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最近、自分がフリーメールを活用できない人間だってことに気付きました。

2006年12月24日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第2回(ver 2.0)

 小気味よい金属音と共に、白球が空に吸い込まれていく。球を追うようにして歓声が上がった。バッターボックスに立っていた男が、ガッツポーズをしながら、悠々とダイヤモンドを走っていく。文句のつけようのない、ホームランだった。ホームベースを踏んだ男は、チームメイトから手荒な歓迎を受けた。草野球の試合。最終回の裏だった。男の放った打球は、チームの勝利を決定づける逆転打だったのだ。チームメイトは、男の背中や腹を殴ったり、頭をヘルメットの上から叩いたりしていた。もちろん、男のホームランを称えるもので、男も喜んでそれを受けていた。
 慶慎は、離れた所から、その様子を見ていた。カナジョウ市立の小学校の、グラウンド。土や芝生ではなく、砂でできたものだ。晴天の空の下で、乾いたグラウンドは、風に吹かれれば遠慮なく砂埃を立て、そこにいる者たちの視界を奪った。が、草野球に興じる者たちのやる気に水を差すものでは、全くなかった。
 また強い風が吹いた。舞い上がる砂埃に、慶慎は目を細めた。慶慎は、野球を知らない。いや、正確には知ってはいるが、やったことはない。男たちが、どうしてそこまで熱中できるのか、不思議でならなかった。
 慶慎は、グラウンドの端にあるベンチに座っていた。ペンキが塗られたのは恐らく、もう前世紀のことで、所々、ペンキのエメラルドグリーンが剥げ、木がそのままの色で姿を現していた。落書きもあったが、風化していて読めなかった。
 グローブの中で、球を弄ぶ。男たちの試合を見るのは、これで三回目だった。彼らが試合を行うのは、週に一度。日曜日。観察するようにして野球を見始めてから、二週間以上が経過している計算だ。いい加減、試合の間の時間を潰す方法を考える必要があるのでないか、と慶慎は思っていた。野球が好きで、この草野球の試合を見ているのではなかった。
 仕事だった。他でもない、殺し屋の仕事。高田清一から、直接依頼を受けた。標的は、今ホームランを打った男。松戸孝信。
 松戸孝信は、ツガ組の構成員だ。慶慎が所属する、カナジョウ市でも名の知れた殺し屋集団、カザギワと親交のある暴力団、ツガ組の。本来ならば、発生するはずのない依頼だった。しかし、松戸は組織を裏切っていた。
 松戸は、街にある店のいくつかを管理していた。松戸の管理する店は、大概が、調べなければ、それと分からないような、表の世界に属する、まっとうな店だった。そこからみかじめ料を回収するなどしていた。松戸の仕事はもちろん、それだけではなかった。管理する店を入口として、売春を斡旋していた。客は、普通の店に用を足しに来た振りをして、その裏で女を買う。性欲と金。その流れを管理するのが、松戸のもう一つの仕事だった。
 しかし、少し前から、その流れに不純物(元から不純な流れではあるのだが)が混じり始めた。様々な裏のルートから入って来た、銃器。ツガ組でも、銃の密売は扱っていたが、松戸の管理する流れに乗って入って来た銃器は、ツガ組の命令によるものではなかった。しかも、それらは、ほとんどがツガ組と敵対する組織へと流れて行った。情報、証拠。高田清一の話では、全て揃っているとのことだった。言い逃れのできない、裏切りだった。最初、このことはツガ組の方で始末をつける。そう、幹部は言ったらしい。しかし、もちろん身内の始末など、気持ちのいいことではない。察した高田が、申し出て、半ば強引にこちらで始末をつけることにしたのだ。そうやって、恩を売ることで、合併において、少しでもこちらの立場を有利にしておく。高田は、裏でそう計算しているらしかった。慶慎に、そのことを話しはしたが、もちろん口止めされていた。
 松戸孝信。その暗殺が、慶慎の初仕事だった。他の者が担当している仕事に比べれば、難易度は低いものだった。慶慎は、高田の心遣いに感謝した。
 もう一つ、やらなければならないことがあった。
 松戸を褒め称えるチームメイトに混じって、女がいた。光を受けると、赤く輝く長髪。高い鼻、白い肌。身長は百五十センチ弱。彼女は、松戸の腕に自分の腕を絡ませ、自分の豊かな胸を押しつけていた。リタ・オルパート。彼女の身を拘束することも、慶慎の仕事の一つだった。
 リタは、松戸がツガ組を裏切るきっかけを作った女だった。出会いに関する、詳しい経緯は分からない。必要なかった。リタ・オルパートは、ミカドと通じている女だった。それだけで十分だった。
 ミカド。カザギワとツガ組が縄張りとするカナジョウ市と隣接する都市、ヤマツ市を縄張りとする組織だ。暴力団としての色が強かったが、外国人マフィアも、中にはいた。小さな組織のはずだった。カザギワやツガ組が本気になれば、赤子の手を捻るかのごとく、潰せるほどの。しかし、情勢は違ってきていた。ミカドが、カザギワとツガ組の者たちに、仕掛けた。それも、ほぼ対等に戦ってみせた。取るに足らないほどの小さな組織。その評価を、変えなければならない事態だった。
 カザギワで情報を管理する立場にいる高田清一が、今一度、ミカドを洗いなおした。結果、小さな組織ではないことは、分かった。しかし、どれくらいの規模に発展しているのかが、分からなかった。不明な部分が多過ぎるのだ。今は、ミカドに関する情報は、どんなに些細なものでも欲しかった。それがなければ、リタ・オルパートは松戸孝信もろとも、殺す。そういう命令が下っていただろう。
 松戸孝信とそのチームメイトたちが、勝利を祝って、クーラーボックスから出した缶ビールを飲んでいた。慶慎は、グローブで球を弄び続けながら、考えていた。松戸孝信とリタに近づく方法を。
 殺すだけならば、いくらでもできる。しかし、それでは駄目だ。今回の殺しを終えれば、一生、自分の人生は安泰というわけではない。こういう仕事を、何度も積み重ねていかねばならないのだ。ならば、殺しから自分に繋がる情報は、できるだけ少なくしなくてはならない。そうでなければ、殺し屋として、長生きできない。慶慎は、松戸を殺し、リタを拘束するための隙を伺っていた。
 そのために、このグローブと球を手に入れた。そして、野球のユニフォームを。慶慎は、胸に<カナジョウ・リトル・ウルヴズ>と書かれた、少年野球チームのユニフォームを着ていた。近くで見つけた野球少年を脅して、取り上げたものだった。サイズは合っていなかったが、野球で生計を立てていくわけではない。
 練習が終わった後も、野球がやりたくてしょうがない少年。できれば、大人たちがやっている草野球の試合に仲間に入れてもらいたい。そう思っている少年を、慶慎は演じているつもりだった。もちろん、松戸とリタの気に止まれば、どう解釈されても構わないのだが。
 これで駄目ならば、また何か別の方法を考えるしかない。いや、時間はない。もはや、リスクを度外視して、突っ込んでいくしかないのかもしれない。慶慎が、そう考え始めたときだった。
 チャンスが、来た。
 松戸とリタが、互いの体を絡めながら、慶慎の方へやって来るのが見えた。



つづく




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posted by 城 一 at 00:03| 長編小説 焔-HOMURA-[integral] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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