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最近、自分がフリーメールを活用できない人間だってことに気付きました。

2007年12月19日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第138回(9版)


Z city 58


 視界の端でちらつく極彩色に、黙っていることができなくなった。
 鈴乃は、作業の手を止めて、言った。
「顔が真っ青よ、その子。病院に連れて行った方がいいわ」
「ナナコは元気だもん!」
 幼女が、口を尖らせながら言った。怒ったように、顔をぷいとそらし、拳で握ったクレヨンを、また動かし始める。幼女は、塗り絵をしていた。開かれたページでは、小から中学生くらいの少女が、フリルのついた服を着て、柄がハート型のステッキを振り回していた。その少女が、ナナコと言うらしかった。ナナコは、顔をマリンブルーに塗りたくられながらも、気丈に微笑んでいた。髪の毛はビリジアン、服は黒、手のひらは紫。
 幼女の名前は、常沢このみ。いくみの一人娘だった。頭の上に集めた髪を、ピンク色のヘアゴムで束ねていた。角のようだった。雪の結晶の模様が、胸の部分に帯状に入った、ニット製の赤いブルゾンを着ている。ベージュのコーデュロイのズボン。白いスニーカー。
 朝の五時を過ぎたところだった。このみは、鈴乃がこの倉庫にやって来た頃から、周囲を好き勝手に走り回っていた。いつ眠ったのかは分からないが、エネルギーは、その小さな体から、溢れている。
 クレヨンを持っていない方の手には、ぬいぐるみを抱き締めていた。丸い黒レンズのサングラスをかけた、意地の悪そうなうさぎの形をした、ぬいぐるみ。体を彩る、白と黒の、ぎざぎざの縞模様が、サングラスとともに、かわいらしさを減退させていた。が、このみには愛用の品らしい。うさぎは垢染みて、くたびれていた。
 このみは、鈴乃と同じテーブルについていた。遅れてやって来た睡魔と、意識の主導権を奪い合っているうちに、場所を取られたのだ。彼女が使っている所にあった資料は、床に散らばり、いつか、誰かに拾われる日を夢見ている。
「夜行性は、まずいんじゃない?」いくみに言った。
「仕方ないじゃない。ベビーシッターを雇うほど、お金に余裕がないんだもの。家にひとりぼっちにさせておいた方が、いいと思うの?」
 いくみは、シングルマザーだった。数年前に、離婚している。詳しくは知らないが、彼女の元夫は、普通のサラリーマンだったと聞いている。生きる世界の違いが、二人の間に軋轢を生んだ。安い想像力を働かせると、そうなる。わざわざ、口にする気はなかった。
 鈴乃は、肩をすくめた。
 このみはたいてい、カザギワ・ビルの中で、いくみと一緒にいた。あまり、外出することはないらしい。カザギワの上層部から、制限を受けていることもある。まだ判断能力の低い、幼児だ。誰かに聞かれれば、組織の内情に関することを、漏らしかねない。それを危惧してのことだった。漏らすと言っても、高が知れてはいるのだが。
 そうやって育っていき、判断能力が十分に備わる頃には、カザギワを離れることはできなくなっている。彼女はそのとき、母親を恨むのだろうか。だとしたら、どうする?
 鈴乃は、自分で自分に、首を振った。
 いや、何もしない。関係のないことだ。
 このみは、新しいページを開いて、塗り絵を続けていた。相変わらず、現実離れした色使いをしている。
「子どもがいるって、どんな気分なの?」
 いくみはパソコンから顔を上げ、驚いた表情をした。
「どうして?」
 いくみの反応も、無理のないことだった。今まで、尋ねたことのない類の質問だ。尋ねようと思ったことも、なかった。
 椿の、風際秀二郎の言葉が、脳裏に浮かんだ。思えば、シドまでもが、クツマサ・ビルで、似たようなことを言っていた。自分の中の一部が、変質し始めているのだ。
 鈴乃は、場をとりなすように笑った。
「いいの、ごめんなさい。忘れて」
「え? どうして。あたしは全然、気にしてなんかないのに。何、あなた。恥ずかしがってるの? 別に、女が、子どもを産むことについて考えるのは、珍しいことじゃないわ」
「そんなんじゃないの」
 いくみから、視線をそらした。聞いたことを、後悔していた。いくみが、声を立てて笑った。
「仏頂面のあなたしか知らなかったけど、そういう顔もするのね? なんだか、新鮮だわ」
「怒るわよ」
 いくみは、肩をすくめておどけた。そして、パソコンにデータを入力する作業に戻った。
 塗り絵に飽きたらしい。このみは、段ボールの搬入をしている構成員の男に、自分も手伝うと言った。男は、とても助かるよと笑い、このみを連れて倉庫を出て行った。
「一人じゃない」キーボードを打ちながら、いくみはおもむろに言った。「このみの顔を見たときね、そう思ったわ。もちろん、あの子が生まれてきたときには、まだ旦那がいた。別れてなかったし、お互い愛し合ってた。一人じゃなかった。でもね。やっぱり、それとは少し違うのよ。愛する人がいて、一人じゃないっていうのは、根元にあるのは、ロマンティックなものだと、あたしは思うのね? でも、あの子との関係は、根本的に違う気がする。もっと動物的で、物質的で。どこか、身もふたもない感じ。これが血の繋がりなのかなって、そう思ったわ」
「愛情が、ないということ?」
「ううん、違うわ。あの子のことは、愛してる。あたしの全てよ。けど、人と人との繋がりって、目に見えない、もっと曖昧なものだと、あたしは思ってた。その域を出ることは、あり得ないって。でも、あるんだってことが分かった。あの子が生まれたことで。あの子との繋がりは、目に見えないけど。手で触れることも、できないけど。でも、いつでも感じることができる。それこそ、人の持ってる感覚器官五つを使って感じるみたいに、リアルにね。きっと、母親と子どもの間には、切ったあとにも、残ってるのよ。見えない、へその緒が」いくみは、パソコンの画面から顔を上げて、微笑んだ。「どう? 参考になった?」
「多少」
 いくみは頷いた。
「そう。それだけなれば、十分よ」
 いくみは、さらに言葉を続けようと、口を開いた。が、閉じなければならなかった。テーブルに設置されたばかりの、内線電話が鳴っていた。いくみは、受話器を取った。
 電話の相手と、少し話をしたあとで、いくみは鈴乃に視線を向けた。
「桧垣君から。あなたに用があるって」
 鈴乃は、受話器を受け取った。
「ネコよ」
「どうして、あなたがそこに?」
「休日出勤と言うやつよ。感謝して」
「今のあなたは、怪我を治すのが仕事だと思いますがね、俺は」桧垣は言った。「まあ、いいでしょう。永倉が“歌い”ました。鏑木鈴乃に、<Z city>の最新号、五十八号を読め、と」
「あたしじゃなくちゃ、だめなの?」
「あなたにしか、正確に読み取れないそうです。そこに書いてある情報は」
「くさいわね。その“歌”は」
「拷問を始めて、もうすぐ八十時間。永倉も、限界に近い状況で、“歌った”歌です。少なくとも、無意味なものではないはずだ。確認してくれますか? 万全を期したければ、最初に読むのは、あなたじゃなくてもいい」
「やめてよ。殺し屋が、たかだか一冊の雑誌に、及び腰になるはずがないでしょう」鈴乃は言った。「少しだけ、待っていて」
 鈴乃は、電話を保留にした。
 永倉の事務所にあったものは、ちょうど、今ついているテーブルの前にあった。分類作業の途中だったのだ。側にこのみがいないことを確認してから、積み上がった段ボールを、蹴り倒した。
 鈴乃は、それらを一つずつ、開けていった。
 最新号ならば、見当がついていた。事務所で、まだ梱包のビニールバンドが解かれていない、<Z city>の束を、見た覚えがあった。いくつか、箱を開けたところで、それを見つけた。予想通り、表紙には、五十八と打たれていた。
 鈴乃は電話に戻った。
「あったわ」
「よかった。どんな内容なのか、教えてもらえますか?」
 鈴乃は、受話器を、首と肩の間に挟んだ。<Z city>に目を落とす。
 白抜きで、右上に、雑誌の名前が印刷された、表紙。使われている写真は、夜の団地の広場を写したものだった。街灯の下で、サンタクロースの格好をした若い女が、地面にしゃがみ込んでいる。担いでいる白い布袋から落ちたものを、拾おうとしているところのようだった。彼女が伸ばした指先にあるのは、手榴弾。
 鈴乃は、表紙をめくった。
 瞬間、頭が沸騰していた。忘れかけていたものが、鮮明に蘇る。みぞおちが震えていた。奥歯が軋んだ。無意識のうちに食いしばり、力を込めていた。
「鈴乃?」
 いくみが言った。鈴乃は、返事をしなかった。
 引きちぎるようにして、ページを繰った。記事を、詳しく読む必要はなかった。印刷された写真を見るだけで、どんな内容なのか分かる。
 鈴乃は受話器越し、桧垣に言った。
「そっちへ行って、直接、説明するわ」
 声に憤怒が滲まないようにするのに、苦労した。
 いくみが言った。
「どうしたの、鈴乃。その雑誌は、なんなの?」
 鈴乃は、いくみの問いに答えず、倉庫を出た。

つづく




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posted by 城 一 at 10:35| 長編小説 焔-HOMURA-[integral] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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