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最近、自分がフリーメールを活用できない人間だってことに気付きました。

2008年01月26日

短編小説 LADY×LADY

「別れよう?」

 マナミが言った。そんなことを言われるような気はしていた。彼女と付き合い始めてから、もうすぐ二年が経とうという頃だ。何を考えているのかくらいは、それとなく分かる。

 サエは、自分で作ったカシス・ソーダの入ったグラスの縁を、指先で撫でた。縁はわずかに濡れていて、指の腹の下で、ひゅいん、という音が鳴る。

「何があったの?」
「何も」マナミは言った。

 嘘だ。サエは思った。嘘をつくとき、マナミは耳たぶを触る癖がある。紫色に塗った爪の下で、揃いの色の石がぶら下がったピアスが揺れる。付き合ってひと月が経った記念日に、プレゼントしたものだ。まだ彼女の好みが分かっていなかったので、一緒にデパートに行き、彼女に選んでもらった。

「もう、疲れたの。女同士なんて、やっぱ変だよ。ベッドの中だって、電車に一緒に乗るときだって。映画館の席とか、クリスマスの夜とか、大晦日の新しい年を迎える瞬間とか、誕生日とか。そういうときに、隣にいるのはやっぱり、男の人がいいの」

 最初に会ったときと、真逆のことを言っていた。初めて会ったときのマナミは、サエと共通の友人だったレズビアンのノリコに手を引かれ、雪の積もった黒髪の下で瞳を潤ませ、言ったものだ。もう、男の人は嫌だと。

 マナミは、大学時代から付き合っていたキョウジという男に、売春をさせられていた。キョウジが毎夜のように連れてくる友人を相手にセックスをして、金をもらっていたのだ。

 金は全て、キョウジに取り上げられていた。キョウジはギャンブルにはまっていた。そのくせ運や才能はなく、借金だけが膨らんでいた。その返済に、マナミが体を売って稼いだ金は消えた。

「キョウジ」

 試すようにサエが投げかけた言葉に、マナミの視線が泳いだ。溜め息は、持ち上げたグラスの中に溶かし、カシス・ソーダとともに飲み込んだ。舌に、アルコールはあまり感じなかった。ソーダの分量を、多くしすぎたのかもしれない。

 二年。マナミとともに過ごした月日を、閉じた瞼の裏に再生してみる。かつての男のされた、ひどい仕打ちを忘れるのには、十分な時間なのかもしれない。それに。異性愛と同性愛の狭間でバランスを取り続けるのは、想像以上に難しいものだ。

 だが、言った。

「あの男にされたこと、忘れたの?」
「もう、あの頃のキョウちゃんとは違うもん! キョウちゃんのこと、何も知らないくせに、知った風な言い方しないで」

 ガラステーブルの上から、カシスの壜を取った。やはり、アルコール分が少し足りない。

「知ってるよ。あんたの大好きなキョウちゃんは、恋人だったはずのあんたに、平気で友だちとセックスをさせて、金を取ってた。そして、それを借金の返済にあててた」
「今はもう、真面目に働いてるもん。キョウちゃんは」

「あの頃も、真面目な大学生だったんじゃないの? キョウちゃんは」

 言いすぎた。いや、確信犯だった。マナミの瞳が歪む。怒りでカーペットを敷いた床を鈍い音で踏み鳴らしてこちらに来て、置いたばかりのグラスを、テーブルの上から弾き飛ばした。

 グラスはカーペットの上に転がり、ゴトンという音を立てて、中身をこぼした。マナミが、この部屋で一緒に住むことを決めてすぐに、ふたりで初めて選んだインテリア。象牙色のカーペットは、カシス・ソーダを吸い込んで、明るい赤色に染まった。

「そうやって、人の悪いところをあげつらって、自分のところに引き止めようとしちゃって。それがレズビアンのやり方なの?」
「違うよ、マナミ。そんな言い方はするもんじゃない。これは、レズビアンだとか、そういうのは関係ない。単純に、わたしのやり方なのさ」

「最低」
「そうだね。最低だね」

 こめかみを指で揉んだ。やはり、アルコールが足りない。カシスを壜から、直接飲んだ。ソーダで割らなければ飲めたものではないが、この際、味など関係ない。

「わたしのことは、もう好きじゃない?」
「最初から、好きじゃなかったもの」

 自分の唇が、自嘲的に歪むのが分かった。どんな言葉が返ってくるのか。分かっていて、尋ねた。気付かないうちに、自分も別れの準備を始めているのかもしれない。

 マナミと初めて体を重ねたときから、薄々気付いていたことだった。いくら彼女の体を愛撫して、彼女の声と快楽を吊り上げても、その瞳の奥まで、自分の姿は染み込まなかった。それは、何度体を重ねても変わらなかった。表面には映るものの、それ以上、彼女の中へと踏み込むことはできなかった。

 いつ終わっても、不思議ではない関係。そう思っていた。二年は、持った方なのかもしれない。

 マナミはクローゼットから、袖口や襟元に、青く染めた毛皮の付いた、黒いコートを取り出した。

「無理しなくていいよ。マナミが嫌なら、わたしはソファで寝るから。出て行くのは、眠ってからにしなよ。外は、雪が降ってる。電車もないよ。この時間じゃ」
「大丈夫。キョウちゃんが、車で迎えに来てくれてるの」

「そうかい」
「荷物は、あとで取りに来るから」

 リビングから出る途中で、マナミが振り返って言った。
「サエちゃんだって、あたしのこと、好きじゃなかったんでしょ。あたしなら、泣くもの。好きな人と、別れるときは」

「あんたが言うかね」
「そうだね。ごめん」

 マナミは部屋を出て行った。バックルがふたつ付いた、ワインレッドのブーツを履いていったのだろう。そんなことを考えていた。デートのとき、彼女はいつも、そのブーツを選ぶ。

 カーペットに落ちていたグラスを拾い、水で洗った。もう一度、カシス・ソーダを作る。今度は最初から、カシスを多めに入れた。飲むと、ようやく、喉に熱さを感じた。酔えそうだった。

 泣かなかったのは、マナミを愛していなかったからではない。むしろ、逆だ。彼女のためだった。彼女は、優しい。泣いている者を、冷たく突き放すことはできない性格だ。

 同情で彼女を繋ぎ止め、場当たり的に、関係を長引かせるようなことはしたくなかった。

 携帯電話で、ノリコに電話をかけた。たった今、マナミと別れたことを告げた。

「あら、残念なことね。でも、長く持った方じゃない? また女の子、紹介しようか?」
「いや、いいよ。しばらくは、ひとりでおとなしくしてるよ」

 カシス・ソーダを、ひと口飲んだ。思い当たったことがあり、ノリコに言った。
「もしマナミがまた、彼氏に売春させられたら。そして、それが分かったら。わたしに連絡してね」
「あんたも、人がいいね。そのときになったら、またあの子を助けてやるのかい?」

 軽く笑って、言った。
「違うよ。あの子の、客になるんだよ。あたしが、ね」

言葉とともに、ようやく溢れた涙が、グラスの中に落ちた。また、アルコールが薄くなった。そう思って、カシスを足した。

posted by 城 一 at 08:01| 短編小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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