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最近、自分がフリーメールを活用できない人間だってことに気付きました。

2008年06月19日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第185回(5版)


上を向いて、笑ってる方が。


 シドの病室を出たところで、彼の養父、志戸有助と会った。マリが見舞いに来ていることを告げると、志戸有助は、少し時間を潰さなくてはな、と言った。そして鈴乃に、それに付き合ってほしいとも。鈴乃は、車椅子を押してくれていた看護婦に別れを告げ、志戸有助の願いを聞き入れた。彼が引き連れていた部下が、自分がやると言ったが、志戸有助は頑として譲らず、自らの手で車椅子を押した。後ろに〈ツガ〉の玄武隊の構成員である、志戸有助の部下を二人従え、彼とともに、院内の中庭に出た。サルビアの赤い花弁が、寒風の吹く庭を彩っていた。

 志戸有助が言った。

「知ってるかい? 一度、あいつが目を覚ましたことを?」

「本当ですか」

 鈴乃は身をよじって、志戸有助を見上げた。シドの回復。頭をよぎった期待は、彼の表情と言葉によって、かき消された。

「あいつの命がこちら側に戻ってくることを、保証するものではないらしいがね。まったく。年寄りをぬか喜びさせるたぁ、趣味が悪い。医者のやつも、高敏のやつも」

「本当に」

「ネコに謝っといてくれ。そう言っていた。最初は、ペットのことでも言ってるのかと思ってたんだが、違ったんだな。あいつの弟分から、聞いた。どうやら、あいつの“ネコ”は、お前さんらしい」

「どうでしょうか」

「心当たりがないかい?」

「あたしの方が、謝らなきゃならないことばかりしていましたから」

「そうかい」志戸有助は言った。「ま、あいつの言ってた“ネコ”が、飼ってるのかも分からんペットの猫だったにせよ、殺し屋のネコだったにせよ。とりあえず、受け取っちゃくれねえか。あいつがわざわざ戻ってきて、置いていった言葉だ」

「分かりました」

「あいつのこと、許してやってくれるかい?」

「許すも、何も」

 言いながら、鈴乃は志戸有助の顔を見た。軽口を呑み込み、頷いた。

「ありがとよ」志戸有助は空を見上げて、溜め息をついた。「血、命、銃、麻薬、女。全てが溢れるほど多すぎて、右から左へと流れていって、記号になっちまう。ヤクザってのはまったく、因果な商売さ。長いこと、それで飯を食ってきた。お陰で増えたしがらみを引きずりながら歩くにゃ、俺は年を取りすぎた。あいつにあとを譲って、解放されるつもりでいたのが、神さんにばれちまったかな?」

「すいません」鈴乃は言った。「彼のことを、守るつもりだった。守るべきだったのに、守れなかった。それどころか、あたしの方が守られてた」

「腕力のことを言ってるのかい? それとも、体ん中のことか。何にせよ、謝ることじゃねえさ。女の盾になれねえ男に、価値なんかねえ」

「そんなことは」

「あんたは、〈カザギワ〉の殺し屋だ。戦闘能力じゃ、やつは敵わなかったろうさ。だが、そんなことは問題じゃないんだよ。あいつはちゃんと、あんたのことを守れたかい?」

「十二分に。だからあたしは今、ここにいるんです」

「なら、いい。女一人も満足に守れねえやつに、玄武の名を譲ろうとしてたなんてことになったら、卒倒しちまわあ」

「すいません、本当に」

「いいんだよ。それにしても、あんたみたいなのが、殺し屋なんてな。お陰で、包帯にギプス、車椅子。あんたは上を向いて、笑ってる方が似合ってると思うんだがね」志戸有助は言った。「そうなりゃ、極上のいい女だ」

「やめてください。あたしは」

 看護婦がやって来て、志戸有助に、マリが帰ったことを告げた。そして今日、面会の許されている時間が、残り少ないことを。志戸有助は頷き、鈴乃に別れを告げ、部下を従え、院内へと戻っていった。

「あたしはいい女なんかじゃ」

 車椅子のハンドルを握った看護婦に、何か言ったかと尋ねられた。何でもない。首を振り、鈴乃はそう言った。

つづく




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posted by 城 一 at 17:07| 長編小説 焔-HOMURA-[integral] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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