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最近、自分がフリーメールを活用できない人間だってことに気付きました。

2007年12月05日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第133回(3版)


彼がこの背中を知らんことを。


 ステージの上。マイクを握る少年は、汗だくだった。着ている黄色いポロシャツは、濡れて体に張りついていた。足下にあったペットボトルから、ミネラルウォーターを飲み、残りを体にかける。ボトルが空になると、曲に合わせて飛び跳ねながら、客に向かって投げた。ブーイングどころか、歓喜の声を上げながら、客はそれに群がる。鈴乃には、理解できないことだった。
 鈴乃は、ライブハウスに来ていた。名前は、<アンバランス701>。街では、名の知られたライブハウスだという話だった。鈴乃は、初めて聞いた。もっとも、今まで、ライブハウスという場所自体に、縁がなかったのだが。
 シドの見舞いに行った先で、またマリと顔を合わせた。一言、二言交わしただけで、終わると思っていたものが、気づくと長い立ち話になっていた。ほとんど一方的に、マリが話しているだけだったのにも関わらず、だ。鈴乃は、適当に相槌を打っていただけだった。
 いつの間にか、マリの好きなバンドの話になっていた。★を四つ並べて<FOSTER(フォスター)>と読む、名前のバンド。鈴乃には、興味のない話だった。そのことを、気のない返事で、示していたつもりだった。が、マリには伝わらなかったらしい。気づいたときには、熱を帯びた口調で、ライブに誘われていた。断れば、一日中でも、説得のために、話を聞かされることになりそうだった。首を縦に振る方が、簡単に済みそうだった。だから、そうした。が、やはり。さらなる長話につき合わされたかもしれないことを考えても、首を横に振るべきだったのではないか。鈴乃は、そう思い始めていた。
 チケットの半券とともに受け取った、ペットボトル入りのレモンスカッシュ。一口飲んで、テーブルに置いた。ホール内にこもる熱気で、温くなってしまっていた。それ以上、口をつける気にはなれなかった。
 当のマリは、もういなかった。ひしめく客の群れから離れ、後ろに設置されたテーブル席で、静かにライブを観賞するというのが、性に合わなかったらしい。ライブが始まって、二、三曲で、鈴乃に謝罪の言葉を残して、行ってしまった。今は、最前列で、思う存分、縦に体を揺らしている。マリの細い体は、テーブル席からでも、容易に見つけられた。いつ折れても不思議ではないように見える、マリの細い腕。蛍光塗料で、★が四つ、描かれていた。それが、曲に合わせて踊り、宙に明るい緑色の線を引いていた。
「楽しんでるかい?」
 少し前まで、マリがいた席に座り、男が言った。鈴乃が、男を見ようとした瞬間、フラッシュが光った。おもむろに取り出した携帯電話で、写真を撮られていた。鈴乃は、舌打ちを隠さなかった。
「なんのつもり?」
 男はおどけて、肩をすくめた。知らない男だ。その顔に、反省の色はない。
「いい女を見かけたら、写真に残しておくことにしてるんだ」
 男が、敵の可能性もあった。鈴乃の写真を撮り、仲間に送ろうとしている可能性も。カザギワに牙を剥こうとする人間は、どこにでも存在し得る。先のDEXビルの一件で、証明されたことだ。しかも、それでいて、敵意のない者との見分けは、つかない。
 鈴乃は、男の目の奥を見つめた。ブラウンがかった黒目の向こうに、何が潜んでいるのか。殺し屋稼業に身を投じるたまものなのか、少し時間をかければ、殺意の有無は、分かる。
 男は、鈴乃から目をそらし、頬を掻いた。
「よしてくれ。そんな目で、真っ直ぐ見つめるのは。照れる」男が言った。
 男の言う通りにしてやった。殺意は感じなかった。やはり、ただのナンパらしい
 男の年齢は、三十代後半から、四十代。太ってはいたが、筋肉質な印象を受けた。出っ張った腹も、固そうだった。髭が生えていた。整った感じではない。剃るのを、怠っているだけだろう。つばを後ろ向きにして、紺色のベースボールキャップをかぶっていた。赤いTシャツ。鎖に繋がれ、今にも噛みつきそうな顔をしている、骨だけの体をした犬の絵が、大きくプリントされていた。首下から胸の辺りまで、大きな汗染みができていた。腰から下に、薄汚れたエプロンをしていた。
 鈴乃は言った。
「何か、用なの?」
「勝谷紀彦(かつや のりひこ)だ」そう言って、勝谷は鈴乃に向かって、手を差し出した。握手。鈴乃は応じなかった。勝谷は、肩をすくめて、続けた。「上にある、バーをやってる。<スージー>って店だ。俺のことは、マスターと呼んでくれ」
 ライブハウスの入っている建物は、二階建てになっていた。階上に、バーがあることは、外から見たときに、なんとなく分かっていた。バーのものと分かる、店の名を示すネオンサインが、窓の辺りに下がっていた。
「そう」
 興味はなかった。隠さず、態度に出した。勝谷は、傷ついた表情をした。
「あんたの名前は?」
「あなたがマスターなら」鈴乃は言った。「あたしは、客よ」
「手厳しいな」勝谷はそう言って、壁に立てかけてあった、松葉杖を見た。見るからに重々しい、黒い鉄製のそれに、目を細める。「こりゃあ、また。ずいぶん立派な松葉杖だな。あんたのかい?」
「それ以外に、誰のだと思うの?」
「さあな。しかし、それにしても。わざわざ、松葉杖突いてまで見に来るたぁ、かなりのファンだな。お目当ては、アンバーかい?」
「アンバー?」
「なんだ、違うのか?」
「ええ、違うわ。あたしは、無理やり連れて来られただけよ」
 勝谷は、喉の奥でかすれた笑い声を立てた。
「道理で、浮かない顔をしてるわけだな」
「アンバーって、誰?」
「あいつさ」
 勝谷は、ステージの中央で、マイクを前にしてエレクトリック・ベースを弾く少年を指差した。
 勝谷にアンバーと呼ばれた少年は、ステージの際を、右へ左へ、ひっきりなしに駆け回っていた。止まったかと思えば上に飛び、ときには客の頭上へダイブする。固めて立たせた褐色の髪と、同色のベースを振り回していた。左腕に、黒色の蔦が絡まっていた。トライバルのタトゥーだ。首下に、何かで切りつけられたような、傷跡があった。左手の薬指に、シンプルなシルバーのリングが二つ。黒地に、白いラインの入ったスニーカー。黒いジーパンの裾を、膝下までまくり上げて履いていた。アンバーがステージの上で跳ねる度に、その体から、汗や水の滴が散る。
 勝谷は言った。
「知らないのかい? <フォスター>は、まあ、ここにいるやつらのためにやってる、お遊びのバンドだけど、本気でやってる<アンダーワールド>の方じゃあ、CDだって出してる。カナジョウのティーンは、首ったけさ」
「知らないわね」
「<アンバー・ワールド>は? アンバーが中心になって作ったチームだが」
「全く」
「そうかい。気をつけな。やつらに目ぇつけられた女は、たいてい食われちまうからな。ま、ここにいる女たちは、それを承知で来てるからいいんだが。好みじゃないなら、ここには来ない方が、身のためだ」
 勝谷の言う通りだった。ここには、来るべきではなかった。鈴乃の許容量を越えた音量の音楽、人の熱量。色々なものが入り混じり、ドラッグのように鼻孔を刺激する、におい。この、ライブハウスという空間にあるもの全てが、鈴乃の肌に合わないものだった。それは、来る前から、分かっていたことだ。なのに、なぜ。マリについて来たのか。
 アンバーの足下で、マリは着ていたTシャツを脱ぎ捨てた。黒いブラジャーだけになった彼女に、周囲の客が歓声を上げる。
 マリが、シドの恋人だからなのだろうか。鈴乃は思った。シドの好きな女が、どんな女なのか。磐井の言っていたことが、本当なのか。自分の目で、確かめたかったのかもしれない。
 しかし、それで、どうするつもりなのだろう。マリのことを知って、マリになるつもりなのだろうか。それとも、彼女を越える?
 鈴乃は、首を振った。馬鹿げた話だ。
 鈴乃は席を立ち、松葉杖を取った。勝谷が言った。
「行くのかい?」
 返事はしなかった。鈴乃は、ライブハウスをあとにした。上半身をさらけ出し、狂ったように騒ぐマリの姿が、瞼の裏に焼きついて、いつまでも消えなかった。


つづく






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posted by 城 一 at 23:14| 長編小説 焔-HOMURA-[integral] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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