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最近、自分がフリーメールを活用できない人間だってことに気付きました。

2008年10月17日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第198回(10版)


三人目の少年


 足をすくわれた象のように、大きなテーブルが音を立てて転がった。リヴァが力任せに引っくり返したのだ。

「ふざけるな」リヴァは、磐井の襟を鷲摑みにした。「兄貴分の敵討ちを使って組から破門を受けたやつが、早々に敗北宣言か、ええ? 近頃のやくざさんは、随分と冷静な頭をお持ちのようだな」

「光の当たらない世界では、感情の赴くままに生きることを許されるのは、ごく少数の人間に限られてるもんでね。自然と、そうなるのさ」

「お前は怖気付いただけさ。本当は最初から、敵討ちなんてするつもりなんかなかった。お前はずっと探してたんだろう、事から逃げる口実を? だから、簡単に尻尾を巻ける」

「何だと」

 磐井の目に火がともる。バーバーは、背後からリヴァを羽交い絞めにして、磐井から引き剥がした。

「けど、分からない」バーバーは言った。「いくら好きなバンドの人間の言葉だからと言って、<アンバー・ワールド>に<ミカド>のような属性を与える言葉が、そう簡単に浸透するものでしょうか? あなたがさっき言ったような、“街のダニどもをぶっ潰せ”というような? 歌を楽しみに来てるのに、正義なんか語られたら、しらけたりするものじゃないですか?」

「<アンバー・ワールド>が、<アンダーワールド>から派生した集団だということは知ってるな?」磐井が言った。

「ええ」

「<アンダーワールド>の曲に、アンバーが作った<channel>って曲がある。死んだ恋人に捧げたって一曲だ。<アンバー・ワールド>の連中は、この曲が大好きだそうでな。アンバーの恋人が、昔あった<SKUNK>と<ロメオ>ってギャングの抗争の中で死んだってのは、周知の事実だった。で、みんな<ロメオ>のメンバーの誰かに、アンバーの恋人が殺されたのだと思っていた。そうされていた。<ロメオ>のメンバーは、既に全員死亡しているから、連中は安心していられた。既に、報復は済まされたと。だが、最近、リタ・オルパートがアンバーに近付いてから、新しい情報がもたらされた。実際にアンバーの恋人を殺したのは、<ロメオ>ではなく、<ロメオ>が雇った殺し屋の仕業だと」

「殺し屋」

「殺し屋集団<カザギワ>から派遣された、殺し屋の」

 なるほど。バーバーは唇を噛みながらも、感心せざるを得なかった。いいところに目をつけたものだ。既に、<channel>という曲で、<アンバー・ワールド>はアンバーの恋人を殺した人間に対する怒りを共有していたのだ。<アンバー・ワールド>には、<ミカド>化する地盤ができていたということだ。

「けど、それは事実じゃない」言ったのは、飛猫だった。「うちの情報管理部の人間が、百パーセント、<カザギワ>が<SKUNK>と<ロメオ>の抗争に関わったという事実はないと言っているわ」

「誰かが、嘘をついている」バーバーは言った。

「リタ・オルパートがアンバーに近付いたのと、アンバーが<カザギワ>の名前を口にし始めたのは、同時期だ」磐井が言った。「嘘をついているのは、リタ・オルパートで間違いないだろうな」

「でも、なぜ」

「リタ・オルパートの狙いは、風際慶慎だったんでしょう? もう既に、手に入れたようだけれど」飛猫が言った。「リタ・オルパートは、<カザギワ>を相手にする可能性を視野に入れていたんじゃない?」

 もう、その可能性はないけれど。バーバーは胸の内で呟いた。もう誰も、風際慶慎のためには動かない。リヴァ以外は。

 思考に集中した分、力が緩んでいた。バーバーは、リヴァに振り飛ばされた。今にも飛びかからんばかりに肩を怒らせ、磐井を睨みつける。

「それで? 答えは出たのかよ」リヴァは言った。

 磐井は、ゆったりとソファに身を沈め、脚を組んだ。

「話を聞いてなかったのか? 俺の考えが変わるような情報はもたらされていない」磐井は言った。「風際慶慎がどうなろうが、知ったことか」

「この野郎!」

 リヴァは頭を低くして、磐井にタックルを食らわせた。ソファから床へ、その体を引きずり下ろし、マウントポジションを取って拳を降らせる。止めようと、その肩を摑んだバーバーは、振り向きざまに繰り出された右フックで、リヴァの反撃を食らった。吹っ飛び、ガラスがはめ込まれた壁で背中を打つ。

 リヴァの考えを支持するわけにはいかなかった。六百強という数字を相手にかける特攻では、到底、勝算は成り立たない。だが、見放せば、リヴァは一人で行くだけだ。風際慶慎を助けるために、<ホープ・タウン>へと。一人になったリヴァは、勝算など気にしない。死ぬことさえ。感情だけが、優先される。

 ちくしょう。

 バーバーは懐から自動拳銃(ピストル)を出し、薬室に銃弾を送り込んだ。素早く歩み寄り、リヴァの後頭部に銃口を突きつける。リヴァが言った。

「何のつもりだ、バーバー?」

「それはこっちの台詞だ、リヴァ」バーバーは言った。「磐井さんに敵意を向けて、何になる? 彼の協力がなければ、僕らは三人だけだ。それで風際慶慎を助ける? 付き合いきれない冗談だ」

 バーバーに向き直ったリヴァの目には、遠慮のない怒りがともっていた。踵に力を込めて、後退しそうになる自分を止める。バーバーは銃口を、リヴァの額に向けた。

「てめえ」

「リヴァ。君は、風際慶慎のために死にたいのか? それとも、彼を助けたいのか。どっちだ?」

「悪いが」磐井が言った。「今さら、俺の機嫌を取ったって遅い。俺たちは、お前たちと共同で戦線は張らない」

「いや」バーバーは人差し指を立てて、磐井を制した。「あなたにも、言わなければならないことがある」

「何?」

「あなたは、時間が経てば事が好転するかのようなことを言ったが、そうなる保証はどこにもない。それどころか、リタ・オルパートの下で、<ホープ・タウン>に集まる<アンバー・ワールド>は、さらにその数を増大させる可能性が大いにある。違いますか?」

 磐井は、反撃の言葉を口の中で噛み殺し、何も言わなかった。

「それに、あなたたちは仲間の敵を取るために、組を離れた。今はまだいいでしょう。火が入ったばかりなんだ。その意志は、永遠に燃え続けるような錯覚に囚われていても、不思議じゃない。でも、それは事実じゃない。火は燃え続けない。時間が経てば消える。そうなれば、いずれ魂が腐る」

「そんな青臭い哲学、説かれる必要なんか、俺たちにはない」

「あなたは、リヴァに打開策を求めた。同じように、訊きます。あなたには、打開策があるんですか?」

 磐井は答えなかった。

「なら、リヴァと同じだ」

 磐井が飛びかかる気配を見せた。バーバーは自動拳銃(ピストル)をもう一丁抜き、磐井に向けた。逃げ出したくなる自分を腹の奥底に押し込み、リヴァと磐井を同時に睨み返す。しくじれば、<アンバー・ワールド>に対する勝算を失う。リヴァを失う。

「<ホープ・タウン>に集まっている<アンバー・ワールド>の核は、嘘でできてる。リタ・オルパートがアンバーに吹き込んだ嘘で」

 バーバーは、確認するように言った。誰も、何も言わなかった。

「アンバーの恋人を殺したのが、<カザギワ>の殺し屋ではないことが証明できれば、彼らにかなりのダメージを与えることができる。彼らの繋がりが弱体化する」

「事実があるだけでは、そうはならない」磐井が言った。

「だから」バーバーは言った。「インターネット、紙媒体。利用できるメディアは、全て利用して、手に入れた情報を流す。<ミカド>はメディアを介して生まれた存在だ。目には目を。メディアには、メディアをだ」

「ふざけるなよ、バーバー。そいつは時間がかかる作戦だ」リヴァが言った。「時間がかかれば、慶慎が死ぬ」

「そうなるかもしれない。そうならないかもしれない。けど、そんなのくそくらえだ、リヴァ。慶慎が生きていようが、僕らが彼の下へたどり着き、彼を伴って生還できるルートを確立できなければ、彼が生きていなかったときと同じ結末になる。死というバッド・エンドに」

 リヴァの目にともる怒りの度合いが増した。だが、退かない。退けば、リヴァの言い分を認めたことになる。

「さあ」バーバーは言った。「異論があるなら、今ここで聞く」

 リヴァも、磐井も何も言わなかった。バーバーは銃を収めた。

「では、全員、僕の指示に従って動いてもらう。証拠を集め、聞き込みをする」

「警察のように」飛猫が言った。

「警察のように」バーバーは繰り返した。「少し、時間をもらいたい。一人にしてください」

 誰も返事はしなかったが、皆、それぞれのペースで考えを整理し、部屋を出て行った。ダンクが複雑な表情を浮かべていたが、何も言わなかった。飛猫が、車椅子の肘掛けの上で頬杖を突き、面白そうにバーバーのことを眺めていた。

「一人にしてほしいと、僕は言いましたよ」

 飛猫は肩をすくめた。

「意外なところに、いい男がいたことにびっくりしてるのよ」

「褒めたって、何も出ません。怪我をしていようが、関係ない。あなたにも動いてもらいます」

「もちろん」

 バーバーは深い溜め息をつき、ソファに腰を下ろした。脱力し、体を深く沈める。飛猫が言った。

「なかなか辛い立場に、身を置いたわね」

「嘆いてる暇なんか、ないですよ」

「風際慶慎は、どうなると思う?」

 バーバーは飛猫を一瞥して、言った。

「助かる可能性は、ゼロに等しい」

つづく




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posted by 城 一 at 00:46| 長編小説 焔-HOMURA-[integral] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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