えばいいだろう、高田清一」
 高田は、笑みを深めて言った。
「当時、お前には愛人がいた。お前の家族が死んだ日、お前はどうしてたんだ?」
「情報の小出しは、性格か?」
「お前の口から聞きたいという、私の願望さ」
「妻の友恵が、友だちの家で行われていたホームパーティから帰る途中で、カザギワのくずに、子どもたちもろとも、銃弾をぶち込まれている頃。俺は、愛人の家でセックスに励んでた。いや、そうだな。お前の好みの表現は、こうかな。女のあそこに、いちもつをぶち込んでた」永倉は言った。「これで満足かい? ミスタ」
「そのことについて、どう思ってるんだ?」
「何も。ただ、悲しいことだ。とても、な」
「自分が、外に愛人を囲ったりしていなければ。十年前のあの夜、自分も一緒に、妻の友だちのホームパーティに出席していれば。もしかしたら、悲劇は避けられたかもしれない。自分も一緒に死ぬことができたかもしれない。そう考えたことは?」
「ハッ」永倉は、短く笑い声を上げた。「安い挑発だ。それじゃあ、葉っぱの一本も変えやしない」
「何」
「そう考えたこともあった。自責の念に、自ら命を絶とうとしたこともあった。だが、もう昔のことだ。くだらん。お前、十年という時間をなめてるのか? もう、消化されたことなんだよ。お前が今、言ったことはな。で? 俺の内面をえぐるために用意したナイフは、それだけか?」
「お前」
「情報を手に入れただけで、勝った気分になれていたとは。予想以上に、おめでたいやつなんだな、お前は。高田清一。情報の向こう側には、体温を持った人間がいることを理解していない。DEXビルの情報戦で、お前が負けた原因だよ。底が知れるな。カザギワ」
 永倉の体が、椅子ごと回転した。高田が、渾身の力で蹴り飛ばしたのだ。
 鈴乃は舌打ちした。高田がさらに、近くにあった机の上のペン立てから、カッターナイフを取ったからだ。
「高田」
 鈴乃の声に、高田は聞く耳を持たなかった。ちきちきと音を立てて出した、カッターナイフの刃先を、永倉の顎下にぴたりと当てる。
「そっちこそ、浅はかなんじゃないか? ミカド。今、自分の命が、誰に握られているのか、正確に理解していない」
「そうかな?」
「そうさ」
 鈴乃は床に降り立ち、銃を構えた。高田に向けて。
「残念ながら、高田」鈴乃は言った。「理解していないのは、あなたの方だと思うわ。あるいは、理解していながらも、無視してるのは」
 仮にも、ミカドとされている男だ。拷問こそすれ、殺すことはあり得なかった。引き出すべき情報は、山のようにある。
「飛猫。冗談だとしても、ショックだよ。君に銃口を向けられるとはね」
「冗談ではないわ。高田。カッターを収めて、永倉から離れて」
「断る、と言ったら?」
「命の保証はするけれど」鈴乃は言った。「その他は、保証しない。特にその、カッターを持ってる右手に関してはね」
 高田が鼻を鳴らした。その手から、ナイフが落ちる。両手を挙げて微笑みながら、高田は言った。
「利き手を失うのは、困る」
「でしょうね」
 鈴乃は、高田が永倉から離れたあとも、銃を構え続けた。
「そろそろ、その銃を下ろしてくれてもいいんじゃないか?」
「だめよ」
「信用を失ってしまったかな?」
「残念ながら、最近、人間不信になるような事柄が多くてね」鈴乃は言った。「今日のあなたは、おかしいわ。いつもと違う」
「どこが」
「うまく、言葉で説明はできないけれど」
「そんな曖昧な根拠で、私に銃口を?」
「説明はできないけれど、確信はある。今日のあなたは、絶対におかしい」
「飛猫」
「だめよ、高田。あたしの不信が払拭されるまで、銃は収めない」
 高田は、張り詰めた空気の漂う家の中を見回した。死体の除去や、ミカドに関する情報の捜索。家の中には、十数人のカザギワの者たちがいる。高田は、視線を鈴乃に戻した。
「誰も異議を唱えないということは」高田は言った。「皆、少なからず、君の意見に同調しているということかな?」
「おそらく、ね」鈴乃は言った。
 高田は溜め息をついて、言った。
「桧垣。皆を連れて、外へ行ってくれ」
 言われて、桧垣は高田を見た。
「しかし」
「頼む」
 少しの間、思案したあとで、桧垣は頷いた。部屋の中にいた。カザギワの人間を連れて、外へ出て行く。三人だけが残った。高田と永倉。そして、鈴乃。
 高田は、桧垣たちの出て行ったドアを見つめながら、言った。
「現在、ミカドというメディアの発信源となっている可能性が高いとされる、永倉帝明。その身柄の拘束。これが、私の最後の仕事になる」
 鈴乃は顔をしかめた。
「少し、話が飛んでるわ。あなたらしくもない。順を追って、話してくれないと分からない」
「そうかい? 一つの仕事の情報戦において、敵に大敗を喫し、組織の半分の人間を失った。死で償うに値する失敗だと思わないか?」
 高田の言っていることが、ようやく分かった。鈴乃は銃を収め、腕を組んだ。
「思わないわ」鈴乃は言った。
「羨ましいな、飛猫。君は強いんだよ。肉体的にはもちろんだが、精神的にも」
 嬉しくなかった。そんなことは、どうでもいい。鈴乃は思った。
「失敗は、仕事で取り返せばいい」
「途方もないよ。それに、生き恥をさらし続けなくてはならない。私には耐えられない」
「甘えないで。みんな、そうやって生きてるわ」
「できないものは、できない」
「だいたい、あなたはカザギワの上級幹部よ。何のために、DEXビルの一件で、スワロウテイルたちが危険を冒してまで、あなたのことを助けたと思ってるの」
 高田は、手のひらで銃を作り、自分のこめかみを突いた。
「このためさ」
「あなたが、組織にとって必要不可欠な人間だからよ」
「違うさ。組織に必要なのは、私の頭に詰まっている情報だ。それ以外に、理由はない」
 鈴乃は、歯を食いしばった。
「何にせよ、そんなこと。ボスが許すわけが」鈴乃はそこで、一度、言葉を切った。高田の目に浮かんでいるメッセージがあった。ばかな。そう思った。「許したの? ボスが」
「後継者を育てたあとで、という条件つきでね」
「それは」
「桧垣という男がいただろう。彼が、その後継者だ。彼に、全てを託した。なかなか、骨の折れる仕事だったよ。ミカドに関する情報を調べながら、後継者を育てるというのはね。だが、もうそれも終わった。彼はもう、仕上がっているよ」
 鈴乃は、嘲笑を浮かべずにはいられなかった。
「準備万端というわけね」鈴乃は言った。「最低だわ」
「何とでも言ってくれて、結構。だが、私はやめない」
「殺し屋集団の幹部のくせに、命に関する考察は、浅いのね」
「ただ、方向性が違うだけだとは思うが」高田は言った。「君がそう言うのなら、そうなのかもしれないな」
「姿を消したって噂の、焔とか言う新人よりも、たちが悪いわ」
「何と言われても、私の意志は変わらない。生きる気力をなくした者には、生きることはできないのさ。ガソリンのなくなった車と同じだ」
「人は、車とは違う」
「最後はね。君に殺してほしかったんだ。飛猫。いい女」
「今ほど、その響きが癪に障ったことはないわね」鈴乃は言った。「ここを制圧するのに、足を引っ張る可能性のある私を呼んだのは、それが理由なの?」
「ああ」
「ふざけるな」
 怒気を込めて、鈴乃は言った。高田が力なく笑う。
「残念だな。最後まで、私の思う通りにいかないとは。まあ、いいさ。ただ漫然と思っていただけだからね。どうせなら、最後は“いい女”の手にかかって死にたいと」
「死にざまを選べるなんて思ったら、大間違いなのよ」
「ああ。すまなかった」
 永倉が、かすれた声で笑った。そして、言った。
「お笑い種だな。生き恥をさらしたくないから、自ら死ぬ、だと。人を殺して生計を立てるくずの言葉だとは、思えないな」
「お前に何が分かる」高田が言った。
「分からんよ。だから、笑うんじゃないか」
「高田」鈴乃は言った。
 永倉は、わざと挑発的な言葉を並べている。鈴乃はそう思った。作為を感じた。そういったものの先に待っているのは、往々にして、いい事象ではない。
 しかし、高田は止まらなかった。鈴乃を振りきるようにして、永倉の下へ行った。その胸を掴み、椅子ごと起き上がらせる。
「お前など」
 永倉は嘲笑を浮かべながら、足下で何かを探していた。そして、探り当てた。
「高田!」鈴乃は叫んだ。
 カッターナイフ。高田が先ほど、捨てたものだ。永倉はカッターを蹴り上げた。垂直に飛び、その柄が永倉の口へとたどり着く。永倉は獅子舞を踊るようにして、首を振った。刃が閃く。鈴乃は地を蹴った。高田の体に肩から突進する。高田の体が妙に重たかった。無視した。大の男が床に倒れる鈍い音を聞きながら、銃底で永倉の顔面を叩いた。カッターナイフが飛ぶ。それは床で回転しながら、どこかへ滑っていった。
 ギプスの下の左足が痛んだが、構っていられなかった。鈴乃は永倉を押し倒し、胸を踏みつけた。銃を構える。
「お前」鈴乃は言った。
 永倉の目にはもう、先の一瞬の、獣のような光はなかった。今は、死んだ魚のような、鈍重で無機質な光が宿っている。抵抗する気もないようだった。永倉はただ脱力し、鈴乃にされるがまま、床に仰向けになっていた。
「死にざまは選べない。確かに、あんたの言う通りだよ」永倉は鈴乃にそう言って、口許を歪めた。「生きる意志のない者に、明日は必要ない」
 鈴乃は、高田を見て舌打ちした。
 高田の首に走った、一筋の傷から、おびただしい量の血液が溢れていた。高田の目から失われる光は、溢れる血量に比例しているようだった。
 しかし、永倉から目を離すわけにもいかなかった。殺すわけにもいかない。鈴乃はただ、永倉に銃口を突きつけながら、部屋の外へ向けて、桧垣の名前を怒鳴り続けた。
 桧垣たちが駆けつけた頃にはもう、高田の顔からは、血の色が完全に失われていた。永倉は、桧垣たちに運ばれる間もずっと、喉の奥でかすれた笑い声を発していた。
 高田清一は、日が昇る前に、運ばれた病院で死んだ。


つづく






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posted by 城 一 at 00:17| 長編小説 焔-HOMURA-[integral] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月04日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第129回(4版)

 別れを告げたあとで、呼び止められた。
 鈴乃の住む、アパートメントの前だった。鈴乃は振り返り、窓の開いたミニ・クーパーを見た。運転席のドアを抱えるようにして、椿が車内から身を乗り出していた。
「何?」
「どうして、あんなことしたんだ?」椿が言った。
 子犬のことだった。井織家で飼われていた、茶色い毛並みの、イングリッシュ・コッカー・スパニエル。ポロは、光子の体が、すっかり冷たくなってしまってもなお、その足にまとわりつくことをやめなかった。噛みつかれ、爪を立てられながらも、鈴乃はそれを無理やり引き剥がし、古着屋から連れ出したのだ。
「さあ」鈴乃は肩をすくめた。
「あのまま放っておけば、面倒はなかった」
「そうね」
「なぜ?」
「そうね。あのまま、放っておくことができなかったからよ」
「放っておけば、あの女の死体と一緒に、処分されるであろうことは、明確だったから」
 椿の言葉に、鈴乃は頷き、つけ加えた。
「まるで、生ごみでも扱うかのように」
「なるほどね」
 言葉に応じて、小太鼓でも扱うかのように、椿は指先で車のドアを叩いた。
 椿が理由を聞きたがるのも、無理はなかった。鈴乃が、勝手に助けた子犬のために、里親を探すのを手伝わされたのだ。結局、見つかった頃には、すっかり日は沈んでしまっていた。今はもう、午後六時を回っている。
「久しぶりに顔を見たときから、気になってたんだけどな。お前、そんな表情をする女だったか?」
「どんな?」
「そうだな。センチメンタルな表情ってやつだ」
「さあ。少なくとも、自覚症状はないわね。“いい女”とは、言われるけれど」
「ちゃんと毎朝、鏡見てるか?」
「もちろん」鈴乃は笑顔で答えた。
 ポロは、<テレサ>のバーテンダー、大貫志津子の所へ行った。
 志津子のアパートメントでは既に、二匹の犬が飼われているという話だった。飼い主を失った悲しみは、その二匹とじゃれ合って遊ぶうちに、薄れることだろう。少なくとも、寂しくはないはずだ。鈴乃は思った。
 里親を探す間、鈴乃は必死に、ポロの機嫌を取り続けなければならなかった。飼い主の死を、知ってか知らずか、古着屋を出てからずっと、ポロは不機嫌だった。
 ふとした拍子に、鈴乃の左足に噛みついたあとは、ポロはそこから離れなかった。いくら引っ張っても、顎を緩めない。これ以上やれば、首が体から外れるのではないか。鈴乃がそう、心配するほど力を込めても、ポロは、鈴乃の左足を噛むのをやめなかった。硬いギプスの噛み心地が、よっぽど気に入ったらしい。
 幸い、ギプスは何ともなかったが、その上のバギーパンツは、ひどい状態になっていた。局所的に、ダメージ加工が施されたかのようだった。散々、歯を立てられ、引っ張られたお陰で、穴だらけだった。下の、黒く塗ったギプスが露出していた。
 椿が、何か言った。聞き逃した。何と言ったのか、鈴乃は椿に聞きなおした。
「何を考えてたのかって、聞いたんだよ」
 鈴乃は少し考えてから、言った。
「あの犬は、一度捨てられたという思い出を背負って、生きていくのかしら」
「あのワン公の飼い主は、片方が死んで、片方が留守なだけだ。捨てられたわけじゃない」
「留守にしてる方の人間も、あたしたちがいずれ、殺す」
「何が言いたい?」
「あの犬には、元の飼い主がいなくなる。それはきっと、捨てられたことと、同意義なんじゃない?」
「誰だって、生きてりゃ一度は捨てられる。もしくは、それに似た経験をすることになる」
「あら。あなたにも、そういう経験が?」
 椿は、鈴乃と目を合わせなかった。
「一度くらいは、そういう経験をしといた方が、人に優しくなれる」
「そうね」
 椿は、鈴乃から目をそらしたまま、小さく頷くと、車内に身を引っ込めた。
「ま、気をつけな」椿は、ハンドルに手を置きながら、言った。「死神ってのは、あんたみたいなのがお好みだって聞くぜ」
「死神?」
「読んで字のごとく。死を司る、神さまのことさ」
「それが、あたしみたいなのがお好みだと」
「センチメンタルな顔をした、いい女がね」
「褒め言葉として、受け取っておくわ」鈴乃は言った。「でも、あたし。そんなに変わった?」
「ああ」
「それは、いい変化?」
「悪くはない」
「そう。よかった」
「ただ、そういう変化は、ときどき、殺し屋の足を引っ張るって話さ」
「その話は、誰から?」
「スワロウテイルって、女の殺し屋、知ってるか?」椿は、にやりと笑った。「そいつも、なかなかのいい女らしいけどな」
「そうらしいわね」
「覚えておいて、損はない話だと思うぜ。じゃあな」椿は、窓から手を出して、鈴乃に向かって振った。そして、最後につけ加えた。「言っとくけど、そのピアス。似合ってないぜ」
 兄の羽継の体に刺さっていた釘を使った、ピアスのことだった。鈴乃は、肩をすくめた。
 二度目の別れの挨拶。タイミングを同じくして、走り始めたミニ・クーパーの挙動は、やはり不安定なものだった。動悸の激しい老人が、歩いては休んでいるかのように、ミニ・クーパーは発車と停止を繰り返していた。
「心に留めておくわ」
 独り言ちるように、鈴乃が呟いたときにはもう、ミニ・クーパーは姿を消していた。
 バギーパンツに開いた穴から入ってくる風が、冷たかった。


つづく






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posted by 城 一 at 08:18| 長編小説 焔-HOMURA-[integral] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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