Gusuku LABELへようこそ!
最近、自分がフリーメールを活用できない人間だってことに気付きました。

2007年01月09日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第9回

「飲まないのかい?」
 中年の女のバーテンダーが言った。リタ・オルパートは、何も言わず、ただ目の前に置かれたカクテルに視線を落としていた。マティーニ。シェイクしたマティーニだ。松戸孝信が、ふざけ半分に注文したときのことを、リタは今でも鮮明に頭の中に描ける。店の中でかかっていたBGM、松戸の表情、笑い声。
 ツガ組を裏切り、ミカドのために働き始めた、最初の頃のことだった。松戸は、自分のやっていることが、まるでスパイのようだと言っていた。ジェームズ・ボンドね。リタが冗談で言った言葉の尻馬に乗る形で、松戸が注文したのだ。シェイクしたマティーニを。
 だが、松戸には、シェイクしたマティーニとステアで作ったマティーニの味の違いが分からなかった。そのことを、二人で笑い合った。
 リタは、まだ看板を出していないバーにいた。カナジョウ市の中にあるが、ミカドと通じているバーだった。店内は、狭い。カウンターに沿って、赤い革張りのスツールが並ぶのみだった。ブリキのランプシェードが天井からぶら下がっている。壁に小さなくぼみがいくつかあって、ろうそくが置いてあった。
 歯の先の違和感に、リタは舌打ちした。ラベンダー色のマニキュアをした親指の爪が、割れていた。無理もなかった。リタはバーに来てからずっと、その爪を噛んでいたのだ。
 松戸孝信。
 リタの脳裏に、その最期が焼きついている。喉から血を吹き出して、命を失っていく松戸。その鮮血は、リタの方にも飛んだ。髪の毛の一部が、それで赤く染まった。リタは、自分の髪の、赤くなった部分だけを切って、ひもでまとめた。お守りのつもりで、肌身離さず持っていよう。そう思った。
 玩具。操り人形。犬。
 リタはこれまで、男という生き物に対して、そんな言葉ばかり使ってきた。その程度でしかないと、思っていた。性欲と恋愛感情を、操れば、男は全て言いなりになる。リタはそう考えていたし、実際、そうだった。松戸孝信も、そんな男の一人のはずだった。
 ミカドのために、ツガ組の構成員である松戸を引っかけた。リタの、それまでの人生に現れた他の男同様、松戸もすぐに、リタの言うことを、ほとんど全て聞くようになった。
 しかし。リタは、また爪を噛んだ。あの少年が全てを変えた。松戸が喉から血を吹き出しながら絶命したあの瞬間、リタの中で何かが起きた。
 松戸孝信のことで、リタの中がいっぱいになったのだ。それ以外、何も考えられなくなった。幼い殺し屋から逃げている間も、リタは松戸のことばかりを考えていた。
 寸前まで、松戸とセックスをしていた。そのときの、松戸のペニスの感覚が、今では愛おしく感じる。リタは時々、下腹部に手を当て、それを思い出そうとした。できなかった。
 酒を飲みたかった。しかし、飲めば、感覚が鈍る。もしかすると思い出せるかもしれない、松戸の感覚を、酒を飲むことで思い出せなくなるかもしれない。リタは、それが怖かった。
 それにしても、あのくそがき。リタは思った。
 少年の持っていた銃には、サイレンサーがついていた。衝動的な殺しではない。少年は、せいぜい十代前半にしか見えなかった。が、信じるしかない。あの少年は、プロの殺し屋なのだ。
 生前の松戸から、そんな幼い殺し屋がツガ組にいるとは、聞いていない。となれば、可能性は一つしかなかった。少年は、カザギワの殺し屋だ。
 敵討ちなどと、青臭いことを言うつもりはない。だが、必ず殺してやる。リタは思った。爪が、また割れた。
 心配そうな目で、バーテンダーの女が、リタのことを見ていた。
「いい加減にしときなよ。せっかくの爪が、台無しじゃないか」
「もう、見せる奴はいないわ」
「で、どうするんだい? あんたのダーリンはくたばっちまったんだから、仕事は一段落ついたわけだけど」
「一度、ミカドに戻るわ。でも、ちょっと頼みごとがあるの。調べて欲しい人間がいるのよ」
 そう言って、リタは、松戸を殺した少年の容姿を女に伝えた。くそがき。リタは、少年のことを、鮮明に覚えていた。
「子供だね。その子が、何かしたのかい?」
「ちょっとね」リタは言った。「ちょっとだけ大きな借りができちゃったのよ、そのぼうやに」
 上がる口角とは裏腹に、リタの目は、鋭利な刃物にも似た殺気をはらんでいた。



つづく




続きを読む

前回の話を読む

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第1回から読む

ブログ小説 焔-HOMURA- scene1から読む
posted by 城 一 at 23:41| 長編小説 焔-HOMURA-[integral] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。