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最近、自分がフリーメールを活用できない人間だってことに気付きました。

2008年11月05日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第206回(4版)


仕上げ.


「サニー・フゥ」

 慶慎は答えた。「あなたにとって、岸田海恵子の次に優先順位の低い人間は?」という、リタ・オルパートの問いに。考える時間は必要なかった。既に、答えは出していた。どうせ殺されるのならば、早いに越したことはない。それだけ、彼女が受ける苦痛は減るのだから。優先順位を付けることなど、本当は簡単だった。それを、口にする勇気がなかっただけだ。命に優先順位を付け、死刑の宣告をし、罪を背負う勇気が。

 自分の名前を呼ばれたサニーは、思いつく限りの罵倒の言葉を吐いた。慶慎に向かって。慶慎は黙って受け止めた。サニーにしてやれることは、それくらいしかなかった。サニーが吠え立てる間、誰も口を開かなかった。彼女のヒステリックな声だけが、壁や天井に反響していた。慶慎は、どこかで、誰かが助けに来ることを祈っていた。自分が、サニーの命を切り捨てた事実を、消すことはできない。だが、彼女の命が助かるのならば、それはどうでもいいことだ。どれだけ軽蔑されようと、その相手が死んでしまうよりはいい。だが、誰も来なかった。

 リタが手で合図をした。ヨシトは頷きもせず、拳銃の弾倉(シリンダー)の中身を確認した。表情は見えない。彼はまた、フルフェイスのヘルメットをかぶっていた。そうやって、世界に対してフィルターをかけているのだろう。慶慎は思った。だが、しかし。フィルターをかけなければ人を殺せないのなら、引き金を引くべきではない。口には出さなかった。一方通行でしかない道で言葉を紡ぐことに、疲れていた。

 ヨシトは、サニーのこめかみに銃口を突きつけた。サニーは金切り声を上げ、泣き叫んだ。彼女の声は、その場にいたほとんどの者たちの鼓膜を、串刺しにした。まるで凶器だった。皆、顔をしかめ、びくんと体を震わせた。サニーがいるのとは逆方向へ頭を傾げ、少しでも彼女から距離を取ろうとした。静寂の世界に住むヨシトには、関係のないことだった。ヨシトは無言のまま、拳銃の引き金を引いた。

 サニーは銃弾をかわした。いや、かわそうとした。サニーの体は、電流でも走ったかのように、小さく跳ねた。弾が発射される寸前に体を捻ったサニーは、銃弾に後頭部をえぐられていた。血が飛散する。サニーは、アームチェアに拘束されたまま、前方に向かって床に倒れた。力なく開いた口から、囁くように声が漏れていた。何と言っているのかは、分からなかった。言葉になっていなかった。ヨシトの手が体にかかると、彼女はかすれた悲鳴を上げた。あまりにも響きが弱すぎて、空気が喉を通るときに立てる、ただの音と称しても差し支えないような悲鳴を。そして、体をよじり、床を這ってヨシトから逃げようとした。できるわけがなかった。ヨシトはサニーの背中を踏みつけ、引き金を引いた。弾倉が空になるまで。三、四発目で既に、サニーの命が失われたのは明らかだったが、ヨシトは引き金を引き続けた。ヨシトが撃つのをやめるまでに、銃弾が持たなかったと言ってもいい。事が終わり、ヨシトは手間をかけさせたことをなじるように、サニーの死体を蹴りつけた。

「ヨシト」

 慶慎は言った。ヨシトは返事をしなかった。彼の視界の中に、慶慎はいなかった。

 リタはサニーの側に膝を突き、あるはずのない脈を確かめるように、その首を指で触った。指同士を擦り合わせて、付着した血を伸ばし、煙草をくわえて火をつける。リタは言った。

「変な気を起こさなければ、もっと綺麗な体でいられたのにね」

「気が済んだか」

 慶慎は言った。リタと視線を交わす。彼女はただ、唇をすぼめて煙を吐き出しただけだった。慶慎は続けて言った。

「優先順位を付ければ、最後に残った人のことは助ける約束だ」

「ええ」

「安希を解放しろ」

 リタは首を傾げ、煙草を吹かし続けた。

「リタ」慶慎は言った。

「一つ」リタは言った。「敵対する人間との約束を、信じるべきではない。すがるべきでもない。一つ。わたしがあなたに約束したのは、最後に残った人間の解放ではない。この茶番の終わりでもない。最後に残った人間の命よ。あくまでもね」

「ふざけるな」

「残念だったわね」

「これ以上、何をするって言うんだ」

 リタは、<ナンバーズ>の一人を呼び寄せた。

「有志は集まっているかしら?」

「<アンバー・ワールド>の七割強と、<ナンバーズ>の人間が少々」

「あら」リタは悪戯っぽい微笑を口許に浮かべた。「<ナンバーズ>の子は、あまり下品なことは好きではないと思っていたのだけれど」

「十人十色、というやつですね」

「あなたは?」

「俺は遠慮しておきます、ミス・オルパート。下品なことが好きではない連中の一部なので」

「そう」

「本当に、やるんですか?」

「報復の一部だからね」

「俺には、これが報復だとは到底思えませんが」

「その考えも、否定はしないわ。見たくなかったら、この場にはいない方がいいわ」

「そうします」

「彼らのこと、呼んできてくれる?」

「分かりました」

 そう言って、リタと言葉を交わした者を含め、<ナンバーズ>の大半が姿を消した。そして、姿を消した者をはるかに上回る人数の<アンバー・ワールド>が現われた。<ナンバーズ>と<アンバー・ワールド>の違いは、服装が統一されているか否かで分かる。そのうちの一人が言った。

「安心しましたよ、ミス・オルパート」

「何が?」

「最後に残ったのが岸田海恵子だったら、俺たち、待った分だけ損をした気分になる」

「そうね」

「何をする気だ」慶慎は言った。

「簡潔に表現すると」リタは煙草の煙を輪にして吐いた。「レイプよ」

つづく




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posted by 城 一 at 01:07| 長編小説 焔-HOMURA-[integral] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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