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最近、自分がフリーメールを活用できない人間だってことに気付きました。

2007年01月17日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第16回

 走った。
 どれくらい、街の中を走っただろうか。慶慎は、安希に言われて、その足を止めた。
「もう、大丈夫だよ」
 慶慎は頷いた。心臓がまた、激しく鼓動していた。息が切れていた。喘息の発作。安希と出会ったときのことを、思い出した。慶慎が安希と初めて会ったときも、体調の悪いときだった。喘息の発作を起こしていた。
「前に会ったときも、そんな感じだった」安希がそう言いながら、慶慎の背中をさすった。「大丈夫?」
「喘息なんだ」
「喘息?」
 慶慎は首を振った。要約して言えば、気管が弱いということだった。何かあれば、痰などが溜まったりして、呼吸することが困難になる。が、知らない者に説明するのは難しかった。
「少し休めば、治るよ。ごめん」
「何言ってるのよ。あいつらから助けてくれたじゃない。こちらこそ、ごめんね。って言うよりも、ありがとう、だね」
「どういたしまして」
 安希は笑顔で頷いた。近くのテナントビルの三階に、二十四時間営業の、漫画喫茶があった。安希が、そこで休もうと言った。慶慎は賛成した。
 慶慎たちが入った漫画喫茶には、ドリンクバーが入っていた。慶慎はコーヒーを飲んだ。安希は、紅茶。時刻は、午前一時を回っていた。しばらく黙って、二人で漫画を読みふけっていると、慶慎の喘息の発作も落ち着いた。
「説教するわけじゃないんだけど」慶慎は言った。「でもやっぱり、この時間の、女の子の一人歩きは危ないよ」
 安希は、紅茶の入ったマグカップを覗き込みながら、頷いた。
「うん」
「何か、あったの?」
「そうじゃないんだけど。なんだか、眠れなくて。家にいるのも、嫌でね」
「親と、喧嘩でもした?」
「それはもう、ずっと前のこと。今は一人で住んでるの」
 安希の表情が曇った。
「ごめん」
「いや、あの、死んだわけじゃないから。うちの親」
「そう」
 安希は無理やり作ったように見える笑顔で、慶慎のことを見た。
「でも、そんなこと言ったら、ケイちゃんだって一緒じゃん」
「そう言われれば、そうだ」慶慎は頬をかいた。「僕も、眠れなかった」
「親は?」
「いない」言って、慶慎は首を振った。「いや、違うかな。いないって思いたいんだろうな。ほんとは、いるよ。でも僕も別々に暮らしてる」
「そうなんだ」
 二人は束の間、うつむいて、それぞれのマグカップの中身をすすっていた。コーヒーがなくなろうとする頃、安希が手を打った。
「そうだ! ねえ、ケイちゃん。あいつらのこと、知ってる?」
「あいつら?」
「さっき、あたしに絡んできてた奴ら。街でも、有名なワルなの」
「どうせ、一ヵ月後には解体してるよ。結局は、協調性のない奴らの集まりなんだから」
「それが、そうでもないのよ」安希は立ち上がると、慶慎の手を取った。「ちょっと来て」
 安希は、慶慎をインターネット・コーナーに連れていった。インターネットに接続してあるパソコンが設置された場所だ。そのうちの一つに、安希は席を取った。安希は、少しの間、キーボードとマウスを操作すると、一つのホームページを表示した。<アンダーワールド>という、かすれた白い文字が、黒い背景に大きく映し出されている。
「あいつら、アンダーワールドの信者なのよ」
 安希が、そう言って慶慎を見た。慶慎は肩をすくめた。
「アンダーワールドって?」
「知らないの、ケイちゃん。ティーンエイジャーだよね、一応」
「少なくとも、赤いちゃんちゃんこをプレゼントされるのは、まだまだ先だね」
「アンダーワールドはね、バンドの名前。全員、二十歳未満、つまりアンダー・トゥエンティで構成されてるの。だからアンダーワールド。もちろん、ファンには二十歳以上の人もいるんだけど、二十歳未満で知らない子は、誰もいないってくらい……だったんだけど」
「ずいぶん身近に、例外がいたもんだね」
「ま、あくまでも例外のはずよ。その辺のティーンに聞いてみなよ。みんな、知ってるんだから」
「へえ」
「ケイちゃん、興味ナッシング?」
「安希って、僕の心境を表現するのがうまいね」
 画面の中には、スマイルマークがいくつも並んでいた。向かって左目が、アルファベットの「U」で、右が「W」。歯を出して笑っている、眠りながら悪戯っぽく笑っているように見える、スマイルマークだった。
 安希は、その一つをクリックした。そして、慶慎に、パソコンについていたヘッドセットを渡した。慶慎はそれを受け取り、頭につけた。途端に、ざらついた音楽が流れてきた。安希が言った。
「それが、アンダーワールドの歌。アンダー・オブ・アンダー≠チて曲。ま、さびの部分しか入ってないんだけど」
 安希の言った通り、曲はすぐに終わった。慶慎はヘッドセットを外し、安希に手渡した。
「アンダーワールドの代表曲なんだけど……ケイちゃんの興味を刺激しなかったみたいね」
 慶慎は肩をすくめた。
「ジャズの方が好きかな、僕は」
 安希が苦虫を噛み潰したような顔をした。
「うえっ、ジャズ! 親父くさいなあ」
「恩を仇で返すって、こういうことを言うんだよね」
「それとこれとは別。でね、そのアンダーワールドのメンバーに、アンバーって、ベース担当の人がいるんだけど」
「外人?」
「日本人」
「体操の鞍馬が得意なんだ」
「英語のアンバー。揚げ足取りはやめてよ、もう。アンバーはね、ちょっとパフォーマンスが過激なの。喧嘩とか当たり前だし。ベースとか、ライブでよく壊すし。ファンの中で、軽い子はほとんどアンバーとやってる」
「やあ、暴君だ」
「で、ファンにも色々、種類があるんだけど、その中でもアンバー・ファンの過激な連中が集まったのが、アンバー・ワールドなの」
 安希がまた、アイコンの一つをクリックした。今度は、文章が表示された。ロック・バンドのホームページの雰囲気には合っていない、丁寧な文章だった。内容は、アンダーワールドは、街で事件を起こし続けるアンバー・ワールドを許しません。アンバー・ワールドはあくまでも、アンダーワールドに影響を受けた少年少女たちの集団であり、アンダーワールドとは直接、なんの関係もない。そういった内容だった。
 アンダーワールドのものとは、また別のスマイルマークが、そこには表示されていた。赤褐色の地に、アルファベットの「U」と「W」の目。こちらは口が閉じられていて、まるで糸で縫いつけられたかのようなものになっていた。安希が、それを指差した。
「これが、アンバー・ワールドのマーク。見かけたら、関わらない方がいいよ。まっとうなアンダーワールドのファンは、迷惑してるんだから、ほんと」
「そりゃ結構」
 慶慎と安希の後ろで、声がした。振り返ると、オレンジ色の髪を逆立てた少年が一人、携帯電話を耳に当てながら、二人を見ていた。その後ろにも、何人かいる。
 オレンジ色の髪の少年は、慶慎と安希の服装を、携帯電話の向こうの相手に確認していた。そして、頷いた。
「ああ、俺の前にいる」
「誰だ、お前」慶慎は少年に言った。
「今、話題にしてただろ」少年は、着ていたブルゾンを開いた。下に着ていたパーカーの胸に、缶バッジがついていた。アンバー・ワールドのスマイルマーク。
「ちょっと待っててな」少年は慶慎を見た。「今、お前が遊んでくれた奴らが来るからさ」
 少年の後ろには、三人いた。少女が一人。少年が二人。慶慎は言った。
「困ったな。こっちは、これから色々と予定があるんだ」
 オレンジ色の髪の少年が、ブルゾンを脱いで、後ろの少女に渡した。
「全部、キャンセルだ、ベイビ」



つづく




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posted by 城 一 at 04:48| 長編小説 焔-HOMURA-[integral] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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