Gusuku LABELへようこそ!
最近、自分がフリーメールを活用できない人間だってことに気付きました。

2008年06月25日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第186回(2版)


ありがとう、無能な指揮官。


 狩内蓮を見つけ、彼がついていた机を、両手で叩いた。蓮は、血が飛び散った机の上で、崩し将棋をやっていた。肝心の将棋の山が、机を叩いた衝撃で瓦解し、蓮は傷ついた表情を浮かべた。

「無粋なやつだな、お前。知らないのかもしれんが、こいつは崩し将棋って言う、立派な」

「暇潰しだろう」

 蓮は両手を広げて、肩をすくめた。

「知ってたのか」

 小さな古書店だった。色褪せた無数の本と、それを収める棚、空間を形作る線を曖昧なものにする埃、そしてわずかに、かびたにおい。古びた机に、レジスター。華やかなものとは、およそ縁のないものばかりが詰まった場所。そこに蓮と、その部下たちはいた。部下たちは、棚に詰まった本を片っ端から床へと散らばしていた。

「〈ミカド〉か」リヴァは言った。

「もちろん、そうだ。ここ最近の俺たちの仕事には、たいてい、その名詞が絡んでいる」

「こんな小さな、古本屋が?」

 本棚を全て除いたところで、生活に快適なスペースを確保できるかどうかさえ、疑わしいほどの規模の古書店だった。老後の時間の浪費にしか、似合わない場所。

「〈コイズミ古書店〉の店主、小泉修(こいずみおさむ)は、水滸伝が好きなじいさんでな。知ってるか? 中国の古典だ。小泉修は自身を、その水滸伝の中心人物、宋江(そうこう)に見立て、百八人の豪傑が集まる梁山泊を作り上げようとした。名前は〈水滸〉。だが、まあ。豪傑になりたかった一般人たちが、四十九名集まったところで、物語は幕引きとなった。彼らが潰したかった、やくざの手によって」

 蓮が座る椅子の後方にも、本棚があった。そこに並ぶ本の背表紙が、血で汚れていた。

「じじい一人が集めた連中に怯えて、わざわざ芽を潰しに来たってのか」

「〈DEXビル〉の件を境に、街は今や、〈ミカド〉一色だ。その大半が、英雄願望に衝き動かされた、ただ大きな波があったら乗りたいだけの、サーファーどもだが、勢いに乗せると厄介なことになる」

「街全部が、敵か」

「そうとも言える。くだらんな。どいつもこいつも、自分はいつか、ピーター・パーカーになれると思っていやがる」蓮は言った。「蜘蛛に噛まれて、スパイダーマンになれると」

「物語の中心は、誰しもが憧れる場所だ」

「誰しもが、人生という名の物語の中心にいるはずなのに」

「その物語も、たくさんの物語が集まった中心にあってほしいのさ」

「大きなものを望まなければ、表の世界にいることはできるのに」

「“裏”を迂回してでも、より中心を目指したいのさ。その願望を刺激するのが、〈ミカド〉だ」

「銃を取り、法を侵し、正義を騙った者たちが、まつられる文化。あるいは組織、集団。生死の狭間に身を置けば、視界が狭くなり、周りが見えなくなるからな。必然、世界が小さくなったように感じる。小さな世界なら、自分の居場所が、より中心に近づいたと錯覚することができるか」

「で? くそったれ(ファッキン)“正義の使者”どもは、まだまだ潜んでるのか?」

「勢いは弱くなっているものの、放っておけば、後々面倒に発展しそうな規模では」

「兵隊が必要だ」リヴァは言った。

「だめだ」

「リタ・オルパートと、アイザック・ライクンを潰すのに」

「だめだ」

「連中も、放っておけば、後々面倒に発展する可能性がある」

「風際慶慎にとって」

「〈ツガ〉にとって」

「たかが一人の子ども(ガキ)に執着する女を中心に、そうたくさんの人間が集まるとは、到底、思えないな」

「だが、その敵が〈カザギワ〉ならば、ミカド系の組織を作る可能性は、十分にある」リヴァは言った。「それに、小泉修は一人の子ども(ガキ)どころか、たかが一つの物語に執着した男だ」

「そうだな」

「兵隊が必要だ」

「答えは変わらない」

 机の上に、蓮が再び作っていた将棋の駒の山を、手のひらで払い落とした。

「兵隊が必要だ」

「誰かが、何かを成し遂げたくて。あるいは、手に入れたくて。その過程に、規模を問わず、戦闘が発生する可能性があるのならば、誰にだって必要だ」

「だから?」

 机の上には、歩の駒が、一つだけ残っていた。蓮はそれを逆さまに立ててから、指で弾いた。リヴァの腹に当たり、ぽとりと落ちる。

「俺が気に入らないのは、うちに入ったばかりのちんぴらが、自分が望めば、組の人間を自由にできるものと思っている点だ」

「俺は」

「組のやつらはもちろん、人間だ。機械じゃない。お前も含めて、そうだ。プライヴェートがある。人間として、自由に考え、行動する権利はある。だが、“ある程度”だ。お前らが構成するピラミッドの上にいるのは、俺だ。特に、〈ミカド〉という、くそったれの文化と組織が跋扈しているこの非常時では、それぞれの行動あるいは思考の、かなりのパーセンテージを、俺に委ねなければならない」

「俺には、風際慶慎が必要だ。それを手に入れるためには、今、兵隊が必要なんだ」

「俺は既に、お前にかなりの自由を与えた。他の連中が、俺の命令で動いている間、お前は自由に思考し、行動した」

「〈ツガ〉という組織に所属することで手に入る、力に利用価値があったからな」

 蓮が、眉を上下させた。

「今は」

「兵隊が必要だ。貸せないならば、俺にとって、〈ツガ〉は利用価値のない組織だ」

「暴力団が、部活やサークル活動か何かだと、勘違いしてるんじゃないか、ガキ? “ひやかしは厳禁”だ。ひとしきりだだをこねて、思い通りにならないなら、“はい、さようなら”か。そいつは、通用しない」

「二十一世紀に入っても、小指を欲しがる文化は、色褪せちゃいないのか?」

「色褪せてはいるが、ノスタルジーが、魅力を引き立ててはいるな」蓮が、懐から匕首(あいくち)を取り出し、机にとん、と突き刺した。「やり方は、知ってるか?」

 リヴァは、机に突き刺さった匕首の刃の下に、小指を置いた。

「これで、匕首を倒せばいいんだろ?」

 蓮は、背後の棚から一冊、本を取り出し、ページをめくった。

「頭を冷やして、よく考えるんだな。風際慶慎が、小指を犠牲にするに値するやつなのか。時間はやるよ」

「必要ない」

 匕首の柄に手をかけて、力を込めた。小指の上に引き倒す。が、刃は小指に至らなかった。蓮が、ページをめくっていた本を、滑り込ませて、匕首から小指を守っていた。

「まさか、本当にやるとはな」

「時間は必要ないと言ったぞ。情けも同じだ。答えは変わらない。どけ」

「そう簡単に、見捨てるな。小指がかわいそうだ」

 蓮を見た。

「なら」

「兵隊は貸さん。だが、このことで、組織の中での俺の求心力の低下を懸念してくれる甲斐性があるなら、とっとと用事を済まして、帰ってこい」

「リタ・オルパートとアイザック・ライクンは、そう簡単な相手じゃない」

「泣き言を言うな、情けない。お前は、破門だ。お前が街に出て問題を起こし、警察(サツ)と揉めても、〈ツガ〉は一切関知しない。〈ツガ〉の仕事(シノギ)の邪魔になる場合、容赦はしない。〈ミカド〉や、他の敵対組織と同様に扱われる」

〈コイズミ古書店〉の中を整理している男たちの中には、ポール・ミラーマンもいた。彼は、抱えてきた大量の書籍を、蓮がついている机の上に、荒々しく置いた。舞い上がった埃を、蓮は眉を潜めながら、手で払う。

「何だ、ポール。嫌がらせか?」

「嫌がらせだ。お前、ここ最近で、何人の人間を破門にした?」

「磐井を含め、五十前後かな?」

「五十三」ポールは言い、顎を動かして、リヴァを示した。「こいつを入れれば、五十四だ」

「いや、五十六だ」蓮は言った。「そうだろう?」

「蓮」リヴァは言った。

「違うのか?」

「いや、そうだ。バーバーとダンクも、俺と行動をともにする」

 ポールが溜め息をついた。

「頭痛がする。蓮。お前、減った戦力を、どうやってカバーするつもりだ」

「気合いだ。俺の部下の辞書の一ページ目には、必ずその言葉が記載されている」

「間違いだな。俺の辞書の一ページ目には、その言葉は載っていない」

 ポールが言った。

「ほう? なら、何て言葉が載ってるんだ?」

「無能な指揮官」

「知らないのか? 有能な人間は、常に副官にいるべきなんだ」

「頭が割れるようだ」

「あとでバファリンをやるよ」蓮が、リヴァを見た。「おい、外部の人間は邪魔だ。ここでやってることは、見世物じゃないんだ。とっとと出ていったらどうだ?」

「ありがとう、蓮」

 蓮は眉間に皺を寄せて、ポールを見た。

「おい、ポール。どうして、組の外部の人間が、俺の名前を知ってるんだ?」

「知らんよ」

 リヴァは言った。

「ありがとう、“無能な指揮官”」

「うむ。行ってよし」

 踵を返し、リヴァは古書店の出口へ向かった。背後で、ポールの溜め息が聞こえた。

つづく




続きを読む
前回の話を読む
ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第1回から読む
ブログ小説 焔-HOMURA- scene1から読む
posted by 城 一 at 07:01| 長編小説 焔-HOMURA-[integral] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。