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最近、自分がフリーメールを活用できない人間だってことに気付きました。

2008年10月07日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第196回(3版)


器が失われなければ。


 傾けた壜の中で、ウイスキーが尽きた。リヴァは舌打ちして、空になった壜を投げた。壁にぶつかり、砕け散る。すぐ側にいた男は、体をびくつかせ、壁の、壜がぶつかった部分を見つめていた。

 痩せぎすの男だった。身に付けている焦げ茶色のダッフルコートは、どこをとっても、幅が余っていた。短く刈った黒髪。落ち窪んだ目。こけた頬。元々薄かった唇は、恐怖が原因で色を失い、さらに薄く見えた。

 テーブルの上にあった、茶色い紙袋を取った。壁で割れたものと同じウイスキーが、中に入っていた。蓋を開け、呷った。喉元が焼ける。

 ろくに眠っていなかった。まともに摂った食事の記憶は、かなり遠いものになっている。全ての時間を削って、慶慎を探した。〈アンバー・ワールド〉と思しき者たちを見つけて、話をし続けた。話を聞けば聞くほど、曖昧な集団だった。自ら名乗れば、誰も否定する者はいない。確かなのは、これまでに話を聞いた者たちの中に、慶慎や、リタ・オルパート、あるいはアイザック・ライクンの居場所を知っている〈アンバー・ワールド〉は、いなかったということだ。

 ダッフルコートを着た、痩せぎすの男も、そんな〈アンバー・ワールド〉の一人だった。

 リヴァは、ウイスキーを飲んだ。壜を見ると、既に中身の三分の一が減っていた。だから? リヴァはげっぷをした。

 飲みすぎなんじゃ? 恐る恐る、男が言った。中身が入ったままの壜を投げた。蓋も閉めずに。男は逃げられなかった。体を縄で、椅子の背もたれに縛り付けられていた。壜は男の額に当たり、床に落ちた。鈍い音を立てただけで、割れはしなかった。男に歩み寄り、平手打ちを食らわせた。

「無駄口叩いてる暇があったら、とっとと役に立ちそうな話をして、俺を満足させろ」

 男は悲鳴を上げ、顔を引きつらせた。鼻をすすって音を立てる。何度か、拳を叩き込んだあとだった。男の顔の下半分は、鼻血で赤く染まっていた。

「もう、十分話したじゃないか。これ以上、何も出てこないよ」

「そうかな?」

 平手打ち。男が、リヴァに聞かせる話――それが例え、嘘だったとしても――をするために、頭を働かせるまで続けた。いや。正確には、続けようとした。何発目かの平手打ちのために振り上げた腕が、摑まれた。顔を上げると、ダンクがいた。

 ダンクは、小さく肩をすくめた。言いわけをするように、口を開く。

「バーバーが、やめさせろって。そいつからはこれ以上、使える情報は出てこないって」

 バーバーが、ダンクの後ろで、腕を組んで立っていた。

 リヴァたちがいるのは、男が住んでいるアパートの一室だった。三人でここに来た。見つけた、この〈アンバー・ワールド〉の男はリヴァの担当ということに決め、二人は他の部屋へと、話を聞きに行った。アパートにある部屋の数は、三十超。二人が出ていってから、まだ二十分ほどしか経っていなかった。

「少し、早すぎやしないか、バーバー?」リヴァは言った。「それとも、手ぇ抜いたのか?」

 バーバーは、微動だにしなかった。表情さえも。

「留守の所が多くてね。それに、悪い予感がした」バーバーは言った。「そいつのこと、殺すつもりだっただろう、リヴァ?」

「なぜ?」

「ただの戯れ。やつあたりのために」

「結果的には、そうなったかもしれない。ならなかったかもしれない。だが、それがどうした?」

リヴァは言い、ダンクの手を振り払った。いつまで摑んでやがるという言葉とともに。ダンクが言った。

「リヴァ。お前、酒臭いな」

「そうか? 気付かなかったよ」

 バーバーが、目を閉じた。

「飲みすぎだ。手を抜いてるのは、リヴァ。君の方なんじゃないのか?」

「何?」

 ダンクが、前に立ちはだかろうとした。体を捻り、かわす。バーバーに詰め寄り、コートの襟を鷲摑みにした。

「もう一度言ってみろ、バーバー」

「手を抜いてるのは、君だと言ったんだ、リヴァ」目を開いたバーバーは、わずかに口許を歪めた。嘲笑。「もう諦めたのかい、Kのこと?」

 右フック。気が付いたときにはもう、バーバーの顔面に叩き込んでいた。

 バーバーは、血の混じった唾を吐いた。手の甲で、切れた唇を拭う。

「それで?」

 バーバーの、冷たさを含んだ視線。それに、摂取しすぎたアルコールが、頭を加熱した。右肩を引く。二発目の右フック。

 繰り出した拳は、空振りに終わった。体が浮き、足が床から離れる。自分の身に起きていることに気付いたときにはもう、リヴァは投げられていた。首を摑まれ、思いきり。投げたのは、ダンクだった。

 床に着地するのには、〈アンバー・ワールド〉の男の部屋は、狭すぎた。ダンクの力は、強すぎた。

 リヴァの体は窓を破り、落下した。二階から。頭の中を、死の一文字がよぎった。が、アパートの裏手に生えていた巨木が、その心配を払拭した。巨木が長い時間をかけて伸ばした枝をいくつも折り、リヴァは地面でバウンドした。アイザックとの戦いで受けた傷が、できたときの痛みとともに蘇り、悶絶。しばらくの間、地面を転がって、気を紛らわせなければならなかった。

 痛みの波が穏やかになり、側にバーバーとダンクがいることに気付いた。取り戻した余裕の分だけ余分に転がり、うつ伏せの状態になったところで、体を止めた。リヴァは言った。

「てめぇ、殺す気か、ダンク」

「すまん、やりすぎた」ダンクは言った。「けど、バーバーは殴られるようなことは、してないし、言ってもいないと思った。俺、間違ったかな?」

リヴァは鼻先で、短く笑った。

「力加減だけな」

「リヴァ」バーバーが言った。

 体はうつ伏せのまま、リヴァは言った。顔も、地面にぴったりとつけたままで。

「あいつがリタ・オルパートと行ってから、もう五日だ。リタ・オルパートは、欲しかったものを手に入れた。時間をかける必要はない」

「けど、リタ・オルパートは、岸田海恵子、市間安希、サニー・フゥのことも、手に入れてる」

「あいつを釣るための、餌にするつもりだったんだろうさ」

「けど、別の使い方もできる。その場合、Kは即座には殺されないと思う」

 リヴァは起き上がり、バーバーを見た。

「残酷なことを考えるな、お前」

「可能性に過ぎないけど。でも、リタ・オルパートの、Kへの執着の仕方を考えると、あり得ないことじゃない」

「けど、その場合、慶慎の心が死ぬかもしれない」

 バーバーは、小さく首を振った。

「心は死なないよ、リヴァ。器が失われなければ」

 リヴァは独り言ちるように、呟いた。

「そう願う」

つづく





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posted by 城 一 at 15:46| 長編小説 焔-HOMURA-[integral] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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