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最近、自分がフリーメールを活用できない人間だってことに気付きました。

2007年12月14日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第137回(9版)


可能性の話よ、あくまでもね。


 神経が高ぶっていた。
 原因には見当がついた。ライブを見たせいに、違いなかった。慣れない文化に触れるものではない。家までは徒歩で、遠回りして帰った。あの、息が詰まりそうなほど狭い空間で、受け取った熱を冷ますためだ。それは、表面的にはうまくいった。家に着く頃には、体は、震えるほど、冷えていた。熱いシャワーを浴びて、体温を取り戻さなくてはならないほどに。だが、ベッドに入っても、眠れなかった。体の内側は、頑なに、眠ることを拒んでいた。それでも、鈴乃は粘った。布団にくるまり、睡魔を待ち続けた。枕元の、デジタルの目覚まし時計は、時刻を確認する度に、夜が長くなっていっていることを、教えていた。日付が変わった辺りで、睡眠に固執している自分が、ばかばかしく思えてきた。腹も立った。鈴乃は、睡魔に見切りをつけて、家を出た。
 睡眠時間の分だけ、繰り上がって始まった一日。そう考えることにした。鈴乃は、カザギワ・ビルへ行った。眠らない建物だ。常に人がいて、常に仕事に身を投じている。太陽が空にあるとき以外に、ビル内の明かりが全て消えることはない。その性質は、以前よりも強くなっていた。DEXビルの一件の影響だ。人手不足は、しばらく解消されそうになかった。たとえ怪我人でも、できる仕事はあるに違いない。そう思った。そして、実際にそうだった。
 案内された木製の、安っぽい、折りたたみ式の長いテーブルの上には、資料が山積していた。全て、ミカド。アンチ・カザギワの文化、もしくは組織に関するものだった。既に一度、資料の山は崩れていた。テーブルの上に、使えるスペースはなかった。コーヒーの入ったマグカップが置けるくらいだった。それも、鈴乃が、一口飲むためにマグカップを取った瞬間、雪崩のように資料が滑り、消え失せた。
「早退しても、いいかしら」鈴乃は言った。
「“今日”が始まってから、まだ三時間しか経ってないわよ。それに、手伝うことがないかって言ってきたのは、そっちでしょう」
 常沢いくみ(つねさわ いくみ)が言った。元は、高田清一(たかだ せいいち)の部下だった女だ。今は、桧垣行人(ひがき ゆくひと)の部下になっている。情報管理部の人間だった。ダークブラウンに染めた長髪。右側に一つだけ、細い三つ編みを作っていた。縁のない、楕円のレンズの眼鏡をかけていた。キャミソールの上に、長いニットのカーディガンを着ていた。色は黒に揃っていた。細身のジーパン。ヒールの低い、暗赤色の靴。胸元に、ネックレスが輝いていた。シルバーのチェーン。ジャック・オー・ランタンをモチーフにした、金のペンダントヘッド。眉が、濃かった。強い黒色の線を、顔に描き出している。それが、気の強そうな印象を与えていた。高い鼻。薄い唇。化粧は、ほとんどしていなかった。気にはならなかった。顔のパーツ、一つ一つが整っている。
「キャンセルしたいのよ、その言葉」鈴乃は言った。
「残念。もう、こちらで受理してしまったので、無理なのです」
 いくみは、顔も上げずに言った。彼女は、キーボードを叩いていた。資料の内容を、パソコンに入力し、整理する。それが、彼女の仕事だった。いくみがついているテーブルにも、資料が山積みになっていた。だが、いくみは、それを見てひるむどころか、逆に仕事のペースを上げていた。
 部屋に男が入って来て、鈴乃のついているテーブルの前に、段ボール箱を置いて行った。箱の中には、テーブルの上にあるのと同等以上の量の、資料が入っている。それすらも、うず高く積み上がっていた。今にも倒れそうだった。いくみが言った。
「ほらほら。手を休めてても、事態は改善しないわよ」
「あたし、銃を使う方が得意なの。この段ボールの山、蜂の巣にしてもいい?」
「あとで、元通りにしてくれるなら」
 鈴乃たちがいるのは、元は倉庫として使われていた部屋だった。それが今や、ミカドの資料を集め、整理する、専用の空間になっている。それほど、資料は多かった。
 ミカドは、次から次へと湧いてきた。永倉帝明が捕えられたことも、お構いなしだった。悪い兆候だった。ミカドが既に、永倉の手を離れていることを示していた。街に拡散し、蔓延している。各組織が、比較的小規模なこと。互いに繋がっておらず、また、それを望む傾向が、あまり見られないこと。それだけが、救いだった。DEXビルで、ミカドが一丸となって、カザギワを襲撃したこと。それはやはり、永倉の手腕によるものだったのだ。
 高田の死は、無駄ではなかった。そう感じることができて、鈴乃は少し、安心した。
 倉庫に足を踏み入れては、平然と段ボール箱を積み上げていく構成員の一人に、鈴乃は話しかけた。
「リタ・オルパートとアイザック・ライクンについて、その後、新しい情報は入って来ていないの?」
 構成員は、入っていないと言い、倉庫を出て行った。
 リタ・オルパートと、アイザック・ライクン。ツガ組の少年三人組が、二人に接触したという情報が入って来ていた。場所は、風際慶慎の住む部屋があるアパートメント、<ウエムラ・ハイツ>。できることならば、鈴乃は、そこに行きたかった。アイザック・ライクン。どんな手を使ってでも、殺さなければならない男だ。だが、今は難しそうだった。辺り一帯を警察が封鎖し、付近にいる者には、手当たり次第に職務質問をしているらしい。
 少年三人組は、風際慶慎を探していると言う。友だちなのだ。そう聞いた。そんなものが、慶慎にいることを知って、鈴乃は思わず笑ってしまった。だが、大事なものだ。
 慶慎は見つかっていない。いや。誰も、探してすらいない。組織の中で、まだ、その存在価値を確立させていない、ただの子どもだ。行方を探すのに労力を割く、理由がないのだ。風際秀二郎にも、動く気配はなかった。父親である文永の方は知らない。だが、息子が死に瀕するまで虐待をするような親だ。たかが知れていた。ツガ組の少年たちがいることだけが、救いだった。
 ただ、同時に、慶慎にとって凶報もある。リタ・オルパートとアイザック・ライクンの存在だ。リタは、慶慎に殺された、松戸孝信の仇討ちのために動いていると考えていいだろう。そうでなければ、慶慎のアパートメントに現われる理由がない。松戸孝信を介してしか、風際慶慎とリタ・オルパートは、繋がらないのだ。元は、ミカドのために利用していた、松戸孝信。その男に、気がつかないうちに、情が移っていたのだろう。
「気になるの? リタ・オルパートのことが」いくみが言った。
 鈴乃が殺したいのは、アイザック・ライクンの方だ。リタ・オルパートのことなど、どうでもいいと言ってもいい。気にならないと言えば、嘘になるが。鈴乃は、いくみを見た。何も言わなかった。いくみは、片方の眉だけを上下させて、言った。
「リタ・オルパートが長期間、一つの組織に留まっていた記録はないわ。ミカドの組織と組織を好き勝手に飛び回る尻軽よ。一番、厄介なタイプね」
「どういうこと?」鈴乃は言った。
「だって、そうでしょう? たくさんの、ミカドと呼ばれるものを、目にしていることになるわ。リタ・オルパートは。自然、それぞれの共通点、相違点が見えてくる。個人的な感情、あるいは、世間一般において正義と呼ばれるものによって肉づけされた要素が、削ぎ落とされる。より洗練された、ミカド像が見えるようになる」
「ミカドに関する事物を、大局的に見ることができるようになるということ?」
「そう」
「それは」
「そう。ミカドを、メディア単位、組織単位で見ることができるようになるということ。場合によっては、それらを束ねることができるということ」
「場合によっては、束ねたものを、自分の意図した方向に、導くことができるということ」
「永倉帝明が、DEXビルで見せたように」
 鈴乃は、コーヒーを飲んだ。第二の、永倉帝明になる。リタ・オルパートには、そのつもりがあるのだろうか。DEXビルの一件の再現を、するつもりが。
 いや。鈴乃は首を振った。
「リタ・オルパートは、永倉帝明になるつもりは、ないと思う」
「どうして?」いくみが言った。
「そのつもりなら、風際慶慎にはこだわらない」
「あらあら、応用が利かないわね、鈴乃ちゃん。少し、考えてもみなさいよ。組織も、姿を消した坊やも。同じ、カザギワじゃない」
「そんなの、言葉遊びでしょう。ただ、彼の祖父が組織のボスだから、たまたま名字が、組織の名前と同じだけで。あくまでも、組織と、子ども一人。全く違うわ」
「いいんだけどね、そういう考え方で。あなたは、殺し屋なんだもの。自らの手で、殺しを行う人」いくみは、パソコンの画面から顔を上げ、鈴乃のことを諭すように、微笑んだ。「でも、違うのはサイズだけよ。永倉帝明は、カザギワという組織にこだわり、ミカドを束ね、DEXビルの一件を企てた。だから。リタ・オルパートは、風際慶慎にこだわり、ミカドを束ね、何かを企てるかもしれない」
「相手は、たった一人の子どもなのに」
「可能性の話よ」いくみは言った。「あくまでもね」
「もしそうなれば、風際慶慎は、ひとたまりもないわね」鈴乃は言った。
「たとえそうだとしても、カザギワは、彼一人を守るために、動いたりはしない」
「リタ・オルパートや、アイザック・ライクンが関係しているとしても」
「可能性を無限に秘めている、ミカド。今や、憤怒、復讐、正義と言ったものの具現化を可能にしたメディア、あるいは、その結果として発生した組織及び集団と比べて、どちらの方が、優先順位が、より高いと思う?」
「考えるまでもないわね」
「そんなに気になるのなら、あなたが彼を助ける、という手もあるわ。カザギワは今、“猫の手も借りたいほど”多忙を極めているけれど。でも、怪我のお陰で、殺し屋の本分を果たせないあなたなら、彼のために時間を割くことは、可能でしょう?」
 鈴乃は首を振った。
「あたしだって、忙しいのよ。“猫の手も借りたいほど”ね。でも、あたしの道と、風際慶慎の道は、交わるかもしれない」
「アイザック・ライクンという点で」
「そう」
「あなたの復讐が、彼への助力になるかもしれない?」
「もちろん、可能性の話よ」鈴乃はそう言って、肩をすくめた。「あくまでもね」
「なんにせよ、可能な限り、その資料の山を片づけてからにしてほしいわね」
「早退しては、だめかしら」
「“今日”が始まってから、まだ三時間半しか経ってないわよ」いくみは言った。

つづく




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posted by 城 一 at 18:08| 長編小説 焔-HOMURA-[integral] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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