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最近、自分がフリーメールを活用できない人間だってことに気付きました。

2006年12月27日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第3回

 慶慎は、息を呑んだ。呑みながらも、緊張を相手に伝えないようにした。試合を見ていたとき同様、グローブの中で球を弄んでいた。視線をどこに置いていいか分からなかった。そのうちに、靴音がすぐ近くまでやって来た。慶慎は、見た。松戸とリタの二人を。二人も、慶慎のことを見ていた。
「野球、好きなのか?」
 松戸が言った。松戸にも、リタにも、余裕があった。大人の余裕。それが、微笑に滲み出ていた。何も知らないから、そんな微笑を浮かべていられるのだ。慶慎は、内心思った。慶慎は、松戸の言葉に頷いた。言葉は出なかった。出せなかった。松戸は、慶慎の着ているユニフォームの胸を見て、言った。
「カナジョウ・リトル・ウルヴズ。強いチームだ。監督がいい」
 もちろん、慶慎はそんなことを知る由もなかった。松戸に話を合わせた。
「そのお陰で、僕は出番がないんだ」
「振ってみろよ」
 松戸の言っている意味が分からず、慶慎は聞き返した。松戸は、ベンチの傍らにボストンバッグと共に置いてある、バットを指差した。ユニフォーム同様、知らない少年から取り上げたものだった。
「もしかすると、監督はお前の才能を見落としているのかもしれない」
 そんなわけはない。言いかけて、慶慎はやめた。頷くと、バットを取った。三度、野球の試合を見た。最初から最後まで。たかが、バットを振るだけだ。誰にでも出来る。慶慎はそう思った。慶慎は、バットを振った。松戸が顔をしかめた。
「握りが逆だ」そう言って、軽く笑った。「リラックスしろ。自然に、重力と筋肉に任せて、バットを持て。いや、まだ構えるな。まず、下ろせ」
 握りを変え、言われた通りにした。バットを下ろし、脱力した。深呼吸する。構えろ。松戸が言った。脱力したまま、構えた。振れと言われた。振った。
「まだ力を入れるな。バットを投げちまわなければ、それでいい。振り続けろ」
 その通りにした。バットに遠心力が生じる。力を抜いていると、それを如実に感じた。バットを振り続けた。徐々に、力の流れというものが分かってきた。
「まだだぞ。まだ力を入れるなよ。次は、ボールをイメージしろ。ピッチャーが投げた。ボールが来た。それをイメージしろ」
 白球。最初は、イメージした球が、バットに当たっていなかった。しかし、イメージしながらバットを振っているうちに、想像上の球に、バットが当たるようになってきた。
「バットを止めるなよ。振り続けろ。目を閉じろ。イメージするのが楽になる。さあ、そこで問題だ。スウィングのどこで力を入れる? 思ったところで、力を入れて振ってみろ」
 松戸の指導が始まる前は、なんとなく力を入れていた。今は、明確に分かった。その通りにした。想像上の白球が、快音を立てて飛んでいった。ストップ。松戸が言った。
「テクニックはまだまだだが、イマジネーションがある。今の感じを忘れずに練習してれば、すぐに監督に選ばれるよ」
 リタが、悪戯っぽい笑みで、松戸のことを見ていた。
「あなたが、まともに人に教えてるところを、初めて見たわ」
「お前、俺のこと馬鹿にしてるな」
「あの」慶慎は言った。体とは違い、唇の方はまだ微かに緊張していたが、言葉は出て来た。「教えてくれてありがとう。僕、慶慎」
 手を差し出した。松戸は快く、それを握った。リタとも、同じように握手した。松戸が言った。
「俺は松戸」言ってから、リタを顎で示す。「こいつは、リタ」
「よろしく」
リタが微笑んだ。松戸が裏切るのも、無理はないのかもしれない。慶慎は思った。魅力的な笑顔だった。
「僕、あんたみたいになりたいんだ」
 リタが、大きく目を見開いてから、松戸を見た。
「やったじゃない、タカ。初めてでしょ、こんなこと言われるの」
「ヘイ。いい加減にしとかないと、後で知らないぜ。言っとくが、決して初めてなんかじゃねえ」松戸はそこで間を取った。「二回目だ」
 慶慎も、思わず笑ってしまった。リタは口を押さえながら、笑っていた。遠くで、チームメイトが松戸のことを呼んでいた。今行く。松戸は応じた。ちくしょう、慶慎は思った。このままでは、また隙を見つけることができずに、お別れの時間だ。
「僕の知ってる中じゃ、あんたは一番のスラッガーだよ」
 慶慎は言った。嘘ではなかった。慶慎の知ってる野球選手は、今のところ、目の前にいる草野球のチーム二つしかないのだから。その中で、松戸が最も強打者なのは間違いなかった。
「よせよ」
 松戸は言った。まんざらでもなさそうだった。
「できればだけど」上目遣いで、松戸を見た。「僕に、バッティングを教えてくれませんか?」
「頭突きのこと?」リタがからかった。松戸は笑った。
「馬鹿女。ボクシングじゃねえ」
「駄目ですか」
「しょうがねえ。ついて来な、シャイ・ボーイ。俺のやり方、教えてやるよ」松戸は、チームメイトの方を親指で指し示した。
 松戸の指差した方では、チームメイトたちが談笑しながら、帰り始めていた。そこへ合流するべく歩き始めた松戸とリタの背中を追いかけながら、慶慎は言った。
「どこ行くの」
「ついて来りゃ分かる。まずはな、同じ空気を吸うところから始めるのさ。松戸流はな」
「驚いたわね。いつから流派ができたの」リタが言った。
「いつからだって? 決まってるだろ。ついさっきだ」
 松戸はそう言って、腹の奥から笑った。



つづく




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posted by 城 一 at 23:05| 長編小説 焔-HOMURA-[integral] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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