Gusuku LABELへようこそ!
最近、自分がフリーメールを活用できない人間だってことに気付きました。

2006年12月30日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第5回

 慶慎は思わず、舌打ちをした。せっかく手に入れたチャンスが、台無しだ。
 慶慎は、隣にいた男に言った。
「松戸さんと、リタさんはどこに行ったんですか?」
 男は、もう一人の別の男と顔を見合わせて、下品な笑みを浮かべた。そして言った。
「トイレさ」
「二人共、ですか?」
「そうさ。なんか、おかしいこと言ってるか、俺?」
 慶慎は、男の言葉に首を振り、礼を言うと、店を出た。トイレは、<たつみ>の店内にはなかった。店を出てすぐの天井に、トイレの場所を示す札が下がっていた。それに従って、雑居ビルの一階の廊下を歩いて行った。そう遠くない場所に、男子用と女子用の便所があった。ここに、二人が、いる。
 考えるまでもなかった。リタの身柄は、拘束しなければならないのだ。後回しにすべきだった。慶慎は、男子用便所に入った。
 入口で、慶慎は足を止めた。女の甲高い嬌声が聞こえてきたからだ。一度便所を出て、確認した。間違えたわけではなかった。慶慎が足を踏み入れたのは、確かに男子便所だった。しかし、女の声がするのも確かだった。そして、その声の主はリタ・オルパートに他ならなかった。
 声は、トイレにある三つの個室のうち、一番奥から聞こえてきていた。そして、人の体がしきりに個室の壁にぶつかる音。
 慶慎は、その音に聞き覚えがあった。父である文永が、仕事場や自宅に女を連れ込んだときに聞いたことのある、音だった。リタの声も、そのときの女の声だった。慶慎は、二人が何をしているのかが、分かった。二人は、トイレの個室でセックスしているのだ。
 獣。慶慎の頭に浮かんだのは、その一文字だった。今さっきまで、草野球チームの仲間と飯を食い、酒を飲んでいたのに、そうと思ったら、セックスか。全く。慶慎は思った。欲望に忠実な奴らだ。潔いと言えば、聞こえはいいが。
 慶慎は不快な気持ちになったが、好都合だった。二匹の獣は今、自らの性欲を満たすことで、頭がいっぱいだ。これ以上ない、チャンスだった。素早く店に戻り、荷物の入ったボストンバッグを取って来た。中には、銃が入っていた。CZ75。サイレンサーをつけ、銃身をスライドさせた。かちりとわずかに音がしたが、二人がセックスに夢中になって立てる音に比べれば、可愛いものだった。リタの嬌声にも変わりなかった。気づかれてはいない。
 あとは、待つだけだ。個室のドアが開いたところで、松戸だけを撃ち殺せばいい。慶慎が、そう思ったときだった。
「お前、何やってる」
 後ろで、声がした。先ほど、店の中で言葉を交わした男だった。男の視線は、慶慎が手にした銃に釘づけになっていた。男は、さらに何か言おうと、口を開いた。させなかった。一瞬で間合いを縮め、顎を銃底で殴った。男が白目を剥き、がくんと体のバランスを失う。倒れる途中で受け止め、そっと床に置いた。
 セックスの音が、やんでいる。気づいたときには、遅かった。一番奥の個室のドアが、わずかに開いていた。隙間から、手鏡が覗いている。鏡越しに、中にいる二人のうちの、どちらかと目が合った。
 ちくしょう。
 トイレのドアが閉まった。状況が、一変していた。相手がセックスに興じているのと、命の危機を悟ったのとでは、天と地ほどにも差がある。しかし、持久戦に持ち込むわけにはいかなかった。次、またいつ、他の人間がトイレに来るとも限らない。
 すり足で、音を息を殺して、一番奥の個室へと近づいた。ひゅうと鳴る肺が、うざったかった。松戸とリタも、個室の中、音を立てない。手を伸ばせば、個室のドアに届く距離。足を止めた。横隔膜が収縮した。こらえきれなかった。咳。
 音を立て、個室のドアが開いた。顔を出したのはリタだった。手にオートマティックの銃を持っていた。手のひらに収まるほど小さい、銃。瞬間。慶慎は躊躇し、判断を誤った。たとえリタでも、体のどこかを撃つべきだった。しかし、撃たなかった。リタは撃った。銃弾が、CZ75につけたサイレンサーを変形させた。慶慎はCZ75を捨てた。リタは引き金を引き続けた。銃弾が連なる。慶慎は飛んだ。個室の上。ナイフを取り、一番奥の個室に飛び込んだ。松戸。リタから投げ渡された銃を構えていた。ナイフ。投げた。引き金から松戸の人差し指が落ちる。さらに、その手を蹴った。松戸は銃を落とした。リタの手がそこに伸びる。慶慎は銃を踏みつけた。新しいナイフを出した。松戸の拳。狭い個室内だ。慶慎の身軽さは役に立たなかった。鳩尾を突き上げられた。慶慎は呻いた。
「リタ、逃げろ」
 松戸が叫んだ。リタは迷っていた。さらに松戸が叫ぼうとする。慶慎はナイフで、その腹を突き刺した。松戸の拳が、今度は慶慎のこめかみを打つ。慶慎は意識が飛びそうになるのをこらえ、ナイフを振った。鋭い切っ先は、松戸の喉に、赤い線を作った。短い間の後で、そこから鮮血が吹き出した。慶慎は、それをまともに浴びた。視界がふさがった。松戸の重たい体が、のしかかってきた。
 視界から血を拭い、松戸の体をよける。指先でその手首に触れた。脈はなかった。個室からよろけ出た。男子便所にはもう、リタの姿はなかった。入口の所で、慶慎が先ほど殴り倒した男が、気絶しているだけだった。
 咳が出た。止まらない。喘息の発作は、悪化の一途をたどっていた。血のにおいが、鼻孔に充満していた。慶慎は、胃の中のものを床にぶちまけた。
また、視界に血が覆いかぶさってきた。鼓動が、捉えきれないほどの速度でリズムを刻んでいた。トイレの鏡を見た。予想と寸分違わず、慶慎の顔は血で真紅に染まっていた。急いで顔を洗い、上のユニフォームだけでも着替えた。ユニフォームも、顔と同じく、大量の返り血を受けていた。ボストンバッグから、元の服を取り出してそれに着替えた。サイレンサーの変形したCZ75とナイフを拾い、ボストンバッグに入れた。
 廊下の向こうから、男たちのものであろう、足音が聞こえた。まともな銃声がしたのだ。当たり前のことだった。慶慎は方向を変え、ビルの裏口から表へ出た。喘息の発作、酒、血のにおい。気を抜けば、今にも意識が途絶えそうだった。視界が歪んでいた。懸命にこらえ、慶慎は走った。



つづく




続きを読む

前回の話を読む

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第1回から読む

ブログ小説 焔-HOMURA- scene1から読む
posted by 城 一 at 17:54| 長編小説 焔-HOMURA-[integral] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。