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最近、自分がフリーメールを活用できない人間だってことに気付きました。

2007年01月08日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第8回

 体調は万全ではないが、休むのは後回しだった。慶慎は、カザギワの本拠地がある、ビルにいた。
 本音を言えば、すぐにでも家に帰って、眠りたかった。疲れていた。松戸に殴られた所が、痛んだ。それに、しなければならないのは失敗の報告なのだ。罵倒や叱責されこそすれ、褒められることはないだろう。
 憂鬱な気分で、慶慎は高田清一の部屋を訪ねた。カザギワで、情報管理を担当している男だ。しかし、留守だった。今回の仕事は、慶慎にとって初めてのものなので、成功しようが失敗しようが、すぐに報告が欲しいと言ったのは、高田だった。その高田がいない。慶慎は憮然としながらも、少しほっとした。
 しかし、仕事を失敗したことは、誰かに言わなければならない。たとえ難易度と緊急度が低い仕事であったとしても、失敗がカザギワの動きに、多少なりとも影響を及ぼすかもしれないのだ。
 慶慎は報告すべき相手を探した。カザギワの下部の者に案内されて、慶慎はカナコ・ローディンの部屋を訪ねた。カザギワの中で、高田と同じように、情報管理を担当している女だった。
 風際秀二郎の部屋に比べれば見劣りはするが、広い部屋だった。慶慎が今、住んでいる所とは、比較にならない。しかも、それであくまでも、彼女の仕事場でしかないのだ。カナコの部屋も突き当たりは一面ガラス張りだった。その近くに、大きな水槽があった。中で、熱帯魚が泳いでいた。およそ、熱帯魚という響きにそぐわない容姿を持つ、大きな魚だった。体は、くすんだ茶色をしていた。カナコは、その熱帯魚に餌をやっているところだった。
 声のかけがたい雰囲気があった。慶慎は言葉に詰まりながら、唾を飲んだ。カナコが、背を向けたままで言った。
「何の用かしら」
 研ぎ澄まされた、氷の刃のような声。慶慎は、自然と自分の背筋が伸びるのを感じた。
「仕事の報告を」
 カナコが振り返る。
「わたしは、担当ではないわ」
「そうです。僕の今回の仕事の担当は、高田さんです。しかし、高田さんは留守でした」
「おかしいわね。何か、あったの?」
「分かりません。とにかく僕は、誰かに仕事の報告をしなければならないと思って」
「わたしに言えと、言われた」
「そうです。聞いてもらえないでしょうか」
 カナコは頷いた。
「わたしは担当でなかったから、あなたが受けた仕事の内容から聞くわ」
「標的は二人。松戸孝信とリタ・オルパート。ただし、リタ・オルパートに関しては、殺害ではなく身柄の拘束を命令されました。松戸孝信は、手段は問わないので、とにかく殺せと。松戸孝信はツガ組の構成員ですが、ミカドと通じているとされるリタ・オルパートと関係を持ったことをきっかけに、ツガ組に対して裏切りとも言えることを始めました。敵対する組織に、自分の持っているコネクションを使って、武器を流し始めたのです。それで、今回の仕事が発生しました。リタ・オルパートに関しては、ミカドの情報を聞きたいので、身柄の拘束を優先させるようにと」
「ええ。今のミカドは、わたしたちが昔知っていたミカドとは、全く違う。あなたは知らないでしょうけれど。今は、何でもいいから情報が欲しい状況だわ」
「しかし」
 慶慎は言い淀んだ。舌で唇を舐めた。緊張していた。カナコが眉をひそめた。
「しかし?」
「松戸孝信の殺害には成功しました。しかし、リタ・オルパートの身柄を拘束するのには失敗しました」
「殺してしまったということ?」
「逃がしました」
 二人の間に、沈黙が訪れた。カナコの後ろで、水槽の中のエアポンプが立てる細かい泡が水面に浮かんでは弾ける音が、慶慎には、やけに大きく聞こえた。カナコは慶慎のことを一瞥すると、また、水槽の方を向いてしまった。
「そう」
 返ってきた言葉は、あまりにも短いものだった。慶慎はあっけに取られた。何らかの体罰を受ける可能性さえ、考えていたのだ。
「何か、ないんですか。僕は、仕事に失敗したんですよ」
 カナコはまた、水槽の中にぽつりぽつりと、餌を落としている。
「誰にでも、失敗はあるわ」
 慶慎は、奥歯を噛み締めた。
「あなたは、僕の置かれている状況を知っているはずだ」
「もちろん。あなたは殺し屋として活躍し、殺し屋集団カザギワの中で、自らの有用性を証明し続けなければならない。そうでなければ、風際文永の元に強制送還。虐待死は免れない」
「分かっているにしては、軽い言葉だ。誰にでも失敗はある、なんて」
「そう、軽い言葉よ」カナコは水槽の縁に指を這わせながら、振り返った。瞳の冷たさが、増していた。それとは裏腹に、赤いショートヘアは燃えているようだ。「分かって言っているのよ、ぼうや」
「なんだと」
「なら、どう言って欲しかったの? 口に出して、言ってご覧なさいな。そうすれば、わたしはあなたの要求に応えてあげるわ」
「馬鹿にしてるんですか」
「言葉は、所詮言葉だと言っているの。あなたに必要なのは、そんなものじゃない。違うかしら?」
 慶慎は、気づかないうちに拳を握り、その内側に爪を立てていた。歯軋りする。言い返せなかった。
「それとも、慰めて欲しかったのかしら? それなら、通りに立っている、安い売春女でも買いなさい。お金がないのなら、貸してあげましょうか」
「ふざけるな」
「ふざけてるのは、あなた。甘えるのは、いい加減に終わりにすることね。でないと、すぐに死ぬことになるわよ」
 カナコの瞳に宿る光は、強かった。慶慎は、睨み返すことができなかった。うつむいたまま、ドアに向かった。
「あなた専用の武器、まだ作られてないわね。葛籠(つづら)の所に寄るのを、忘れないように」
「はい。失礼しました」食いしばった歯の隙間から漏らすように、慶慎は言った。
 慶慎は部屋を出た。出た所に、アルミ製のくず入れがあった。慶慎はそれを思いきり、蹴飛ばした。派手な音が廊下にこだました。



つづく




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posted by 城 一 at 00:20| 長編小説 焔-HOMURA-[integral] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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