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最近、自分がフリーメールを活用できない人間だってことに気付きました。

2007年01月16日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第15回

 体調が悪いのは、分かっていた。だが、そうも言っていられない。自分には、守らなければならない居場所がある。殺し屋としての、居場所。延々と、体の不調を訴えていれば、簡単になくなってしまう。
 慶慎は家に帰ると、海恵子から渡された薬を飲んだ。食事もそこそこに、すぐに眠った。
 血まみれの松戸孝信の顔。今にも飛び出そうなほど、見開かれた目。顔と同じく、血で赤く染まった両手。それが、自分に伸びる。切り裂いた喉からは、枯れない泉のように、血が溢れ続けていた。同じように、口からも血が流れている。敵意は感じなかった。ただ、血まみれの手が伸びてきて、慶慎の顔を撫でた。鏡で見なくとも、自分の顔がべとついた血で真っ赤になっているのが分かった。
 絶叫。慶慎は、自分の叫び声で目を覚ました。全身、汗でぐっしょりと濡れていた。息を吸い込もうとして、悪態をつく。また、喘息の発作が起きていた。病んだ気管、肺をナイフでえぐり出してやりたい衝動に駆られた。その衝動を抑え、キッチンへ行って、水を飲んだ。吸入器を使った。これでもう、今日、何度使ったか分からない。慶慎は思った。
 とは言え、日付は既に変わっていた。なら、これは今日の一回目だ。慶慎はそう思うことにした。昨日使った回数に関しては、忘れることにした。
 まだ、暗闇の中だった。カーテンを開けても、朝の欠片も見当たらない。深まる夜に、さらに浮き足立つ、人工的な光の溢れる街が見えるだけだ。時刻は午前零時を、少し過ぎたばかりだった。朝は、遠い。
 もう一度、ベッドに入ってみた。汗まみれの体が気持ち悪かった。汗を吸い込んだ布団も、同じだ。眠りも、やって来なかった。まるで、喘息の調子の悪い慶慎の様子を見て、興醒めでもしたかのように。
 慶慎は眠るのを諦めた。パジャマを脱ぎ、着替えた。カーキ色のカーゴパンツ、黒いトレーナー。首周りにファーのついた、グリーンのジャケット。
 無意識のうちに、銃を収める場所を探していた。カーゴパンツの前の部分に挟めた。上からトレーナーをかぶせた。
 慶慎は、街へと繰り出した。

 家の中にいるよりは、新鮮な空気が吸えると思った。実際、そうだった。海恵子に言わせれば、冷たい空気を吸うことも、あまりよくないのかもしれないが。
 目的はなかった。歩き回っているうちに、体の調子が落ち着いて、眠りが訪れてくれればいい。慶慎はただ、歩いた。
 誰かの注意を引こうと、けばけばしく点灯するネオンサイン、腰を振って歩く女、中身のない言葉を囁く男。なまめかしい声、しゃがれた声。重なりすぎて、低いハウリングのように聞こえる、靴がアスファルトを打つ音。
 何人かの呼び込みに、慶慎は呼び止められた。どう見ても、慶慎は十代前半の顔をしているのだが、呼び込みは全く意に介さなかった。淫靡な風俗の店に、慶慎のことを誘い続けた。
 心と体が、剥離している感覚が、慶慎を襲っていた。街を歩く中で、何もかもがどうでもよくなる瞬間があった。黒い衝動が、腹の中でうごめいていた。ふとした瞬間に、誰かに殴りかかってしまうのではないか。慶慎はそんな不安に駆られていた。銃を持って来たことを、少し後悔していた。
 同じように、衝動が性的なものを含むときがあった。お陰で、風俗店の呼び込みの言葉に、危うく乗せられてしまうところだった。
 慶慎は、騒々しい街にうんざりし始めていたが、帰る気にもなれなかった。全く、眠たくなる気配がなかった。それどころか、頭は覚醒する一方だ。松戸の死に様がまた、鮮明な映像になって慶慎の頭を支配し始めていた。頭痛が始まった。そして、吐き気。
 少し、街の喧騒から離れた。人気のない場所。自然、光も減る。
 雑居ビルとコンクリート製の塀に囲まれた、公園。塀には、大きな落書きが施してあった。慶慎には何と書いてあるのか分からなかった。そこに逃げ込もうと思った。何者かの怒鳴り声がして、慶慎は後悔した。何やら、喧嘩が行われているようだった。近づいていくと、聞き覚えのある声がした。
「やめてよ!」
 少女の声。膝上のジーンズのスカート、胸元が少し大きめに開いた白いカットソーに、黒いジャケット。近づき、少女の姿がはっきりするに連れて、慶慎の足取りは速まった。
 市間安希。数人の少年たちに絡まれているところだった。
「いいじゃない。俺たち、褒めてんだよ。君みたいにいいオンナ、見たの久し振りよって」
「その言葉はありがたく頂戴するわって、こっちも言ったわ。けど、そのお礼にあんたたちにご奉仕してあげるつもりはないって言ってるの」
「そりゃないよな、世の中、ギブ・アンド・テイクで成り立ってるんだぜ」
「ギブ・アンド・テイクで成り立ってるって意見には賛成だけど、あんたたちの言うギブ・アンド・テイクには同意しかねるわ」
「ドーイ? 姉ちゃん、難しい言葉使うのね。俺たち、分かんない」
 少年たちは、安希の手を掴んだきり、離そうとしない。安希は一段と怒りを込めて、口を開いた。
「あのね」
 安希と少年たちから、少し距離を置いて、慶慎は立ち止まった。そして言った。
「言っても分からないかもしれないけど、会話、ほとんど破綻してるよ。あんたたち」
 少年たちが、慶慎を見る。
「あ、まずいなこれ。こいつ。何か、正義の味方気取りだ」
「どうせ気取るなら」慶慎は安希を指差して、言った。「彼女のボーイフレンドを気取りたいな。どう?」
 安希の表情は複雑なものだった。緊張と、突然、慶慎が現れた驚きが入り混じっていた。安希は慶慎の言葉に何度か頷いた。慶慎のことを指差し返して、言う。
「彼、あたしのボーイフレンドだから。だから、あんたたちとつき合うの、無理だから」
 少年の一人が言った。夜なのにも関わらず、黒いレンズのサングラスをしている。
「ボーイフレンドは、たくさんいるに越したことはないぜ、お姉ちゃん」
「残念ながら、あたしは一人で十分なの」
 少年の一人は、安希の言葉を聞いて、肩をすくめた。
「しょうがない。じゃあ、引き算しなきゃならない」少年は言った。慶慎を指差す。「お前を間引く。お姉ちゃんのボーイフレンドがゼロになる。困る。誰かをボーイフレンドにしなくちゃならない」
 慶慎は黙ったまま、待った。サングラスの少年が近づいてくる。少年たちの数は、三。全員の注意が、慶慎に向いていた。安希は既に、解放されている。が、逃げる気はないようだった。
 手の届く距離に、サングラスの少年が来た。二人が、その後方を固めるようにしている。周囲をちらちらと見ていた。警察の存在の確認でもしているのだろう。
 サングラスの少年が拳を繰り出した。喧嘩慣れはしているようだったが、それでも慶慎には止まって見えた。難なくかわし、その腕を掴んだ。拳を放った勢いを利用して、投げる。投げ捨て、走った。二人は隙だらけだった。まるでものをよけるかのようにして、慶慎は、一人をもう一人に向けて突き飛ばした。簡単に、一人は吹っ飛んだ。もう一人は、倒れて来た仲間を受け止めそこなった。一瞬のうちに、三人共、地面に這いつくばった。が、もちろん戦意はある。
 慶慎は安希にたどり着いた。明らかに、動揺する安希の手を引いて、走った。
「ケイちゃん、強いんだね」手を引かれて走りながら、安希が言った。
「違うよ」慶慎は言った。「あいつら、地面とキスするのが趣味なんだよ、きっと」
 安希が笑った。



つづく




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posted by 城 一 at 04:53| 長編小説 焔-HOMURA-[integral] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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