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最近、自分がフリーメールを活用できない人間だってことに気付きました。

2007年01月07日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第7回

 誰かの話し声が聞こえていた。
 深い海の底から浮かび上がるようにして、慶慎は意識を取り戻した。話し声は、安希のものだった。部屋の入口の方で、誰か、他の女と話をしていた。
「大丈夫。みんなには迷惑かけないから。うん。あ、駄目よ。あの子に手を出しちゃ。怒るからね。お金? そんなの……」
 慶慎は、ようやくはっきりと、自分の状況を思い出して、跳ね起きた。慶慎は柔らかいベッドの中にいた。広々とした部屋に対して、家具は少なかった。ベッド、タンス、鏡台、オーディオ・コンポ。住人の性格や趣味を表す小物の類が、ほとんどなかった。生活感のない部屋だった。
 枕を離れた頭が、もう一度戻ることを強要するかのように、痛んだ。こめかみの奥で疼くような痛みだった。慶慎は思わず呻いた。安希はそれで、慶慎が目を覚ましたことに気づいた。安希は、ドアの向こうの、姿の見えない相手に謝り、会話を切り上げた。
 慶慎は、まだ口内に残る甘酸っぱさを感じて、手を口に当てた。もう、出すものはないくせに、吐き気だけは胃から喉にかけての部分に、まとわりついている。
「大丈夫?」
 慶慎は頷いた。安希が、グラスに入った水をくれた。慶慎は、<たつみ>で飲んだ日本酒のことを思い出しかけて、念頭から振り払い、グラスの中身を一気に空けた。
「ありがとう」慶慎は言った。
 そして、慶慎は少しの間、安希の顔に見入った。彼女の年は、自分と同じくらいのはずだ。十五前後。つり上がった目尻が、引き締まった印象を与える、綺麗な顔立ち。艶やかに長い黒髪が、胸元まで伸びている。唇に引かれた口紅が、輝いていた。知り合ってから、会ったのは数えるほどだ。安希が化粧をしているのを見るのは、初めてだった。安希が、慶慎の視線の先に気づいて、顔を赤らめた。
「女の子だもの。化粧くらいするよ。似合わないかな?」
 同年代の少女の化粧にしては派手にも見えたが、慶慎は首を振った。
「似合ってるよ」
 安希は、慶慎を見て、笑った。
「初めて会ったときも、あんな感じだったね。なんか、変なの」
「うん」
 慶慎は言葉に詰まった。確かに同じようなシチュエーションだったが、内容が全くの別物だった。前は、父親の文永にひどい暴力を振るわれた後。今回は、初めての殺し屋としての仕事の後だ。
「できれば、でいいんだけど」安希が言った。「何があったのか、聞かせて欲しいな」
 言えるわけがなかった。下手に事情を漏らして、彼女を消さなければならなくなるなど、絶対に避けなければならない。
「なんでもないんだ。ごめん」言って、慶慎は微かな嘘を思いついた。「って、まいっか。話すよ。笑わないでくれよ? 少し前まで、酒を飲んでたんだ」
 安希は少しこらえたが、すぐに吹き出した。
「君ね、何歳?」
「十五」
「あ、同い年だ……じゃなくて、まだ未成年でしょ。意識を失うほど飲むなんて、駄目じゃん」
「だから、ごめん」
「誰かと喧嘩したの?」
 どきりとした。安希が、血のついた、野球のユニフォームの、ズボンを持っていたのだ。ただ、付着している血は、わずかなものだった。返り血を浴びたのは至近距離だった。松戸の流した血は、ほとんど慶慎の胸から上に飛んだ。
「若さ故の過ちってことで」
「君がそう言うなら、それでいいけど」
 慶慎は、そこで気づいた。布団の下の自分は、トランクス一枚しか身につけていない、ほとんど裸の状態だった。顔が赤くなるのを、自分でも感じた。
「君が脱がしたの」
 安希が悪戯っぽい表情で、小さく肩をすくめた。
「便宜上、仕方なく」
 部屋の隅に、ボストンバッグがあった。中には、銃や血のこびりついたナイフが入っているはずだ。慶慎は安希を見た。
「あのバッグ、開けた?」
「まさか。他人のプライベートは尊重するものだって、一応、親から教えてもらったもの」
 慶慎は安堵した。安希がボストンバッグの中を見ていたならば、面倒極まりないことになる。
 安希は、慶慎の体を下にしないようにして、ベッドに腰掛けた。
「タトゥー、格好いいね」
 左胸に刻まれた、黒い炎。または翼。父親の文永に彫られた、忌まわしい烙印。思わず、慶慎は自らの指で、そのタトゥーをなぞっていた。
「そうかな」
「自分で言って、彫ってもらったんじゃないの?」
「父親に、彫られたんだ。無理やりに」
「どうして?」
「知らない。僕には、あの人が何を考えてるのか、全然分からない。ただ、これを彫り終わったとき、あの人は僕に言った。これで、お前は一生、俺のものだ≠チて。そんなの嫌だった。だから、家を出た」
 安希が、慶慎から視線を逸らした。
「そう」
 重たい雰囲気が、二人の間に流れかけた。慶慎はそれに気づき、わざと声を明るい調子にして、言った。
「やめやめ! そんなことより、助けてくれて本当にありがとう。僕のこと、どうやってここまで運んだの?」
「女友達三人と力を合わせて」
「服は」
「それは安心して。あたし一人の力でやったから」
 慶慎は、安希に微笑みかけた。
「安心した。でも、ごめん。親切にしてもらっておいてなんだけど、もう行かなくちゃならない」
 安希は軽く慌てて、ベッドから立ち上がった。
「あ、ごめんね。こちらこそ。全然、気にしなくていいから。用事があるなら、急いだ方がいいよ」
「うん。今度会ったときは、ゆっくり時間が取れるようにするから。そして、お礼する」
 安希が笑った。
「楽しみにしてる」
「本当に助かったよ。それじゃ」
 慶慎はベッドから出ると、安希の持っていたユニフォームのズボンと、長袖の黒いTシャツを着た。ボストンバッグを持ち、部屋の出口へと向かった。
「本当に、ありがとう」
 最後にもう一度礼を言い、頭を下げた。慶慎は、部屋を出た。



つづく




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posted by 城 一 at 08:54| 長編小説 焔-HOMURA-[integral] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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