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最近、自分がフリーメールを活用できない人間だってことに気付きました。

2007年01月11日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第10回(ver 3.0)

 エレベーターで、地下四階まで降りた。金網のフェンスが、慶慎を迎える。
 コンクリート剥き出しの、地下四階。冷たく、殺伐としていた。フェンスの入口には、南京錠がかけてあった。すぐ横に、ブザーがぶら下がっている。慶慎は、それを押した。少しして、フェンスの向こうのドアを開けて、黒服の男が出て来た。この階層を彩るコンクリートと同じで、無機質な表情の男だった。慶慎は、自分が焔であることを証明した。男は頷き、フェンスの入口を開けた。慶慎は男をかわし、ドアを開けた。
 沈黙が、慶慎を出迎えた。たくさんの黒服が、中にはいたが、ほとんど口を開いてはいなかった。それぞれ、思い思いのことをやっていた。椅子に座り、眠っているように見える者もいたし、何人か集まり、テーブルの上で、カードで遊んでいる者たちもいた。やっているのは、ポーカーだった。雑誌を読んでいる者、イヤホンで音楽に聞き入っている者。壁に仕切られて見えないものの、同じ階層の中に、射撃訓練場もあった。銃声がこだまするのが聞こえた。ただ、全員、それぞれの世界に入っているようでいて、そうではなかった。直接見られてはいなくとも、慶慎は、中にいる者たち全員の注目が、自分に集まっているのを感じた。それは何も、慶慎が、カザギワで一番若い殺し屋だからというわけではなかった。下の階層には、守らなければならないものがある。そのために、訪れる者に対しては、何人たりとも注意を怠ったりはしないのだ。この階層には、カザギワの下部構成員のほとんどがいた。慶慎はいつもながら、落ち着かなかった。いつの間にか、足取りが速くなっていた。突き当たり。骨組みだけにしたエレベーターのような、昇降機があった。慶慎は、安全柵を開けて乗り込み、スイッチを操作した。昇降機は、鈍く唸り声を上げると、階下に下りた。
 下りている途中で、それは既に聞こえていた。コンクリートに囲まれた世界で、軽やかに弾む、ギターの音。慶慎は昇降機から降りた。男がいた。
 男は、ロッキングチェアーを揺り動かしながら、ギターを弾いていた。赤いバンダナを頭に巻いていた。長髪。灰色のシャツを着ていた。ボタンを三つ開け、胸元をはだけている。日本人にしては、彫りの深い顔をしていた。髭が濃い。口周り、顎からもみ上げにかけて、ほとんど繋がっている。三十歳手前。男が慶慎を見た。
「よう、慶慎じゃないか」
 男の名前は百合草茂春(ゆりくさ しげはる)。カザギワの銃器職人の一人だった。慶慎は言った。
「葛籠さんは、いますか」
 百合草は、一際ギターを大きくかき鳴らすと、今度は静かに爪弾き始めた。
「えー、いるんだが」百合草は言葉を濁した。「少し、待ってくれないか」
 地下五階も、コンクリートの壁に仕切られていた。慶慎と百合草がいるのは、太く短い廊下のようなスペース。鉄製の扉が一つ、あった。黄色いペンキで塗られているが、所々錆び、剥げている。その向こうに、銃器工場はあった。カザギワの構成員が使う銃器のほとんどが、そこで作られる。地下四階に、下部構成員のほとんどがいたのは、そのためだった。銃器工場が奪われれば、カザギワにとって大きな損害になる。そして、留守ではないということは、葛籠がその中にいるはずだった。慶慎は扉を見た。百合草が言葉を濁した理由は、知っていた。軽く溜め息をついて、言われた通り、待つことにした。
 百合草も、待っていた。くたびれている様子が、ギターの調子にも現れていた。慶慎が待ち始めてから、彼の弾く曲のほとんどが、ゆっくりとした曲調のものだった。
 BGMとは裏腹に、慶慎は内心、焦っていた。無理もない。まだ、初仕事を、完全には終えていないのだ。百合草のギターに耳を傾けているのが、時間の浪費のように思え始めた頃だった。ようやく、鉄製の扉が開いた。
 まず目についたのは、女だった。背と鼻の高い、女。髪はプラチナブロンド。胸が大きい。それを無駄にしないようにと、胸元の大きく開いた、紫色のドレスを着ていた。慶慎と百合草を見て、女の唇は魅力的な笑みを浮かべた。桜色の口紅をしていた。
 女は、車椅子を押していた。老人が乗っていた。両足、太腿の先からがない。黒いスラックスの先が、所在なさげに、ゆらゆらと揺れている。老人は皺だらけの目尻に、さらに皺を寄せ、慶慎を見た。そして、しわがれた声で、百合草に、女に金を渡すように言った。百合草は言われた通りにした。女は受け取った金を数え、嬉しそうに老人に投げキッスをして、昇降機の方へ向かっていった。尻を大きく振りながら歩いていく。男たちの視線を引き寄せる術を知った歩き方だった。
 老人は、女の尻を、見えなくなるまで見つめた後、もう一度慶慎を見た。
「久し振りだな、慶慎。元気にしていたか?」
 車椅子の老人。それが、カザギワの銃器職人、葛籠音郎(つづら おとお)だった。既に、還暦を優に超えているが、その性欲は衰えを知らない。百合草が金を渡した女は、娼婦だった。珍しくない光景だった。慶慎も、葛籠が娼婦を見送るのを、何度か見かけたことがある。葛籠が女を買うことを、上階の黒服たちは喜ばない。無理もなかった。葛籠の買う女に、いつ敵組織の者が紛れるか分からない。だが、葛籠はやめなかった。性欲が満たされなければ、仕事にならない。それが、老人の言い分だった。技術は最高のものを持っていた。黒服たちは、葛籠に従わざるを得なかった。
 百合草が、相変わらずギターを爪弾きながら、言った。百合草も、黒服たち同様、葛籠に振り回されている人間の一人だった。
「一時間くらい、待たせましたよ」
「七十年、生きてみろ。一時間くらい、欠伸をしている間に過ぎる」答えた葛籠の表情に、反省の色は、全くない。
「俺は、あの売春婦が来てから、十回くらい欠伸をしましたよ」
「若者は、揚げ足取りが好きだな」葛籠は苦々しく言い放った。「それと。何度も言うがな、百合草。俺の前で、売春婦などという言葉は使うな。もっと、女性を敬え」
 百合草が、やれやれ、という風に肩をすくめた。慶慎は言った。
「仕事が……正確には、まだ終わっていないのですが、サイレンサーが壊れてしまったかもしれないので、来ました」
 葛籠は頷くと、ついて来い、と言った。葛籠の後に続き、扉を支える百合草の脇を通って、慶慎は中に入った。
 鉄製の扉の向こうには、葛籠の居住スペースがあった。葛籠が車椅子ということを考慮してか、かなり広い。部屋の中に漂う空気が、少し前まで、男と女が愛し合っていたことをほのめかしていた。洋風で、おうとつのない作りの床だった。バリアフリー。壁際に、いくつかガラスケースがあった。中には、葛籠オリジナルの銃器が並んでいた。厳重に鍵がかけられていた。
 中央に、焦げ茶色の、長方形のテーブルがあった。葛籠に言われ、慶慎はその上に、CZ75とサイレンサーを並べた。サイレンサーは、リタ・オルパートに受けた銃弾で、先端の銃口の部分がわずかに歪んでいる。
 葛籠はCZ75を手に取った。
「まだ、殺しはしていないのか」
「どうしてですか?」
「使っていないじゃないか、こいつを」
 慶慎は驚いた。葛籠は、銃のマガジンを抜いて、中を見たわけではない。手に持っただけなのだ。どうして。言おうとした慶慎を先回りして、葛籠が答えた。
「見りゃ分かる。見る、と言っても、目で見るんじゃない」そう言って、葛籠は自分の手のひらを掲げた。「こいつで見るのさ。分かるか?」
「重さで、ですか」
「まあ、そういうことだ」
「理屈は分かりますが」
 しかし、慶慎には理解し難いことだった。葛籠が笑った。
「それでいい。で、何があったんだ?」
「僕の仕事は一つではありませんでした。一人を、殺しはしました。しかし、ナイフを使って、です。銃を使おうとした瞬間に、相手の撃った銃弾が、サイレンサーに当たったのです。それで……とっさのことでしたし、万が一のことを考えて、銃は使いませんでした」
 葛籠は真剣な目つきで、サイレンサーを見ていた。手のひらの中で転がし、あらゆる角度から見る。慶慎はサイレンサーのことを謝った。葛籠が微笑んだ。
「仕事が仕事だ。責めはせん。しかし、大事にしてやるんだな。女は、ガラス細工でできていると思え」
 葛籠はときどき、銃のことを、人間の女と同様に扱い、そう表現する。百合草が口を挟んだ。
「銃は女じゃないし、女はガラス細工じゃありません」
「そう思え、と言っている。頭の固い奴だ」葛籠は、百合草にサイレンサーを渡した。「見てみろ、百合草」
 百合草は、サイレンサーを受け取った。葛籠がしたように、様々な角度からそれを眺める。百合草は、葛籠よりも時間をかけた。そして、サイレンサーをテーブルの上に置いた。肩をすくめる。
「見ての通りです。銃弾が出る部分が歪んでます。発射に影響があるかどうかは微妙ですが、試射はしませんよ。万が一、暴発でもしたら大事だ」
「それで?」葛籠が言った。
「以上です」
 葛籠が鼻を鳴らした。
「だから、お前は若いと言うのだ。試射はしない? 当たり前だ。万が一ではなく、十中八九、暴発する。歪んでいるのは、銃弾が当たった部分だけじゃない。全体的に、線が歪んでいる。地球の地軸がこれだけ歪んでみろ、異常気象のオンパレードだぞ」
「そんな」
「そう思うなら、道具を使って見てみるんだな」
 百合草はサイレンサーを取り、いくつかある扉の一つを開けて、出て行った。その向こうには、百合草の居住スペースがあった。少しして、百合草の呻き声が聞こえてきた。
「若いな」
 慶慎は、サイレンサーを使いものにならなくしたことを、もう一度謝った。
「いいと言っている。だがな。今回のお前の判断は正しかったが、それでも、できるだけスカーレットを使う機会を増やしてやることだ」
「後で、撃っていきます」
「訓練場で、か。それもいいんだがな。しかし、的を相手にするのと、実戦とでは違う。全く。お前も、今回初めての実戦で、分かっただろう」
 慶慎は頷いた。脳裏に、松戸孝信の死に様が浮かびそうになった。必死に打ち消した。
「実戦で使ってやった方が、スカーレットは喜ぶ。覚えておけ」
「はい」
「サイレンサーのことなら、気にするな。代わりはいくらでもある。そりゃ、無限ではないし、全部、一つ一つ違うものだが。しかし、銃とはまた、別物だ。女にしてみりゃ、下着みたいなものさ。必要に応じて、使わなければならないものだが、絶対にいるものでもない。お前が覚えなければならないのは、裸の女と付き合うことだ。お前、セックスはまだか」
 慶慎は、自分の顔が赤くなるのを感じた。急に、舌が回らなくなった。小さな声で、はい、と答えた。
「何?」葛籠が聞き返した。
「師匠、女と寝ることと、銃を使うことは別でしょう」
 いつの間にか戻って来ていた百合草が言った。
「馬鹿野郎、大事なことだ。大体からしてだな」
 百合草が、素早く慶慎に目配せした。葛籠の長話が始まるパターンだった。慶慎は、テーブルの上のCZ75を取ると、短く挨拶をして、部屋を出た。
 地下四階に上がり、昇降機から降りたとき、カナコから携帯に、着信があった。慶慎は電話に出た。
「引き続き、リタ・オルパートを追いなさい。向こうに連絡はしておいたわ。ツガに行って」
 慶慎は礼を言い、電話を切った。



つづく




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posted by 城 一 at 06:17| 長編小説 焔-HOMURA-[integral] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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