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最近、自分がフリーメールを活用できない人間だってことに気付きました。

2007年01月19日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第18回(ver 2.0)

 耳障りな笑い声で、慶慎は目を覚ました。
 ワゴンが、地面のおうとつを捉え、断続的に揺れている。慶慎は、腰の後ろで、両手を何かで縛られていた。縄か何か。手首に食い込んでいた。隣に、同じような姿勢で、安希がいた。ちくしょう。慶慎は舌打ちした。
「お目覚めだな、百万ボーイ。気分はどうだ?」
 黒いパーカーに、ベースボールキャップをかぶった少年が、下卑た笑いを浮かべながら、慶慎に言った。パーカーには、ジャック・オー・ランタンを模したイラストが描かれていた。
「意味不明な名前で呼ばれて、不愉快極まりないね、ジャック」
「パンプ」
「何?」
「パンプ。そう呼べ」
「どうしてパンプなんだい」
 車内にいた、他の少年が言った。
「かぼちゃ好きなんだよ。腹壊すまで、食べたこともあるって話だ。だから、パンプキン。で、パンプ」
 慶慎は、パンプを見た。パンプが顔をしかめる。
「なんだよ」
「あまりにも、捻りに満ちた名前なんで、感動してるんだ」
 蹴り。あまりにも突然のことだった上に、慶慎は自由を奪われた状態だ。かわせなかった。パンプの足は、まともに、慶慎の腹を捉えた。
「あんまり、からかうなよ。パンプは、気が短いんだぜ」
 白いダウンジャケットに、青いタンクトップを着た少年が、喉の奥でくっくっと笑った。
 車内には、前の座席だけが残されていた。後ろのスペースには、ぼろぼろのマットレスが、裸のまま、置かれていた。マットレスが、何に使われているのかは、慶慎にも何となく分かった。後部には、慶慎と安希を入れて、五人いた。パンプ。白いダウンジャケットの少年。鼻にピアスを施した少年。運転席と助手席に、一人ずつ。慶慎の所からは、前の二人の格好は見えなかった。
 慶慎は、顔をしかめた。頭が、度重なるトラブルとダメージに、抗議するようにして、鈍く痛みを伴った鼓動を続けていた。こめかみに何か感じた。慶慎は、肩を動かし、そこで自分のこめかみをこすった。血がついていた。口の中も、切れていた。舌で探ると、すぐに分かった。血の混じった唾を、慶慎は床に吐き捨てた。隣では、安希が震えている。何とかしてやらなければならなかった。
 慶慎は、フロントガラスを見た。自分の体がぶつかったときの衝撃で、白い蜘蛛の巣ができている。
「あんなに人が大勢いる前で、人をはねるなんて、やんちゃが過ぎるんじゃないのかい?」
 パンプは肩をすくめた。
「ご褒美が出るんだ。そりゃ、はりきりもする」
「ご褒美?」
「金だよ。百万円。五人で割れば、一人二十万」
「賞金。誰が出すんだい?」
 パンプが、白いダウンジャケットの少年を見た。
「カズ、このこと言っていいんだっけ?」
「別に、口止めはされてなかったと思うけど」
「つっても、名前、覚えづらかったんで、あんまりはっきり覚えてないんだよな。オル……何とか」
 背筋に悪寒が走った。慶慎は、パンプの顔を見た。
「リタ・オルパート?」
 パンプが、慶慎のことを指差して、声を上げた。
「そう!」
 馬鹿な。慶慎は思った。リタと、初めて顔を合わせてから、十二時間あまりが経った。とは言え、情報収集にはまだまだ、足りていないと言っていいはずだった。ろくな資料を手に入れることさえも、難しい。何せ、リタの元には、慶慎の顔の記憶以外、何の情報もないだろうから。名前、出身、経歴。そんなものをたどっても、限界はある。ましてや、慶慎は、仮にもカザギワの殺し屋なのだ。しかも、登録したばかりの。情報が集まって来ないのは、当たり前とも言えた。なのに。
「納得いかない。そういう顔、してるぜ」パンプが言った。
「懸賞金をかけられる理由が分からない」
「誰かの恨みでも買ったんだろ」
 パンプは、助手席の方から、一枚の紙片を取った。慶慎はそれを見て、確信した。慶慎は言った。
「あんたたち、僕の名前、知らないな」
「ケイシン。違うか?」
 慶慎は、リタに、下の名前だけ、名乗っていたことを思い出した。パンプの言葉に、返事はしなかった。
「どんな奴かも、知らないな」
「大げさだな。どんな奴なんだ、お前?」
「ノーコメント。あんたたちが探してるのは、もしかすると、僕じゃないかもしれないな」
「そうかな? こいつは、かなりお前に似てるぜ」
 最後のはもちろん、はったりだった。相手がリタ・オルパートである以上、探しているのは、慶慎に他ならない。
パンプが手に取った紙片。それに描かれていたのは、似顔絵だった。鉛筆による、黒の濃淡で表現された、慶慎の顔。そっくりではないが、顔の特徴は、ほぼ正確に捉えていた。
 自分で描いたのか、誰かに描かせたのかは分からないが、リタ・オルパートは、その似顔絵を足がかりにして、慶慎を探そうとしているのだ。逆に言うと、今の彼女の下には、その程度の情報がない、とも言えた。
 似顔絵は、コピーしたものではなく、本物だった。その似顔絵に触れたであろう、何人もの手が、紙片の表面をこすり、絵にされた慶慎の、顔の輪郭などをぼやけさせていた。
「けど、ちょっと話が見えない。君たちは、アンバー・ワールドじゃないのか?」
「いや。アンバー・ワールドだ」
「じゃあ、僕が彼女の」慶慎はそう言って、首を動かし、安希のことを指し示した。「ナンパを邪魔したから、怒ってるんじゃないのか?」
「まあ、俺たちは怒ってないな。捕まえる寸前に、お前に暴れられて、受けた傷のこと以外は」
「アンバー・ワールドの仲間なのに」
「誤解するなよ。アンバー・ワールドは別に、全てのメンバーの意思統一がなされてるわけじゃねえんだ。それぞれ、自由だ。大きなくくりの中では一緒だが、考えが少しでも違えば、全く一緒に行動しないことだってある」
「なら、ナンパをした奴らは」
「まだ、お前のことを探してる。漫画喫茶の奴らも、同じだ」
「リタ・オルパートから、その似顔絵を渡されたのは、あんただけなのか?」
「そうだ。コピーして、みんなに回してくれと言われたがな。もちろん、そのつもりだったが、わざわざお前が見つかってから、そんなことをするつもりはねえ。賞金の取り分が減るだけだからな」
「かぼちゃにも、計算はできるんだな。勉強になったよ」
 慶慎は、パンプに平手で殴られた。反射的に出た言葉だった。先ほど、カズと呼ばれた、白いダウンジャケットの少年が言った。
「気をつけるんだな。百万は、絶対じゃないんだ。あんまり減らず口叩いてばかりいると、優先順位が入れ替わることになる。金を手に入れるよりも、くそったれを始末する方を優先すべきだと、俺たちが考えるようになるかもしれない」
 パンプは口許でにやりと笑った。
「そこの可愛い、お前のガールフレンドに振られた奴らから、連絡が入った。ナンパの邪魔をした奴の、特徴を言われた。俺たちは、もしかしたら、と思った。漫画喫茶で、お前に倒された奴らの所に行って、この似顔絵を見せた。もちろん、百万のことは言わずにな。奴らは、そいつだ、と言った」
 カズが、得意気に手を叩いた。
「ビンゴ」
 ワゴンが走っている道路の状態は、あまりよくないようだった。よく、揺れた。直に、床に座っている慶慎には、直接振動が伝わった。尻が少し、痛かった。
「これから、リタ・オルパートの所に行くんだな」
 パンプが答えた。
「連絡を取ってるところだ。が、時間が時間だ。あちらさん、寝ちまったんじゃないかな。連絡がつかないから」
 リタ・オルパートを捕まえる、チャンスかもしれない。このまま待っていれば、向こうから、会いに来てくれるのだ。それまで、おとなしくしていよう。慶慎は思った。次の、パンプたちの言葉を聞くまでは。
「ま、百万を拝むのは明けてからになるだろうな。それまで、お前は、俺たちの隠れ家に置いておく。暇はしないだろう。可愛い彼女に遊んでもらうから」
 パンプの言葉に、カズが言った。
「ファック、ファック、ファック!」
 車内に、下卑た笑い声が響いた。
 慶慎は、考えを変えた。
 ワゴンのタイヤが、一際大きな道路のへこみを捉えた。ワゴンが揺れた。決して大きな揺れではなかったが、体重移動のきっかけにはなった。慶慎はそれを利用して、跳ね上がった。パンプに肩から体当たりする。着地し、折った腰を回す。もう一人。慶慎を捕まえに来た所に頭突きを食らわせた。
 三人目、カズ。慶慎はその方向を見て、動きを止めた。声に出さず、悪態をついた。真っ黒い穴が、慶慎のことを見つめていた。銃。慶慎が持っていた、CZ75だった。
「くそ物覚えの悪い奴だ」カズは、銃身をスライドさせ、弾を送り込んだ。「いい加減に、まじで殺すぞ、ええ?」
 慶慎の襟を掴み、引き寄せる。そして、銃口で慶慎のこめかみを突いた。
「何とか言ってみろ、このくそったれ」
 慶慎は、冷たい視線で、カズの目の奥、その表情を伺っていた。まだ、余裕がある。慶慎は、そう確信した。まだ、冷静に金のことを計算する余裕が。慶慎は何も言わなかった。
 銃底が飛んで来た。鈍い衝撃が、こめかみを襲った。
「ケイちゃん!」安希が叫ぶ。
 慶慎は、無言で安希を見た。分かってる。必ず、助けるから。
 慶慎の攻撃から回復した、パンプともう一人が、ほとんど聞き取れない言葉を叫びながら、怒り狂い、受けた傷を何倍にもして、慶慎に返した。たくさんの足が、慶慎目がけて飛んで来る。
 父から虐待を受けていた頃の日々を、慶慎は思い出した。ただ、ひたすらに終わりを待つ感覚。こういうときの、やり過ごし方を、慶慎は知っていた。体を丸め、意識と体を剥離させる。痛みに耐える自分を、冷静に見つめるもう一人の自分をイメージする。
 慶慎は目を閉じた。
 大丈夫。痛くない。痛くないよ。
 周りを取り囲む、罵倒の声が、少しだけ遠くなった。



つづく




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posted by 城 一 at 03:37| 長編小説 焔-HOMURA-[integral] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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