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最近、自分がフリーメールを活用できない人間だってことに気付きました。

2009年02月28日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第220回(3版)


多分、男は。


 体温がある。バーバーは思った。

 神田が、妹に作らせたという弁当を、バーバーは食べていた。人の温もりを感じるものを食べたのは、久しぶりだった。温かいのは作りたてというのもあるが、それだけではない。手作りというやつは、何であれ、その向こう側に作り手の顔が見えるものだ。

 妹。神田はそうとしか言わなかった。それ以上、説明しようとしなかった。家族のことに踏み込んでもらいたくはないのだろう。だがそれでも、弁当箱の中に詰まったものを咀嚼すれば、神田の妹の人となりが見えてくるような気がした。それは言葉を伴った自己紹介よりも輪郭の曖昧なものだが、しっかりとした芯を持っている。笑顔の優しい女なのだろう。そんなことを思った。

 情報収集、そして、《アンバー・ワールド》との情報戦のために揃えたコンピューター機器は、ストリップ小屋から運び出し、数台用意した車に載せた。敵に知られた場所に、長居することはできない。

 いずれにせよ、もうすぐ本番が始まる。いざとなれば、全て廃棄するつもりだった。

 車内では、浦口から借りた警察用の無線機が、雑音混じりに、警察組織の内情を垂れ流しにしていた。煙草をくわえた神田が、虚ろな視線を無線機に注いでいる。磐井の死が、神田の表情にわずかな冷たさを与えていた。挑発的な獣のような雰囲気は、なりをひそめていた。

 なくなったわけではないだろう。仲間を失った悲哀とともに上塗りされた色に、抑圧されているだけだ。時間が経てばいずれまた、顔を出す。

 ただ、前の神田には戻らないだろう。人が一人、死んだのだ。当然のことかもしれなかった。

 飛猫が車のドアを開けた。部下に呼ばせたのだ。聞いておきたいことがあった。それに彼女は、満身創痍であるのにも関わらず、今回の件のキーになるつもりでいる。直接会って、話をする必要がある。そう思ったのだ。

 バーバーたちが乗り込んでいるバンは大型のものだったが、それでも人が三人も乗り込めば、息苦しさを感じた。神田は出ていくつもりはないようだった。

 飛猫は、真っ白な格好をしていた。白いテンガロンハット、白いロングコート。白い手袋、白いパンツ、白いブーツ。肌も、血の気を失い、以前よりも白くなっているように見える。

「白か」

 目に映るものを確認するつもりで、そう呟く。

「不吉なものに見える?」

「死に装束のように」

「新しい発想に基づいた、ウエディングドレスとは?」

「到底」

「でしょうね」

 車内は散らかっており、座ろうと思っても、なかなかそれに適した場所が見つからない状態だった。コンピューター機器の中から、腰掛けるのに適当なものを選んで、飛猫にやった。飛猫は座り心地を確かめるように何度か手のひらで表面を撫でてから、ゆっくりとそれに腰掛けた。体を少し動かすだけで、彼女の眉間には皺が寄った。痛むのだ。

「もう少ししたら、僕らは《ホープ・タウン》に踏み込む。その前に、あなたに確認しておきたいことがあった。だから来てもらった」

「何なりと。疑問を全て解決できるかは、保証しないけれど」

「僕らがともに行動するようになってから、あなたはアイザック・ライクンを担当し、討ち取るというような立場をとってきた。だが、あなたの体はぼろぼろだ。ここにこうして、話をしに来るだけでも重労働だったはずだ。あなたは本当に、アイザック・ライクンを倒せるのか? いや。あなたは本当に、戦えるのか?」

「《シンデレラ》、あるいは《ガラスの靴》と呼ばれるドラッグを?」

「強力なドラッグだ。使い方と分量を間違えれば、死んでもおかしくはない」

「それを使う。あたしの体は動く」

 神田が横目でちらりと飛猫を見た。そして言った。

「あんたは女だ」

「だから?」

「修羅場に踏み込んで、持ってたものを全て失って、野良犬みたいにくたばるのは、男の領分さ。分かるかな?」

「古いタイプの男なのね。男女平等はどこへいったのかしら?」

「俺たちがこれから向かうのは、戦場だ。男女平等なんか、くそくらえだ。とっとと男の所へ帰って、ごろにゃん言ってなよ、ベイビ。あんたほどのいい女なら、いるんだろうが。男が」

「男なら今頃、病院のベッドで夢を見てるわ。もしかすると、永遠に続くかもしれない夢をね」

「それは」

「つまり、あたしには帰る場所も、帰りたい場所も、帰るべき場所もないってことよ」

 神田は、ワイングラスを扱うかのように飛猫の顎をつまみ、自分の顔を見上げさせた。

「なら、俺があんたの男になってやるよ」

「安く見られたものね」

「なに、別に俺と寝ろと言ってるわけじゃないさ」

「あら。なら、どういうことかしら?」

「もし、あんたが戦場に足を踏み入れたいんだとしても、そいつは俺が死んでからにしてもらうということさ」

「何ら魅力が感じられない申し出ね」

「生きられる」

「そうまでして生きたい理由が、残念ながらないのよ」

「お前」

「神田」

 バーバーは神田を止めた。

「もし、彼女が《シンデレラ》を使って、一時的にしろ、元の体の動きを取り戻せるのならば、あなた一人で埋まる戦力ではない」

「がき。俺が言っているのは、理屈じゃない。分かってるはずだ」

「分かっている。だが、だめだ。動けるのなら、彼女は使う」

 体がわずかに持ち上がった。神田に、服の襟を鷲掴みにされていた。

「てめえ」

 飛猫は懐から煙草を取り出し、火をつけた。そして、松葉杖を使ってどうにか立ち上がり、バンのドアを開けた。車椅子は外に置いてあった。移動のために男の手を借りるのを、彼女が嫌がった結果だ。

「話は終わりね。仲違いは二人で勝手にやって」

 飛猫は体をそろそろと動かして、車を降りていった。神田はその小さな背中に、じっと視線を注いでいた。

「まさか、本当に彼女に惚れたんじゃないでしょうね」

「そんなわけないだろうが、くそが」神田は吐き捨てるように言った。「俺は」

「分かります。分かってます。単純な話だ。そうでしょう」

「そうだ。それに、あいつが今火をつけた煙草、見たか?」

 見る必要はなかった。煙のにおいを嗅ぐだけで、十分だった。甘い香りのする煙を放つ煙草。

「磐井の煙草だ」

「死ぬぞ、あいつは」

「ええ」

「平気なのか、お前は」

「いいえ」

 持ち上がっていた体が、元に戻った。神田は手を放していた。視線も逸らしている。

「がきが。また、文句をつける余地のない理屈をこねてるんだろう」

「優先順位の問題ですよ、神田」

 神田は鼻を鳴らした。

「何が優先順位だ。くそくらえだ、がき」神田は言った。「俺はな」

「分かってますよ、神田」

 死に向かう女の背中を見送るのは、どうにも居心地が悪い。神田が言っているのは、そういうことだった。多分、男はそういう風にできているのだ。

 だが同時に、神田も、自分も。彼女のことを最優先に考える男ではなかった。ただ、それだけのことだった。

 ただそれだけのことで、死地へ向かう女を止めることもできないのだ。

 不便なものだった。


つづく




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posted by 城 一 at 09:23| 長編小説 焔-HOMURA-[integral] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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