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最近、自分がフリーメールを活用できない人間だってことに気付きました。

2007年12月26日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第139回(14版)


その不格好なピアスは。


 水牢部屋のドアを、蹴り開けた。
 桧垣が、銃を構えていた。側にあるテーブルの上の内線電話から、受話器が外れたままになっていた。誰と話していたのかは、桧垣の反応を見れば分かる。
 鈴乃は言った。
「いくみから、連絡があったのね」
「あなたが、永倉帝明を殺しに来るかもしれない、と」
「理由は」
「聞きました」
「それでも、あたしの行動に、同調する気はないわけね」
「ええ」
「人づてに聞いただけだから、そんなことが言えるのよ。自分の目で、確かめてみなさい」
 鈴乃は、パンツのポケットにねじ込んであった<Z city>の五十八号を、桧垣の胸に投げつけた。
 桧垣は、鈴乃に銃口を向けたまま、微動だにしなかった。<Z city>は、床に落ちて、乾いた音を立てた。
<Z city>五十八号。二度も、誌面を開く必要はなかった。内容は、見た瞬間に、鈴乃の脳裏に焼きついた。思い出すことよりも、忘れることの方が難しい。
『スクープ! 街の害虫、カザギワの殺し屋の最期!』。そう名づけられた特集記事が、巻頭から、フルカラーで三十二ページに渡り、掲載されていた。タイトルの通り、カザギワの殺し屋が痛めつけられ、死に至り、そしてその死体が腐敗していく様子を、記事にしたものだった。殺し屋を写した写真には、一切、加工処理が施されていなかった。グロテスクな死体にも、モザイクはない。
 鈴乃は、カザギワの殺し屋のことを、全員知っているわけではない。だが、その殺し屋が誰なのかは、即座に分かった。見たことがあった。死体の全身に、打ち込まれた釘。同じ光景を目にしたのは、ごく最近のことだ。間違えようがなかった。
<Z city>の誌面で取り上げられている殺し屋は、他でもない。羽継正智(はねつぐ まさとも)だった。
「それは、断ります。俺まで、あなたと一緒に、頭に血ぃ昇らせるわけにゃいかない」
「そう」
 鈴乃は松葉杖を振った。桧垣の手から、銃が弾け飛んで行った。
 銃の行方を横目で追い、歯を軋らせる桧垣を尻目に、鈴乃は、シャッターに閉ざされた、水牢の前に立った。ショットガンの、筒型弾倉と連結した、松葉杖の持ち手をスライドさせる。黒色、鉄製の檻のような形の松葉杖に守られたショットガンは、散弾の装填を受けて、武器へと変わる。
「それは」
「松葉杖型ショットガン、レミントンM八七〇ツヅラ・カスタム」鈴乃は言いながら、既に引き金を引いていた。「“クレッシェンド”、“デクレッシェンド”」
 桧垣が、何ごとか叫んでいた。銃声と、シャッターがひしゃげ、歪む音にかき消されて、鈴乃には聞こえなかった。
 弾を撃ち尽くし、鈴乃は舌打ちした。分かっていたことだが、頑強な鉄製のシャッターは、散弾に撃たれて変形はしたものの、水牢へと繋がる道を開けようとはしなかった。歩み寄り、直接手をかけて開けようとしたが、びくりともしない。シャッターが変形したせいかもしれないし、単に、開閉のための操作を経ていないからかもしれない。どちらなのか、あるいは、そのどちらでもない理由からなのか。鈴乃には分からなかった。
 見下ろすと、床に、水が薄膜を張り始めていた。水牢から、水が流れ出しているのだ。シャッターを破壊した散弾のいくつかが、その向こうの、強化ガラスにも穴を開けたのだろう。
 鈴乃は桧垣を見た。
「諦める気は、ないんですね」桧垣は言った。
「そうね。ないわ。微塵も」
 桧垣は、金製のシガレットケースから、煙草を取り出した。フィルターにかじりつくようにして、それを口にくわえる。火はつけない。手の上で、シガレットケースのふたを、閉じたり開けたりしていた。
「くそっ」
 桧垣は、見えない何かに向かって、短く悪態をついた。シガレットケースを叩きつけるようにして、テーブルの上に置き、ノートパソコンのキーボードに指を走らせる。
 シャッターが動いた。が、十数センチの高さで、止まる。やはり、形を歪ませたことが裏目に出た。
 鈴乃は再び、シャッターに手をかけた。今度は、手応えがあった。シャッターは音を立てて開き、上方へと収納された。
 桧垣が言った。
「永倉の言ったことを、あなたに直接伝えた時点で。<Z city>の中身を、あなたに直接、確認させた時点で。俺の“負け”は確定していたんでしょうね」
「そうかもしれないわね」鈴乃は言った。
 桧垣は部屋を出て行った。外から、鍵をかける音がした。桧垣の気遣い。これで、誰にも邪魔をされることはない。
 鈴乃は、永倉を見た。
 永倉は水牢の中、床に腰を下ろしていた。ガラスに空いた穴から水が流れ出すお陰で、水位が下がっていた。首から上が出るのが、やっとの高さだったが、それでも、立ったままでいるよりはマシなのだろう。天井に向けられた顔に浮かぶ表情は空虚で、どことなく惚けた感じだった。
 相変わらず全裸だったが、その体は、前に見たときよりも、ひと回りもふた回りも小さくなっていた。眼窩は落ちくぼみ、頬はこけていた。髪や、伸びたひげには、白いものが増えていた。高田を挑発し、殺したときの、不敵で尊大な永倉帝明は、どこにもいない。
 鈴乃は、ロブ&ロイを抜き、引き金を引いた。強化ガラスの中央に、十字架を描くように、穴を開ける。そして、クレッシェンド、デクレッシェンドで叩く。人がひとり通れるだけの穴を開けるのに、さして時間はかからなかった。
 鈴乃は、部屋にあったパイプ椅子を小脇に抱え、穴を通り、水牢の中へと入った。
 高田の件がある。永倉は、惚けたふりをして、こちらに隙ができるのを待っているのかもしれない。鈴乃はそう思っていたが、その心配もなさそうだった。永倉に近づいても、何も感じないし、永倉自身、動こうともしない。会話ができるのかどうか。そちらの方が、心配になるくらいだった。
「ヘイ」鈴乃は永倉に声をかけ、パイプ椅子を開いた。今では、座る部分が出るまで、水位が下がっていた。「座らない? 永倉帝明」
 永倉は、パイプ椅子を一瞥し、首を振った。
「そう」鈴乃は言って、パイプ椅子を、後ろに投げた。「それで? あれを見せて、どうするつもりだったの?」
「分かってて、来たんじゃないのか?」永倉は、鈴乃と目を合わせずに言った。声は、ひどくしわがれていた。「お前に、殺してもらうつもりだったんだ」
「あんたの望みが分かってるのに、あたしが、それを選択すると思う?」
「思う」
「なぜ?」
「自分が一番、分かってるんじゃないか? 鏑木鈴乃。仮にも、幼少の頃から“兄”と慕っていた男の死にゆくさまを写真に残し、誌面では、そこに言葉も加えて、辱めた。そのことに対する怒りは、理性では、とてもコントロールできるものじゃない。俺は、そう考える」
「なるほどね」
「違うか?」
 鈴乃は、永倉のこめかみに蹴りを入れた。
「難しい問題ね」
 永倉は、壁に手をかけて立ち上がった。倒れたときに、飲んでしまったのだろう。血の混じった、水を吐き捨てる。そして、言った。
「そうだろうな」
「こういう風に、いたぶられるとは、思わなかったの?」
「かわいいものさ。何かの目的に行われる拷問とは、似ているようで、全く異なる。復讐の一環だ。感情があり、自己満足のために行われるものだ」
「そう」
 永倉の喉下に掌底を入れた。そのまま喉を掴み、永倉の後頭部を、壁に打ちつける。
 鈴乃は言った。
「飛燕は。羽継正智は、アイザック・ライクンとリタ・オルパートに殺されたはずよ。死後の、腐敗した姿だけならともかく。なぜ、羽継が死に至るまでの様子も、写真に収めることができたの?」
「何も、無理しなくていいんだぜ。羽継のことを“お兄ちゃん”と呼んでも、俺は気にしない」
 鈴乃は、永倉に微笑みかけた。
 みぞおちを拳で突き上げた。永倉は、体をくの字に折り曲げ、震わせた。鈴乃は、その頬を蹴り飛ばし、顔の向きを変えた。永倉は、自分の体を絞るようにして、胃液を吐いた。
 鈴乃は言った。
「何でも、ご承知のようね。さすがはミカド」
「どういたしまして」永倉は言った。
「それで? さっきの質問への答えが、まだよ」
「簡単なことだ。リタは、<Z city>の愛読者だった。彼女は、俺たちの間に共通していたミカドの人間を探し出し、そいつを通じて、俺に連絡を取ってきた。“面白いネタがある”と言って。“面白いネタ”なんて表現じゃあ、曖昧だ。俺は、突っ込んで質問をしまくった。すると、あいつは言った。“カザギワの殺し屋の死にざまが拝める”と。そう聞いて、行かない理由はなかった」
「あんたが行った時点では、まだ、羽継は生きていた」
「そう」
「だから、アイザックが、羽継をいたぶるところから、写真に収めることができた」
「そう。そして、ときどき、参加した」
 銃を、抜いた。鈴乃は銃口を、永倉の顎の下に潜り込ませた。
「今、何て?」
「長時間、拷問され続けた人間に、同じ言葉を繰り返すことができるほど、余分な体力は残っちゃいない」
 永倉は言い終えるが早いか、呻き声を上げた。鈴乃が、ブーツの踵で、永倉の何も履いていない足を、踏みつけたのだ。
「もう一度言うわ。何て言ったの? 今」
「お前の愛しのお兄ちゃん。その死体に打ち込まれた釘のいくつかは、俺がやったものだ」
 鈴乃は、銃底で、永倉の頬を殴った。永倉は続けた。
「その不恰好なピアス。羽継の形見なんだろ? 羽継の死体に刺さってた釘のひとつなんだろう? それも、俺がやったモンかもしれないって言ってるのさ」
 また、マカロフを振った。血が飛び、永倉は、未だ足下に残る水の中へと、倒れ込んだ。
 酸素を求めて、荒々しく上下する肩とは裏腹に、永倉の動きは鈍くなっている。体を起こしたところに、蹴りを叩き込んだ。永倉は言った。
「なぜ、ひと息に殺さない。その手に持ってる銃の引き金を引きゃ、済む話なんだぞ」
「どうしてかしらね」
「俺を、殺したくないのか」
「違うわ」
「俺から情報を引き出すために、生かしておくつもりなのか。羽継のことは、そのためなら、耐えられると」
「そうかもしれない」
 今の自分の感情を言葉で説明するのは、難しい。鈴乃は、足下に視線を落とした。
 それを、隙と判断したのだろう。永倉が、鈴乃の手にあるマカロフ目がけて、飛びついて来た。
 確かに、隙だったのかもしれない。だが、それを有効に活用できるほど、永倉に体力は残っていなかった。水に足を取られ、永倉はよろめいた。鈴乃は、その胸を膝で蹴り上げた。
 永倉が、何か言った。が、勢いよく開いたドアの音に、かき消されて聞こえなかった。
 来訪者は、桧垣だった。そして、その部下。
「タイムアップです、飛猫。いいですね?」桧垣が言った。
「なぜ」鈴乃は言いかけて、やめた。「いや、何でもないわ」
 桧垣の部下二人が、水牢の中へと足を踏み入れた。永倉は、抵抗したものの、容易く組み敷かれた。
 これ以上、水牢にいると、気が変わってしまいそうだった。永倉の顔は、羽継のことを思い出させる。殺意は、消えたわけではない。息を潜めただけだ。
 桧垣の部下は武装しており、その銃口は容赦なく、鈴乃にも向けられた。むしろ、そのために用意したのかもしれない。鈴乃は思った。永倉は、その身柄を拘束するのに、武器が必要ないほど、衰弱しているのだ。
 桧垣は、煙草をかじりながら、強化ガラス越しに言った。
「少し早いが、拷問役を交代することにしたよ。“半身浴”にも、飽きただろう? 永倉」
「殺せ」
 永倉は、血走った目で、桧垣を睨みながら、そう言った。
「殺してやるから、吐けよ。DEXビルの一件を実現した、お前のコネクション。パソコンに入った、プロテクトのかかったファイルを見るのに必要な、パスワード。<Z city>が配られている主な人物の名前。その他、お前と繋がりのある、ミカドの人間たち。<Z city>に類する、ミカドのメディア。それを作る者たち」
「カザギワのクズ野郎が」
 桧垣は、鼻を鳴らした。
「言葉の質が、下がってるぜ、ミカド。強情なやつだ。情報は吐きたくないが、キツい拷問も受けたくない、か。敵の手に落ちた分際で、自分にはまだ、複数の選択が可能だと思っている。それに加え、死を選択するには、誰かの手を借りなきゃならない、甘ったれ。この拷問で、お前が負ける原因だよ。底が知れるな。ミカド」
「それで、高田清一の復讐を遂げたつもりか?」
「違うか? この先、お前は、言葉にするのもキツい拷問を受け、俺たちが欲しがってる情報を吐き、くたばる。クソみたいな敗北感に、まみれながら」
「そんなことには、ならない」
「ああ、そうかい。ま、俺にゃ興味のないことだがね。せいぜい、ひとりで頑張りな」
「嘘だ。そう言って、お前は」
「俺は忙しいんだ」桧垣は、永倉を両脇から抱えていた部下に言った。「連れてけ」
 桧垣の部下たちは、無言で頷くと、命令された通りにした。桧垣は、そのついでにと言って、鈴乃に銃を向けていた者たちも、部屋の外へと出した。
 部屋の中は、鈴乃と桧垣の二人だけになった。
 桧垣が言った。
「なぜ、永倉を殺さなかったんです?」
「さあ、分からないわ」鈴乃は言った。
 本心だった。昔の自分なら、迷わず殺していただろう。桧垣すら、手にかけていたかもしれない。
 自分の中で起きている、変化。少し、怖かった。感情の喪失に繋がるものなのではないかと、鈴乃は思っていたからだ。
 だが、違うようだった。感情の喪失とか、そんなおおげさなものではない。ただ、優先順位が変わっただけだ。“兄”に関することを、最優先にできなくなった。ただ、それだけだ。
「なぜ、ドンピシャのタイミングで現われることができたのかしら?」鈴乃は言った。
「何のタイミングでしょう?」
「あたしの気持ちが、永倉を殺さないところで区切りがついた。そのタイミングに、ドンピシャだったわ」
 桧垣は肩をすくめた。
「カメラを見てりゃ、誰にでもできる」
 桧垣が視線で示した天井の隅には、監視カメラが設置されていた。
「あら、残念」鈴乃は言った。「褒めるほどのことでもなかったのね」
 桧垣は、一度笑ったあと、表情を引き締めた。
「申し訳ありませんが、飛猫。少しの間、独房で頭を冷やしてもらわなきゃなりません」
「でしょうね」
 鈴乃は言った。分かっていたことだった。むしろ、独房に入るだけで済むのが、不思議なくらいだった。それだけのことをした。
「けど、とりあえず。これだけは言わせてください」桧垣は言った。「永倉を殺さないでくれて、ありがとう。飛猫」
 鈴乃は、履いてもいないスカートの裾を、指でつまむふりをして、頭を下げた。
「どういたしまして、ミスタ・桧垣」

 独房は、拷問部屋が設置されている所と、同じ階層にあった。鈴乃はそこに、半日、収容されることになった。
 たいした不都合はなかった。骨折した部位に無頓着なお陰で、近頃、左脚がよく痛むようになっていた。睡眠時間も、足りていない。
 狭く、暗い独房。何もすることのない空間は、体を休ませるのに打ってつけの場所だった。鈴乃は、ひたすら眠った。
 目を覚まし、独房を出る許可を得たときには、永倉への拷問は終わっていた。
 永倉帝明は、凄惨な拷問の末、桧垣の欲した情報を、全て白状した。そして、間もなく死んだ。永倉が最期を迎えるとき、敗北感にまみれていたのかどうか、鈴乃は知らない。そのことについて、桧垣に答えを求めることもしなかった。

つづく




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posted by 城 一 at 08:24| 長編小説 焔-HOMURA-[integral] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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