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最近、自分がフリーメールを活用できない人間だってことに気付きました。

2006年12月22日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第1回(ver 2.0)


黒色の 愛憎胸に 刻まれて

闇に落ちゆく 彼の名は焔




焔-HOMURA-[integral]   城 一




 闇を穿つ。繰り出す拳が捉えるのは、虚空。風際慶慎は拳を開き、指先を合わせた。手刀。閃かせて、空を切り裂く。音は、ない。ただ、慶慎の体が躍動するのに合わせて、汗が散る。
 舞踏。訓練と言うよりも、そちらに近かった。頭の中に描く敵との、限りなく戦いに近い、踊り。飛び上がり、下半身を回した。飛び蹴り。右足で蹴った後、それを追うように左の踵を繰り出した。着地。裸の足は、無音で床を捉えてみせた。
 目を閉じる。集中力が、増してきている。視覚、聴覚。外界の情報が徐々に締め出され、世界はただの黒色に彩られ始める。心臓が脈を打つ音が、やけに大きく聞こえてきた。心地好いリズムだ。慶慎は、踊り続けた。
 体から、思考が離れる。抵抗はしない。慶慎は、水中に放した魚のように、思考が泳いでいくのに任せた。
 たどり着く場所は、いつも同じ。家族。その二文字。皆が、当たり前に手に入れているもの。自分には、与えられなかったもの。
 慶慎の記憶が始まるのは、小さなサーカスのテントの中からだ。小さな診療所の前に捨てられていたところを、そのサーカスの団長夫妻に拾われたのだ。ジュリー・マッケランとリン・マッケラン。若い夫婦だった。
 マッケラン夫妻には、子供がいなかった。不妊症。夫のジュリーが原因だった。彼の精液の中には、種を残すためのDNAが、ほとんど含まれていなかったのだ。だから最初、二人は、慶慎との出会いを喜んだ。神が自分たちに与えた、奇跡だと。しかし、神が存在するとして、彼がマッケラン夫妻に対して、意思を持って行動したとするならば、ジュリーを不妊症にしたことが、そうだった。彼らは、子供の心を持ったまま成長した、夫婦だった。子供を産めば、必ず不幸にする類の二人だった。
 神が与えた奇跡に対する喜びが続いたのは、数年だった。慶慎に物心がついて、記憶がおぼろげながら始まるのと、ジュリーの暴力が始まるのは、ほぼ時を同じくしている。もちろん、慶慎にはその二つにどんな因果関係があるのかは、分からないが。
 慶慎に、抵抗する術はなかった。彼を守るべき者が、暴力を振るっているのだ。リンは、夫に従順な妻だった。男に反抗する術をしらなかった。知っているのは、ただ男に寄り添い、セックスをすることだけ。リンは、慶慎に耐えることを強いた。自分が無力なことを、慶慎に謝った。意味のないことだった。それで、ジュリーの暴力が弱まるわけではない。罵倒の言葉を、跳ね返せるようになるわけではない。
 サーカスの団員たちも、慶慎を守ることはできなかった。相手は、団長だ。逆らえば、自分たちの居場所がなくなるかもしれないのだ。
 ナイフの扱いだけは、うまかった。サーカスのプログラムの中に、投げナイフというものがあった。慶慎はそれで、サーカスの中に自分の居場所を作ろうとした。が、ある時、失敗した。サーカスの中でも、最も端麗な容姿を持つとされていた女の耳を切り裂いてしまった。
 女は、サーカスをやめた。慶慎は、団員を味方につけるどころか、敵に回してしまった。後で分かったことだが、慶慎がナイフの扱いを誤ったのは、細工のためだった。リンが仕掛けた細工。慶慎が耳を切り裂いてしまった女は、ジュリーと寝ていた。それに気づいたリンが、復讐したのだ。慶慎はただ、その復讐に巻き込まれただけだった。くだらない。今、慶慎は思う。
 それまで、微かにあった居場所は、なくなった。ジュリーの虐待、団員からのいじめ。悲劇のヒロインを演じることに酔った、リン。
 ある時、ジュリーが言った。お前は、俺たちの子供ではないのだ、と。慶慎はとてもショックだったが、それと同時に、頭の中にあった大きな疑問が払拭されたように感じた。
 心のどこかで、頭の片隅で、慶慎はまだ信じていたのだ。本当の家族ならば、自分にこんなひどいことはしないはずだと。だから、血のつながりがないことを知らされた時、納得した。それならば、自分に暴力を振るうのも、無理はないのかもしれない。
 慶慎の中に、わずかな希望ができた。この世のどこかにいるはずの、本当の家族が、いつか自分を助けに来てくれるに違いないと。
 その希望が、現れた。風際文永。慶慎と血のつながりのある、実の父親だった。文永は金を積んで、マッケラン夫妻から慶慎を買い取った。
 実の父親。本当の家族。その響きが、慶慎にどれほどの希望を、夢を与えたか分からない。だが、慶慎が思い描いていた生活は、そう長くは続かなかった。マッケラン夫妻の下にいた時と同じく、数年。それで、また慶慎の生活は、サーカスにいた時と大差ないものになってしまった。
 慶慎には、何も分からなくなった。自分を拾った男女も、実の父親も、同じく暴力を振るうのだ。どうやってそれから、身を守ればいいのか。何に希望を見出せばいいのか。
 希望。それがなければ、慶慎は生きることができなかっただろう。文永の下で生活する慶慎に、希望を与えたのは、越智彰治という殺し屋だった。
 自立するために、殺し屋になる力を持て。越智彰治に、そう言われた。正直言って最初、慶慎にはその意味が分からなかった。だが、越智彰治の言う通りにしようと思った。たとえ殺し屋になるための訓練でも、越智彰治といる時は、心が通っている気がした。訓練のために自分を殴ったり蹴ったりすることはあっても、それは必要があってのことだった。ジュリーや文永のそれとは、違う。慶慎は分かっていた。
 慶慎は、越智彰治のことを父親と呼びたかった。だが、越智彰治は、そうはさせなかった。あくまでも、他人。その関係を続けた。
 汗が床に点を打った。鋭く突き出した拳。慶慎の体は、いつの間にか、動くのをやめていた。慶慎は、闇の中で目を開いた。
 父親と呼んだ者は、愛情を与えてくれなかった。愛情を与えてくれた者は、父親と呼ばせてくれなかった。それが、慶慎の人生だった。
 目の前に、姿見があった。カーテンの向こうから差し込んで来る、淡い月明かりで、そこに映る自分を見た。裸の上半身。粒になった汗で、光が散りばめられたかのように見えた。息が、弾んでいた。呼吸に応じて上下する胸。そこには、忌まわしいタトゥーが彫られている。入れ墨の彫り師である文永が、彫ったものだった。ベッドに縛りつけ、無理やりに。
 慶慎は、銃を手に取った。CZ75。殺し屋となり、焔という名前を与えられてから間もなく、銃器の職人からもらったものだ。グリップには、暗赤色と黒色が鈍く渦を巻いた、木がはめ込まれていた。
「スカーレット」
 慶慎は呟いた。職人が慶慎に教えた、銃の名前だった。
「悪い女だ。数えきれないくらいの人間の血を吸ってる。お前の筆下ろし≠焉Aうまくやってくれるだろうさ」職人はそう言っていた。
 慶慎には筆下ろし≠フ意味が分からなかったが、銃が数多の命を食らっているのは、感覚で分かった。グリップに使われている木の色が、まるで命や憎悪を表しているように見えるのも、慶慎の気のせいではないだろう。そして、そのグリップは、とても慶慎の手に馴染んだ。
 鏡越しに、慶慎は自分の左胸に狙いをつけた。
 殺し屋。人の命を奪って、生計を立てる稼業。憎むべきものだった。世界を破滅に導く稼業だ。
 銃口の向きを変え、今度はこめかみに直接突きつける。慶慎は、頭の中で引き金を引いた。バン。本物の銃がなかった頃から、よくやっていた遊びだ。そうやって、想像の中で、自分の死体をこしらえてみる。引き金を引いたのは、これで何度目だろうか。自分の死体は、いくつできたのだろうか。
 殺し屋。くそったれのやる稼業だ。悲哀や憎悪を生みこそすれ、幸せには結びつかない。しかし、だから?
 殺し屋になったから、自分は生きている。それが、事実だ。



つづく



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posted by 城 一 at 23:53| 長編小説 焔-HOMURA-[integral] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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