Gusuku LABELへようこそ!
最近、自分がフリーメールを活用できない人間だってことに気付きました。

2008年10月27日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第202回(6版)


腐敗/落果V.


 リタ・オルパートと入れ替わりに、<ナンバーズ>の少年たちが部屋に入ってきた。彼らは、テレビとビデオデッキを載せた、キャスター付きのスチールラックと一緒だった。それが、左右、後方と、半円状に椅子を取り囲むようにして置かれた。配線の作業が終わると、電源が入れられた。テレビの画面に映ったのは、先の海恵子の死にざまだった。海恵子の名を口にする、自分の声。銃声。そして、死。一通り再生が終わると自動的に巻き戻り、また最初から再生が始まった。

 リタ・オルパートが何を求めているのか、分かった気がした。問題なのは、リタの思考回路を理解したところで、何の解決にもならない点だった。

 ビデオの再生が十を超えた辺りから、海恵子の名を口にする自分の声が、他人のもののように聞こえ始めた。他人の感情、他人の咆哮。他人の憤怒、他人の悲哀。なぜ、リタ・オルパートに言われるがままに、“最も優先順位の低い人間”を選んでしまったのか。なぜ、海恵子が許すがままに、彼女の名を口にしてしまったのか。画面越しに見せられて、ようやく分かった。彼は理解していなかったのだ。自分の行動と、それが招く結果を。馬鹿なやつだ、風際慶慎という少年は。胸の内で呟き、まったくだと思った。

 部屋のドアが開いて現われた、新たな<ナンバーズ>の少年たちが、海恵子の死体を運んできた。スチールラックがなかった正面に、無造作に放られる。血の気が失せた肌は、土色をしていた。放られたままに不自然に曲がった四肢。海恵子の頭がごろりと転がり、彼女の命を奪った小さな銃創を露呈させた。傷を彩る血は、まだ乾ききっておらず、ぬめぬめと赤黒く光る部分があった。銃弾の入り口はまるで、底なしの闇のように、ぽっかりと口を開けていた。焦点の合わなくなった、無機質な両の瞳。だらしなく開いた口は、まるで呪いの言葉でも唱えているかのようだった。耐えきれず、吐いた。少し間を開けて、もう一度。自然と、目には涙が滲んだ。

 涙を利用し、視界にモザイクを施す。あるいは、目を閉じる。視覚的なものから逃れることは、簡単だった。だが、耳や鼻に瞼はない。音声やにおいから逃れることは、難しかった。その上、閉じた瞼をスクリーン代わりに、記憶や感情が、海恵子の死にざまを再生した。実際に目に映るものよりも、鮮明に感じさえするほどだった。

 目を閉じたままでいることには、抵抗があった。海恵子の死から、逃げていることになると思った。だが、そうは言っても、彼女の死の追体験に耐えられたのは、ほんの数分だった。目を閉じたり、開いたり。事実から逃げたり、踏み止まったり。そうしているうちに、いつの間にか、睡魔に意識を奪われていた。目を覚ましたときに、具体的な内容は忘れてしまったが、悪夢を見た。途轍もない暴力と、死にまみれた夢だった。海を越える分量の涙と血が、止むことのない雨のように降り続き、無を想起させる闇に彩られた世界だった。夢から醒めたときには、背中に汗が滲んでいて、呼吸が乱れていた。喘息の発作が起きていた。

 発作の症状は、最悪の部類に入った。どれだけ息を吸おうと、空気が肺に入らなかった。気管が、針のように細くなっている感じがした。空気が足りず、全身が熱を帯びた。咳が止まらなかった。水を飲んだが、快方へ向かう気配はなかった。異変に気づいた<ナンバーズ>の一人が医者を呼んだ。匕首(あいくち)で刺された傷を縫合した医者だ。彼はリタから喘息のことを聞いてたらしく、喘息の治療のために必要なものを揃えてきていた。発作を抑える薬が入った、携帯用の吸入器も、彼の備えの中にあった。それを使い、ようやく発作は治まった。また眠った。

 リタ・オルパートがやって来て、食事を与えられた。拒絶する素振りを見せると、安希とサニーの命を盾に取られた。選択の余地はなかった。食事はクリームシチューで、あたしが作ったのだとリタ・オルパートは言った。味の感想を聞かれたが、それには答えなかった。彼女が部屋を出て行くと、吐いた。海恵子の死体が放つ腐臭が、ひどくなっていた。“最も優先順位の低い人間”として、彼女を選んだことを後悔し始めていた。ひどい話だ。長い間面倒を見てもらい、虚弱な体のケアをしてくれた彼女に、そんな称号(レッテル)を貼るとは。

 だが、どうすればよかったのだろう? 安希やサニーの死体ならば。それが放つ腐臭ならば、耐えられたわけではない。選択を保留し続け、彼女たちが手の指を失い、足の指を失い、やがて手足を切り落とされるのを待つべきだったのだろうか。いや。そうすれば、リタ・オルパートのルールに乗っ取ることもできなくなる。たとえ一人だけだったとしても、助けることができなくなる。リタ・オルパートの言葉を信じるならば、だが。しかし、彼女の言葉を信じ、それに従って行動する以外に、誰かを助けることは可能だろうか? もしかすると、先の一件で、リタ・オルパートを殺すことは可能だったかもしれない。ヨシトがあの場にいなければ。エイダ・ヒトツバシを殺していなければ、今頃、安希とサニーを助けることはできていたかもしれない。そもそも、松戸孝信を殺さなければ、こんなことにはならなかったかもしれない。

 見張り役の<ナンバーズ>が交代した。新しくやって来た少年たちから、四肢の拘束から逃れて暴れ、リタ・オルパートを殺す手前までいった先の一件で、彼らの仲間が二人死んだことを聞かされた。バットで頭を叩き割った者と、ナイフを喉に突き立てられた者。その件について、何か釈明したいことはあるかと、<ナンバーズ>は言った。ないと答えた。

「逆に聞くが、ならばお前たちは、海恵子さんが死んだことについて、どう考える?」

 蹴り飛ばされ、椅子ごと床に転がった。スチールラックの一つが倒れ、テレビが派手な音を立てて壊れた。画面にひびが入り、映像が消えた。腹を踏まれた。裂けるような感覚が走り、傷口が開くのを感じた。包帯に血が滲み、赤く染まっていた。起こされ、壁際に運ばれた。椅子に拘束された状態で床に倒れたのを、殴ったり蹴ったりするのは難しいと、彼らは判断した。壁を背にしていれば、倒れることはない。一人だけ、後ろでおろおろとしている者がいた。その少年は、こんなことをすれば、あとでアイザックから制裁を受けると心配していた。他の二人は、そんなものはくそくらえだと考えていた。鼻をつまみ、閉じていられなくなった口に、漏斗を差し込まれた。〈ナンバーズ〉は、二リットル入りのペットボトルを水で満たしたものを、何本も用意していた。それを、鼻をつまんだまま、漏斗から流し込まれた。最初は飲んでしまうことで逃れたが、すぐに限界がきた。口から水が溢れ、息が吸えなくなった。酸素を求め、悲鳴を上げるように体が加熱したが、どうすることもできなかった。空になったペットボトルが、次から次へと床へ投げ捨てられた。それが何本あるか、数える余裕はなかった。何も考えられなくなり、意識が朦朧とし始めたところで、解放された。予想以上に消費してしまったと、一人が水を汲みに、部屋を出て行った。一人は、相変わらずおろおろしていた。その<ナンバーズ>と、目が合った。チキン野郎。そう言って、笑った。それで、そいつは切れた。まだ水の入っていたペットボトルで、こめかみを殴られた。激しい痛みはなかったが、頭の中が揺さぶられたような感じがした。何発かやられると、吐いた。チキンは調子に乗り、ペットボトルで殴ることを繰り返した。胃の中が空っぽになったあとも、ペットボトルで殴られると、吐き気がした。気持ち悪さが、体中に蔓延していた。

 松戸孝信を殺さずに済ませる方法は、あっただろうか。朦朧とする意識の中で、そのことを考えていた。なかった。そう答えが出た。殺し屋になることを選んだ時点で、松戸孝信を殺すことからは逃れられなくなっていた。殺し屋が、人を殺すことを拒んで何になる?

 自分が殺し屋になっていなかったら。そんなことを思った。だが、やはりそれも無理だ。自分が文永の虐待から逃れるためには、<カザギワ>に入り、殺し屋としての力を認められるしか方法はなかった。生きるためには、それしかなかった。ならば、生きることを諦めていれば? そんなことは可能なのだろうか。分からなかった。そもそも、自分がこの世に生まれなければ、こんな悲劇は起こらなかったのではないだろうか。そう思った。そうすれば、海恵子は死なずに済んだ。父も片目を失わずに済んだ。安希やサニーは、五体満足で、笑っていられた。リタ・オルパートは松戸孝信を失わずに済んだ。ヨシトは、母と一緒にいられた。エイダの店で、<DEXビル>の一件で失われた、無数の命。そして、先の一件で死んだという<ナンバーズ>の二人。彼らは皆、命を失わずに済み、今も大切な誰かと笑っていられただろう。

 頬を平手で打たれたが、だめだった。意識がはっきりとしなかった。胸元に煙草の火を押しつけられた。腹を蹴られた。無数の罵倒の言葉が浴びせられた。無駄だった。一つも満足な反応をすることができなかった。

 自分がいなければ、海恵子は死んでいなかった。自分の存在が、海恵子を殺したのだ。

 そうか。呟いて、笑った。

「リタ・オルパートが言ったことは、正しかったんだ」

 ペットボトルの一撃。頭が沸騰したように熱くなり、不快感が毒のように体を痺れさせた。視界に黒幕が下りた。こじ開けることはできなかった。意識を失った。

つづく




続きを読む
前回の話を読む
ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第1回から読む
ブログ小説 焔-HOMURA- scene1から読む
posted by 城 一 at 00:57| 長編小説 焔-HOMURA-[integral] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。