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最近、自分がフリーメールを活用できない人間だってことに気付きました。

2008年11月15日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第210回(4版)


リボルバー.


 車椅子を使うようになると、ちょっとした路面のおうとつにも苦労するようになる。<quilt(キルト)>の前の歩道は、わずかだが波打っていた。悪態をつき、背中に汗をかきながら、鈴乃は、どうにかそれをクリアした。外界に出ると、そんなことばかりだった。足が不自由になると、家にこもりがちになる者が多いと聞くが、分かる気がする。鈴乃は思った。外界よりは、家の中の方が、自分の思い通りになる。今まで、当たり前のようにしてきたことに対して、外界は障害が多すぎる。障害にぶつかればぶつかるほど、無力感に襲われる。外界を敬遠しがちになってしまうのも、仕方ないことだ。

<quilt>のドアには、closedと書かれたプレートが下がっていたが、構わずノックした。話は通してある。店の主人である小田豊春(おだとよはる)が姿を現わし、ドアを支えて、中に入るように促した。鈴乃はそうした。

 店内には、誰もいなかった。客を失った、チーク材を使った椅子と円テーブル。寄せ木造りの床。アンティークを模したラジオから、控えめのボリュームで洋楽が流れている。鈴乃の知らない曲だった。しわがれた声の男が、抑揚の利いた叫びにも似た調子で歌っている。鈴乃が車椅子のままテーブルにつくと、小田がマグカップに入れたホット・レモネードを出した。口をつける。以前、アンバーに魔法瓶から分けてもらったものよりも、数段うまかった。

「アンバーについて、話がしたいと言ったな」小田は言った。灰皿を持ってきて、一度断ってから、煙草に火をつける。「昔あった<SKUNK>と<ロメオ>の抗争の際死んだ、田村リヨについて聞きたいと」

「ええ」

「なぜだ?」

 紫煙越しに、訝しげな視線を、小田は送ってきた。でっぷりと太った体を、灰色のセーターに包んでいる。セーターは丸首で、開いた部分からは、下に着ている暖色のチェック柄のネルシャツが見えていた。クリーム色のチノ・パンツ、履き古したスニーカー。

「アンバーは、田村リヨを殺した人間について、何者かに嘘を吹き込まれている。それが原因で、あたしやあたしの仲間たちは不利益をこうむっている」

「その嘘の、具体的な内容は?」

 鈴乃は、小田の目を見た。深い色の瞳をした男だった。こういう人間は、嘘を嗅ぎつける。

「田村リヨを殺したのは、<ロメオ>が雇った、殺し屋集団<カザギワ>から派遣されてきた、殺し屋だという嘘よ」

 小田は煙草を吹かした。

「<ロメオ>は既にない。だからあんたは、<ロメオ>にゆかりのある人間か、<カザギワ>の人間ということになる」

「あたしは、<カザギワ>の殺し屋よ」

「それは、脅しか?」

「事実を言っただけよ」

「『ピストルオペラ』って映画に、車椅子の殺し屋が出てたな」

「洋画?」

「邦画だ。病院のベッドの方が似合いそうに見えるのは、相手を油断させるためと言うわけだ」

「違うわ。これは、本当に怪我をしてるのよ」

「さっきの言葉が、脅しじゃないわけだな」

「殺された田村リヨに関して、知っていることがあるのなら、教えて」

「気が進まないが」

「お願い」

 小田は席を立った。カウンターの方へと行き、コーヒーを淹れる。ミルクを入れ、砂糖を入れる。スプーンが、コーヒーカップの底をくすぐる音が聞こえた。小田は背を向けたまま、言った。

「ついこの間、アンバーがこの店に来た。“見せたいものがある”と言ってな。連れて行かれたのは、工事が頓挫したままの地下街<ホープ・タウン>だった。そこであいつに、“仲間”を紹介された。俺にはとても、そうは見えなかったがね。どいつもこいつも、ヤクで濁った目をしてた。あいつは言った。俺たちは<ミカド>だと。知ってるか?」

「正義という言葉や、憤怒、悲哀の感情を経路に感染するメディア、あるいはウイルス。あるいは、そのウイルスに感染した者たちが集まってできた、組織の名称。<ミカド>に感染した者は、<カザギワ>を中心に、一般的に悪とされる者や組織と、積極的に敵対しなければ気が済まなくなる」

「なるほど。そう表現すると、分かりやすいな。だが、アンバーの話は難解極まりなかった。正義だの悪だの、延々俺に説き続けた。俺には、あいつの言ってることがさっぱりだった。あいつに<ミカド>とやらに誘われたが、理解できないものに属することはできない。俺は断り、そして<ホープ・タウン>から帰ってきた」

「賢明な判断だと思うわ」

「<ホープ・タウン>で俺は、ひどく精液のにおいが充満してるのに気づいて、近くにいたやつに聞いた。そしたら、<カザギワ>に関わった女を犯してるんだと、自慢げに言ってた。罰を与えてるんだとな。<カザギワ>の殺し屋を追い詰めるためだとも、言ってたな。<ホープ・タウン>には他に、山積みになった銃もあった。短機関銃やら拳銃やら。俺は確信した。アンバーは、間違った道に足を踏み入れてる」

 小田はカウンターにもたれ、鈴乃を見た。コーヒーをすすり、視線を交わらせる。そして、言った。

「アンバーはリヨを失って間もないある日、ここに来て言った。“もし、俺が道を踏み外しそうになっていたら、止めてくれ”とな。今がそのときだと、俺は思った。だから、何とかしてあいつを説得しようとした。だが、できなかった。言葉じゃ止められないところまで、あいつは行っちまってるんだ。あんたは、殺し屋だと言った。そして、仲間がいるとも言った。あんたや、そのお仲間たちなら、言葉を用いない強引な方法で、アンバーを止めることができるか?」

「命の保証はできないわ」

 小田は頷いた。

「あいつが、間違った道をこのまま、突っ走って行っちまうよりは、そっちの方がいい」

「なら、止められるかもしれない。けど、そのためには、アンバーが吹き込まれてる嘘が邪魔なのよ」

「真実と、それを裏付けるものが必要なわけだ」

「そうよ」

 小田はカウンターの向こう側に回り、大きなクッキーの缶ケースを持ってきた。ふたを開けると、中には、ジップロックに入った拳銃が収まっていた。

「S&W M629ショーティ」小田は言った。「リヨが死んだ日、アンバーが持っていた銃だ」

 鈴乃は小田を見た。目を合わせ、話の続きを促す。小田は言った。

「アンバーがリヨを撃ち殺したときに使った銃だ」

つづく




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posted by 城 一 at 08:57| 長編小説 焔-HOMURA-[integral] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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