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最近、自分がフリーメールを活用できない人間だってことに気付きました。

2008年04月28日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第172回(3版)


この時間が、たまらなく好きなんだ。


 火の粉が、散った。

 磐井が、蹴り飛ばしたのだ。煙の元を。

 くべられていたのは、厚手のダウンジャケット。小型のテント。寝袋。その他、キャンプに必要なものが一式。

 暖を取るために、火にくべるものではなかった。目につくくらいに、煙を大きくするため、ありったけのものを、火の中に投じたのだろう。

 煙は、囮。そう見て、間違いなさそうだった。

 磐井は、苛立たしげな口調で、携帯電話に向かって話していた。電話の相手は、シド。上がっていた煙が、陽動だったことを、報告していた。

 大きなエゾマツの下。鈴乃は、周囲を視線で探っていた。煙が囮ならば、アイザックはここにはいない。だが、奴のいた痕跡を探れば、頭の中がどのように動いているのか、推測できるかもしれない。踏み倒された草木。排泄の跡、そして量。イメージをすれば、ここで生活していたアイザックの姿が、瞼の裏に浮かんでくる。時間は掛けられないが、やる価値はある。

 作業は、磐井にもやらせた。命令するような口調に、不満そうな表情を浮かべてはいたが、アイザックの思考回路を探る必要性は、理解したらしい。おとなしく、辺りの様子を調べていた。

 エゾマツの陰に、血のにおいを見つけた。警戒の必要があるとは、思わなかった。においの中に、獣特有の、生臭さを感じたからだ。

 巨木の裏側で死んでいたのは、子鹿だった。全身を、釘で滅多打ちにされていた。肉を削がれた形跡はない。食すために、殺したのではないのだ。愉悦のために、ただ殺した。そういう死骸だった。

 胃が、悲鳴を上げた。鈴乃は吐いた。

 死骸が有する、グロテスクさに“あてられた”のではない。そんなものにはもう、慣れている。死がもたらすグロテスクは、常に、身近なところにある。殺し屋というのは、そういう仕事だ。

 ならば、なぜ。答えを見つけるのは、さして難しいことではなかった。羽継が、死んだときのことを。そして、その死体の様を、鮮明なまでに思い出したからだ。釘で滅多打ちにされた、肉塊。腐臭。死を示す、あらゆる事象に押しつけられた、孤独を。喪失感を。

「お兄ちゃん」

 兄妹。血の繋がりを持たない、仮初めの絆。孤児院にいた、まだ子どもの時分。肉親がいない寂しさを紛らわすために、その絆を作った。子ども同士のプロポーズにも似た、稚拙さだ。自分でも、そう思う。だがそれに、今まで何度も救われてきた。

 それを失う悲しみを、なぜ何度も味わわなければならない?

「どうかしたのか?」

 磐井が、隣にいた。その胸に、頭を預けたくなるのを、どうにかこらえた。

「何でもないわ」

「また、シドさんと喧嘩したんだろ」

「なぜ」

「それくらい、あんたの顔を見りゃ分かる」

「そう?」

「そうさ」

 周囲を見回していた、磐井の視線が、止まった。テンガロンハットを見つけたのだ。腰を掛けるのに、ちょうどいい形と大きさをした、岩の上。帽子をかぶった岩が、こちらを見つめている。そんな印象だった。

「お探しの、アイザックの残した痕跡が、あったぜ」

 駆け出したくなる衝動を、抑えた。テンガロンハットは、羽継がかぶっていたものだ。死んでしまった兄のために、できること。彼が生前大切にしていた、テンガロンハットを取り戻すこと。そう考えていた。それが、叶おうとしているのだ。

 帽子に、手を掛けようとしている磐井に、待って、と声を掛けた。磐井の顔に、訝しげな表情が浮かんだ。

「何だよ。イチャモン付ける気か? 何が気に食わねえんだ」

 説明ができなかった。磐井が納得しそうな理屈も、浮かばない。だが、テンガロンハットの収まった景色は、綺麗すぎた。誘惑を感じた。

 煙を大きくするために、ありったけのものを燃やした。アイザックの行動を、そう考えるのならば。なぜ、こうして、テンガロンハットが残っている?

 偶然。そう片付けるのは、簡単だ。帽子に手を掛けようとしている磐井を、そのまま見送るのも。

 だから、そうしなかった。

 跳んだ。

 磐井の胸に肩から突っ込んだ。そのまま体を抱きかかえる。勢いは、足りている。テンガロンハットが視界の中で遠ざかった。だが、わずかに持ち上がっていた。つばに、磐井の指先が、掛かっていたのだ。岩を離れた帽子の陰に、見えたものがあった。ワイヤー。そして、手榴弾。

 ブービートラップ。

 爆発。吹っ飛び、磐井の体とともに、地を滑った。左脚に、激痛が走った。爆発に、最も近かった場所だ。ギプスが、粉々に砕けていた。鉄でも仕込んだかのように、重たかった。動かそうとすると、脚の内側で、痛みが弾ける。

「何やってんだ」磐井が言った。「何でかばった」

「知らないわ」

 体に、影が落ちていた。一拍置いて、殺気。察知するのが遅れた。かざした右腕に、釘。走るようにして、打ち込まれる。痛みが、鈴乃の腕を、まるでピアノの鍵盤かのように、叩いた。

 拳。首をそらしてかわした。銃口。手で払った。手のひら大のリボルバーだった。銃弾はこめかみをかすめて土をえぐった。銃声で、鼓膜が痺れた。

 吐息が届きそうな所に、瑞々しい青色をたたえた瞳があった。アイザック・ライクン。やっと、見つけた。

 腹に肘が入った。息が詰まる。拳を振って試みた反撃は、アイザックを捉えることができなかった。敵の体を打ち据えた感触の代わりに、腕にはまた、アイザックの置き土産。釘。

 アイザックは、地面にした一蹴りで、エゾマツの枝の上まで、跳躍していた。その口許では、真っ白な歯が光を放っていた。微笑。命のやり取りを、愉しんでいるのだ。それとも、一方的な命の略奪だとでも、思っているのだろうか。珍しいとは、思わなかった。“殺し屋”という生業に身を投じる人間に囲まれて、ここまできた。命というものに対する姿勢は、十人十色。真正面から向き合うということを知らない者は、いくらでもいる。

 アイザックの姿が消えた。息を潜めて、五感に神経を集中させる。空気が。においが。衣擦れの音が。敵の動きを知らせた。後方、左上。感覚は、追いついていた。邪魔をしたのは、左脚だ。言うことを聞かなかった。足先が痺れ、感覚がなくなり始めていた。アイザックの掌底を、掌底で受けた。冷たい感触がした。体温が通っていないのだ。釘が、手のひらを貫いていた。

「この時間が、たまらなく好きなんだ」アイザックが言った。手のひらに付着した鈴乃の血を、唾液で伸ばし、指先とともに、前髪を梳き上げる。リーゼントと、オールバック。その中間のような髪型が、出来上がった。持ち上がった前髪の下で、瞳が輝きを増した。「“命”が詰まった、肉体ってヤツにさ。こうして、釘を打ち込んでいく時間がさ。体は、空気で膨らんだ風船とは違うんだ。“パンッ!”なんて、弾けたりはしない。でも、確かに終わりは、存在して。釘を一つ打ち込む度に、確実に、それに近付いてるんだ」

 鈴乃は、手のひらに刺さった釘を抜いた。

 左手に、マカロフを握った。釘で貫かれた右手が、使いものになるかどうかは、自信がなかった。手首から肘も、釘だらけなのだ。心許ない握力に銃を任せて、不注意で失うことは、したくない。

 アイザックとは、数メートル、離れていた。地を蹴り、跳んだ。左脚の重さが、先ほどよりも遥かに増していた。理想の三分の二しか跳べなかった。動揺が、顔に出ていないことを祈った。

 銃(マカロフ)の引き金を引く。弾は当たらない。だが、それでいい。必要なのは、撃つことだ。発射された銃弾の宙に描いた線が、アイザックの動きを限定していた。腕、頭部、肩、上半身。足、太腿、下半身。アイザックの体が、わずかに地を離れた。動かせない一点。腰。目で捉えるよりも先に、感じていた。前蹴り。アイザックの体が、吹っ飛んだ。

 側にあった木に、体を寄せた。左足を拳で叩き、激痛で感覚を呼び戻す。磐井が来た。

「ネコ」

「時間を稼ぐわ。みんなの所へ行って」

「ふざけんな! てめえなんかに、格好つけられてたまるかよ!」

 体が、勝手に動いていた。キス。それ以上の磐井の言葉を、唇で奪った。磐井が、目を丸くする。自分も、同じ気持ちだった。

「何を」

「行って」

 もっと、言葉が必要なのは分かっていた。だが、時間がなかった。アイザックが、立ち上がり、態勢を立て直していた。

 マカロフの弾倉を、新しいものに換えた。わざと、痛む左足で、地を蹴った。自分を鼓舞するために。見え始めている、敗北と死に、足がすくんでしまわないように。

つづく




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posted by 城 一 at 20:00| 長編小説 焔-HOMURA-[integral] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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