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最近、自分がフリーメールを活用できない人間だってことに気付きました。

2008年08月22日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第194回(2版)


人は、なぜ。


 床に転がった。縛り付けられた椅子ごと。前のめりに。警戒心を高めた〈ナンバーズ〉が、それぞれ手にした武器で、慶慎の視界を遮った。皆、装備しているのは、銃ではなかった。突いたり、打ち据えたりするための、長い得物。もし銃を使えば、弾は慶慎よりも、味方に当たる可能性の方が、高い。彼らの武器が背中を突き、慶慎の体を床に押し付けていた。邪魔だ。はねのけようと、慶慎は体を揺らした。半端な抵抗。〈ナンバーズ〉の何人かが、体の上に乗った。息が詰まる。

「そんなこと」のしかかる者たちのお陰で、慶慎は満足に顔を上げることができなかった。ステージの上が見えない。「許されない」

「誰にも許されなくて結構」リタが言った。

「僕を殺したいんじゃなかったのか」

「それはもう、殺したいわ。狂おしいほどに。けれど同時に、肉体的な死にはこだわらないわたしもいるの。困ったものね」

「彼女たちは、関係ない」

「既に聞いたわ」

「関係ないんだ。僕を殺せ。命を奪え。それでいいじゃないか。終わりじゃないか」

「何が?」

「僕が、松戸孝信を殺したこと。だから、こんなことをしてるんだろう? 僕が、憎いんだろう?」

「自分が死ねば、彼を殺した罪が、帳消しになる?」

「それは」

 リタは椅子から立ち上がり、ステージ脇の階段を下りた。慶慎の前に行き、ドレスの裾の行方に注意しながら、片膝を突く。

「顔を上げなさい、坊や」

 リタが目で合図をした。〈ナンバーズ〉が、慶慎の背中から下りる。代わりにまた、得物の先端を、慶慎に押し付けた。慶慎は、リタに言われた通りにした。

「あなたは、あたしに言ったのよ? “僕を殺せ”と。あなたは、命を捨てたの。あたしはもちろん、あなたの命が欲しかった。でもそれは、あなたに必要で、大切なものであったから。あなたがいらないなら、あたしもいらない」

「なら」

「人は、なぜ自ら死を選ぶのか、考えたことがある?」

 慶慎は何も言わなかった。

「あたしはこう考える。A。その人が持っている知識と想像力を用いた計算が弾き出す、死が与え得ると予測される肉体的苦痛を、その人が受けている、あるいは受けることを回避できないであろう肉体的苦痛が凌駕しているため。つまり、その人の肉体的なものを守るため。B。その人が予測する、死が与え得る肉体的苦痛を、その人が受けている、あるいは受けることを回避できないであろう精神的苦痛が凌駕するため。つまり、その人の精神的なものを守るため。さらに要約すると、心ってことね」

「何を言ってるのか、僕には分からないよ、リタ・オルパート」

「あたしは、あなたはBに該当すると考える。あたしは、あなたの心が欲しい」

「心に形はない。体と違って、壊すことはできない」

「そうかしら? 例えば、あなたの思い出の場所を写した写真がある。あなたはその写真を見ると、感情を動かされる。良い方向、悪い方向、どちらでもいい。喜怒哀楽のどれか、あるいはそれらが混じり合ったものでもいい。その写真を破り、焼き捨てることは、あなたの心を傷付けることには?」

「写真がなくたって、思い出すことができる」慶慎は言った。「お前の御託には、もううんざりだ、リタ・オルパート」

 リタは微笑んだ。

「残念ね。無理にでも付き合ってもらうわよ」彼女は言った。「そう、人は思い出すことができる。それに、その写真には、フィルムが残っているかもしれない。その上、思い出の場所は失われたわけではない。そこに行けば、あなたはまた、思い出に浸ることができる」

 リタは慶慎の頬を一撫ですると、ステージを振り返った。

「その、思い出の場所を破壊したいところだけど、“場所”というのは少々、曖昧なものだからね。破壊は難しいかもしれない。でも、その“場所”が“人”の場合は?」

「お前」

「死を与えれば、人は壊れる。あなたがその人に抱いた感情、その人と築いた思い出は壊れる」

 慶慎は拘束から逃れようとした。また、体の上に〈ナンバーズ〉が飛び乗った。

「記憶がある」慶慎は言った。「僕は思い出すことができる。人を壊そうが、何をしようが。僕を殺す以外に、お前に方法はないんだ、リタ・オルパート」

「そうかしら?」リタは〈ナンバーズ〉を見た。「誰か、市間安希の小指の爪を剥がしてくれないかしら?」

 誰も動かなかった。リタは、群集の後ろに目をやった。所々、塗料の剥がれた、エメラルドグリーンのベンチに腰掛け、肩から提げたベースを爪弾いている少年がいた。靴紐を結ばず、緩めきった状態で履いた、くたびれたバスケットシューズ。両膝に穴の開いた、色の薄いジーパン。ホットパンツ一つ身に付けただけの半裸の女――ポールに体を押し付け、舌を突き出している――の写真が白黒で印刷された、黒いTシャツ。アンバーだった。リタは彼の名を呼んだ。アンバーは顔を上げなかった。返事もせず、頷きもしない。ただ、言った。

「彼女がいなければ、俺は真実を知らない、ただの間抜けだった。俺の意に反しない限り、彼女の言葉は、俺の言葉だ。何度も言わせるな」アンバーは、口角をわずかに上げた。「それとも、俺の歌にはもう、飽きちまったかな?」

〈ナンバーズ〉は、ざわざわと否定の言葉を呟き、首を横に振った。そのうちの一人が前に出て、言った。

「そんなわけはない。悲しいことを言わないでくれ、ヘッド。ただ俺たちは、彼女が、まるで自分のものみたいに、俺たちに命令するから」

「お前たちは、ミス・オルパートから、銃をもらった」

「ああ。山ほど」

「ミスタ・ライクンから、銃の扱いについて訓練を受けた」

「かなり厳しく」

「それに、麻薬(ドラッグ)をもらった。麻薬は嫌いか?」

「いや」

「それに、この街の真実を教えてもらった」

「殺し屋集団〈カザギワ〉を筆頭に、反社会的組織のごみどもが今までやってきた、吐き気のするような犯罪の数々を」

「彼女たちがいなければ、俺はただのバンドマンで、お前らはただの、悪く言うつもりはないが、ファンに過ぎなかった」

「俺もヘッドのことを悪く言うつもりはないが、確かにそうだった」

「俺たち、彼女たちには借りがある」

「ああ、そうだな」〈ナンバーズ〉の一人――銀色に染めた頭を、坊主にしていた――は頷いた。「その通りだ」

 銀色の坊主頭は、部屋の隅で工具箱を開けた。ペンチを取り出し、ステージに上がる。リタを見て、頷く。リタは言った。

「ありがとう」

 銀色の坊主頭は、安希の左手の小指から、爪を剥ぎ取った。

つづく




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posted by 城 一 at 13:27| 長編小説 焔-HOMURA-[integral] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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