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最近、自分がフリーメールを活用できない人間だってことに気付きました。

2007年02月19日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第43回

 二〇三号室に戻った。
 ロビーに行ったときと同様、すれ違う者たちの視線が刺さってきたが、気にしなかった。ゆっくりと歩いて戻った。
 鈴乃は、ハンドバッグから煙草の箱を出し、ベッドに倒れ込んだ。箱を開け、煙草を取り出そうとして、やめた。代わりに、口紅を手に取った。そして、備えつけの電話を手に取った。
 冷蔵庫に入っていた缶ビールを、あるだけ、全て空けた。さすがに、酔った。
 うっすらと睡魔が訪れかけた頃、部屋のドアがノックされた。鈴乃は、ベッドに寝そべったまま、鍵は開いてる、と言った。
 シドだった。電話で、迎えに呼んだのだ。自分の車でホテルに来てはいたが、酔いを理由に。
 シドはキルティング加工の施された、鮮やかなブルーのダウンジャケットを着ていた。前を開いていて、中にはTシャツしか着ていないのが分かる。黒いジーパン。サイドゴアブーツ。
 シドは、部屋に入って来るなり、鈴乃の姿をベッドに認め、呆れたように目を細めた。ジャケットのポケットに両手を突っ込んだまま、壁に背を寄せ、視線を外す。
「何のつもりだ」シドが言った。
「何が?」
「それだ」
「それ、じゃ分からないわ」
 視線を逸らしたまま、シドは鈴乃の方を指差した。
「そのふざけた格好だ。服を着ろ」
 鈴乃は、全裸のままで、ベッドに寝そべっていた。そしてその体に、口紅で線を描いていた。珊瑚色の蛇が、鈴乃の体を愛撫するかの如く、這い回っているような。そんな姿をイメージした、線だ。
「こういうの、嫌いなの?」
「そういう問題じゃねえ」
「じゃあ」
「いいから、服を着ろ。くそったれ」
 シドが、平静を装うと、懸命になっているのが、鈴乃には手に取るように分かった。それが、おかしくてたまらない。
「コート、取ってくれる?」
 鈴乃が着てきた黒いコートは、シドの足下にあった。シドはそれを拾い、部屋の中を見回した。
「これだけか?」
「服? まあ、下着とかがあるけど、つけようがつけまいが、大差ない気がするわ」
 シドは、そっと歩み寄ってきて、鈴乃の体に、コートをかけた。
 鈴乃はコートを一瞥した。そして、シドを見る。ベッドから立ち上がり、コートには目もくれず、シドとの距離を詰めた。シドが、舌打ちした。
「何なんだ、くそが」
「着せて」
「何を」
「コート、よ」
「馬鹿言え」
 鈴乃は黙って、シドを見つめ続けた。シドはもう、その場から一歩も動けないはずなのに、そこからさらに後退しているような気が、鈴乃はした。
 シドが悪態をついた。早足でベッドへ行き、コートを拾ってくる。
「後ろを向け」
 鈴乃は言われた通りにした。笑いをこらえるのが、難しい。いくら押さえようとしても、口許が緩む。
 シドがコートを着せてくれるのに、鈴乃は全く協力しなかった。脱力し、自らは全く動かないようにした。
「でかいネタの話は、どうだったんだ?」
 気まずい沈黙が続きそうなのを、シドが防いだ。
「空振りだったわ」
「気安く言うな」
「言い直した方がいかしら。もっと、シリアスな言葉に?」
「結構だ」
 シドはさらに、ぶつぶつと文句を言いながらも、何とか、鈴乃の両腕を、コートの袖に通した。
「気になるなら、そこの机に乗ってるもの、見たら?」鈴乃は言った。机の上には、鶴見とのセックスが録画された、ディスクが置いてある。「CDかDVDかは、分からないけど」
「何だ?」
「カナジョウ市在住、二十四歳、カザギワの女殺し屋、飛猫の、無修正ポルノ・ムービー」
「撮られたのか。奴に」シドの語気が荒くなった。
「アー・ハ」
 サイドゴアブーツが、不機嫌に床で音を立てた。鈴乃が振り返ると、シドが半ば駆けるようにして、部屋のドアへ向かっていた。
「ちょっと、どこ行くの」
「決まってる。鶴見を探しに」
「馬鹿ね。その問題はもう、解決したわよ」
 シドが足を止め、鈴乃を見た。
「殺したのか?」
「まさか。もっと、波風の立たない、平和的な解決方法を取ったのよ」
「そうか」シドは、安堵の溜め息を漏らした。
 鈴乃はシドに歩み寄った。コートの前側は、まだ閉まっていない。両乳房の内側、へそ、局部は未だ、露わになったままだ。
「前を閉めろ」
「やって」
「いい加減に」
 シドは言いかけて、諦めた。鈴乃が、徹底的にシドをからかうつもりなのを、悟ったのだろう。対抗策として、平然と全てをこなすつもりに、違いなかった。
 鈴乃は両手で、シドのジーパンを撫でた。膝、太腿。ジャケットの下に潜って、腹。
「さっきから、何をしたいんだ、あんた」
「脂っこいものを食べた後は、さっぱりしたものが食べたくなるでしょう?」
 シドは鼻を鳴らした。
「デザートか、俺は」
「どんな味がするのかしら」
「あいにく、俺は見た目ほど、さっぱりしてないんだ」
「それは、どういう意味なの?」
「デザートにも、食べられる人間を選ぶ権利があるって意味だ」
 鈴乃は、手のひらを腹の辺りから、下げた。
「道化ね。体は違う反応を示していること、分かっているくせに、嘘をやめない」
「ああ。俺はやめない」
「あたしのこと、抱きたくないの」
「抱きたいさ。いい女は、皆、抱きたい」
「一般論にすり替えようとしてるわね。鶴見の後だというのが、気になるの?」
「馬鹿言え」
「じゃあ、どうしてかしら」
「俺は、ロマンティストなのさ」
 鈴乃は笑った。
「我慢は、体に悪いわよ」
「ロマンティストはときに、健康よりも、意地を優先させるのさ」
「馬鹿ね」
「馬鹿で結構」シドは言った。「これ以上ごねるなら、置いていくぞ。運転手が欲しいから、俺を呼んだんだろう?」
「自動車限定の運転手を呼んだつもりじゃなかったんだけど」
 シドは口端を上げた。
「見込み違いだったな。ミス・ふしだら」
「本当にね。ミスタ・ロマンティスト」



つづく




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posted by 城 一 at 00:29| 長編小説 焔-HOMURA-[integral] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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