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最近、自分がフリーメールを活用できない人間だってことに気付きました。

2007年01月16日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第14回

 慶慎は、岸田海恵子という中年の女がやっている診療所にいた。蓮のいるビルを出て、やっとの思いでたどり着いた。海恵子の診療所には、慶慎は幼い頃から世話になっている。喘息のことは全て、海恵子から教えてもらった。
 診療所に着いたときには、いつ呼吸が止まってもおかしくないような気がしていたが、海恵子の治療のお陰で、発作はほとんど収まっていた。
 慶慎は、円い回転椅子に座って、海恵子からコップに水をもらった。海恵子は、慶慎が診療所に来たときから、苦々しげな表情を変えていない。
「それで? 何があったんだい?」
「発作が起きました」
「それは分かってる」
「それ以上、何か?」
「ないって、言い張るつもりかい?」海恵子は慶慎のこめかみに手を伸ばし、指でこすった。「じゃあ、この血はなんだい」海恵子は不快そうに、自分の指先についた血を眺めながら、言った。
「さあ」
「まったく。非協力的な患者だね」
「そんなつもりはないんですが」慶慎は、体のあちこちに貼られた絆創膏やガーゼを見た。「治療を受けてる間は、おとなしくしてましたよ、僕」
「可愛くないね。言葉で誤魔化すことばっかりうまくなってる。あたしゃ知らないよ。そんなことばっかりしてると、本当に助けて欲しいときに、助けてもらえないんだから」
「何を言おうが、誤魔化し、きかないでしょ。体にできた傷は」
 海恵子は目を細めて、慶慎の左胸を軽く、拳で突いた。
「あたしが言ってるのは、心の問題だ」
慶慎は海恵子を見た。海恵子は続けた。
「喘息はね、環境とか、体の調子だけに左右されるものじゃないんだ。精神的なものにも、影響を受ける。今のあんたの発作の根っこにあるのは、そっちの方の問題に、あたしには思える」
「海恵子さんは、カウンセラーなんですか?」
「違うよ」
「じゃ、推測ですね」
「あのね。あたしが、あんたのこと、どれくらいの間診てると思ってんの。それこそ、生まれてからずっとって言っていいくらいだよ。あんたのことなんか、手に取るように分かる。そこいらのカウンセラーなんかよりも、あんたのことに関しては、理解してる」
「やめてくださいよ」慶慎は言った。「もうすぐ、冬だ。寒くなってきましたからね。季節の変わり目は、喘息の調子が悪くなる。海恵子さんに教えられたことです」
「心構えの変わり目もね」
「それ、今考えたでしょ」
「どうなんだい。殺し屋の仕事は」
 慶慎は、体が反応するのを止められなかった。視線を、海恵子から逸らす。
「別に。ただの仕事です」
「そんなわけないだろう」
「違うのは、せいぜい、人を殺さなきゃならないことくらいですよ。ただ、それだけのことです」
「それだけのこと、ね」
 慶慎は立ち上がった。
「もう、行きます。ありがとうございました。いつも、感謝してます」
「できるだけ、無茶はせず、安静にしてることだ。仕事柄、難しいかもしれないけど。でも、あんたの体は今、不安定だ。精神的なもので」
「もしくは、環境あるいは肉体的な要因で」慶慎は海恵子に、自分が元気であることを伝えるために、微笑んだ。「季節の変わり目ですからね」
 海恵子は目を閉じて、うつむくようにして言った。
「あんたの人生の、変わり目でもある」
 慶慎は返事をせず、海恵子の診療所を後にした。



つづく




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posted by 城 一 at 00:43| 長編小説 焔-HOMURA-[integral] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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