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最近、自分がフリーメールを活用できない人間だってことに気付きました。

2006年12月29日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第4回(ver 3.0)

 四階建ての雑居ビル。松戸に連れられて来たのは、そこの一階に入った、定食屋だった。<たつみ>。看板に、そう書いてあった。通りに面している部分はガラス張りになっていた。ガラスには、店の名前やメニューを書いた紙片などが所狭しと貼られていた。お陰で、外から店内を伺うことは難しかった。
 小ぢんまり。そう表現すれば聞こえはいいが、入って来た客は、どちらかと言うと狭苦しいと表現するような広さの店だった。古めかしい作りで、時代に追いつこうという気が、さらさら感じられないが、逆に、そのために懐かしい雰囲気のする店だった。畳敷きの小上がりと、カウンター席しかなかった。カウンター席に沿って設置された木製の椅子には、チェック柄の座布団が敷かれていた。
 松戸とそのチームメイトたちが入ったときは、店の中はほとんど満員だった。しかし、通路の邪魔になるのを意に介さず、図々しく居座った上に、野次を飛ばすがごとく空腹を訴え続けたお陰で、間もなく店の中は、彼らだけになった。店の主人は何も文句を言わなかった。松戸たちは、少なからず、ちんぴらのにおいのする者たちばかりだった。もしかすると、文句を言えなかったというのが、正しいかもしれない。
 なんにせよ、慶慎は松戸について来たことを後悔していた。
 元々、店内の空気は淀んでいたが、松戸たちによって、その空気がさらに淀んだ。彼らのほとんどが喫煙者で、ひっきりなしに煙草の煙を吐き出していたからだ。煙草の煙とそのにおいは、店の中のあらゆるものに、こびりついていた。煙草を吸わない上に、喘息の慶慎には、耐え難い環境だった。注文したものが来る前に、慶慎は、こめかみにずきずきと疼きを感じた。呼吸をする度に、喉の奥でひゅうという細い音がするようになった。喘息の発作の予兆だった。良くない傾向だった。
 しかし、慶慎は店を出はしなかった。既に、一つの仕事に時間をかけ過ぎていた。これ以上、高田を待たせるわけにはいかない。もしかすると、他にいい方法があるかもしれないが、それと同時にないかもしれない。後者だった場合、もう一度、この状況を作らなければならないことになる。それは難しいことだった。
 草野球の選手たちは、料理と共に、酒も注文した。ここに来た者のほとんどが、車を運転して来ていたが、おかまいなしだった。酒盛りが始まると、店の中の騒がしさが、一層激しさを増した。会話の中でする反応の一つ一つも大きくなり、時々、慶慎に体をぶつけてきた。慶慎は、体を縮こまらせて、耐えるしかなかった。松戸を殺し、リタの身柄を拘束するチャンスを。
 奢りだ。松戸にそう言われ、慶慎はラーメンを注文した。誰か、知らない男が、ぐいと慶慎の肩に腕を回し、引き寄せた。耳元に酒くさい息が吐きかけられた。その男が言った。
「誰だ、お前は? 見ねえ顔だ」
 慶慎の代わりに、松戸が答えた。
「知らないのか? 俺のファンだ」
「お前のファン?」男は大口を開けて、笑った。「そいつはいいや。そりゃ、早速祝わねえと」
 男はそう言って、慶慎の前にあったグラスの中身を一気に飲み干した。そして、入っていた水の代わりに、そこに日本酒を注いだ。男は加減を間違えて、グラスから酒を溢れさせてしまった。気にせず、男は言った。
「歓迎するぜ、タカのファン君。名前は? なんて言うんだ?」
「慶慎」
 慶慎は、小さい声で呟くように答えた。
「ケイシン? 小難しい名前だ。まあ、いいや。さ、飲めよ」
 慶慎は、目の前のグラスを見つめた。酒。飲んだことなど、ないに等しかった。同じような感じで、父親の文永に勧められたことがあったが、不味かった記憶がある。
 しかし、この酒を断れば、場の雰囲気を壊すことになる。それは、避けたかった。
「ほら。一気に。ぐいっと。な?」
 男は言った。慶慎は頷き、グラスの中身を一気に呷った。見ていた者たち数名が、少し高い声を出して、はやし立てた。松戸が笑った。
「いい飲みっぷりだ」
 リタも、その隣で微笑む。
「将来、きっといい男になるわね」
 慶慎の思考回路が、突如停止した。腹の奥が、酒で燃えていた。その熱は頭にも回り、そして全身に行き渡った。慶慎は顔に手のひらを当てた。誰かが、笑いながら、大丈夫か? と声をかけてきていた。誰が声をかけたのか、分からなかった。松戸かもしれないし、そうでないかもしれない。女の声でないことだけは、確かだった。いや。慶慎には、それすらも自信がなかった。
 咳が出た。視界がぼんやりとした。周りを取り囲む、野太い声たちが、急に楽しく感じられた。体のバランスが取りにくくて仕方なかった。慶慎は、目を閉じた。まばたきのつもりだったが、閉じた瞼は鉛の重さを持っていた。

 弾くようにして、慶慎は瞼を開けた。周囲を見回す。草野球を終えた男たちが、酒を飲みながら、とりとめのない話をするのには変わりなかったが、多少の変化があった。慶慎の目の前には、注文したラーメンが入っていたらしきどんぶりがあった。しかし、中身は空だった。咳が出た。誰も、心配する者はいなかった。慶慎は、隣にいた男に話しかけた。
「このラーメンは、誰が食べたの?」
 男はゆったりと笑いながら言った。
「おいおい、冗談はよせよ。食べたのはお前だよ、がきんちょ。いい食べっぷりだったぜ」
 慶慎は、覚えていなかった。中身が空のグラスを見た。とりあえず、アルコール度数の高い酒は、今後、できるだけ飲むのを控えるべきだろう。
 慶慎は、周りを見回した。もう一つ、変化があった。
 松戸とリタがいなかった。



つづく




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posted by 城 一 at 18:22| 長編小説 焔-HOMURA-[integral] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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