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最近、自分がフリーメールを活用できない人間だってことに気付きました。

2008年02月15日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第152回(2版)


次に会うときは。


「さあ、どうしてですか?」
 井織はとぼけた。他に、どうしようもなかった。
「うまくないな。仮にも、<カザギワ>で情報を動かしていた男だろう。もう少し、理知的な言葉を返してほしいところだったな」
 ベンチの周囲で、風景に溶け込んでいた者たちが、筒本を囲んだ。ジョギングにいそしんでいた者。スーツとコートに身を包み、鞄をぶら下げ、腕時計をちらちらと見ていた、サラリーマン風の男。信号を待っていた、腕を組んだ壮年のカップル。四人。彼らが実際に動くまで、井織には分からなかった。新巻に紹介され、一度は顔を見たことがあったのに。筒本を囲まんとしている者たちは全員、<デイライト>の人間だった。
「俺のことを、ハメたんですね」
「<カザギワ>を裏切った人間が、再び<カザギワ>の人間と会おうとしている。興味を惹かれるシチュエーションだと、私は思うがね」
「でしょうね」
<デイライト>の者たちに囲まれた筒本は、抵抗することなく、ぐったりとその場に倒れそうになる。<デイライト>は、さも筒本のことを助けるために近寄ったかのような演技を始める。大丈夫ですか? 携帯電話を開く者。もっともらしく、筒本の胸に耳を当てる者。大きな声で呼びかけて、意識の有無を確かめるふりをする者。「もしもし、大丈夫ですか!」。もちろん、筒本は意識を取り戻したりはしない。もし取り戻したとしても、再び奪われるのがオチだ。
「怒っているのかね?」
「いいえ」
「君にとって、もう<カザギワ>は過去のものだろう?」否定した井織の言葉が聞こえなかったかのように、新巻は言う。「いまさら、<カザギワ>の人間がどうなろうと、関係ない。君が選んだのは、<カザギワ>ではなく、妻の光子君なんだから」
 新巻には、そして<デイライト>の誰にも、光子の死は伝えていなかった。彼らと共有すれば、彼女の死の色が変わる。そんな気がしたからだ。
 すぐ近くに、黒いフルスモークのワンボックス・カーが停まっていた。気を失った筒本は、<デイライト>の者たちに、そのワンボックス・カーの方へと運ばれていく。
「あいつを、どうするつもりですか」
「かつて、君の部下だった男だろう? 栄養価の高い食材だ。骨まできちんと味わってから、捨てるよ」新巻は言った。「ああ、料理は君に任せたいんだが、どうかな? そういう料理の経験が、君にはあると聞いたが」
 筒本の拷問を、井織にやらせる。新巻は、そう言っていた。ワンボックス・カーのドアに手をかけた、サラリーマン風の男が、新巻に目配せをした。新巻は頷いた。男がドアを閉める。
 井織は、彼らとの距離を測った。およそ、百メートルくらいだろう。
「返事が聞こえないな、井織」
 コートのポケット。その中で銃を握り、外套越しに新巻に突きつけた。強く。押しつけるように。新巻は、丸めていた背中を少しだけ伸ばした。
「何をやっているか、分かっているのか、井織」
「分からないほど、馬鹿に見えるのか? 俺が」
 返事は、聞かなかった。銃を撃った。脅しにするつもりはなかった。数発続けて撃ち込む。目から光を失い、傾きそうになる新巻の巨体を支え、ベンチの上で重心を整える。新巻のコートの中には、オートマティックの銃が二丁。もらい受け、新巻から離れた。かつて、彼であった巨体から。
 ワンボックス・カーの中の者たちが、異変に気づいていた。しかし、彼らに確信はない。その分、隙があった。早足で歩きながら、彼らへ向けて引き金を引いた。ドアを閉めたサラリーマン風の男が、ドアに体をぶつけ、その場に崩れ落ちる。助手席から、ジョギングの男。こちらに、狙い定めるものは、井織自身の体しかない。ジョギングの男には、ワンボックス・カーがある。井織は、それを狙い、引き金を引き続けた。ジョギングの男の胸が赤く爆ぜる。壮年のカップル。判断を誤った。仲間を呼び、態勢を立て直すべきだった。が、そうはしなかった。彼らは反撃を選んだ。ふたりの表情が分かる所まで、井織は近づいていた。腹に穴を開けて女が死ぬ。が、男は車の陰に潜みながら銃を撃っていた。馬鹿め。井織は思った。時間をかければ、警察が来てアウトだ。その他にも、アウトの要因はあった。井織の銃弾が、男の体を捉えていないのにも関わらず、銃声がやむ。車の陰から、男の首を絞め上げながら出てきたのは、筒本だった。意識を取り戻したのだ。井織は銃を下ろし、頷いた。
「<カザギワ>に、戻ってくる気になったんですね」
「お前は」井織は言った。「<デイライト>の情報を引き出すために、かつて部下だった地位を利用し、俺に近づいた。が、俺は罠を張って仲間と待っていた。お前は反撃し、<デイライト>の者たちを返り討ちにした。運よく。お前には、運悪く。俺は死なずに、その場を逃れた」
「何を言ってるんです」
「新巻が死んだ。<デイライト>のトップだ」井織は、ワンボックス・カーの側で死に絶える<デイライト>たちを見下ろした。「新巻に次いで地位の高い者たちは、彼らだ。あとは、復讐の二文字に囚われて、周りの見えなくなっている連中ばかりだ」
「井織さん」
「残っている、<デイライト>の連中の手綱を握るのは簡単だ。今日、新巻を含めた仲間も、“<カザギワ>に殺された”。これを火種にすれば、あとはふうふう吹くだけさ。ケーキのろうそく消すみたいにな。火は、吹いた方向に泳ぐ」
「言っている意味が分かりません、井織さん」
「これでも、元<カザギワ>だ。ある程度、やり口は把握している。手強いぞ、俺は」
 パトカーのサイレンが聞こえてきた。筒本は言った。
「場所を変えて、落ち着いて話をしましょう」
「もう一度、言っておく。次に会うときは、敵同士だ。忘れるなよ、筒本」
「あなたは今、興奮して頭が沸騰してるんです。時間を置けば」
「筒本」井織は言った。「その時間は、ないさ」
 筒本に背を向けた。撃たれるかもしれない。井織は、そう思った。が、それならそれでいい。しかし、井織が姿を消すまで、銃声がその耳を叩くことはなかった。
 自分のしたことは、分かっていた。しかし、後悔はしていない。

つづく




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posted by 城 一 at 10:00| 長編小説 焔-HOMURA-[integral] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

短編小説 ちゃんと、覗いてますから。(2版)



 彼女の瞳に映っているのは、僕ではなく、絶望だった。その色と深さに、こめかみがズキズキとした。

 父親に買ってもらった、天体望遠鏡で覗きをしていた。向かいにあるマンションの一室。カーテンを閉める習慣を持たず、無防備に日々を過ごす彼女を。

 彼女の着替えを、風呂上りのバスタオル一枚の姿を、そしてセックスする姿を見ながら、オナニーに励むことが、いつしか僕の生活の一部になっていた。

 その彼女が、いつまで経っても、レンズの向こうに現われなかった。

 彼女がいなければ、僕の夜は空虚なものになる。持て余した時間に、別の人間を探した。好奇心か、性欲を満たしてくれそうな、マンションの住人を。

 望遠鏡を、屋上に向けたのは、偶然だ。彼女を見つけたのも。

 いつも夜を満たしてくれる彼女は、十数階もあるマンションの屋上の、フェンスの外側で、風に吹かれていた。

 止めなければ。そう思った。部屋から飛び出て、僕は久しぶりに全力疾走をした。何年かぶりに吸う外の空気は、乱暴なほど新鮮だった。肺が悲鳴を上げるように激しく動いているのが、何だか心地よかった。

 そのかいもあってか、間に合った。彼女はまだ、フェンスの外側で髪をなびかせていた。

「あなた、誰?」彼女は言った。

「ケン。小宮ケン。あなたの名前は?」

「倉橋トモヨ」そう言って、彼女はふふ、と笑った。「どうして、ここに?」

「覗いてました」

 僕は言った。自分で、自分が信じられなかった。

 覗き。責められこそすれ、胸を張ることなど、できない行為だ。犯罪だ。なのに、自分が彼女に対してしていたことを告白した。僕の声は、清々しいほどに透き通っていた。後ろめたさなど、微塵もなかった。

「そうなの。あたし、覗かれてたんだ」

「ごめんなさい。でも、あなたは、とても素敵で」

「ありがとう」

 倉橋トモヨは、なびく髪を手で押さえた。少し茶色く染め、パーマのかかった、長い髪だ。

 前は、黒のストレートだった。そちらの方が好きだったけれど、今の髪型も好きだ。彼女に似合っている。

「あたしね」倉橋トモヨは言った。「これから、死ぬのよ」

「どうして」

「何だ。あたしのこと、覗いてくれてたんじゃなかったの」

 彼女は、寂しそうに笑った。

「いえ、ちゃんと覗いてました!」

 自分でも笑ってしまいそうなセリフを、大声で叫んでいた。そうでなければ、屋上で吹き荒れる風を、突き抜けられない気がした。

 倉橋トモヨが死ぬ理由。心当たりなら、あった。一週間前の、恋人らしき男との喧嘩だ。

 それからと言うもの、彼女はひとりで部屋にいるときは、携帯電話を見つめてばかりだった。悲しそうに。

「彼氏と、別れたからですか」

「そうだよ」

「喧嘩の原因は、何だったんですか?」

「何てことないの。街でデートをしてたら、彼ね、すれ違ったかわいい女の子のことを見ててね。だから、ちょっと言ってやったの。“他の女の子のことばかり見て、やらしい人ね”って。意地悪を言ってやっただけのつもりだったんだけどね。彼、もうキレちゃって。“お前にはうんざりだ!”って」

「そんな」

「結婚の約束だって、してたのにね。あたしったら、馬鹿みたい」

「そんなことありません」僕は言った。「あなたは綺麗で、優しい目をしてて」

 中学一年生の頃だった。小学校からの付き合いだった親友と、些細なことから口論になった。

 もう、三年以上も前のことだ。理由は覚えていない。記憶するほどの価値もなかった理由だ。それだけは、覚えている。

 僕は、親友のことを無視するようになった。それが、始まりだった。

 クラスの中で、僕と言葉を交わしてくれる人間が、一人、また一人と減っていった。一学期が終わる頃には、クラスメイト全員が、僕を無視するようになった。

 首謀者は、親友だった。

 二学期が始まり、三学期が始まっても、それは終わらなかった。

 僕は音を上げた。学校へ行き、クラスメイトたちと、友情を育むことを、諦めた。

 家で、ただひたすらに、部屋に引きこもり続ける生活に、変化を与えてくれたのが、望遠鏡と、倉橋トモヨだった。倉橋トモヨがいなければ、僕はここにはいなかったかもしれない。

「あなたのことが、好きなんです。倉橋トモヨ」

「ありがとう、ケン君。嘘でも」

「嘘じゃありません。冗談でもない。僕は、あなたが好きです」

「じゃあ、一緒に死んでくれる?」

 耳を疑った。

 倉橋トモヨは、顔をほころばせた。

「ごめん。意地悪言っちゃったね。嘘だよ。冗談。でもね、お願いがあるの。邪魔だけはしないで。あたしがここから飛び下りるのを」

「いいですよ」僕は言った。

「え?」

 倉橋トモヨは花だ。殺伐とした僕の日常に咲いた、一輪の花。

 今それが、自ら散ろうとしている。一緒に散るのも、悪くはない。そう思った。

 僕はフェンスに手をかけた。弾みをつけて、登る。身長よりも、三十センチほど高いフェンスは、登るのに少し、時間がかかった。

「馬鹿だね」

「ええ、馬鹿ですよ」

 フェンスを越えた。倉橋トモヨに助けを借りて、向こう側へと下りる。

 景色は、ガラリと変わっていた。暗さを増したように感じる夜がどこまでも広がっていて、足下、はるか下を行き交う車の明かりに、眩暈がした。

「大丈夫?」倉橋トモヨが、僕の手を握った。

「大丈夫ですよ」

 僕は言った。嘘でも、強がりでもなかった。

 彼女の手のぬくもりがあれば、どこへでも行ける。そう思った。たとえ、死の世界でも。

 倉橋トモヨが言った。

「キス、したことある?」

 なかった。女の子と、付き合ったこともない。僕は、思いきり首を振った。

「初めて、もらってもいい?」

「いいですよ」

「じゃあ、目を閉じて」

 倉橋トモヨが言った。僕は、言われた通りにした。着ていたダッフルコートの袖で、自分の唇を、ごしごしとこする。

 だが、彼女の唇は、いつまで待ってもやって来なかった。何か、彼女の気に障ることでもあったのだろうか。僕は思った。

 いくら考えても、キスが訪れない理由は分からなかった。

「すいません、ちょっと、目を開けてもいいですか?」

 僕は言った。倉橋トモヨは、何も言わなかった。

 もう一度、同じ言葉を繰り返してから、僕は目を開けた。

 倉橋トモヨはいなかった。

 足下を見た。車の明かりが、乱れているのが分かった。人だかりができ始めていることも。その中心に、倉橋トモヨがいることも。

 手のひらをこすって、彼女のぬくもりを探した。強い風に吹かれて冷たくなっており、見つけることはできなかった。

 置いていかれた。そう思った。

 勇気のある者ならば、彼女を追って、ここからジャンプするのだろう。足下を見つめながら、そう思った。

 僕には、無理だった。

「ずるいや」

 そう、小さく呟くことしかできなかった。



posted by 城 一 at 01:53| 短編小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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