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最近、自分がフリーメールを活用できない人間だってことに気付きました。

2008年06月13日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第184回(13版)


また、会いに来てあげてね。



喪失を 埋める道里に復路なし

女殺し屋 猫が啼く



 鈴乃は、看護婦に車椅子を押してもらい、シドの病室を訪れた。個室で、もう一台ベッドを置けそうなスペースがあった。ベッドで眠るシドの頭側、窓際にある淡いグリーンのチェストの上には、見舞いの花が置かれていた。溢れんばかりにバスケットに詰め込まれた、鮮やかなパステルイエローのバラとガーベラ。ベッドを挟んで逆側では、心電図が一定のリズムで音を発してグラフを描き、シドの心臓が動いていることを保証していた。シドが眠るベッドの脇には、先客がいた。マリ。シドの胸に突っ伏して、心電図よりも静かな調子で泣いていた。鈴乃は目で合図し、看護婦に別れを告げてから、言った。

「どうして泣いてるの?」

 声をかけられて初めて、鈴乃の存在に気づいたマリは、いったん泣くのをやめ、振り向いた。彼女の目は赤く、周囲が腫れぼったくなっていた。マリは化粧を崩さないように、指先でそっと、涙をすくった。

「ああ、あなた」マリは言った。「泣いてるのは、悲しいからよ」

「嘘」

「嘘なんかじゃない」

 シドの方に向きなおり、独り言のように、マリは言った。鈴乃は、軋む体を動かして、車椅子を操った。チェストの前に行き、日の光を浴びながら、バスケットの中の花を眺めた。

「シドから、聞いたわ。彼がソープに“沈めた”お姉さんの復讐を果たすために、彼の側にいるんだって。彼の恋人(オンナ)なのに、他の男と平気で寝たり、彼の嫌いな麻薬(ドラッグ)に手を出すのは、そのためなんだって」

「タカが、そう言ったの?」

「そうよ。磐井から聞いた部分もあるけれど」

「なら、どうして、あたしのことを捨てなかったのかな」

「“理屈通りに動かないのが、気持ちってもんだろ”だそうよ。あなたの気が済むまで待って、そして、あなたと一から関係を築きたいって」

「ばかね」

「まったくもって」

「サキお姉ちゃんは、元はすごく真面目だったの。あたしは、その正反対。悪いことばかりしてた。煙草、お酒、男。同年代の子たちの中で、覚えるのが一番早かった。お姉ちゃんには、そのことで、いつもお説教されてた。けど、悪い気はしなかった。あたしのために言ってくれてるって、分かってたから。格好とか言葉遣いとか、付き合う友だちの種類とか。まるで正反対だったけど、あたしたち、仲のいい姉妹だった」

「あたしにも昔、兄がいたわ」鈴乃は言った。「もういないけれど」

 そうなの。マリはそっと、相槌を打った。年上の兄弟を持つ感覚を共有する、仲間として。そして、その“兄”がもういないことに対して、残念だとでも言うように。その兄とは血の繋がりがなく、考えようによっては、彼に犯されたこともあるのだということは、言わなかった。マリは言った。

「そのお姉ちゃんが、変わったの。いい意味でね。好きな男の人ができたのよ。大学二年生のときだった。あたしなんか、中学校に入ってすぐにセックスを覚えたのに」

「奥手だったのね」

「かつ、地味だった。でもそれが、急に魅力的な大人の女の人になった。化粧がうまくなって、ちょっとした仕草も女らしくなって、服のセンスも良くなって。人生、楽しんでるなって思った。それまでは、こうしなくちゃならない、ああしなくちゃならないって、規則とか義務、責任に縛られてばかりの人だったから。お姉ちゃんの変化は、自分のことみたいに嬉しかった」

「そう」

「二年。お姉ちゃんが、輝いてた時間の長さよ。そして、その男の人と続いた長さでもある。その人と別れてからは、今度は悪い意味で、お姉ちゃんは変わった。何だか落ち着きがなくなって、いつも、らしくない場所にいて、らしくない種類の連中と付き合って、らしくないことをするようになった。夜が明けるまで街にいて、常に、一緒にいてくれる人を探してた。で、一緒にいてくれる人なら、誰でもいいの。体目当ての猿でも、ただ飲み食いがしたいだけの、たかり屋でも。お金の使い方も、荒くなった。それまでは、一つや二つ持ってるくらいだったブランド品で、身を固めるようになった。まるで、鎧みたいだった」

「それで、何か、あるいは誰かから、身を守ってた?」

「そんな感じがした。で、お姉ちゃんは“鎧”を買うのに借金をし始めた。お姉ちゃんは、街の不動産屋で働いてたんだけど、そこのお給料じゃ間に合わなかった。借金は高すぎたし、膨らむスピードも早すぎた。なのに、お姉ちゃんはブランド品を買うのをやめなかった。最終的には、彼女はヤクザからお金を借りた。ソープランドへ行って、男の人とセックスをして稼いだお金で、借金を返済しなくちゃならなくなった」

 鈴乃は頷いた。マリは続けた。

「お姉ちゃんは、借金で首が回らなくなった辺りから、家に寄りつかなくなってた。両親が警察に届けようとしたけど、お姉ちゃんだって大人だから、何か事情があるのかもしれないと思った。だから、あたしは少し時間をちょうだいって言って、街でお姉ちゃんを探し始めた。そこで会ったのが、タカだった。彼は言ったわ。“そういう事情なら、もしかすると、俺たちのいる世界に関わってしまってるかもしれない”って。初めて会ったときから、優しい人だった。彼のことを好きになるまで、時間はかからなかった。彼の方も、同じ気持ちだっていうのも、すぐに分かった。不謹慎だったとは思うけど、お姉ちゃんを探すのに、タカと街を歩き回ってた時間は、同時に、彼とのデートでもあったの。あたしたちは、愛し合うようになった」

「恋人同士になった」

 鈴乃の言葉に、マリは頷いた。

「少しして、タカがあたしを避けるようになった。嫌われたのかなって思った。でも、違った。タカは調べてるうちに、分かったの。自分がソープへとやった女の一人が、あたしの探してる姉だっていうことに」

 マリは少し黙った。鈴乃は待った。彼女は少し深く息を吐き、話を再開した。

「けど、タカは逃げたわけじゃなかった。あたしに本当のことを話すための、気持ちの準備をする時間が欲しかっただけ。で、それができて、あたしに話した。あたしは仕方ないと言った。悪いのはお姉ちゃんだって。嘘だった。タカのこと、最低の男だって思ってた。あたしのことだって、本当は、自分がソープにやった女の妹だってことが分かってて、わざと側に置いてたんじゃないかって。それで、まんまと彼のものになったあたしのことを、陰で笑い者にしてたんじゃないかって」

「彼は、そんなことはしないわ」

「タカの仕事が忙しくて、しばらく会えない時期があった。あたし、タカのことを愛してた。けど、お姉ちゃんのことが分かってから、彼のことを憎んでもいた。同時に、彼に会えない寂しさもあった。ごちゃまぜになった感情を、持て余してた。あたしは街に出て、飲み歩いた。飲みすぎて酔っ払って、そのうち、記憶が飛んだ。気づくと、ラブホテルのベッドで、知らない男の人と寝てた。びっくりして飛び起きて、すぐに帰ったわ」

「誰にでもときどき、そういうことがあるわ」

「仕事が一段落して帰ってきた彼に、問い詰められた。彼の部下が、あたしと似た風貌の女が、知らない男とラブホテルに入るのを見たって。あたしは、知らないの一点張りで、無理矢理、押し通した。だって、目撃したって話だけで、証拠はないんだもの。そうでしょ? 最後は、悲しい顔をしてたけど、タカの方が折れた。“そうか、疑って悪かった”って」

「そう」

「あたし、そのとき思ったの。タカは、お姉ちゃんを売春婦に仕立てた男。だから、その報いとして、もっとその“悲しい顔”を、あたしに見せてくれてもいいんじゃないかって。それを見る権利が、あたしにはあるんじゃないかって。それで、あたしは彼を悲しませるために、他の男と寝始めた。そして、そのことを彼にほのめかすの。彼とのセックスのとき、わざと、他の男と行ったラブホテルの名前が入った、コンドームを出してみたり。浮気相手から電話がきたら、わざとそわそわしながら、その場を離れて電話に出てみたり。そうしておきながら、問い詰められたら、知らぬ存ぜぬで通すの。彼が嫌いなのを知ってて、麻薬(ドラッグ)にも手を出したわ」

「そう」

「でもね、本当は分かってるの。タカが悪くないってこと。悪いのは、お姉ちゃんを助けられなかった、あたし。お姉ちゃんが買い続けてた“鎧”はきっと、助けてほしいってサインだったのに。あたし、何もしなかった。お姉ちゃんがソープランドで働いてることが分かってから、タカに、そのお店に連れていってもらったことがあるの。お姉ちゃんが休みの日にね。辛かった。あからさまにいやらしいお店の雰囲気とか、セックスで疲れた女の人の表情とか。それが、お客さんが来ると、媚びたものに早変わりするの。お姉ちゃんも、きっと同じなんだろうと思うと、あたし、いても立ってもいられなくなった。お前が助けなかったから、こうなったんだぞ≠チて、言われてるみたいだった。だから、タカのせいにしたの。タカがそれを受け入れてくれるから、寄りかかっちゃってた」

「分かるわ」

「ごめんねって、言わなくちゃならなかったのに。言おうと思ってたのに」

 マリの声が震えていた。鈴乃は言った。

「言えば、聞こえるわ。きっと」

「無理よ」

「聞こえるわ」

 うん、そうだよね。そう言ってマリは頷くと、涙を拭った。深呼吸をし、シドの頬に手のひらを添えて、彼女は言った。

「タカ、ごめんね。愛してる」

 鈴乃は、目を奪われたバラの花びらを、指先で揉んでいた。力を込めすぎて、花びらが破けた。

「あたしは、殺し屋なの」鈴乃は言った。「シドと一緒に、仕事をしていた」

「ええ」

「必ず、殺すわ。シドを、こんな風にしたやつを」

「そう」マリは言った。声はもう、震えていなかった。「そう言ってくれる気持ちは、ありがたいわ。けど、タカはあなたのことを見てると、妹を思い出すって言ってた。だから、あなたにそんなことをされても、喜ばないと思う」

「そう」

「でも、やるのね」

「ええ、やるわ」

 鈴乃は言った。シドの枕元にあるスイッチを押して、看護婦を呼んだ。鈴乃を、シドの病室まで運んでくれた看護婦が来た。彼女に車椅子を押してもらって、病室の出口へと向かった。

「また、タカに会いに来てあげてね」

 マリが言った。鈴乃は返事をしなかった。

つづく




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posted by 城 一 at 03:29| 長編小説 焔-HOMURA-[integral] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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