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最近、自分がフリーメールを活用できない人間だってことに気付きました。

2008年10月31日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第204回(3版)


終わりがない戦争では。


 浦口へ引き渡す十人の選出は、磐井に任せるつもりだった。だが、断られた。

「理屈は分かる。だがそいつは、その刑事の提案を呑んだお前がやれ」

 殴られるものと思っていたが、そうはならなかった。磐井の表情は明らかに、そうしたいと望んでいたが。

 磐井に言われた通り、選出は自分で行うことにした。資料越しとは言え、構成員たちの働きには注意を払ってきた。短いが、密度の高い時間を。淀みが生じている部分は既に見つけていた。それに準じて、優先順位をつければいい。彼らのプライヴェートな側面は知らないし、磐井とは違い、個人的な繋がりに煩わされることもない。決断に時間は必要なかった。浦口は驚いていた。

「やり口は素人くささが残ってるが、判断の速度は俺たちを遥かに上回るな」

「走る距離が短いと分かっていれば、切り捨てられるものがたくさんある。それだけですよ」

 話のついでに、浦口から警察の捜査の仕方についてレクチャーを受けた。今までやってきた方法と大差ないようだった。洗練されているか否かの違いだけだ。それも、人の感情や高慢さが歪めている部分が多々あるようだった。

 一度、倒れた。高熱と睡魔に意識を奪われた。医者を呼び、点滴を受けた。三時間眠った。誰もが、もっと睡眠を取るべきだと言った。聞き入れなかった。それが、せめてもの報いだった。短い時間とは言え仲間を十人も失い、それでも指示通りに動き続けている磐井たちへの。

 目撃者の捜索にあたらせていた神田という男から、有力な目撃者が見つかったとの連絡が入った。これから尋問をするが、特に訊いておいてもらいたいことはあるかと。磐井から、神田の気性の荒さは聞いていた。自分が直接話を聞くからと告げ、場所を尋ねた。アンバーの恋人が死んだ現場近くの、<ピザ・コパフィールド>というピザ屋だった。ストリップ小屋を出て、車を走らせた。

 正午間際だったが空は雲に覆われており、鬱屈した白色に染まっていた。光が少なく、明るさだけでは時間帯が分からなかった。昨夜から降り続けている雪が、街に化粧を施していた。道中聞いたカーラジオの天気予報によると、降雪はしばらく続き、積もるとのことだった。

 神田が言った<ピザ・コパフィールド>のドアには、昼間なのにも関わらず、“準備中”の札が掛かっていた。鍵がかかっていて、開かなかった。ガラス製のドアを通して店内が見えたが、明かりはついておらず、誰もいない。携帯電話で神田と連絡を取った。裏口から入るように言われ、そうした。店内は薄暗く、正面入り口やその他窓から入る光などで、どこに何があるのか、かろうじて視認できる程度の明るさしかなかった。誘導灯が、頭上で淡い緑色の光を発していた。チーズや、焼けた生地の香ばしいにおいがした。神田の名前を呼んだが、返事はなかった。違和感。自動拳銃(ピストル)を抜き、薬室に銃弾を送り込んだ。中身がぱんぱんに詰まった、可燃ごみ用のごみ袋が床に放置されていた。ピザを入れる紙製の箱が落ちていた。落書きでスペースがいっぱいになったホワイトボードが、壁に掛かっていた。誰かと誰かが三目並べをした形跡があった。美青年のイラストが、胸部まで描いたところで中断されていた。調理場の入り口の前で、もう一度、神田に電話をかけた。どこかから着信音が聞こえたが、すぐに切られた。調理場の中からだった。ドアを蹴り開け、調理場の中に体と銃口を突き入れた。ステンレス製の作業台の上で、神田が焼きたてのピザを食べていた。ワインレッドに染め上げた皮革製のジャケット。派手な柄の入ったシャツ。擦り切れそうなほど色の薄いジーパン。白のローファー。首にはマフラーを巻いていた。頭部と顔を上下に分けるようにして、額を横切る、大きな古い傷跡がある。本人にはそれを隠す気はなく、髪を短く刈って坊主にしている。片手をポケットに突っ込んで、ピザを咀嚼しながら、神田が「よう」と言った。銃口は下ろさなかった。左右から、二人の男に自動拳銃を突き付けられていた。他にも数人が、暗がりに潜んでいた。皆、見覚えがあった。磐井の仲間たちだ。

「どういうことなのか、説明してくれますか?」

 神田は指に付いたソースを舐め取り、両手を広げて肩をすくめた。ジャケットの下に、ショルダーホルスターと、それに収まった自動拳銃が見えた。

「その前に、銃口の数で負けた場合に、やることがあるんじゃないのか?」

 銃を床に捨てた。男の一人に、ガムテープで後ろ手に縛り上げられた。背後から腰を蹴られ、床に転がる。神田は男の一人に火をつけてもらい、煙草を吹かしていた。神田に腹を踏まれた。

「先の質問に対する答えだが」神田は言った。片手で煙草を吸い、片手でピザを食していた。右足だけで踏んでいたところに、さらに左足を乗せ、そして床に下りた。視線はくれず、まるでこちらが存在しないかのようだった。神田は作業台の周囲を、ゆらゆらと歩いた。「それはこっちの台詞だと言わせてもらう。どういうことなのか、説明してくれよ」

「浦口に、仲間を十人引き渡したことですか」

 バーバーの所へ戻って来た神田のつま先が、腹に食い込んだ。

「お前が仲間と言うのは気に入らないが、そうだ」

 説明した。必要だったと言った。神田は納得しなかった。袋入りのタバスコの封を破り、瞼をこじ開け、右目に垂らされた。針で突かれたような激痛に、眼球が襲われた。

「それが必要かそうでないかは、俺たちが決めることなんじゃないのか?」

「浦口の提案を断れば、街で動けなくなる可能性がありました」

「即決できたのは、お前が俺たちのことを仲間だと認識していないからに他ならない」

「違う」

「どの口が言うかね」

 腕を掴んで持ち上げ、投げられた。作業台の上を転がり、床に落ちる。トッピング用の、まだ冷たい円形のサラミやコーン、スライスしたトマト、小さく裁断したチーズが一緒に落ち、床に散らばった。左の眼球にタバスコを垂らされた。神田が言った。

「お前は、<アンバー・ワールド>に都合のいいことをしている。俺たちの人数を減らし、やつらに膨れ上がる時間を与えている。浦口が<ミカド>でない保証は? 仲間はいつ帰ってくる? だいたいからして、お前の言う浦口との取引の内容が正しいかも分からない」

「僕が敵だと?」

「状況が、そう告げている」

「そう思うのなら、なぜすぐに殺さないんですか」

「磐井は一応、お前に信頼を寄せてるからな。無闇に殺せば、やつの不信を買う」

 立てた膝で目を擦った。タバスコを拭うつもりだったが、逆効果だった。痛む部分が広がり、涙の膜が厚くなった。涙がタバスコを洗い流してくれることを期待して、待つしかなさそうだった。ぼやけた視界を神田に向け、言った。

「何が望みなんですか」

「シドさんがいなくなった今、俺たちの中心にいていいのは磐井だけだ」

「結局はそれですか」言った。「あなたたちはただ、僕のことが気に入らないだけでしょう」

「否定はしない」神田が、ショルダーホルスターから銃を抜いた。銃口を顎の下にあてがわれる。「さ、指揮権を完全に磐井に委譲すると言え」

「ノー」

「最悪、磐井の不信を買う危険を冒してでも、この引き金を引くことになる。それに、やつが信じようが信じまいが、お前を撃たなければならなかった理由くらい、山ほど思いつける」

「くだらなくて反吐が出ますね。あなたたちのような人間は、面子や誇り(プライド)で容易に方向を失い、当初の目的を忘れる」

「何?」

「あなたたちは、何のために磐井さんとともに<ツガ>を抜けたんですか?」

「それは」

「シドさんの敵をとるためだ。そうでしょう? それを、たかが年下で新入りの人間が自分たちの指揮を執ったくらいで脇に置く。忘れ去る。そういう人間は、<ミカド>には勝てない」

 髪を鷲掴みにし、食器棚に打ち付けられた。

「自重という言葉を覚えた方がいいな、クソガキ」

「<ミカド>なんていうのは、妥当な理由を持った人間は一部しかいないものです。他は、そういった人たちの尻馬に乗って正義を気取りたいだけの、薄弱な自分しか持っていない人間たちです。しかも、後者の方が圧倒的に多い。怒り、悲しみ、正義への憧れ。感情を感染経路にしたウイルスみたいなものだ。そういった連中を敵に回すのに、自分たちも感情で動く? 愚の骨頂だ。常に設定した目的を最優先にし、感情を押し殺し、合理性の下に生きなければ、連中には勝てない。いや、何をしようと勝つことは難しいかもしれない。勝とうとすることさえ、敗北を呼ぶ。死を招く。ならば、どうするか。目的のためだけに動き、生きるしかない」

「言っている意味が分かりかねるな」

「終わりがない戦争では、勝つことはできないという話ですよ」

 携帯電話が鳴った。バーバーのものだった。神田が取り、通話ボタンを押して差し出してきた。ディスプレイにはダンクの名が表示されていた。神田に言った。

「いいんですか?」

 神田は口許を歪めただけで、何も言わなかった。携帯電話に、顔の左側を押し当てた。ダンクの声が聞こえてきた。体調が悪いのにも関わらず、外を出歩いていることを心配していた。今いる場所を訊いてきた。神田を見たが、やはり何も言わず微笑をたたえるだけだった。特に体調には問題がないことを告げ、「じゃあね」と言い、携帯電話から顔を離した。神田はこちらを一瞥してから、電話のボタンを押して通話を切った。神田は言った。

「俺はお前に、何も強要しなかった」

「そうですね」

「なぜ、やつに助けを求めなかった?」

 肩をすくめた。

「別に、ダンクは光の速さで移動できるわけじゃない。助けを求めたところで、あなたたちが僕を殺すことを決断すれば、ダンクは到底間に合わない。助けを求める言葉がむしろ、あなたたちの決断の呼び水になってしまうかもしれない。それにあなたたちは、この場面でダンクに頼ると、僕が一人じゃ何もできないガキだとレッテルを貼るタイプの人間だ」

 神田は口角を上げた。

「俺たちのことを、よく観察してるらしい」

「だてに、磐井さんから指揮権を取り上げたわけじゃないですよ」

 神田が、挑むように顔を近づけてきた。退かずに視線を返した。神田が笑った。

「俺たちが当初の目的を忘れているとは、的を得た指摘だ」

「ええ」

「目的のためには、お前の指示を仰ぐというのが、最良の選択なんだな?」

「そうでなければ、わざわざ、あなた方の反感を買うことが分かっているのにも関わらず、あなた方の上に立とうとなんか、しませんよ」

 神田が懐から取り出したナイフで、両手を縛るガムテープを切断された。

「小屋まで送る」神田が言った。「もう少し、お前の指揮を信じることにする」

「それはどうも」

つづく




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posted by 城 一 at 08:12| 長編小説 焔-HOMURA-[integral] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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