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最近、自分がフリーメールを活用できない人間だってことに気付きました。

2008年12月26日

短編小説 クリスマス・キャロル 1


1


 古傷が疼いていた。私は煙草に火をつけて、何とか、傷のある左脇腹から意識を逸らそうとした。試みは成功しない。だが、いつものことだった。

 十二月。最初の週の金曜日だった。温暖化のせいで不安定になった季節は、いまだに腰を落ち着けようとしていない。昨日は、この時期ではあり得ないほどの暖気が、街を覆っていた雪をすっかり溶かしてしまった。冬の格好で外に出ると、背中にじっとりと汗をかくほどだった。今日は打って変わって、街の住人たちの背中がそっくり丸くなってしまうほど冷え込んでいる。息を吸い込むと、鼻孔が凍ってしまいそうだった。この分だと、雪化粧が再び街を白く染めるのも時間の問題だろう。街がそわそわしているのは、クリスマスを目前に控えているからということだけではない。

 私は牧場にいた。経営者のピーター・ディオロウは、ねずみのように動きが素早く、落ち着かない小男で、常に嘲笑に似た表情を浮かべている。彼は《協会》から派遣されてきたトナカイたちがいる場所に私を案内すると、即座に姿を消した。今は、《協会》との連絡役を務める、アリッサ・ボウエンと仕事の内容について確認をしているところだった。クリスマス前のルーティン・ワークで、話の内容には特に目新しいこともなかったし、私は古傷の疼きから意識を逸らすのに忙しかった。アリッサが言った。

「話を聞いてるの、クレイグ?」

「もちろんだ」

 アリッサは小首を傾げ、両手を広げ、目を大きく開いて、私に話の復唱を促した。私は携帯用の灰皿に吸殻を捨て、新しい煙草に火をつけた。アリッサは溜め息を隠さなかった。

「大が付くほどの不況の中だ。今年はいつもよりも、俺たちを狙った強盗が多発する可能性があるから、気を付けろって話だよ、坊主」

 ジャック・B・ドレスデンが言った。《協会》から派遣される、飛行能力を有するトナカイは皆、人語を解する。彼は自分の年が、人のそれに換算すると八十歳になることを知って以来、周囲の人間を、軒並み子ども扱いすることを覚えた。そうなってから数年が経っているから、今では九十か百歳に及ぶところにまで来ているのかもしれない。老齢のトナカイの頭部に生える左側の角は折れていた。傷つくことなく残っている方の角も、年のせいなのか、冬の落葉樹のように弱々しく、どこか寂しげだった。《協会》のトナカイは、雄も雌も、角の生え変わりがない。残念ながら、ジャックの角が双方ともに揃うことはもうない。ジャックは、折れずに残っている方の角で、私の左脇腹を突こうとした。軽くステップを踏んで後退し、私はそれをかわした。視線で、アリッサがそのことに気付いたのが分かった。私は胸の内で舌打ちをした。この老いぼれたトナカイは近頃、長い月日の積み重ねが、時折、人にもたらす類の、意地の悪さを身に付け始めている。アリッサは鹿革の手袋を脱いで、ジャックの口許に触れた。視線は意識的に、私から逸らされていた。

「これは、ボランティアでやってもらっていることよ。誰も強要しない。あなたはいつでも辞めることができる。今からでも」

「分かった上で、ここに来ている。君らがすべきなのは、配達人たちを、彼らが傷付けられる危険性から守る措置を講じることだ」

「わたしたちは常に、そのように努めているわ。毎年、最新の防弾、防刃加工の施された服をあなたたちに貸し出している。今年も例外ではないわ。金属板が埋め込んであるから、包丁の刃も通さない」

「あるいはジャックナイフから」ジャックが言った。

「お喋りが過ぎるな、じいさん。残っている方の角は、俺が折ってやろうか」

 ジャックは目を細めた。このトナカイは、年を重ねるほどに、人間のように笑顔を浮かべることがうまくなってきている。

「お前さんがたの着る服が、どうして赤い色をしてるのか、教えてやろうか」ジャックが言った。「たとえ暴漢のナイフや銃弾が、最新の防弾、防刃技術をすり抜けて、お前さんがたを傷付けても、血を流していることを他の連中に知られないためさ」

「血は、真っ先に人の笑顔を奪うからな」

「分かってるじゃないか、坊主」

「あなたたちは長年連れ添ったコンビでしょう。もう少し上手な距離の取り方があるんじゃない?」アリッサが言った。

「傷の舐め合いをしろとでも言うのかい、お嬢ちゃん。あんたとなら大歓迎だが」

「トナカイが、人間の雌を相手に欲情するなんて、知らなかったわ」

「欲情なんてしないさ。セクハラの仕方を知っているだけでね」

「意地の悪いトナカイね」

「同意見だな」私は言った。

「ハ、ハ、ハ」

 老いぼれのトナカイは、人の笑い声を真似た。



 牧場を出る頃には、日は暮れていた。私は古い型のトヨタ・カムリを操って家路についた。傷の疼きは断続的だった。気付くと、道中見つけた酒屋の駐車場に車を入れていた。少しの間、エンジンをかけたままにして、考えにふけった。何台かの車が駐車場に入り、買いものを済ませて出て行った。燃料の無駄になる。そう理由を付けてエンジンを切り、酒屋に入ってスコッチを買った。それからは寄り道もせずに家に帰った。カーテンが開けっ放しになっていた窓から、蛍光灯のような満月の光が差し込んでいた。月光は強かった。私は明かりをつけずに、居間のソファに座った。スコッチを開け、グラスに注いだ。そして、それを見つめていた。

 世間からサンタクロースと呼ばれるものを務めるようになってから、十数年が経とうとしている。数年前、プレゼントを届けに入った家で、空き巣と鉢合わせした。私には彼と事を構えようという気はなかったが、相手はパニックに陥っていた。なだめる間もなく、私は空き巣が持っていたジャックナイフで左脇腹を刺された。血が全て、着ていた服に吸い込まれたのは、不幸中の幸いだった。血痕とともに届けられたプレゼントを、誰が喜べるだろう? それに、空き巣の男が私と鉢合わせしたのは、仕事に取り掛かる前だった。その家は何も失うことなく、クリスマスを過ごした。

 だが私は、その日流した血とともに、何かを失っていた。以前よりも、酒に対する欲求が強くなった。実際に手を出したとしても自分を失うことはなく、刺された傷の疼きを抑えることもできたが、その代わりに酒は、悪夢を連れてきた。刺されたときの感覚を、記憶に残っているものよりも鮮明な形で蘇らせるのだ。酒を飲んだあとの眠りは、決まって私に後悔をもたらした。禁酒を誓っては破ることを繰り返していた。今日も、そんな日のうちの一日のようだった。何度もスコッチのにおいを嗅いでは、グラスをテーブルの上に戻した。

 ジャックの角を折ったのは、リョウジ・オダという少年だった。長身で肉付きがよく、十歳という年にしては、かなりがっしりとした体格をしていた。リョウジは、よくいるサンタクロースの正体を暴きたがる少年の一人だった。そしてその試みに成功し、私たちを捕まえ、ふざけてジャックに乗り、彼を無理矢理、操ろうとした。子どもは動物を操ろうとするとき、手綱などには目もくれない。リョウジはジャックの角をレバーに見立てて、力を込めて前後に揺らした。まるで、戦闘機を操るつもりであるかのように。ジャックの角が折れたのは、その結果だった。リョウジには悪意はなく、折れてしまった角を見て、泣き出してしまったほどだった。ジャックはリョウジのことを責めなかった。だが、考えてみると、ジャックの底意地が悪くなり始めたのは、角が折れてからかもしれなかった。

 時計を見ると、早朝と呼んだ方が似つかわしい時刻になっていた。私はグラスを取って、スコッチをシンクに捨てた。壜の中身もそうした。コートを脱ぎ、シャワーを浴びた。そしてベッドに入った。眠りはすぐに訪れた。



クリスマス・キャロル(仮題)ブログ用 1

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posted by 城 一 at 05:19| 短編小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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