Gusuku LABELへようこそ!
最近、自分がフリーメールを活用できない人間だってことに気付きました。

2008年11月21日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第214回(3版)


劇場2.


 アンバーが後ろに従えている少年たちは皆、同じ格好をしていた。茶系の迷彩柄のミリタリールック。まるで、軍隊みたいだ。リヴァは思った。

 アンバーは無言のままリヴァに歩み寄り、その額に短機関銃(サブマシンガン)の銃口を突きつけた。同様に無言のまま、ダンクが異議を唱えるようにして、パイプベッドから立ち上がった。アンバーが連れて来た<アンバー・ワールド>の少年たちの短機関銃が、ダンクに向けられる。ダンクは微塵もたじろがず、六つの銃口を睨んだが、リヴァに一瞥されると、おどけて両手を挙げた。リヴァは、ガラステーブルの上から、ジップロックに入った拳銃を取り、ダンクと同じように両手を挙げてみせた。

「何やら、誤解が生じていると俺は推測するね」リヴァは言った。「俺はただ、あんたに、昔あんたが所有していた拳銃が、俺の手元にあると、人づてに伝えただけだ。こいつは、そんなに大事なもんなのか? 戦争をおっ始められそうなくらい、武装して来るほど?」

 アンバーは、黒のダウンジャケットに、深いブルーのジーパン、黒いミリタリーブーツを履いていた。そして、黒いベースボールキャップ。帽子の鍔の下で、両の瞳が殺気で燃えている。アンバーは、リヴァの手にある拳銃を睨んだ。

「そいつを寄越せ」

 アンバーが手を伸ばす。リヴァはそれから逃れるようにして、拳銃とともに身を翻した。

「ヘイ、ヘイ。そいつはないんじゃないか、アンバーさんよ。誰がいつ、“ご自由にお持ちください”って言った? 普通、こいつを手に入れるには、街を歩き回って銃の密売人を見つけて、万単位の金を用意しなきゃならないんだぜ? 最新のゲーム機を一つ、もしかすると、二つ三つ買えるくらいの金をな」

「いくら欲しいんだ?」

「三十万」

「最新のゲーム機が二つ三つじゃ、済まない値段だ」

「そう!」リヴァは両の手のひらを、大きな音を立てて合わせた。「なぜならば、こいつはただのS&W M629ショーティじゃないからだ。あんたが喉から手が出るほど欲しがってるという、付加価値が付いている」

「なるほど」

「それに、知ってるぜ? あんた、街で人気のバンド<アンダーワールド>のメンバーじゃないか。CDの売れ行きは好調なんだろ? それくらい、楽に出せるんじゃないのか?」

 アンバーは、リヴァに向かって、一歩踏み出した。間合いが詰まる。

「この銃口から弾を出す方が、俺にとっては楽だな」

「あまり怖いこと言うなよ、ベイビ。俺は小心者なんだ。小便ちびっちまうよ」リヴァは言った。「オーケイ。二十万だ」

 アンバーは、ダウンジャケットの内ポケットから、細長い封筒を取り出し、ガラステーブルの上に放った。

「十万ある。前金だ。残りの十万は、あとでやる」

 リヴァは口許を緩め、両手の人差し指でアンバーを指した。

「憎いね。金を要求されることは、想定内だったわけだ」

「まあな。さあ、そいつを寄越せ」

「全額即金じゃない分、時間をもらおうかな」リヴァは踊るようにしてアンバーの手から逃れ、くるくると回る。耳に詰めている無線機は、さりげなく掲げた拳銃で隠す。「どうして、そんなにこいつが欲しいんだ? ただ、S&W M629ショーティが欲しいだけなら、街を少しばかり歩き回りゃいい。下手をやらなきゃ、値段も二分の一以下で済む。なのに、あんたはこいつに固執する。この、ジップロックに入ってる拳銃に。なぜだ? どうして、こいつじゃなきゃいけない?」

「黙って、そいつを寄越せ。二十万が手に入る機会(チャンス)を、ふいにしたいのか?」

「時に、好奇心は金銭を上回る」

 アンバーが短機関銃(サブマシンガン)の引き金を引いた。ダンクが跳躍しようとした。リヴァは目でそれを制した。銃弾はリヴァの体には当たらず、すぐ近くの床を穿っただけだった。

「お前は、自分の命もふいにしたいのか?」

 リヴァは肩をすくめた。

「オーケイ、オーケイ。分かったよ」

 アンバーに、ジップロックに入った拳銃を放る。アンバーは満足そうな表情を浮かべたが、それは一瞬だけだった。目の色がさっと変わる。

「こいつは違う」アンバーは言った。「どういうことだ」

「何の話かな?」リヴァはガラステーブルに腰掛け、封筒の中身を確認していた。「うむ。確かに、十万円、いただきました」

 アンバーの手元で短機関銃が吼えた。ガラステーブルのガラスの部分が砕け散る。リヴァは座る部分を失って、もんどりうって床に転がり、尻餅を突いた。

「説明しろ。さもなくば、殺すぞ」アンバーが言った。

「説明も何も。あんたが、そいつが欲しいと言った。俺は金を要求した。商談が成立した。俺は十万を受け取った。あんたはその銃を受け取った」

「俺が言っているのは、そういうことじゃない」

「商談は至ってシンプルだった。落ち度があるとすれば、あんたの方だと俺は考えるね」

「これ以上、俺をおちょくるなら、今度は本当に、お前の体に弾をぶち込むぞ」

 リヴァは、履いていたカーゴパンツに付いた埃を、手で払った。深呼吸して、アンバーを見る。そして、間合いを詰めた。一息で。銃口が腹に食い込むのも構わず、鼻息が届きそうな所まで顔を近付ける。

「なら、第二幕に移ろう」リヴァは言った。「第一幕じゃあ、道化役は俺だったが、今度は違う。第二幕の道化役はお前だ」

「何を言ってる」

 アンバーが怖気付き、一歩後退する。丸腰なのにも関わらず、リヴァは口許に微笑を浮かべながら、一歩踏み込み、アンバーを追いかける。アンバーの手にある、ジップロック入りの拳銃を指差す。

「お前は勘違いした。それが、お前が知っていて、他人に持っていてほしくない拳銃だと。だが、違った。レプリカみたいなもんさ。種類は全く同じだがね。“本物”は、別の場所にある。お前が殺気立って、今まさにそうしてるように、銃を持って乗り込んで来るのは目に見えていたからな」

「お前が何を言ってるのか、俺にはさっぱり分からない」

「そうかな? ヘイ、そこの<アンバー・ワールド>」

 リヴァは、アンバーが連れて来た少年の一人を指差して、言った。少年は言った。

「<ナンバーズ>だ。俺たちは、<アンバー・ワールド>の中でも、特別な存在なんだ」

「オーケイ、<ナンバーズ>の一人。名前の通りに、番号があるのか? それとも、コード・ネームか何かが?」

「22」少年は答えた。

 リヴァは頷いた。

「よし、22。昔、アンバーの恋人が死んだ。<SKUNK>と<ロメオ>の抗争の中で。知ってるか?」

「もちろんだ」

「どうして死んだ?」

「アンバーが所属していた<SKUNK>の敵側、<ロメオ>が雇った、<カザギワ>という殺し屋集団の殺し屋が殺したからだ」

「そう。そういうことになっているな」

「黙れ」アンバーが、かすれた声で言った。「殺すぞ」

「俺は別の説を知ってる。知りたいか、22?」

「こいつの言葉を鵜呑みにするな。騙されるな」アンバーが言った。

「ヘイ」リヴァは言った。「俺は別に、ミスタ・22を騙そうとなんかしない。ただ、別の説があることを知らせるだけだ。恋人、田村リヨを殺したのは、他でもないアンバーだという説を。そして、そのときこいつが使ったのが、S&W M629ショーティだったという説を」

「黙れ!」

 銃声。アンバーはリヴァの腹に食い込ませた短機関銃の引き金を引いた。だが、無数の銃弾が撃ち込まれたのはリヴァの腹ではなく、天井だった。地を蹴ったダンクが一瞬で間合いを詰め、短機関銃の銃口を逸らしていた。アンバーは肩を上下させて、荒々しく呼吸しながら、リヴァを睨んでいた。リヴァは小首を傾げた。ビルの中は、静まり返っている。

「さて、問題だ。アンバーは今、なぜ引き金を引いた?」

「奴を殺せ、<ナンバーズ>」

 アンバーが言った。だが、誰も従わなかった。

「たとえばもし、俺が今言った別の説が、まったくのでたらめならば、アンバーはどうして引き金を引いた? どうしてこんなに取り乱してる?」リヴァは言った。「田村リヨを殺したのが、本当はあいつだからじゃないのか?」

「殺してやる」憎しみに歪んでいた表情が、わずかに冷静さを取り戻す。アンバーの視線は、リヴァの耳に向けられていた。「おい、その耳に入ってるのは、無線機じゃないのか? お前、俺をはめたな。<カザギワ>だな、お前」

<ナンバーズ>の顔色が変わる。彼らの手元で、短機関銃が明確な殺意を持って、再びリヴァたちに向けられる。

「潮時だ、ダンク」

 ダンクが、鷲掴みにしていた短機関銃ごとアンバーの体を振り回し、<ナンバーズ>を牽制した。そのままアンバーを投げ飛ばし、リヴァの体を抱えて、ビルの窓へ。跳躍。

「次に会うときを、楽しみにしてるぜ、アンバー」リヴァは、ダンクに抱えられた状態で言った。「虚構と自己保身で作ったお前の<アンバー・ワールド>ってお城を、根元から粉々に破壊してやる」

 銃声が追って来たが、ダンクに追いつくことはできなかった。リヴァはマイク越し、バーバーに言った。

「いい画は撮れたか?」

『これ以上ないほど』バーバーが言った。

つづく




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2008年11月20日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第213回(3版)


劇場.


 リヴァは、四角いガラステーブルの上に、ジップロックに入ったままの拳銃を置いた。S&W M629ショーティ。人の命を奪えて、せいぜい六つのはずの武器。それが<アンバー・ワールド>に与えられるかもしれないダメージを計る。引き金を引かずに、敵の数を減らすことができる。それが少し、不思議だった。

 リヴァは、膨らんだ風船状に骨が伸び、湾曲した背もたれを持つ、木製の椅子に座っていた。かつてはクッションがあったのだろうが、接着剤の跡を残して、なくなっていた。お世辞にも、座り心地は良いとは言えない。

 ダンクは、マットレスのないパイプベッドに寝転がり、漫画を読んでいる。

 廃墟となって久しい、小さなビルに、リヴァたちはいた。何もない場所だ。地元の不良少年やホームレス、その他、乞食根性たくましい者たちに、あったものは全て運び去られていた。ドアや窓さえ、取り外されている場所がある。ホームレスの溜まり場ともなっていたが、銃口を振り回して、追い出した。

 地上六階建て。入り口から始まり、各階層、階段、そしてリヴァたちがいる最上階に至るまで、全ての場所に無線式のカメラを仕掛けた。死角はない。ビルの全てが、バーバーの手によって掌握されている。バーバーは既に、<アンバー・ワールド>のホームページをクラッキングし、ビルの映像を流す準備を済ませていた。誘いに乗ってアンバーが現われれば、いつでもビル内の映像をホームページ上で流すことができる。

 アンバーには、<アンバー・ワールド>に潜伏させている、磐井の後輩たち――暴走族、<白金大熊猫(プラチナ・パンダ)>を通じて、リヴァの手中に、彼がリヨを殺したときに使った拳銃があるという情報を流した。リヴァたちがいる場所も。目当ては金。そう伝えさせた。金さえ渡せば、どうにでもなる相手だと考えてもらっていた方が、警戒心は低くて済む。

『体調が悪くなったりしたら、すぐに言ってくれ。代わりの人間を行かせる』

 耳栓のように、片方の耳に詰めた無線で、バーバーが言った。色は肌色に塗ってある。万が一、無線を付けている方の耳を見られても、すぐには分からないように。無線の存在を相手に悟られないように、アンバーが現われたら、ダンクに、無線を付けている側に立つように言ってもある。マイクは、服の下にテープで貼り付けていた。この場所が、リヴァたちが用意した“劇場”であることを知れば、アンバーはすぐに逃げてしまう。

「俺の代わりを務められるやつなんか、いやしないよ」リヴァは言った。

 ダンクが漫画を読み終え、ベッドの上で欠伸をし、間もなく寝息を立て始めた。起きると、読み終わったはずの漫画を取り上げ、二週目に入った。三週目を終えたところで、ダンクは、持ち運びが可能なタイプのバスケットボールのゴールを持って来ればよかったと愚痴った。そうだな。リヴァは言った。慶慎が今どうなっているのか。アンバーが来たら、何と言うか。相手はどんな対応をするか。頭の中で、何度もシミュレーションを繰り返していた。ダンクほどには、暇を持て余さなかった。ダンクが、あまりにも暇であることと、空腹を訴え始めたところで、リヴァは、持って来ていたバックパックの中から、買い込んだおにぎりと、ペットボトル入りのミネラルウォーターを取り出し、ダンクに与えた。おにぎりを五つ平らげたダンクは言った。

「先に言ってくれてれば、俺だってこんなに文句は言わなかったのに。そこまで信用がないのかい、俺って?」

 リヴァは言った。

「もし、先に言ってれば、お前の限界は数時間前に訪れてただろうよ」

 リヴァは何も食わず、水分だけを摂取した。ビルには、かつてトイレとして使われていた場所があった。便座はなかったが。そこで用は済ました。椅子に座り過ぎて、血液の流れが停滞しているのを感じると、ビルの最上階をぐるぐると歩き回った。そしてまた、椅子に座った。いつの間にか、リヴァは眠っていた。無線から聞こえた、バーバーの声で、リヴァは目を覚ました。

『来た』バーバーはそう言った直後、派手に悪態をついた。『くそっ』

「何だ」

『仲間を連れてる。六人。全員、短機関銃(サブマシンガン)装備』

 リヴァは頭の後ろで手を組み、椅子の背もたれを軋らせた。

「上等だ。こっちが劣勢であればあるほど、信頼性は上がるってもんだ」

『リヴァ』

「こっちには、お前がいる。たとえ俺がやられても、それを犬死ににはしない。そうだろ?」

『死なせるために、君をそこにやったんじゃない』

「分かってる。分かってるさ」

 リヴァは言った。そして、胸の内で呟く。

 さて、幕開けだ。一触即発の即興劇。足の運びを間違えば即死亡の綱渡り。

 ドアのない最上階の入り口に、アンバーが仲間を従えて立っていた。リヴァは言った。

「ハロー、エヴリワン。何か、探しものかな?」

つづく




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posted by 城 一 at 23:15| 長編小説 焔-HOMURA-[integral] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月17日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第212回(3版)


プラン.


 ストリップ小屋には、上客をもてなすためのVIPルームがあった。メインホールからは隔絶された個室で、客は周囲の喧騒を気にすることなく、目の前で腰をくねらせるストリッパーの裸体と踊りを楽しむことができる。リヴァはそこに監禁されていた。

 円形の空間。壁に沿って、半円状に設置された、真っ赤な本革張りのソファ。部屋の中央には、小さな円形のステージとポール。ステージと天井を貫くスチール製のポールは、リヴァを拘束するための、格好の道具だった。リヴァはポール越しに、両手を手錠で繋がれていた。

 拘束する。バーバーはそう言った。長年付き合ってきた仲間にも、容赦しない。だからこそ頼りになるのだが、今回ばかりは、その容赦のなさを、リヴァは恨めしく思っていた。ステージの上で、何とか拘束から逃れようと、ポールに繋がれたまま動き回っていると、客を喜ばせるために踊っているストリッパーになった気分になる。

 ポールが折れるか、ステージか天井から外れるかしないかどうか、力ずくで揺らそうと試していると、ドアが開いた。バーバー。

「田村リヨを殺した犯人が分かった。犯人は、他でもない。アンバーだった」

 バーバーは言った。銀色に染めた髪は、長い間ほったらかしになっているらしく、根元が段々と、地毛の色――黒に近いブラウン――になってきている。今は、付け毛もしていなかった。整髪料も使わずに、ただ髪を下ろしている。

 事の経過だけは、律儀に報告しにやって来る。リヴァを拘束していることに対する、せめてもの償いのように。リヴァは黙ってステージに腰掛け、話の続きを待った。

「証拠は、かつてアンバーが田村リヨとよく行っていた、<quilt>という店の店主が飛猫に渡した、S&W M629ショーティ。それが、田村リヨを殺した時に使った凶器らしい。裏付けは浦口を通して取った。使われた銃弾、射撃特性。共に、問題はなかった。田村リヨ殺しに関して、陽性だ」

「それはそれは」リヴァは言った。「恋人を<カザギワ>に殺されたと言っていたアンバーの言葉が、180度引っくり返るスキャンダルだな」

「そう。それを含めて、田村リヨの死に関して集めた情報を、<アンバー・ワールド>のサイトをクラックして、そこで発表する」

「それで崩壊とまではいかなくとも、連中にかなりの打撃を与える事ができる」

「そういうこと」

 リヴァは、バーバーを見た。

「ただし」リヴァは言った。「その情報を、やつらが信じればの話だな」

「それは」

「やつらは信じないよ、バーバー。なぜなら、そんな情報を流すのは、<アンバー・ワールド>と敵対する人間、組織だからだ。連中は推測する。こんなことをするのは、<カザギワ>以外に考えられないと。それに、射撃特性やら何やら。警察方面から仕入れた情報を使っていいっていう許可は下りてるのか?」

 バーバーは俯いた。力なく、首を振る。

「そりゃそうだ。浦口がお前に協力するのは、あくまでも非公式なんだから。なあ、バーバー。賭けてもいい。今、お前の手の中にある情報をそのままネットで流したって、効果は微々たるものだ」

「けど、他に手は」

「証拠を使って、本人をおびき寄せる。アンバーを。情報の真偽に、連中の結束力の要となっている人物を混ぜれば、どうだ?」リヴァは、手錠に繋がれた状態で、小さく手のひらを広げた。「信頼性は大幅にアップするんじゃないのか?」

「それはダメだ、リヴァ」

「お前はきっと、このプランを考えたんだ。だが、それを実行できるくらいの、微妙な匙加減、度胸、動機がある人間を、一人しか思いつくことができなかった」

「そんなことはない」

「インターネットと接続した、無線式のカメラを無数に設置して、死角のない劇場を作る」

「リヴァ」

「リアルタイムで、カメラで撮った映像をインターネット上で流す。ステージに上がるのは、ホストとゲスト。ゲストはもちろん、アンバーだ。ホストは、唯一無二の証拠品を使って、ネットを通して見てる、無数の観客の前で、アンバーから、アンバーの言葉で、情報を引き出す」

 バーバーは、リヴァを見つめたまま、何も言わなかった。驚きも、リヴァの話に言葉を挟むこともしない。やはり一度、彼の頭の中に浮かんだ考えなのだろう。

「ホストには、俺がなる。アンバーから、どんな類の情報を引き出せばいいのかは、分かってる。度胸じゃ、誰にも負けない。慶慎を助ける。動機もある」

「ホストには、やらなきゃならないことがある」バーバーは言った。「いや、やらないでいるべきことと言った方が正しいのかな」

「ああ。ホストは抵抗しない。武器を持たない。丸腰で、証拠品一つを手に、やつと対面する」

「アンバーにとって、恋人を殺したという過去は、地雷なんだ。踏めば、どうなるか分からない。君を殺そうとするかもしれない」

「結構なことじゃねえか。無抵抗の俺が殺されれば、証拠品である拳銃の価値が跳ね上がる。もし、アンバーにとって、何の価値もないものなんなら、俺を殺したり、ましてや強引にその証拠品を手に入れようとなんかしないはずだからな」

「アンバーは僕らの考えを読んで、何もせずに帰るかもしれない。もっと言えば、彼が僕らの誘いに乗ってくるかも分からないんだ」

「誘いに乗ってこなかった場合、俺たちが損するものはない。もしも誘いに乗ってきた場合、俺たちはこれ以上ないほどの、アンバーが恋人を殺したという情報の信頼性を手に入れる。やらないに越したことはないプランだ」

「けど」

「保険として」リヴァは言った。「丸腰では行くが、代わりにダンクを連れていく。あいつは丸腰でも、そこいらの銃の百倍役に立つ」

「ああ、そうだね」バーバーは頷いた。「そうした方がいい」

「決定だな」

「どうせ、止めてもやるんだろ?」

「さすが、長い付き合いなだけはある。俺のことを理解してるな」

「だから、あんまり僕を悲しませないように」

「心掛ける」リヴァは言った。

つづく




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ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第211回(2版)


リボルバーU.


 鈴乃は、指先でこめかみを揉んだ。求めていたものが、目の前に現われた。だが、そのあっけなさと無造作さ、唐突さに戸惑いを覚える。達成感や喜びよりも、疑心の方が大きく膨らんでいる。

「どういうことなの?」鈴乃は言った。

「俺には経験がないが、想像はつく。自分の手で、愛している者の命を奪ってしまうってのが、これ以上ないほどに最悪なことだってのはな」小田は言った。「重たい話さ。そのくせ、話の重量とは反比例に、いたって単純な話だ。アンバーがリヨを殺した夜、あいつはギャング同士の銃撃戦の中にいた。<SKUNK>と<ロメオ>のな。新月で、真っ暗な夜だった。その上あいつは、敵さんに腹と腕を撃たれて、血を流しすぎていた。意識の状態も、判断力も、万全からは程遠い状態だった。戦場と言ってもいい場所の中で、あいつは背後に気配を感じた。仲間の居場所は全て把握している。背後にいる仲間はいなかった。だったら、どうする? あいつは振り向きざま、銃の引き金を引いた」

「それで?」

「終わりさ。あいつの放った一発が、リヨの致命傷になった」

「それなのに、どうして彼は、“<カザギワ>の殺し屋が、田村リヨを殺した”なんて話を信じているの?」

「信じてるんじゃなく」小田は言った。「すがってるだけかもしれんよ」

「同じことでは?」

 小田は鈴乃を見て、鼻孔からゆったりと息を吐き出した。

「人は、誰か大切な人間を失うと、心に穴が開く。アンバーの場合、その他に、情報的なものにも穴がある。リヨを殺した夜は真っ暗で、見通しが利かなかった。あいつは銃で撃たれて息も絶え絶え。意識が朦朧としていても、不思議じゃない状況だった。いくらでも、嘘が入り込む余地があるとは思わないか?」

 鈴乃は、ジップロックに入った拳銃を見つめていた。S&W M629ショーティ。この銃に使われる銃弾も、田村リヨの心臓に撃ち込まれた銃弾も、44マグナムだという点では一致する。

「かもしれないわね」鈴乃は言った。「でも、もしかすると、目の前の光景をはっきりと認識できるほどには視界があったかもしれない。街灯の光や、周囲の建物の装飾、窓の明かりで。そして、意識も朦朧とはしていなかったかもしれない」

「だから、言っただろ? すがってるだけかもしれんと」

 鈴乃は頷いた。

「本当に、持って行ってもいいの?」

「あんたはそんな、ボロボロの体を、車椅子で引きずってきた。引き下がるつもりもないくせに、遠慮するふりなんかするなよ」

「それでは」

 鈴乃は、拳銃の入ったジップロックを、クッキーの缶の中に戻し、膝の上に置いた。

「あんたは、このことで遠慮して、アンバーに手加減したりするのか?」

「いいえ。そんな余裕はないわ」

「そう。安心したよ」

「もし、彼に伝えたい言葉があるのなら、聞いておくわ」

「そんなものはない」小田は言った。「心臓が止まるまではきっと、俺が知ってるあいつは戻ってこないのさ」

「そう」

 鈴乃は、<quilt>を出た。バーバーに電話をかける。

「ネコよ。田村リヨを殺した犯人は、アンバーだった。証拠も手に入れたわ」

つづく




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2008年11月15日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第210回(4版)


リボルバー.


 車椅子を使うようになると、ちょっとした路面のおうとつにも苦労するようになる。<quilt(キルト)>の前の歩道は、わずかだが波打っていた。悪態をつき、背中に汗をかきながら、鈴乃は、どうにかそれをクリアした。外界に出ると、そんなことばかりだった。足が不自由になると、家にこもりがちになる者が多いと聞くが、分かる気がする。鈴乃は思った。外界よりは、家の中の方が、自分の思い通りになる。今まで、当たり前のようにしてきたことに対して、外界は障害が多すぎる。障害にぶつかればぶつかるほど、無力感に襲われる。外界を敬遠しがちになってしまうのも、仕方ないことだ。

<quilt>のドアには、closedと書かれたプレートが下がっていたが、構わずノックした。話は通してある。店の主人である小田豊春(おだとよはる)が姿を現わし、ドアを支えて、中に入るように促した。鈴乃はそうした。

 店内には、誰もいなかった。客を失った、チーク材を使った椅子と円テーブル。寄せ木造りの床。アンティークを模したラジオから、控えめのボリュームで洋楽が流れている。鈴乃の知らない曲だった。しわがれた声の男が、抑揚の利いた叫びにも似た調子で歌っている。鈴乃が車椅子のままテーブルにつくと、小田がマグカップに入れたホット・レモネードを出した。口をつける。以前、アンバーに魔法瓶から分けてもらったものよりも、数段うまかった。

「アンバーについて、話がしたいと言ったな」小田は言った。灰皿を持ってきて、一度断ってから、煙草に火をつける。「昔あった<SKUNK>と<ロメオ>の抗争の際死んだ、田村リヨについて聞きたいと」

「ええ」

「なぜだ?」

 紫煙越しに、訝しげな視線を、小田は送ってきた。でっぷりと太った体を、灰色のセーターに包んでいる。セーターは丸首で、開いた部分からは、下に着ている暖色のチェック柄のネルシャツが見えていた。クリーム色のチノ・パンツ、履き古したスニーカー。

「アンバーは、田村リヨを殺した人間について、何者かに嘘を吹き込まれている。それが原因で、あたしやあたしの仲間たちは不利益をこうむっている」

「その嘘の、具体的な内容は?」

 鈴乃は、小田の目を見た。深い色の瞳をした男だった。こういう人間は、嘘を嗅ぎつける。

「田村リヨを殺したのは、<ロメオ>が雇った、殺し屋集団<カザギワ>から派遣されてきた、殺し屋だという嘘よ」

 小田は煙草を吹かした。

「<ロメオ>は既にない。だからあんたは、<ロメオ>にゆかりのある人間か、<カザギワ>の人間ということになる」

「あたしは、<カザギワ>の殺し屋よ」

「それは、脅しか?」

「事実を言っただけよ」

「『ピストルオペラ』って映画に、車椅子の殺し屋が出てたな」

「洋画?」

「邦画だ。病院のベッドの方が似合いそうに見えるのは、相手を油断させるためと言うわけだ」

「違うわ。これは、本当に怪我をしてるのよ」

「さっきの言葉が、脅しじゃないわけだな」

「殺された田村リヨに関して、知っていることがあるのなら、教えて」

「気が進まないが」

「お願い」

 小田は席を立った。カウンターの方へと行き、コーヒーを淹れる。ミルクを入れ、砂糖を入れる。スプーンが、コーヒーカップの底をくすぐる音が聞こえた。小田は背を向けたまま、言った。

「ついこの間、アンバーがこの店に来た。“見せたいものがある”と言ってな。連れて行かれたのは、工事が頓挫したままの地下街<ホープ・タウン>だった。そこであいつに、“仲間”を紹介された。俺にはとても、そうは見えなかったがね。どいつもこいつも、ヤクで濁った目をしてた。あいつは言った。俺たちは<ミカド>だと。知ってるか?」

「正義という言葉や、憤怒、悲哀の感情を経路に感染するメディア、あるいはウイルス。あるいは、そのウイルスに感染した者たちが集まってできた、組織の名称。<ミカド>に感染した者は、<カザギワ>を中心に、一般的に悪とされる者や組織と、積極的に敵対しなければ気が済まなくなる」

「なるほど。そう表現すると、分かりやすいな。だが、アンバーの話は難解極まりなかった。正義だの悪だの、延々俺に説き続けた。俺には、あいつの言ってることがさっぱりだった。あいつに<ミカド>とやらに誘われたが、理解できないものに属することはできない。俺は断り、そして<ホープ・タウン>から帰ってきた」

「賢明な判断だと思うわ」

「<ホープ・タウン>で俺は、ひどく精液のにおいが充満してるのに気づいて、近くにいたやつに聞いた。そしたら、<カザギワ>に関わった女を犯してるんだと、自慢げに言ってた。罰を与えてるんだとな。<カザギワ>の殺し屋を追い詰めるためだとも、言ってたな。<ホープ・タウン>には他に、山積みになった銃もあった。短機関銃やら拳銃やら。俺は確信した。アンバーは、間違った道に足を踏み入れてる」

 小田はカウンターにもたれ、鈴乃を見た。コーヒーをすすり、視線を交わらせる。そして、言った。

「アンバーはリヨを失って間もないある日、ここに来て言った。“もし、俺が道を踏み外しそうになっていたら、止めてくれ”とな。今がそのときだと、俺は思った。だから、何とかしてあいつを説得しようとした。だが、できなかった。言葉じゃ止められないところまで、あいつは行っちまってるんだ。あんたは、殺し屋だと言った。そして、仲間がいるとも言った。あんたや、そのお仲間たちなら、言葉を用いない強引な方法で、アンバーを止めることができるか?」

「命の保証はできないわ」

 小田は頷いた。

「あいつが、間違った道をこのまま、突っ走って行っちまうよりは、そっちの方がいい」

「なら、止められるかもしれない。けど、そのためには、アンバーが吹き込まれてる嘘が邪魔なのよ」

「真実と、それを裏付けるものが必要なわけだ」

「そうよ」

 小田はカウンターの向こう側に回り、大きなクッキーの缶ケースを持ってきた。ふたを開けると、中には、ジップロックに入った拳銃が収まっていた。

「S&W M629ショーティ」小田は言った。「リヨが死んだ日、アンバーが持っていた銃だ」

 鈴乃は小田を見た。目を合わせ、話の続きを促す。小田は言った。

「アンバーがリヨを撃ち殺したときに使った銃だ」

つづく




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posted by 城 一 at 08:57| 長編小説 焔-HOMURA-[integral] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月14日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第209回(3版)


見損なうなよ。


 バーバーは舌打ちした。

 リヴァが短機関銃(サブマシンガン)を構えていた。こちらに向けて。

「また、飲んでるのかい、リヴァ?」

「いや」

 嘘は言っていない。リヴァの息からは、酒臭さを感じなかった。

 漫画喫茶。そこで貸し出している、青みがかった灰色のカーペットが敷かれた、小さな部屋。電気は消されており、窓から差し込む淡い月明かりだけが頼りだった。緑色のレーザー光線のようなものが、四角になったり、円になったりして画面をゆったりと移動するスクリーンセーバーが映し出された、デスクトップのパソコンがパソコン台の上に載っている。漫画が数冊、床に積み上げられていたが、手をつけた気配はない。円形のローテーブルに置かれた、マグカップの中のコーヒーに、湯気は立っていない。

 バーバーは部屋に上がり、窓辺に行った。足下に転がっていた双眼鏡を取り上げ、窓の外を覗く。夜闇の中、街灯に照らされて浮かび上がる、<ホープ・タウン>への入り口が見えた。パイロンと、オレンジ色に塗られた鉄柵にふさがれており、人気もない。一見しただけでは、そこに人の出入りがあることは分からない。ただ、鈍重な獣のように、地下へと続く階段が、大きな口を開けているだけだ。

「俺に、見張りを付けたな」リヴァが言った。

「ああ」

「どういうつもりだ」

「どういうつもりだ? それはこっちの台詞だ。僕の命令を無視して、ここに入り浸って<ホープ・タウン>の観察をして」バーバーは部屋の隅に置いてあった、モスグリーンの大きなドラムバッグを開けた。中には、自動、手動の拳銃が数丁と予備弾倉がいくつか、オートマティックの散弾銃と、箱に隙間なく詰め込まれた装弾、形や種類がさまざまの手榴弾が入っていた。リヴァを見る。「そして、テロでも起こせるくらいの量の武器を調達した。それとなく、分かってはいるが、君の口から直接聞きたい。それも、具体的に」バーバーは言った。「どうするつもりだったんだ?」

 リヴァは銃を構えたまま、軽く肩をすくめた。

「簡単なことだ。あそこから」リヴァは首を小さく動かして、<ホープ・タウン>への入り口を示した。「<ホープ・タウン>に入って、ドラムバッグの中身を可能な限り有効活用するつもりだった」

「作戦の詳細まで、きちんと聞きたいね」

「詳細? そんなものはない。今言った以上でも、以下でもねえよ」

「見損なったな、リヴァ。そんなことをすれば、確実に君は、慶慎を助けることもできずに死ぬが、それだけじゃない。僕らが今、互いの不満を押し殺して進めてる作戦も、まったくの台無しになる。分かっていないわけじゃないだろう?」

「くそほども役に立たない作戦なんか、俺の知ったことじゃない」

「おいおい、それは本当は、俺が言いたくて常にうずうずしてる言葉だぞ」

 神田が言った。彼は、部屋の入り口の上枠に手をかけて、リヴァを眺めていた。部屋は狭い。神田が入るスペースは、もう残っていなかった。神田の向こうで、ダンクが腕組みをして様子を見守っているのが見えた。

「だったら、好きなだけ口にすりゃいい」リヴァは、神田を見ずに言った。「あんた、俺を見張ってたやつだな」

「ああ」

 バーバーは、リヴァに見張りを付けた。いずれ、慶慎を助けるために動けないことに、リヴァが耐えられなくなることは分かっていた。見張り役を見繕うように神田には言ったが、彼自身が見張り役の一人になると言うとは思わなかった。<ピザ・コパフィールド>での一件以来、神田は何かとバーバーの側に、その身を置いた。認められたわけではない。それは、自分に注がれる視線の鋭さで分かる。一挙手一投足が、吟味されている。そう思った。隙を見せれば、足をすくわれる。そんな緊張感が、常にある。

「俺の信用も落ちたもんだな」リヴァは言った。

「実際、君は僕の指示を無視した」

「そうだな」

「こんなことはやめて、僕の指示通りに動くんだ、リヴァ。一人で<ホープ・タウン>に突っ込んだって、何にもならない」

「そうかな? 目を覚ますやつがいるかもしれない。“俺は一体何だって、こんな回りくどいことをしてるんだ。難しく考えずに、あいつみたいにやればいいじゃないか”ってな」

「それでどうなる。ただ、死ぬだけだ」

「お前が主導してる作戦に従えば、そうはならない?」

「何も考えずに、敵の本拠地に突っ込むよりは、ずっとましだ」

「だが、慶慎が死ぬ」

「慶慎が死ぬ可能性は、あるいは既に死んでいる可能性は、どうやったってゼロにはならない」

「だがお前は、その可能性を悪戯に高くしてる」

「そんなことはない」

「いいや、してる。なぜだか、説明してやる。慶慎が死ねば、急いで<ホープ・タウン>に攻め入る必要がなくなるからだ。慶慎が死ねば、じっくり時間をかけて、やつらを相手にできる。そうなれば、くそったれな勝率とやらは高くなる」

「見損なうなよ、リヴァ」

「俺の望みが」リヴァは言った。「慶慎を助けたいって望みが面倒なら、そうはっきり口に出せばいい。なのに、そうしない。がちがちに固めた理屈で真意を隠して、誰からも正しいとされる位置に自分を置く。お前は卑怯だよ、バーバー」

「だったら」バーバーは銃口を掴んだ。引き寄せて、自分の胸に押し付ける。「さっさと、その引き金を引けばいい。卑怯者の命なんか、君にも僕にも必要ない」

「バーバー」ダンクが部屋の外から言った。

「君は黙っていろ、ダンク」

 リヴァの呼吸が荒くなる。聞こえるほど、音が大きくなり、微かに上下するリヴァの肩の動きが、短機関銃(サブマシンガン)を通してバーバーにも伝わった。

「くそっ」

 リヴァが短機関銃(サブマシンガン)を床に叩き付けた。神田が素早くその懐に踏み込み、背負い投げた。リヴァの体が部屋の外に転がる。神田はそれを追いかけ、リヴァを立たせ、みぞおちを蹴った。店の客や、店員が目を丸くして、突然始まった荒事に言葉を失っていた。

「いいのか、バーバー?」ダンクが言った。

 バーバーは、溜め息を隠さなかった。

「構わない。それよりも、客や店員の動きを見張っていてくれ」

 バーバーは、リヴァが投げ捨てた短機関銃(サブマシンガン)を拾い、ドラムバッグの中に入れた。持ち上げると、重量がドラムバッグを構成する生地の硬度を遥かに上回っているらしく、ひどく変形した。もしかすると、運んでいる最中に底が破れてしまうかもしれない。部屋の外では、派手な音とともに、家具が倒れ、本棚に並ぶ漫画が床に散乱していっていた。リヴァは抵抗しなかった。まるで、自分を罰するように。

「がきが」

 最後に軽く一蹴りして、神田の気は済んだようだった。バーバーは、床で力なく倒れるリヴァに言った。

「君を拘束する、リヴァ」

「好きにしろ」リヴァは言った。

「不満も、憤怒もあるだろう。けどそれは、本番のときのために取っておくといい」

「そうだな」

 店の中には、神田の部下が二人いた。神田とともに、リヴァの見張りにあたった者たちだ。神田が目で合図すると、彼らはリヴァの体を引きずり、店の外へと連れて行った。神田が言った。

「少し前の自分を見てるようで、ひどくいらついた」

「そう」

「やつとは、長い付き合いなんだろう?」

「ええ」

「なかなか、こたえたんじゃないのか?」

「どうでしょうね」

 神田は鼻で笑うと、リヴァを連れて行った部下のあとを追った。ダンクが側に来た。

「バーバー」

「大丈夫。肉体的にはそうでもないけど、精神的には、かなり頑丈にできてるんだ、僕は」

「けど、それは、傷一つ付かないということじゃない」

「まあね」

「精神的な傷に効果的な絆創膏があれば、用意してやるんだけどな」

「残念ながら、そんなものはない」

「腹は?」

「減ってる」バーバーは言った。「珍しく」

「うまい中華を食わせてくれる店を知ってる。そこに行こう」

「そこに絆創膏はないのかい?」

「中華を出す店としては一流だが、残念ながら回鍋肉(ホイコーロー)しかない」

「そして、残念ながらその洒落は三流だ」

「手厳しいな」ダンクは言った。

つづく




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2008年11月13日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第208回(9版)


アキ.


 目に痛いほどの赤い夕焼けが、窓から差し込んでいた。慶慎は目を細めた。

 かつて、文永と暮らしていた部屋にいた。明かりはついていない。強烈な夕日の光が差し込んでいるが、明るい感じはしない。陰になっている部分には既に、夜が訪れている。テレビがついていて、ドラマの再放送が流れていた。キャラクター性を重視した刑事もので、アイドルが演じる若い女署長が主人公の物語だった。ちょうど見せ場に入ったところで、女署長が犯人相手に決め台詞を吐いていた。どこにでも転がっている台詞だった。

 慶慎は、食卓についていた。ごみだらけのテーブルに。握り潰したビールの缶が、気だるそうな様子で、いくつも寝転がっていた。ビニール袋に押し込まれた、空のコンビニ弁当のケース。へし折られた割り箸。おにぎりのフィルム。食べかけのまま放置されて、乾ききった酒のつまみ。慶慎の正面には、幼い頃のケイシンがいた。彼は、テレビの音が聞こえなくなるほどのボリュームで泣きわめいていた。

「うるさいぞ」

 慶慎は言った。ケイシンは泣き止まなかった。慶慎はテーブルの上にあったものを叩き落として、もう一度同じ言葉を繰り返した。ケイシンはまるで聞こえないかのように、声を上げ続けた。慶慎はテーブルの上に身を乗り出し、ケイシンの頬に平手を叩き込んだ。

「うるさいと言ったぞ」

 ケイシンは身をすくめ、泣き声を押さえた。完全には収まらず、しゃくり上げることを続けた。おい。慶慎は言った。ケイシンはただ、静かに泣くだけで返事をしない。おい。もう一度言う。やはりケイシンは何も言わない。慶慎はさっきよりも大きく振りかぶって、ケイシンの頬を叩いた。ケイシンはこらえきれず、椅子から床へと転がり落ちた。慶慎は力任せにテーブルを脇に押しやり、ケイシンの顔を覗き込んだ。

「泣いていれば、誰かが手を差し伸べてくれると思ったら、大間違いなんだぞ」

 ケイシンの顔が恐怖に歪み、そしてまた、泣き声が始まった。部屋全体に響き渡るような泣き方だった。

「黙れ」

 ケイシンは黙らなかった。慶慎はケイシンの顔面に、拳を叩き込んだ。鼻血が飛ぶ。泣き声は止むどころか、これまでで一番ひどくなった。二度、三度と拳を叩き込んだ。やはり止まない。攻める場所が悪いのだ。慶慎は思った。ケイシンのみぞおちに、つま先を食い込ませた。ケイシンは気味の悪い声を発して、吐いた。声にならない呻き声を出していた。息ができていないようだった。だが、とにかく静かになった。慶慎は椅子を引き寄せ、座った。

「吐いたものは、自分で始末しろよ」

 台所で、炒めものをする音がしていた。見ると、例の名前を知らない少女がいた。

「よかった」慶慎は言った。「無事だったんだね」

「まあね」少女は言った。白いエプロンをつけて、フライパンを操りながら、肩越しに慶慎に視線を送る。「今、野菜炒めを作ってるんだけど、嫌いな野菜があったりする?」

「いや」

「そう。よかった」

 ケイシンがむっくりと起き上がり、何も言わずに洗面所へと向かった。濡れた雑巾を持ってきて、自分が吐いたものを拭き取った。一度では床を綺麗にできず、ケイシンは何度か洗面所と床を往復し、雑巾を洗っては床を拭いた。それが終わると、テーブルを元に戻し、うつむいたまま、椅子に座った。

「お前がもっとしっかりしていれば、こんなことにはならなかった」

 慶慎は言った。ケイシンは何も言わず、ぽろぽろと涙をこぼした。慶慎は舌打ちした。話にならない。こいつと話していると、精神衛生上、良くない。テレビに目を向けた。ドラマはもう終わっていて、ニュース番組が始まっていた。女性のニュースキャスターが、カナジョウ市で連続して起きている放火事件を伝えていた。今のところ、全部で五件起きていて、ついに死人が出たということだった。そのままニュースを見ているうちに、料理ができた。少女は、テーブルの上に二人分の皿を並べた。彼女と、慶慎の分。ケイシンの分はなかった。ケイシンは少しだけ涙の勢いを強めて、呟くように言った。

「僕も、お腹減った」

 慶慎は言った。

「お前は何の役にも立たなかった。泣いて、うずくまって、びくびくして、ただあの人の暴力に耐えただけだ。その結果、もっとひどいことになった。僕は人を殺して生計を立てていくしかなくなった。そして、数えきれないほどの人の怒りや憎しみを買った。そして、大事な人を殺された。そして」

 少女が慶慎の肩に手を置いた。慶慎は言葉を止めた。ケイシンはやはり、ただ何も言わずに涙を流すだけだった。

「お前に食わせるものなんて、何もない」

 慶慎は言った。少女とともに、食事を始めた。

「おいしいよ」慶慎は言った。「料理、うまいんだね、君」

「ありがとう。でも、ねえ? いい加減、呼び方が君じゃあ、味気ないと思わない?」

「そうかもしれない」

「あたしには、名前がないの。だから、あなたがつけてくれない?」

「いいのかい?」

「あなたがつける名前なら、何だって」

「そう」

 慶慎は箸を止めて、しばし考えた。そして言った。

「アキって言うのは?」

 少女が微笑んだ。

「いい名前。アキ」彼女は味見するように、名前を呟く。「いい響き」

「だめ」ケイシンが言った。表情を強張らせて、どうにか恐怖を押さえ込みながら。「それだけは、だめ」

「どうしてだ?」

 慶慎は言った。ケイシンは押し黙り、萎縮したようにうつむいた。慶慎は手元にあった、水の入ったコップをケイシンに投げつけた。ぎゃっとケイシンが悲鳴を上げる。ケイシンは危険を察知し、コップがぶつかった額を押さえながら、一目散にその場から逃げ出そうとする。慶慎はその襟首を後ろから摑み、床に引き倒した。顔を殴る。また、泣き声が始まる。殴る。

「どうして、彼女の名前がアキじゃだめなんだ?」

 ケイシンは答えない。慶慎も、答えを期待してはいなかった。ただ、殴り続ける。ケイシンの口許が鼻血で真っ赤に染まる。そして、いつの間にか、部屋の中で聞こえるのが、テレビの音だけになっていることに気づく。ケイシンは、気絶していた。

「どうする?」少女が言った。「別の名前が思いつくまで、待とうか?」

「なぜ? 君は、アキだ。それ以上に、君にぴったりな名前はないよ」

「そう」

 アキ。慶慎はそっと、彼女を呼んでみる。「なあに、ケイちゃん」。アキが言う。二人は顔を見合わせ、理由も分からずにくすくすと笑った。何度も名前を呼び合っては、そうやって静かに笑い続けた。

つづく




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2008年11月10日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第207回(4版)


バイバイ。


 ふざけるな。

 慶慎は全身に力を込めた。四肢を縛る縄が張り詰める。だが、それだけだった。切れたりはしなかった。体を揺らす。肘掛けを破壊した、あのときのように。だが、スチール製のアームチェアは、きしきしと音を立てただけだった。縄の上から巻かれた鎖が、衣擦れのように柔らかい金属音を奏でた。それだけだった。状況は、何も変わらなかった。

 安希が拘束を解かれた。すぐさま彼女は逃げ出そうとしたが、誰かに足を引っ掛けられて、転んだ。人垣に包み込まれる。無数の手が、彼女に向かって伸びる。安希の衣服が破れ、剥がすようにして奪われる。抱き締めるようにして、自らの体に両腕を巻きつけた、下着姿の安希を、誰かが笑った。慶慎は吼えた。縄が体に食い込んだだけだった。紙切れのように、安希の白い下着が剥ぎ取られた。彼女の華奢な裸体がさらされる。

 やめろ。

 慶慎は叫んだ。誰も、振り向きさえしなかった。

「やめさせてよ」慶慎は、リタに言った。「お願いだ。僕は、どうなってもいいから」

「そういう言葉は、相手の手中に収まっていない人間が言うことよ。自由を奪われ、月並みな表現だけれど、相手の煮るなり焼くなり好きにできる状態にある人間が言っても、何の意味もないわ。つまり、あなたに交渉に使えるカードはない。あなたはそこで、指をくわえて見ていることしかできないのよ。あなたにとって、最も優先順位の高い彼女が犯されるさまをね。もっとも、今のあなたには指をくわえることもできないわけだけれど」

 安希が悲鳴を上げた。握り潰そうとするかのように、誰かの手が、彼女の乳房に伸びていた。彼女の股間に伸びた手も同じだった。およそ愛撫とはかけ離れた荒々しさで、安希を弄ぶ。痛いと安希が叫んだ。誰も手を止めなかった。

 慶慎は強引に両腕を動かした。縄で皮膚が擦り切れ、血が流れた。構わなかった。腕を動かし続けた。縄が肉に食い込み、肘掛けが血で染まった。状況は何も変わらなかった。椅子に縛り付けられたまま、安希が犯されるさまを見ていることしかできなかった。

「もう嫌だ」慶慎は言った。頬を伝う涙とともに。「こんなのないよ」

『だから言ったのに。外は怖いって』誰かが言った。

 安希が体をのけぞらせた。少年の一人に、ペニスで貫かれていた。悲鳴をほとばしらせる安希の口にも、他の少年がペニスを突き入れる。誰かが彼女の肛門を試そうとし、実行に移した。安希の周囲を取り囲む者たちの何人かは、自分で自分のペニスをしごいていた。安希を犯していた少年が、腰を震わせた。彼が離れると、安希の膣から精液がこぼれた。すぐに、他のペニスによってふさがれた。

 もう嫌だ。

 慶慎は安希から目を逸らした。瞼を閉じた。だが、安希が犯される映像からは、逃れることができなかった。目の前で起きている光景は瞼の裏まで潜り込み、頭を侵した。涙がいくら膜を張ろうとも、無駄だった。

 もう嫌だ。

 どうしてこんなこと。誰に向けているのかも分からないまま、慶慎は叫んだ。

 リタが、慶慎の耳元に唇を寄せて、囁いた。

「昔々、あるところに、パメラ・ブラウンという女がいました。どこにでもいる大学生だった彼女は、ありふれているけれど、でもかけがえのない幸せな日々を送っていました。妻子のある教授と不倫していたけれど、いずれ妻と別れるという彼の言葉を信じていたし、少し罪悪感で胸は痛んでいたけれど、満たされていました。ところが、そんな幸せな日々がある日、音を立てて壊れました。同じ大学に通っていた彼女の弟が、大学で銃の乱射事件を起こしたのです」

 見知らぬ少女が、慶慎の傍らにいた。いや。慶慎は思った。彼女には、見覚えがある。だが、思い出すことができなかった。リタは、少女の存在に気づいていないようだった。少女は、安希の様子を眺めながら言った。

『こんな世界に、何の意味があるの? ここには、苦痛しかない。留まる意味なんか、一つもない。これが現実? だからどうしたって言うの? なぜ、死よりも辛い思いをしてまで、現実に生きなきゃならないの?』

「パメラは、弟がどうしてそんなことをしたのか、分かりませんでした。警察に、いくら事情を訊かれても、答えることができませんでした。心ない刑事が言いました。“お前にも、同じ血が流れてるんだ。あの正真正銘の、くそったれの血がな。いいか? もし魔が差しても、今度は大学での銃の乱射は省略するんだぜ? お前が、やつみたいに自殺するのはいたって構わないからな”。そう、パメラの弟は大学でたくさんの人を殺したあと、自殺したのでした。パメラの恋人である教授は、パメラの弟が殺した人たちの中の一人でした。両親は、息子が犯した罪の重さに耐え切れず、間もなく揃って自殺しました。パメラは、どうすればいいのか分かりませんでした。悲しみたいのに、悲しむ場所がありませんでした。彼女の気持ちに共感してくれる人はいませんでした」

『君はもう、十分頑張ったよ。他の人の何倍も、苦しみに耐えた。辛いことに耐えた。何倍も涙を流した。これ以上、ひどいことをする現実なんかに、向き合う価値なんかない』

「弟が起こした事件からしばらくして、パメラは知らない人たちに拉致され、監禁されました。彼らは、パメラの弟のせいで片目の視力を失った人の友だちでした。彼らはパメラに贖罪を求めました。パメラは何度も謝りました。けれど、彼らは許してくれませんでした。パメラに暴力を振るい、そして犯しました。何日もの間、けだもののように。パメラは、何かが壊れる音を聞きました。心が壊れたのだと、彼女は思いました」

 安希の声が聞こえなくなった。彼女は失神していた。だがそれでも、少年たちは安希を犯し続けた。取り憑かれたように腰を振り、射精した。力なく、ただ彼らの思うように操られる安希は、まるで人形のようだった。だらしなく開いた彼女の口からは、誰かが放った精液が滴っていた。

「自分が犯されることで、傷ついた人の気が済むのなら仕方ない。そう思っていたパメラでしたが、あるときふと気づきました。彼女を犯す者たちの中には、彼女の弟が起こした事件で実際に傷ついた人はいなかったのです。彼らは好きなだけ彼女のことを犯したあと、事の始末をどうするか考えました。そして出した答えが、彼女を殺すことでした。“ふざけるな!”。パメラは思いました。どうにか彼らの下から逃げ延びたパメラは、地元のギャングを誘惑しました。自分の体を、ギャングたちの好きなようにさせました。もう、犯されることには慣れてしまっていました。愛してもいない人に犯されて、傷つくこともありませんでした。パメラはギャングたちに好きなようにさせた代わりに、復讐と偽って彼女を拉致、監禁し、痛めつけ、犯した者たちを皆殺しにさせました。そしてそのあとで、ギャングたちを自分の手で皆殺しにしました。パメラにはもう、怖いものは何もありませんでした。心が壊れた自分は、もう二度と傷つくことはないのだから。パメラは新しい自分に名前を付けました。リタ・オルパートと」

 少女が、慶慎の前に立った。安希が見えなくなる。

『あんなの、見る必要ないよ』

 リタが、慶慎の目を覗き込んで言った。

「心は死んだと思っていた。だが、お前が現われた。そして、松戸孝信を殺した。男を殺されることには、もう慣れていたはずだった。そんなことになっても、何も感じないはずだった。だが違った。死んでいたはずの心がまた、活動を始めるのが分かった。わたしに、苦痛を与えるために。お前には、この落とし前をつけてもらわなければならないのだ、風際慶慎」

 慶慎は何も言わなかった。少女が、手を差し伸べる。

『ほら、行こう。現実なんかには、お別れして』

 慶慎は、少女の手を取った。本当は、そんなことできないはずなのに。四肢は縄と鎖で縛り付けられているはずなのに。

「そうだね」慶慎は言った。視線はリタの顔を捉えていたが、本当の意味で見てはいなかった。「バイバイ」

つづく




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2008年11月05日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第206回(4版)


仕上げ.


「サニー・フゥ」

 慶慎は答えた。「あなたにとって、岸田海恵子の次に優先順位の低い人間は?」という、リタ・オルパートの問いに。考える時間は必要なかった。既に、答えは出していた。どうせ殺されるのならば、早いに越したことはない。それだけ、彼女が受ける苦痛は減るのだから。優先順位を付けることなど、本当は簡単だった。それを、口にする勇気がなかっただけだ。命に優先順位を付け、死刑の宣告をし、罪を背負う勇気が。

 自分の名前を呼ばれたサニーは、思いつく限りの罵倒の言葉を吐いた。慶慎に向かって。慶慎は黙って受け止めた。サニーにしてやれることは、それくらいしかなかった。サニーが吠え立てる間、誰も口を開かなかった。彼女のヒステリックな声だけが、壁や天井に反響していた。慶慎は、どこかで、誰かが助けに来ることを祈っていた。自分が、サニーの命を切り捨てた事実を、消すことはできない。だが、彼女の命が助かるのならば、それはどうでもいいことだ。どれだけ軽蔑されようと、その相手が死んでしまうよりはいい。だが、誰も来なかった。

 リタが手で合図をした。ヨシトは頷きもせず、拳銃の弾倉(シリンダー)の中身を確認した。表情は見えない。彼はまた、フルフェイスのヘルメットをかぶっていた。そうやって、世界に対してフィルターをかけているのだろう。慶慎は思った。だが、しかし。フィルターをかけなければ人を殺せないのなら、引き金を引くべきではない。口には出さなかった。一方通行でしかない道で言葉を紡ぐことに、疲れていた。

 ヨシトは、サニーのこめかみに銃口を突きつけた。サニーは金切り声を上げ、泣き叫んだ。彼女の声は、その場にいたほとんどの者たちの鼓膜を、串刺しにした。まるで凶器だった。皆、顔をしかめ、びくんと体を震わせた。サニーがいるのとは逆方向へ頭を傾げ、少しでも彼女から距離を取ろうとした。静寂の世界に住むヨシトには、関係のないことだった。ヨシトは無言のまま、拳銃の引き金を引いた。

 サニーは銃弾をかわした。いや、かわそうとした。サニーの体は、電流でも走ったかのように、小さく跳ねた。弾が発射される寸前に体を捻ったサニーは、銃弾に後頭部をえぐられていた。血が飛散する。サニーは、アームチェアに拘束されたまま、前方に向かって床に倒れた。力なく開いた口から、囁くように声が漏れていた。何と言っているのかは、分からなかった。言葉になっていなかった。ヨシトの手が体にかかると、彼女はかすれた悲鳴を上げた。あまりにも響きが弱すぎて、空気が喉を通るときに立てる、ただの音と称しても差し支えないような悲鳴を。そして、体をよじり、床を這ってヨシトから逃げようとした。できるわけがなかった。ヨシトはサニーの背中を踏みつけ、引き金を引いた。弾倉が空になるまで。三、四発目で既に、サニーの命が失われたのは明らかだったが、ヨシトは引き金を引き続けた。ヨシトが撃つのをやめるまでに、銃弾が持たなかったと言ってもいい。事が終わり、ヨシトは手間をかけさせたことをなじるように、サニーの死体を蹴りつけた。

「ヨシト」

 慶慎は言った。ヨシトは返事をしなかった。彼の視界の中に、慶慎はいなかった。

 リタはサニーの側に膝を突き、あるはずのない脈を確かめるように、その首を指で触った。指同士を擦り合わせて、付着した血を伸ばし、煙草をくわえて火をつける。リタは言った。

「変な気を起こさなければ、もっと綺麗な体でいられたのにね」

「気が済んだか」

 慶慎は言った。リタと視線を交わす。彼女はただ、唇をすぼめて煙を吐き出しただけだった。慶慎は続けて言った。

「優先順位を付ければ、最後に残った人のことは助ける約束だ」

「ええ」

「安希を解放しろ」

 リタは首を傾げ、煙草を吹かし続けた。

「リタ」慶慎は言った。

「一つ」リタは言った。「敵対する人間との約束を、信じるべきではない。すがるべきでもない。一つ。わたしがあなたに約束したのは、最後に残った人間の解放ではない。この茶番の終わりでもない。最後に残った人間の命よ。あくまでもね」

「ふざけるな」

「残念だったわね」

「これ以上、何をするって言うんだ」

 リタは、<ナンバーズ>の一人を呼び寄せた。

「有志は集まっているかしら?」

「<アンバー・ワールド>の七割強と、<ナンバーズ>の人間が少々」

「あら」リタは悪戯っぽい微笑を口許に浮かべた。「<ナンバーズ>の子は、あまり下品なことは好きではないと思っていたのだけれど」

「十人十色、というやつですね」

「あなたは?」

「俺は遠慮しておきます、ミス・オルパート。下品なことが好きではない連中の一部なので」

「そう」

「本当に、やるんですか?」

「報復の一部だからね」

「俺には、これが報復だとは到底思えませんが」

「その考えも、否定はしないわ。見たくなかったら、この場にはいない方がいいわ」

「そうします」

「彼らのこと、呼んできてくれる?」

「分かりました」

 そう言って、リタと言葉を交わした者を含め、<ナンバーズ>の大半が姿を消した。そして、姿を消した者をはるかに上回る人数の<アンバー・ワールド>が現われた。<ナンバーズ>と<アンバー・ワールド>の違いは、服装が統一されているか否かで分かる。そのうちの一人が言った。

「安心しましたよ、ミス・オルパート」

「何が?」

「最後に残ったのが岸田海恵子だったら、俺たち、待った分だけ損をした気分になる」

「そうね」

「何をする気だ」慶慎は言った。

「簡潔に表現すると」リタは煙草の煙を輪にして吐いた。「レイプよ」

つづく




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2008年11月02日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第205回(5版)


きっと、あなたと同じね。


 リタは、新しい煙草の箱を開けた。カートンで二つ買っていたものが、いつの間にか最後の一箱となっていた。慎重に火をつけ、吸い込んだ。

 カナジョウ市地下街<ホープ・タウン>の最奥にあった、おそらく服屋になる予定であったのだろう場所――店頭のショウウインドウに、裸のマネキンが置いてあった――に引きこもっていた。慶慎の監禁部屋に仕掛けた監視カメラ。それに対応した数だけテレビを用意して、店の中に積み上げた。眠るつもりだったのだが、いつしか画面の向こう側にいる慶慎の表情に心奪われ、見入ってしまっていた。慶慎の表情は死に始めていた。そしてさらに顕著なのが、彼の目から失われていく光の量だ。同じ過程をたどっていく目をかつて、鏡の中に見たことがある。完全に光を失った目は、どんなに空で太陽が強く照りつけていても、輝かなくなる。

 休息を取ったあとで、一度心配してやって来たアイザックは、眠らずに慶慎を見ていたことに怒っていた。少しだけ。たぶん、彼への嫉妬も混じっているのだろう。これほど強い関心を、アイザックに寄せたことは今までにない。アイザックは言った。

「まだ続けるのかい?」

「もちろんよ。なぜ?」

「彼はもう、限界のように見える」

 アイザックの口から、そのような言葉が出たのは意外だった。慶慎への拷問を続けるのは、当然のことと思っていた。慶慎はもはや光の届かない闇の中にいるが、それでもまだ底に着いていないことが分かっていた。アイザックには、それが分からないらしい。他の者もそのようだった。<ナンバーズ>たちも、そろそろ慶慎のことを殺してやったらどうかなどと言っていた。論外だと彼らの言葉を一蹴した。考えてみると、自分の計画(プラン)の中には、慶慎の死は組み込まれていないのかもしれないとも思った。少なくとも、こちらから与える死は。どういう手段を取るにせよ、慶慎が自ら死を選び、実行に移す未来を思い描いた。悪くはない。そう思った。だが、やはり落ち着かない自分がいる。

「わたしは、何を求めてるのかしら」

 そう独り言ちた。誰も答えなかった――店の中には誰もいなかったのだから、当然のことだが。辺りに満ちた静寂は答えを知っていそうだったが、聞き出す方法が分からなかった。

 医者に、サニー・フゥと市間安希の治療をやらせた。爪を剥がし、指を何本か切断したのだ。細心の注意を払って、治療にあたらせた。慶慎を、闇のより深い場所へ引きずり込むために、彼女たちにはまだ役立ってもらわねばならない。彼女たちの管理は、慶慎に対するそれよりも慎重に行った。曲がりなりにも、一度は<カザギワ>に殺し屋として雇われた少年だ。慶慎は頑丈(タフ)だった。だから、見張り役の者に痛めつけられていても、度が過ぎるまでは放っておいた。

<ホープ・タウン>には、催事のために舞台(ステージ)と広場が用意された場所があった。アンバーは仲間とともに機材を持ち込み、そこでライヴをやっていた。アンバーを通じて、<ホープ・タウン>に集まる者たちにはドラッグを配っていた。既に、モラルがほとんど残っていない連中だったが、そこからさらに正常な思考を奪う。依存という名の鎖が、彼らを問答無用で繋げておくことを可能にする。連帯感を与えるために、<カザギワ>に対する正義という言葉を使ったが、長い時間を連中とともに過ごすつもりはなかった。どんな結末になるにせよ、慶慎を手元に置いておく間だけ持てばいい。

<アンバー・ワールド>の少年を一人呼び、誘惑した。所詮、子どもだ。踏み止まる理由も知恵も、規律(ルール)も持ち合わせていない。容易に堕ちた。若さ故の激しさしかない腰の動きに膣を突かれながら、画面の中の慶慎を見ていた。慶慎とのセックスを想像した。それが引き金になり、達した。悪くはないかもしれないと思った。間もなく、少年も達し、射精した。誘惑するのに交わした言葉が初めてだったのにも関わらず、少年は何を思ったか、愛の言葉を囁いていた。返事はしなかった。少年が脱いだ服を再び身に付けているところに後ろから忍び寄り、銃で頭を撃ち抜いた。<ナンバーズ>を呼びつけて、死体の処理をさせた。

<ナンバーズ>が死体の処理を終え、いなくなるのを待ってから、慶慎の監視に戻った。つい先ほどまで突き上げられていた下腹部に手のひらをあてた。熱を持ってはいるが、そこにはもう松戸孝信はいない。ならば、誰がいるのだろう? 分からなかった。

「きっと、あなたと同じね、坊や」

 画面の中の慶慎に向かって言った。慶慎は何も言わなかった。

つづく




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posted by 城 一 at 22:12| 長編小説 焔-HOMURA-[integral] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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