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最近、自分がフリーメールを活用できない人間だってことに気付きました。

2008年10月26日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第201回(6版)


収束/落果U.


 目を覚ます。慶慎は、元いた監禁部屋に戻されていた。足下で片膝を突いた医者――白衣と聴診器を身に付けていた――が、匕首(あいくち)で刺し貫かれた腹の傷を縫合していた。左腕には針が刺さっていて、点滴スタンドからぶら下がるパックから、輸血が行われている。視線を上げると、目の前のリタ・オルパート。椅子に座って脚を組み、微笑んでいた。慶慎は四肢に力を込めたが、ぴくりとも動けなかった。脚が四つに、肘掛けがあるタイプの椅子に、前と同じ方法で、手足をそれぞれ縄で縛り付けられていた。さらにその上から、鎖が巻かれている。椅子の材質も、木からスチールへと変わっていた。力の方向、入れ方を変え、先にやったように椅子ごと破壊しようと試みたが、手応えはなかった。軋みすらしない。

「あまり動くと、傷口が開くぞ」

 医者が顔を上げずに、忠告した。

「黙れ」

 慶慎はそう言った先で、リタ・オルパートの後方に、ヨシト・ヒトツバシを見つけた。表情が死んだ、能面のような顔。虚ろな瞳。ヨシトの存在を形作るもの全てが、慶慎の体から力を奪い、沸騰寸前まで沸いていた血から、熱を奪った。収束。ヨシトの手には、まるで体の一部になっているかのように、海恵子を撃ち殺した拳銃があった。海恵子の死にざまが脳裏をよぎったが、感情の再燃はやはり、ヨシトの表情が許してはくれなかった。

 慶慎は、床に視線を落とした。

「なぜ、ヨシトがここにいるんだ」

 リタは、椅子の肘掛けに肘を突き、指先をこめかみにあてた。

「分かっているくせに」リタは言った。「あなたが、エイダ・ヒトツバシを殺したからよ」

「大切な誰かを殺された人がみんな、武器と殺意を手に取るわけじゃない」

「<ミカド>という名のシステムが行き渡った、この街では違う。皆、武器を調達し、怒りと殺意を現実化、具現化する方法を、容易に知ることができる。復讐に走った先人たちが、<ミカド>に類する組織あるいは文化によって、足跡を残しているから」

「だからって」

「そうね」リタは頷いた。「素直に告白すると、わたしが彼の背中を押したわ。ただし、ごく軽く」

「ヨシトは、こんな場所にいるべきじゃない」

「居場所を決めるのは、彼自身よ」

「ヨシトは、まだ子どもだ」

「子どもにだって、怒りや殺意はある」

「こんな所にいるべきじゃないんだ。そんなものを、持っているべきじゃないんだ」

「知った風な口を利いて」リタは目を細めた。「あなたが、この子の何を知っていると言うの?」

「分かるよ」慶慎は言った。「僕には、分かるんだよ」

「なら、直接彼に言いなさいな」

 腹の傷が疼く。ヨシトの表情を見たくなかった。だが、慶慎は顔を上げた。

「ヨシト」一語一語、丁寧に唇を動かす。読むことができるように。

 ヨシトは何も言わなかった。黒く濡れた瞳は、ただの壁のように無機質で、言葉が届いているようには見えなかった。ヨシト。もう一度、呼びかける。ヨシトはゆっくりと瞼を閉じ、開いた。機械的に動いたヨシトの指が、拳銃の撃鉄を上げる。

「そうか、そうだな」慶慎は力なく頷いた。銃口が額に突きつけられる。もう、言葉が届く所に、ヨシトはいないのだろう。頬が濡れ、慶慎は自分が涙を流していることに気付いた。わずかな希望を託して、言う。「ごめんな、ヨシト」

 かちん。引き金を引く音がしたが、銃声も銃弾も、拳銃からは発せられなかった。慶慎が目を開けると、ヨシトは拳銃の弾倉(シリンダー)を覗き込み、首を傾げていた。

「弾は抜いておいたわ」リタが言った。

 ヨシトは弾倉を元に戻し、銃底で慶慎を殴った。二発目が来る前に、リタがアイザックを呼び、止めさせた。アイザックは後ろからヨシトを羽交い絞めにして、部屋の外へと引きずっていった。それに抵抗することもなく、無表情のままのヨシトはまるで、マネキンのようだった。部屋を出るとき、アイザックが言った。

「本当にごめんね、リタ。君の玩具(おもちゃ)をを傷つけてしまって。でも、あの状況じゃ、ああするしかなかった。殺さずに制するというのは、なかなか難しいんだね」

「いいのよ」リタは振り向かずに、アイザックに手のひらをひらひらと動かした。「仕方なかったと思うわ」

「ありがとう」

「いいのよ」

「玩具か」慶慎は意味を確認するように、呟いた。

「ええ。でも、難しいわね。あなたが、あそこまでやるとは、思ってもみなかった。心、感情と言ったものが生み出すものは、怖いわね」リタは言った。「それに、<アンバー・ワールド>の子たちの我慢の限界が、いつ来るかも分からない。<ナンバーズ>の子たちは、他の子に比べれば我慢強いけれど、それでも、限界はあるものね。そう遠くないうちに彼らが、あなたを殺してしまうかもしれない。もしかすると」リタが視線で医者を示して、言った。「彼が、あなたを殺すという可能性もある」

「そんなことはしない」医者は言った。「わたしは、ただの傍観者さ」

「偶然、必然が絡み合って、色々なことが起こるわ。あたしの望む場所にたどり着けるといいけれど」

「望む場所?」慶慎は言った。

「他に、言いようがないわ。自分でも、正確に言い表せないの」

「でも、そのためには僕という玩具がなければならない」

「そうよ。だから、生きてね。あたしがいいと言うまで」

「勝手な言い分だ」

「もちろん、そうよ」

「そのために、僕の大切な人を殺し、傷つける」

「そうよ」

 医者が縫合を終えて、腹にさらしのように包帯を巻いた。丈が足下まである厚手の黒いダウンジャケットを、慶慎の肩にかける。傷の縫合を行うために、上半身は裸の状態だった。医者は立ち上がり、処置の終了を告げた。リタは頷いた。

「それではこれから、しばらく休息をあげるわ。あなたも含めて、みんな、疲れているからね」

「まだ、これが続くのか」

「今度は、あなたの中で、岸田美恵子の次に優先順位の低い人間を、選出してもらうわ」

「僕に拒否権はない」

「ええ」

「そう」

「この休息を利用して、じっくり考えておいてね。あなたが答えを出すのが、早ければ早いほど、サニー・フゥや市間安希が失う指の数、受ける苦痛は、少なくて済む」

「そう」

「じゃあね」リタはそう言って、慶慎の額に、そっとキスをした。「段々と、あたしの思い描く場所に、あなたが近づいていってるのが分かるの。素敵ね。あたし、あなたのことが好きになりそうよ、坊や」

「そう」

 リタは手を振り、医者とともに部屋を出て行った。

つづく




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posted by 城 一 at 21:55| 長編小説 焔-HOMURA-[integral] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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