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最近、自分がフリーメールを活用できない人間だってことに気付きました。

2008年08月14日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第193回


次の問いに答えなさい。


 眠り、食事をした。洗浄はされたとは言え、人が死んだ部屋で。嗅覚を澄ませれば、血のにおいを嗅ぎとることができる。人の死に対する、慣れを感じた。

 新しい見張り役は、アイザックが“狂信者”と称した者たちだった。茶系のミリタリールックに、身を包んでいる。慶慎に対する扱いは、この上なく丁寧だった。まるで、ホテルにいるようだった。

 医者が来て、リンチによって受けた傷の治療も行われた。綺麗に禿げ上がった頭。メタルフレームの、丸縁眼鏡。白衣の下にスーツ。治療の様子を見守る〈ナンバーズ〉を目で示し、慶慎は医者に訊いた。

「彼らが何なのか、分かってるんですか?」

 医者は、レンズの向こう側から、訝しげな視線を送ってきた。下睫毛の長い、爬虫類のような目。彼は表情を変えず、もちろんだ、と答えた。

「なら、どうしてこんな所で、こんなことをしてるんですか」

 医者は、口許を歪めた。

「てっきり君は、知ってるのだと思っていたよ」

〈ナンバーズ〉の一人――最初に会ったときに既に、“41”と刻まれた刺青を見せられていた――は言った。

「食の対象として知られている魚たちは、自分たちがたどり着く可能性のある終着点の一つに、まな板の上があることを知らない」

 医者は、医療器具で膨らんだ鞄から、プラスチックケースに入った塗り薬を取り出し、慶慎の体に塗った。そして言った。

「それは、魚に限ったことじゃないな」

「もちろん」

 41番は言った。

 医者が帰ると、41番が、体力の回復のため、眠るように、と言った。拒否したが、相手も譲らなかった。そう時間が経過しないうちに、強烈な睡魔に襲われた。慶慎は舌打ちした。睡魔に襲われる直前、水を飲んだことを思い出したのだ。中に、睡眠導入剤を溶かされたに違いなかった。

 暗くなる視界の中で、慶慎は言った。

「なぜなんだ。どうして、すぐに殺さない。こんな回りくどいやり方を」

 41番は、もう一人の〈ナンバーズ〉と協力して慶慎をベッドに運び、そっと布団を掛けた。意識が途切れる直前、彼が何事か呟いていた。聞き取ることはできなかった。



 取り戻した視界は、光で満ちていた。目が眩んだ。スポットライトで照らされたステージが、自分の前にあるのだと気付くまでに、十数秒かかった。

 ステージの上には、体つきで女だと分かる者たちが、三人いた。紙袋を頭にかぶせられ、背もたれと肘掛けのある椅子に、手足を固定されていた。慶慎も似たような状態だったが、椅子はキャスター付きで、肘掛けはなかった。両手は背もたれ越しに組まされ、手錠を掛けられていた。

 ステージ上には、女たちの他に、三人。リタ・オルパート、アイザック・ライクン。もう一人は、容姿すら、確認することができなかった。黒いジーパンに、黒いTシャツ、黒いトラックトップ。黒い、フルフェイスのヘルメットをかぶっていた。

 リタは、ゆったりとした動作で、脚を組んだ。彼女は、女たちと同じ椅子に座っていた。もちろん、拘束はされていない。強い光を受けて、鈍い赤色に輝く長髪を、後頭部のわずか上方でまとめていた。いつもより丁寧に施された化粧。真紅の口紅。真紅のロングドレス。深く入った切れ込み(スリット)から覗く太腿。赤いピンヒール。同色で塗られた爪を瞳の隣に添え、肘掛けを利用して、頬杖を突いていた。

 アイザックは、リタの傍らに、静かに佇んでいた。真っ白なタキシード。真っ白なシャツ、そしてネクタイ。同色の手袋。靴。真っ赤な薔薇を一輪、タキシードの胸ポケットに挿していた。金髪は整髪料で後方へ撫でつけ、オールバックにしていた。相変わらず、その左腕は失われたままで、袖が、所在なさげに垂れ下がっていた。顔の右側を、醜い傷が縦に走っていた。傷は右目の上も通過しており、潰れていた。ゴムで固定されたガーゼと、白いプラスチックのシートが、アイザックの右目を覆っていた。

 ステージの下にいる慶慎は、囲まれていた。三脚で、慶慎の顔がフレームの中に収まる位置に固定された、ビデオカメラに。そして、一目では数えきれないほどの、〈ナンバーズ〉に。彼らはほとんど口を利かなかったが、彼らの発する気配は、窒息しそうなほど、慶慎を圧迫していた。

 慶慎は、眩しい光の中でうなだれる、三人の女たちを見ていた。顔は分からないが、彼女たちのことを知っている気がした。声を上げようとする記憶を、強すぎる光と、緊張感が邪魔した。

 リタ・オルパートが、金製のシガレットケースから取り出した煙草をくわえた。アイザックが、火をつける。リタはそれが、さも当たり前であるかのような表情を浮かべていた。一服してから、彼女が言った。

「お待たせ、坊や。約束通り、殺してあげる」

「たかがそれだけのために、これだけの人を集め、こんなステージを用意したんですか。酔狂なことだ」

「そう?」

「やろうと思えば、一瞬で終わることだ」

「なら、なぜ、あたしの手に頼ったの?」

「さあ。なぜなんでしょうね」

「考えたくない?」

「考える必要もないでしょう」

「意気地のない子だこと」

「何とでも」慶慎はおおげさに肩をすくめ、力なく笑った。「さ、殺してください。銃でずどんとやるんですか? それとも、〈ナンバーズ〉にリンチさせて、撲殺する? あるいは、もっと凝った方法を?」

 リタが、煙草を下に向けた状態で、横に突き出した。アイザックが、硝子製の灰皿を差し出す。リタは、煙草を揉み消した。

「まずはその前に、解いてほしい問題があるの」

 リタが、煙草を挟んでいた指先を振った。フルフェイスのヘルメットをかぶった少年――彼は、この空間にいる者たちの中で、最も背が低かった――が、頷いた。リタの側を離れ、自由を奪われた三人の女たちの頭から、紙袋を外す。

「馬鹿な」

 慶慎は、目を見開いた。

 背筋に走った悪寒に、全身が震える。開いた毛穴から噴き出す脂汗。椅子ごと立ち上がろうとして、〈ナンバーズ〉の一人に制された。ブラックジャックの先端を、喉にあてがわれていた。

「いい反応ね」リタが言った。

「これは、何の冗談だ」

 ステージの上で拘束された三人の女は、慶慎の知っている者たちだった。岸田海恵子、市間安希。そして、サニー・フゥ。彼女たちは、口にギャグボールをはめ込まれており、喋ることができなかった。ただ、疲労と困惑の表情で、自分たちのいる場所、そこにいる者たち、そしてその中で唯一よく知っている、慶慎の顔を見ていた。

 リタが言った。

「冗談で、こんなことはできないわ」

「何にせよ、彼女たちを解放しろ。彼女たちは、関係ないだろう」

 リタは、下唇の裏側を、舌で舐めた。

「もちろん、あるわ」

「ふざけるな」

「あたしは、大真面目よ、坊や」リタは、顔中に笑みを広げながら、言った。「さて、問題です。次の問いに答えなさい」

 ふざけるな! 慶慎は叫んだ。リタは、それが聞こえなかったかのように、続けた。

「岸田海恵子、市間安希、サニー・フゥ。次の三人のうち、あなたにとって、優先順位の“低い”者から順に選びなさい」

 呼吸が乱れていた。慶慎は、深呼吸をするように努めた。そして、言った。

「そんなものを選ばせて、どうする」

「坊やにとって優先順位の低い者から、順に」リタは言った。「殺すわ」

つづく




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posted by 城 一 at 07:14| 長編小説 焔-HOMURA-[integral] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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