Gusuku LABELへようこそ!
最近、自分がフリーメールを活用できない人間だってことに気付きました。

2008年03月24日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第161回


火は、自分で自分を消せない。


 目が覚めた。しかし、時間の感覚を掴めなかった。瞼を開いても、視界が闇に包まれていた。割れた窓から見える空に、うっすらと残るブルーが、夜の浅さを教えている。けれど、これから夜が深くなるところなのか、朝へ向かっている途中なのかは、分からなかった。時計はない。

 覚醒を促したのは、人の気配だった。部屋の外で、足音がした。敵か。<ミカド>という名詞が、頭をよぎる。武器はなかった。体をわずかに起こし、床に突いた足に力を溜める。

 が、その脚力を使う必要はなかった。ドアを失い、枠だけになった入口に姿を現したのは、若い男だった。アイザック・ライクンではない。日本人。知っている顔だった。同じアパートの住人だ。

「お前」男が言った。

 毛皮をあしらったフード付きの、黒いダウンジャケットを着た男。赤い毛糸の手袋をはめた手が、殺意を持って動いた。だが、あまり使われていない殺意だ。鈍さがあった。慶慎は待った。出てきたのは、ナイフだった。手の中に収まるサイズの、飛び出すタイプのものだ。

「こんな所で、何をやってる。この疫病神の、くそ野郎が」

 罵られる理由が分からなかった。ナイフの切っ先が光る。

「あなたは」
「覚えてるか? 同じアパートに住んでた、相澤だ」

 相澤は、ナイフを右手から左手に持ち替え、体をゆらりと揺らした。

「分かりますよ。けど、そんなものを突きつけられる理由に、覚えはありません」
「へえ。大家さんを、殺しておきながらか」

「何を」
「赤毛の女と、金髪の男がやって来て、ガキ三人組と戦って、このアパートをこんなにボロボロにしていった。それくらいは、聞いてるんだろうが」

「何だよ、それ。僕は」
「しらばっくれんな!」

 ナイフの切っ先が線を描いた。かわし、相澤の手からナイフをはたき落とし、その力を利用して、相澤の体を投げる。Uの字を描いて、元来た場所へ戻り、相澤は床を転がった。

「くそっ。俺のことも殺すのかよ」
「大家さんを殺したのだって、僕じゃない。それに、そんなことはしない!」

「大家さんは、体中に釘を打ち込まれて死んでたそうだ。警察は情報規制を敷いてるが、インターネットで流れてる」

 釘。アイザック・ライクンに間違いなかった。ならば、一緒にいた赤毛の女というのは、リタ・オルパートになる。死んだ松戸孝信の復讐を果たすために、ここに来たのか。相澤の言うガキ三人組に、心当たりはひとつしかなかったが、このアパートに来る理由が分からなかった。

「最初から、うさんくさいと思ってた。そんな年で、ひとり暮らし。学校に行ってる様子もないし、顔も見せずに、部屋にひきこもってばかり。ときどき頭のおかしくなったガキが、家族を殺したり、強盗をしたりする事件があるけどな。そういうヤツと同じ目をしてるよ、お前は」

「何も知らないくせに、勝手なことを言うな」
「なら、答えろよ。どうして、こんなことになった。どうして、大家さんは殺された。どうして、このアパートは使いものにならなくなった。住んでたヤツらは、軒並み出ていかなきゃならなくなった」

 それは。そう言ったきり、言葉を続けられなくなった。口には出せなかったが、はっきりとはしていた。人を、殺したからだ。人を殺し、人の怒りを買い、怨恨の連鎖の輪の中に、この身を投じてしまった。そして、そんな存在になった自分が、住処をこのアパートにしてしまった。

 焔。刺青を見て、風際秀二郎から与えられたコードネームを、皮肉に思った。人の死を、悲しみを、怒りを火種に、燃え上がる負の感情の焔。それは消えることを知らず、ひたすら周りにあるものを飲み込み、大きくなっていく。災厄の種。

「火は、自分で自分を消せない」
「何?」

 立ち上がり、入口の方へと向かった。後ろでまた、鈍い殺意が生じるのを感じた。相澤だ。ナイフを拾ったのだろう。だが、すぐには来なかった。あくまでも、素人だ。武器を使うことに、抵抗がないわけはない。

 相澤が床を蹴る音が聞こえた。足を止めて、待った。が、ナイフは来なかった。振り返り、相澤を見る。相澤はナイフを構えたまま、歯を食いしばり、うつむいていた。

「どうしたんですか? 僕を刺すつもりで、ナイフを取ったんじゃないんですか」
「やれば、血が出る。傷つく。もしかすると、死ぬかもしれない」

 ナイフの刃を、素手で掴んだ。皮膚を切り裂き、食い込んでくるのを構わず、握り締める。血が、滴った。相澤はそれを見て息を呑み、ナイフの柄から手を離してしまった。

「分かってるなら、やらないことだ。人を傷つけることが嫌なら、武器なんて持たないことだ。ナイフも、銃も。人を傷つけてから後悔したって、遅いんだから」

 相澤は、何も言わなかった。ただ、怒りを持て余して、ナイフを失った拳を握り締めていた。言葉にしたいことも、尽きたようだった。これ以上、同じ空間を共有している必要はなかった。慶慎はアパートを出た。

 冷たい風が、手のひらの傷に染みた。一度握り締めてみて、血を伸ばす。

「リタ・オルパート」
 赤く染まった手のひらの中に、そう呟いた。

つづく




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posted by 城 一 at 09:08| 長編小説 焔-HOMURA-[integral] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月23日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第160回


束の間の休息を、少年に。


「何だ、これ」

 思わず、慶慎はそう言っていた。今まで、足を踏み入れるのを避けていた場所。自分が、殺し屋としての生活を始めたアパートである<ウエムラ・ハイツ>は、破壊の限りを尽くされて、もはや廃墟と言ってもいい状態になってしまっていた。

 人が住んでいる気配はなく、それどころか、“立入禁止”と記された黄色いテープが、まるで包帯のように、アパートの至る所に張られている。黄色いミイラのようだった。

 自分のせいなのだろうか。そんな考えが、頭をよぎった。あり得ないことではない。<DEXビル>の件がある。そうでなくとも、既に一度、<カザギワ>のボスである風際秀二郎から、殺し屋としてコードネームを与えられた身なのだ。トラブルという名の火薬が詰まった、火薬庫の番人のようなものだ。

 周囲に、人はいなかった。お陰で、ここにいることを咎められることはないが、その代わりに、このアパートの惨状の原因を教えてもらうこともできない。

 話を聞くことができないのならば、自分の五感でアパートを調べるしかない。そんな口実を借りて、黄色いテープをくぐった。

 ここに来た本当の理由は、ただの自分の生活環境の改善のためだった。金は底を突き、着替えもなく、食料もない。さまざまな建築物を利用して、どうにかやってきたが、寝床もないのと同じだった。大仰な理由でこのアパートを避けておきながら、結局、単なる自分の衣食住のために、来てしまった。自分という人間の底の浅さに、情けなさを通り越して、笑いが込み上げてくる。

 だが一方で、死の一文字が、常に頭の片隅にある。大きくはないが、だからと言って、無視できるほど小さくもない。街のどこかで目を覚まし、新しい一日を迎える度に、存在を確かめなければならないものになっていた。太陽よりも、前に。

 いつしか、死ぬ理由と、死ぬ方法を探すようになっていた。できるだけ痛みも、苦しみもなく、という条件付きだが。左の手首には、傷が増えている。それで死ぬことができないのは、分かっていた。ただ、血を見るためだけの、中途半端なリストカットだ。だが、血を見ると安心するのだ。死は、いつでも自分の側にあるような。いつでも手にすることができるような。そんな気がしてくる。

 他の部屋も、破壊はされていたが、慶慎の部屋は特別ひどかった。ドアはなく、窓も割れ、家具の類も、ことごとく破壊されていた。部屋は寒風で冷えきり、生活空間としての機能を失っていた。やはり、このアパートが破壊された理由は、自分にある。破壊の度合いを見れば、それが分かった。誰かが自分を探してここに来て、破壊活動を働いていったのだ。

 銃も、なくなっていた。厄介なことになっている可能性もあった。部屋を破壊した犯人がそうだとは思えないが、警察がここに足を踏み入れているだろうことは、確かだ。これだけアパートが破壊されていれば、通報する人間くらいいる。

 警察が銃を発見し、持っていったのなら、慶慎が、この街の平和を脅かす、良心的でない市民であることが、知れてしまっているはずだ。気づかないうちに、追われる身になってしまっているのかもしれなかった。

 遠くに聞こえたサイレンに、身が震えた。が、パトカーのものではなかった。救急車だ。小心者め。思わず、自分で自分を笑った。

 シャワーから、湯は出なかった。給湯器が、機能していないのだ。無理もない。アパートがこういう状態になってしまっているのだ。おそらく、真っ先に止められたことだろう。

 体を洗うことは、諦めた。が、箪笥の中身は比較的無事だった。黒いジーパンと、栗色のタートルネックのセーターに着替えた。そして何よりも、下着を替えられたのが嬉しかった。靴下、Tシャツ。全て替えた。できるだけ暖かくて、丈夫なものに。ジーパンの下には、黄色いジャージも履いた。

 台所の下に、缶詰が残っていた。魚を使ったものだ。それを食べた。金も、わずかだがあった。全てを拒絶しておきながら、生きるために必要なものをかき集めている。<カザギワ>や、<DEXビル>で殺した者たちが、今の自分の姿を見たら、どう思うだろうか。そんなことを考えていた。

 そしていつしか、眠りに落ちていた。ドアや窓がなくとも、かつては自分が生活していた空間だ。外界よりは、安らげる。久しぶりに、長く深く、眠った。

つづく




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posted by 城 一 at 01:12| 長編小説 焔-HOMURA-[integral] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月16日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第159回


向こうで、幸せに。


「すまなかったな」

 そう言って、井織は筒本の肩に手を置いた。先ほどまで筒本だった、魂の抜け殻は、たったそれだけの動きでバランスを失い、井織の膝の上に倒れた。

 死んだ筒本の表情は、穏やかなものだった。井織の考えを変えることはできなかったが、話をすることはできた。それだけで、満足だったのかもしれない。自分の言葉を届けることが、できただけで。

「それで?」井織が顔を上げた。「お前は、何をしに来たんだ?」

 その問いに答えず、リュックサックの中からビニールの小袋を取り出した。中に入っているのは、サイレンサー。井織光子を殺したときに使ったものだった。マカロフの銃身に、それを装着する。

 井織は鼻を鳴らし、周囲を見回した。
「なぜ、<カザギワ>や<ツガ>の連中は、ここに踏み込んで来ないんだ?」
「筒本が、このビルには爆弾が仕掛けられている可能性がある、という情報を流したからよ」

「それは」
「もちろん、筒本の嘘よ。さっき、一階が爆発したでしょう。あれも、筒本」

 井織は、自分の膝上で息絶える、かつての部下に視線を落とした。
「俺と話をするために、そんなことまでしやがったのか。こいつは」

「正真正銘の、馬鹿野郎なのよ」
「まったくだな」

「ま、かく言うあたしも、なかなか頭の悪いことに時間を割こうとしているんだけれど」
「どういうことだ」

 サイレンサーを装着したマカロフの銃口を、井織の額に向けた。
「光子から、伝言よ。“あたしも、愛している”と」
「お前、まさか。それを伝えるために」

「さすがに、そのためにビルを爆破しようとは思わなかったけれど。でも、携帯電話の留守電機能を利用すればよかった、なんて言われちゃあ、癪でしょう?」マカロフの撃鉄を上げる。「それから、“ごめんなさい”とも言っていたわ。“あたしは、あなたのついた嘘を責め立てたのに。あなたは一度も、あたしの隠してたことを、責めなかった。あんなに、たくさんの借金を隠してたのに。本当は、あたしには、あなたのことを責める権利なんて、なかったのに。馬鹿な妻で、本当にごめんなさい。足を引っ張って、大事な仲間を裏切らせてしまった”と」

 井織は目を伏せて、力なく笑った。
「どいつも、こいつも。馬鹿ばっかりだな」
「同意せざるを得ないわね。何か、彼女に伝えたいことはある?」

 井織は首を振った。
「もう、お前さんを頼らなくても、大丈夫さ。自分で伝えられる」
「そうね」

「飛猫」井織が言った。
「何?」

「ありがとうよ」
「どういたしまして」マカロフの銃口を下げ、井織の口許に差し出した。「口づけを」

「なぜだ?」
「彼女は、あたしの言う通りにしたわ」

「そうかい」井織は、マカロフの先端から伸びるサイレンサーに、唇を寄せた。「これでいいのか?」

「オーケイ」
「キスのとき、女が目を閉じる理由が分かったよ」

「あら。それは、どうして?」
「男がキスをする光景は、あまり絵にならないからだ」

「そうかもしれないわね。言い残したことは?」
「ないさ」

「では、おやすみ。井織誠。向こうで、幸せに」
「ああ」

 引き金を引いた。銃声は乾いていて、だらしなく間延びして、部屋の中に響いた。井織の体はぐらりと揺れてから、筒本の死体に覆いかぶさるようにして、倒れた。

 天井を見た。小さな染みが、ひとつだけあった。井織と筒本の魂が、通り抜けた跡かもしれない。そんなことを思った。口に出したい気もしたが、やめた。イヤホンの向こうにいる、いくみにわざわざ聞かせることでもない。『ご苦労さま』と、いくみが囁くように言った。返事はしなかった。

 井織に貸したライターを返してもらい、マルボロ・メンソールに火をつけた。彼らの魂の通った跡を狙い、煙を吐く。砂糖とミルクをたくさん入れたコーヒーが、飲みたい。そんなことを思った。

つづく




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posted by 城 一 at 22:07| 長編小説 焔-HOMURA-[integral] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月13日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第158回(2版)


馬鹿野郎が。


「その前に、少し時間をもらうわよ」鈴乃は言った。

 消え失せる寸前のような、弱々しい雄叫びが、すぐ横を通り過ぎた。筒本だった。よろよろと空気をかき分けて泳ぐようにして走った筒本は、何もない床の上でけつまずき、転がるようにして、井織の頬に拳を叩き込んだ。

 折れ曲がった煙草が、井織の口を離れて宙で弧を描き、音もなく落ちた。

 井織の表情に、驚きはなかった。少しだけ呆れたように目を細めて、言った。諭すように。

「ここで何をやってる、馬鹿野郎が。お前は、<カザギワ>で情報の管理を担当している人間だろう。こんな前線に、足を踏み入れるべきじゃない」

 筒本は、井織を殴った勢いにブレーキをかけることができず、そのまま床にうつ伏せに倒れてしまっていた。その状態で、短く「ハッ」と笑うと、動作のひとつひとつを、深呼吸しながらゆっくりと行い、起き上がる。そして、井織の着ているコートの襟の片方を掴んで、引き寄せた。

「それは、こっちの台詞ですよ、井織さん。<カザギワ>の構成員であるあなたが、こんな所で何をやってるんですか」

 井織は、筒本の言葉に答えずに、顔をしかめた。筒本の異変に気づいたのだ。

 井織は視線で筒本の体をなぞり、その脇腹にある銃創と、そこから流れた血に塗れた半身に、「お前」と呟いたきり、言葉を失った。

「答えてくださいよ」

「今すぐに、医者の所へ行け。筒本」

 筒本は口端に歯を見せ、喉の奥でくっくっと笑った。

「そうやってまた、中途半端に優しくなる。次会ったら、敵同士だ。そう言ったのは、井織さん。あなたですよ」

「そうだ、筒本。俺は敵だ。とっとと俺を殺して、このビルを出ていけ」

 筒本は目を剥いた。返事をする代わりに、大きく振りかぶり、井織を殴る。動作にスピードはなかった。かわそうと思えば、難なくかわせたはずだ。だが、井織はそうはしなかった。拳が来ることを分かっていながら、かわさなかった。

 筒本が、吐き捨てるように言った。

「ふざけるな」

「ふざけてなどいない。筒本。お前、死ぬぞ」

「死に場所くらい、自分で選べますよ」

「筒本」

「どうして、裏切ったんですか」

 うなだれた筒本は、体を預けるようにして、井織の胸に頭をぶつけた。もはや、自分の体を支えることもできないのだ。井織は目を閉じた。

「分かってるだろう」

 筒本は、井織のコートの襟を掴む手に、力を込めた。筒本の手のひらの中で、コートの襟は皺を増やしていく。

「たかが、金じゃないか。<デイライト>に入らなくたって、工面する方法くらい、いくらでもあったはずだ。俺や、他の仲間を頼ったって、よかったじゃないか」

「それが嫌だったから、そうしなかった。単純な話だ」

「どうして」

「俺と、光子の問題だからな。間に入ってくるなら、全くの他人がよかったのかもしれん。俺にだって、はっきりと説明できるわけじゃないんだ。けど、お前たちを頼るのだけは、避けたかった。それだけは、今も変わらない」

「組織を裏切ることになっても」筒本が言った。

「あいつとの関係のために、俺は何がしかの犠牲を払うべきだとも思った」

「場合によっては、払わなくても済むかもしれない犠牲を」

「そうだ」

「どうして、俺を頼ってくれなかったんですか。俺に、助けさせてくれなかったんですか。俺は、そのためにあなたの側にいたのに」

「すまないな」井織は言った。

「そんなに、好きだったんですか」

 井織は新しい煙草をくわえて、火をつけた。

「ああ」

「俺は女じゃない。ホモでもない。セックスの相手なんか、できない。あなたの奥さんだった人の代わりにだってなれない。けど、支えになることはできた。そのためには、いくらでも犠牲を払う準備はできていた。命だって」

「分かってるさ、筒本」

「俺に、何かさせてください。井織さん」

 井織は、吸っていた煙草を自分の唇から抜き取り、筒本の唇に差し込んだ。

「なら、俺を殺れ。筒本」

 筒本は笑い、そして言った。

「分かりました」

 筒本は、着ていたコートの内ポケットに、手を入れた。うなだれたまま。井織の胸に、体を預けたまま。煙草が、筒本の唇から落ちた。赤く燃える先端から上る煙は、ゆったりと線を描きながら、天井を目指している。筒本はそれきり、動かなかった。

 井織は、落ちた煙草を拾い、くわえた。歯を立てるようにして。そして言った。

「馬鹿野郎が」

 筒本は、死んでいた。

つづく




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posted by 城 一 at 06:24| 長編小説 焔-HOMURA-[integral] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月12日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第157回(2版)


少し時間をもらうわよ。


 最上階。

 進行方向には、ガラス戸が待ち構えていた。鈴乃は足を止め、壁の陰に身を潜めた。中に入るためには、隠れる場所のない空間に、身をさらさなければならない。時間はほんの数秒かもしれないが、既に相手に姿を捉えられていれば、命取りになる数秒だ。

『最上階に入っているのは、<りらっくすはうすA>。<デイライト>のトップだった新巻が経営していた、あん摩マッサージサービスを提供する店よ』

 イヤホンの向こうで、いくみが言った。

「正確には、していた」

『そうね』

 新巻は二、三日前に死体で見つかっている。

「何があったのかしらね」

「知りたきゃ、井織さんに聞くといい。ただし、俺のあとにな」

 筒本が言った。眉間に寄った皺には、脂汗が溢れていた。壁にもたれたまま、まどろんでいるかのように、その瞳に宿る光は虚ろだ。

 筒本の脇腹にある銃創は、相変わらず血を流し続けていた。今では、彼のスラックスの片側をすっかり赤く染め、彼が履いている革靴をも、生命の源でコーティングしてしまっている。筒本が歩いたあとには、片足だけが赤く足跡を残していた。警察のことを思慮の内に入れずとも、時間がないのは明らかだった。

「難しいことは言わないわ。あと少し、生き延びなさい」

「言われなくたって、分かってら」

 ガラス戸を見た。井織誠の姿は見えない。だが、いるはずだった。今まで作った数多の死体の中に、井織はいなかった。

 ライフルのマガジンに残っている弾の数を確認した。筒本が使っていたものだが、彼にはもう、ライフルを持ち歩く力さえ残っていなかった。だから、もらい受けた。代わりに、筒本には防弾チョッキを与えていた。

 呼吸を整えた。頭の中に自分が進むべきルートを描く。何はともあれ、ガラス戸を開くところからだった。

 靴を鳴らして床を蹴った。急ブレーキ。ガラス戸の向こう側に放物線を描くものがあった。手榴弾。爆音。壁の陰に戻るのが一瞬遅れた。吹っ飛んできたガラス片が、ダウンジャケットの袖を貫き、腕に突き刺さる。手のひら大の欠片だった。抜き、床に捨てた。

「容赦ないわね。対話のことを考えていたら、こっちが殺られそうだわ」

「おい」筒本が、かすれた声で言った。「俺は、そのためにここまで」

 人差し指で、筒本の唇をふさいだ。

「祈りなさい」

 隔てるものがなくなった<りらっくすはうすA>の中へと手榴弾を投げた。炸裂する爆発音の中へと走る。銃声。体に着弾はしなかった。かすめるだけだ。舞い上がった粉塵で狙いに誤差が生じている。

 飛ぶ。床を蹴る。天井を蹴る。壁を蹴る。

 連続するマズルフラッシュが主の存在を告げていた。入ってすぐの所にある待ち合いスペース。その奥にある受付カウンターの向こう側だ。白い木製のテーブルを蹴り飛ばした。互いの間に死角ができる。井織のライフルがテーブルを粉砕した。鈴乃はカウンターの上に手榴弾を投げた。最後のひとつだった。爆発。直撃はない。井織は爆発の衝撃を背中に受けながら、カウンターの陰から転がり出てきた。その指は引き金にかかったままだ。追ってくる銃弾の線をかわしながら距離を詰めた。対になった応接用の黒革のソファの上で跳ねる。弾は無限ではない。井織の手の中でAK47がカチンと音を立てて弾倉の中身が空になったことを告げた。だが井織の手は止まらない。AK47を破棄してコートの内側へと伸びる。させなかった。鈴乃はその右肩をMP5で撃った。コートとともに上腕の肉が赤く弾ける。自由が利かなくなった右手の代わりを果たそうとする左手を蹴った。容赦はしなかった。ごきん。井織の左手首は弾け、本来曲がるべきではない方向へと曲がった。言うことを聞かなくなった両手のお陰で、井織は受身を取ることもできず、バランスを崩して、テーブルと揃いの白い木材でできたカウンターに背中をぶつける。MP5の銃口を突きつけて、鈴乃は言った。

「これでチェックメイト、ということにしてくれるかしら?」

「さあ、どうするかな」

 井織はカウンターに背を預けたまま、虚勢を張るかのように、口許に微笑を浮かべた。

「必要なら、もう少し痛めつけるけど?」

「いや、遠慮する」井織は言った。撃たれた右肩の痛みに、耳をそばだてるように、数ミリずつそろそろと動かして、コートの内側から煙草を取り出し、くわえる。「お前の勝ちだよ、飛猫。さっさと、殺りな」

 鈴乃はライターを、井織の腿の上に放り投げた。

「その前に、少し時間をもらうわよ」

つづく




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posted by 城 一 at 01:39| 長編小説 焔-HOMURA-[integral] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月07日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第156回


ショウ・タイム。


 ドアの向こう側からわずかに差し込む月明かりを拾い上げ、その身の中で反射させる型板ガラス。中央に明朝体で『株式会社 electrica』と記されたそれがはめ込まれたドアを開けると、狂ったピアニストのように、夜という名の鍵盤を叩く銃声が、鼓膜を突き刺した。鈴乃は、ピアニストを少しでも遠ざけようと、耳にはまったイヤホンを指で押さえた。

『行動は迅速に。でないと、せっかく怪我をおして出勤した意味が、なくなっちゃうわよ。誠と筒本君に会って、話したいことがあるんでしょう?』
 イヤホンの向こうで、いくみが言った。イヤホンは、いくみと通話中の携帯電話に繋がっている。

「話したいことと言うか、何と言うか」

『別に、無理に言葉にしなくてもいいわよ。あなたは詩人でも、小説家でもないんだから』
「分かってるわ」鈴乃は言った。

 夜を騒がせているのは、<カザギワ>の構成員たちだった。四車線の広い道路を挟んで向かい側にある<ミタライ・ビル>の六階にいる、<デイライト>の者たちと、銃撃戦を繰り広げているのだ。鈴乃がいるのは、<ミタライ・ビル>の北側に位置する、<グォ&パク・ビル>。通称<GPビル>だった。その七階に入っている、『株式会社 electrica』のオフィス。室内には、所狭しと言った感じで、デスクトップ・タイプのパソコンが並んでいた。そのうちのいくつかには電源がついていて、スクリーンセーバーが表示されていた。色とりどりのビリヤードの球が、黒い画面の中を、大きくなったり小さくなったりしながら、転がっている。ラシャの張られていない画面には、もちろん穴はない。終わりのない、ナイン・ボール。

 鈴乃は、銃撃戦が繰り広げられている窓際の、黒服の後ろに立つと、ショットガンが内蔵された松葉杖を大きく振りかぶり、投げた。クレッシェンド、デクレッシェンド。<デイライト>の者をひとり吹っ飛ばし、<ミタライ・ビル>六階の床に突き刺さる。

 鈴乃は、ライフルの引き金を引く黒服のひとりの肩に、手を置いた。
「援護、頼むわよ」鈴乃は言った。「でも、あたしのことは撃たないように」

 もちろんです。答えた黒服に頷いて、鈴乃はオフィスの入口のドア付近まで戻った。そこで踵を返し、再び窓側を向く。

 いくみが言った。
『<ツガ>組が警察を止めていられる時間は、長くて四十分だそうよ』

 鈴乃は、背中に背負ったコットン生地のリュックサックから、手榴弾を出した。マウンドの足下を整える野球の投手のように、リノリウムの床をとんとんと足で軽く蹴ると、ワインドアップ・モーションに入る。頭上で組み合わせた手のひらの中で、手榴弾のピンを外す。足を振り上げ、鈴乃は言った。「十分」手榴弾を投げる。「よ」

 音もなく宙に真っ直ぐ線を描く手榴弾を追いかけるようにして、鈴乃は走った。上昇する速度に、視界が限定されていく。体が、これから始まる“戦闘”の二文字に向けて、意識を収束させていく。ギプスの下の、骨を再生中の脚からは、痛みが遠のいていく。

飛んだ。

先に目的地に着いた手榴弾が爆発する。<ミタライ・ビル>の外に舞う、ガラス、壁や床材、そして人。噴き出す粉塵。テレビの中で、スターの登場を歓迎するドライアイスのようだった。だが、今夜は違う。登場するのは殺し屋だ。手榴弾の爆発で他のものと同様に吹っ飛んだ松葉杖を空中で受け取り、鈴乃は<ミタライ・ビル>に着地した。

「ショウ・タイム」

 足下で銃弾が跳ねた。正面に敵。ショットガンの引き金を引く。男は吹っ飛び、壁にその体を打ちつけた。ずるずると腰から崩れるようにして、床に倒れる。右方向で足音。煙で姿はほぼ影の状態だったが筒本ではないことが分かった。かなりの肥満体だった。筒本は中肉中背だ。ショットガンで撃った。後ろに殺気。気づいたときには撃たれていた。衝撃を利用して床を転がり、膝立ち、振り向きざまにショットガンを撃った。右手のショットガン。左手のショットガン。敵は遠かった。傷が浅い。片方の松葉杖を投げた。松葉杖の先端は敵の胸を貫き、壁に釘付けにした。鈴乃は深呼吸した。撃たれた背中が痛んだが気にはならなかった。ダウンの下に、防弾チョッキを着ている。背中にできているのは、せいぜい打撲だ。鈴乃は走った。

 上下に伸びる階段室。敵の足音と銃声で挟まれた。階上へ手榴弾を放り投げ、爆発音を聞きながら階段を飛び下りる。敵。突然視界に現われた。間合いがない。肘で顎を打ち抜き、ショットガンを内蔵した鉄製の松葉杖で殴った。壁に衝突して気絶した男の体に、散弾を叩き込んだ。そしてその男の体を階下へ投げる。下方向から降る銃弾の雨がその死体を襲った。“この人でなし野郎が!”という声も聞こえた。否定はしないわ。鈴乃は呟いた。床すれすれに這うように飛んだ。憤怒の感情で乱れた銃弾はことごとく鈴乃の体の上を通りすぎて壁に着弾した。敵はふたり。ショットガン一発とガンベルトから抜いたマカロフ一発で決めた。飛ぶ。着地寸前にまた敵。松葉杖で頭蓋を叩き割った。さらに敵。複数。松葉杖を投げて牽制。両手に装備したロブ&ロイで一掃した。さらに感じた気配に向けた銃口の先に、筒本が現われた。

 鈴乃は言葉を発しようとしてやめた。筒本の瞳に浮かんだ殺意が全く曇らなかったからだ。筒本は鈴乃の容姿を知っている。<カザギワ>の殺し屋だということを知っている。にも関わらず、だ。腰を落としてステップを踏んだ鈴乃の耳元を銃声がかすめた。次の銃弾が発射されるまでは待たなかった。筒本の手にあったライフルの銃身を掴み、みぞおちに蹴りを入れた。筒本は床でバウンドしながら、吹っ飛んだ。

 鈴乃は、ライフルを脇へ放り投げて、言った。
「ご機嫌麗しゅう。ミスタ・トラブルメーカー」

 返答は銃声。銃弾を発射したのは、筒本の手に握られたベレッタだった。隠し持っていたのだ。弾は脇腹に当たった。衝撃で倒れたところからヘッドスプリングで起き上がる。筒本の顔に動揺が走った。鈴乃は跳躍し、ベレッタを蹴り飛ばし、筒本の手を取った。そのまま背後に回り、関節を極める。ぐう。呻いた筒本は、言った。

「そうか。防弾チョッキか」
「今度からは、頭を狙うのね」

 筒本を床に組み敷いた。体を探り、武器の有無を確認する。肩、上腕、前腕。腹、脇腹、脚の内側と外側。不自然に膨らんでいる部分はなかった。抵抗の素振りを見せれば、殺すわ。そう耳元で呟いてから、鈴乃は筒本を解放した。

 何を言ってやがる。独り言ちるように呟きながら、床でごろんと仰向けの姿勢に態勢を変えた筒本は、言った。
「何にせよ、殺しに来たんだろう? 俺を。<デイライト>もろとも」
「そうよ。けど、その結末に至るプロセスには、多少融通が利くかもしれない」

 筒本はゆっくりと姿勢を変えた。鈴乃に警戒心を与えないように、という意味もあるだろうが、同時にひどく体力を消耗しているようだった。そのために、ゆっくりとしか動けないのだ。
筒本は言った。
「どういうことだ?」
「時間をあげることはできるかもしれない、ということよ。あなたの目的次第ではね。その説明を」言ったところで、鈴乃は顔をしかめた。手のひらが濡れていたからだ。血。だが、自分のものではなかった。筒本が鼻を鳴らして、笑った。

「時間は、あまりない」

 筒本の顔には、色がなかった。代わりに、脇腹から下半身にかけてが、深紅に染まっていた。イヤホンの向こうで、いくみが言った。
『作戦の第一段階は完了かしら?』
「ええ。けど、あまり状況は思わしくないわね」いくみに言ってから、筒本を見た。「確認をさせて。目的は、井織誠なの?」

「それ以外に、何があるってんだ」

 鈴乃は頷いた。
「先行するわ。あとからついて来なさい。けど、援護以外の目的で、あたしに銃を向けないように。殺意の有無は分かるんだから。それをした瞬間、目的は達成できなくなると思いなさい」なぜ。そう筒本の唇が動こうとしているのが、表情で分かった。言わせなかった。鈴乃は続けた。「時間がないんでしょう?」

 筒本は、額に脂汗を浮かばせながら、立ち上がった。
「ああ」
「なら、行きましょう」

つづく




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posted by 城 一 at 22:55| 長編小説 焔-HOMURA-[integral] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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