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最近、自分がフリーメールを活用できない人間だってことに気付きました。

2007年12月13日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第136回(3版)


腹の足しにならないものは。


 ダンクは、帽子をかぶっていた。頭にぴったりとした、黒いニットキャップ。白いタンクトップの上に、小豆色のベストを着ていた。たくましい黒腕を、剥き出しにしていた。その表情に、寒がっている様子は微塵もない。色の薄いジーパン。膝の部分が擦れて、穴が開きかけていた。傷だらけのエンジニアブーツ。
 ダンクというのは、あだ名だった。彼がバスケットボールを得意とすることから、つけられた。
 リヴァとバーバー、それにダンク。元は、三人組だった。それが、ツガ組に入ったときに、解体されてしまった。リヴァたちの直接の上司で、組の上級幹部、“白虎”と呼ばれる男、狩内蓮(かりうち れん)の命令だった。リヴァとバーバーは、すぐに、組んで行動することを許されたが、ダンクは違った。“こいつには、まだまだ伸びる余地がある”。そう言って、狩内蓮に引き取られたきりになっていた。
 いつも、一緒に行動していた三人だ。最初は、蓮の言葉に反発した。
 ダンクが、首を傾げた。
「なんだ? 俺の急成長ぶりに、惚れたのか?」
 最後に見たときよりも、ダンクの体格は、一回りも二回りも大きくなっていた。リヴァは笑って、ダンクの胸を拳で小突いた。
「うるせえよ、馬鹿」
 今は、蓮の言葉の意味が分かる。ダンクは、友情という名の鎖で、知らない間に自らを縛り、その肉体の可能性を眠らせていたのだ。
「それにしても」リヴァは、壁にかかっている、アナログの時計を見て言った。「徒歩五分のコンビニで買いものを済ませるのに、三十分以上もかかったのか?」
 リタ・オルパートとアイザック・ライクン。二人とぶつかるかもしれないことを考えると、ともに行動する仲間が、バーバーだけでは足りなかった。だが、狩内蓮から、組の構成員を借りることはできなかった。時期が悪い。ミカド組を潰す代わりに、半分の組員を失った直後なのだ。組の幹部は皆、人員不足で喘いでいた。それに。リヴァのやっていることは、あくまでも個人的なことだった。探しているのは、慶慎なのだ。カザギワの人間とは言え、まだ、たいした実績も上げていない。その辺にいる、普通の少年と、なんら変わりないと言ってもいい。ただ、友だちを探しているだけのこと。第三者の目には、そう映るだろう。リヴァには、それを否定できない。
 そこで思いついたのが、ダンクだった。借りるよりも、返してもらう。しかも、人数は一人だ。蓮も頷きやすいのではないか。そう考えた。そして、許可が下りた。
「口から入るものを選ぶのに、時間は惜しまないたちなんだ」ダンクが言った。
「仲間の命が、危険にさらされているときでも」
「メールしてくれればよかったんだ」
 おどけて言うダンクの顔に、反省の色はない。
 せっかくの戦力が、肝心なときにいなかった。理由は、単純だ。空腹。ダンクの、それへの耐性の低さは、蓮に引き取られる前から、変わっていない。
「やめときな」リヴァは言った。「その細腕、ダンクに殴られりゃ、ぽっきりいくぜ」
 リタに向けた言葉だった。リタは、小さく肩をすくめた。
「何を言ってるのか、分からないわ」
「なら、いいんだけどな」リヴァは言った。
 リタのことは、視界の中から外していなかった。よく抑えてはいるが、殺気が滲み出ている。指先が、隙を伺っていた。体のどこかに、銃でも隠し持っているのだろう。
 ダンクが玄関へ行った。杏色のコンビニ袋が置かれていた。ダンクはかがみ、その中を覗き込む。そして、言った。
「『お肉たっぷり牛丼弁当』は、俺のだからな。『夏バテ撃退辛口焼肉重』と『コクのデミグラ! オムライス』を、バーバーと分けろ。でも、バーバーがいつまでも目ぇ覚まさないなら、俺がもう一つ食べる」
 物音がした。窓の方からだった。分かっていたことだ。リヴァは言った。
「ダンク」
「ちなみに、おにぎりは全部、俺のものだ」
「飯の時間は、あとだ」
「なんで。その女を連れて帰って、めでたし、めでたしだろ。遅く来たのが、そんなにむかついてるのか? お前、いつからそんなに気が短く」
 ダンクの言葉を遮り、リヴァは言った。
「気が短いのは、俺じゃない。やつだ」
 アイザックが、そこにいた。まだ、ガラスの破片が残る、窓枠を乗り越えて、部屋の中に戻って来る。手の甲で頬を拭った。ガラスで切ったのか、ぱっくりと開いた傷口から、血が流れ出していた。アイザックは、拭った血を舌で舐め、すすった。
「先に謝っておくよ。ねえ、リタ。彼らの名前、リストから消すことになるかもしれない」床が、振動していた。一歩ずつ、怒りを込め、床を叩くようにして、アイザックが歩を進めているせいだった。その足跡は、打ち込まれた釘とひびになって、フローリングの床板に刻まれていた。アイザックは言った。「非常に暴力的な手段で」
 ダンクが、リヴィングに戻って来た。リヴァは目で合図したが、無視された。
「なんだ、そいつは」ダンクは、床の釘を見て、言った。「何か、足に仕かけでもあるのか?」
「もちろん、ある。種も、仕かけも。教えてほしいかい? ただじゃないが」
「いくらだ?」
 アイザックは、口許に冷笑を浮かべた。
「高いよ。お前の命だ」
 風が唸った。アイザックとダンク。派手に床を踏み鳴らしながら馳せ違った。二人が交差した場所にあったローテーブルが真上に飛び上がる。
 駆け抜けた先で、ダンクが舌打ちをした。右腕に、釘が刺さっていた。血が、赤い線を描き、滴る。
「種の多い野郎だぜ。腕にも何か、仕かけてやがるな。アイなんとか」
 ローテーブルが、引っくり返った状態で、落ちた。脚の一つが折れていた。喉の奥で笑いながら、アイザックは、ゆっくりと振り返った。
「アイザックだ。アイザック・ライクン。お前の人生の幕を引く男だ。名前くらい、覚えておいた方がいい」
「残念ながら、腹の足しにならないものは、覚えが悪いんだ」
 アイザックは、腕をだらんと垂らし、前傾姿勢を取った。限りなく静止に近い中で、つま先へ、体重が移動していくのが分かる。体重移動が終わった。そう思った瞬間、アイザックの体が弾けていた。
 突進。ダンクの表情が歪む。アイザックの肘が腹に入っていた。息を詰まらせながら、ダンクは右フックを繰り出した。動きが淀んでいた。上体をそらしたアイザックには届かなかった。振り子のように体を戻すアイザック。反動を利用したワン・ツー。体勢を崩したダンクに防ぐ手立てはなかった。二つとも入った。ダンクの頭が揺れる。
 リヴァは、気絶しているバーバーに駆け寄った。声をかけ、頬を叩く。目を覚ます気配はない。
「くそっ」
 視界の中に、銃が見えた。先ほど釘に引っかかり、撮り損ねた、慶慎の銃だった。それに伸ばした手が、茶色いブーツに踏みつけにされた。頭上で撃鉄の上がる音がする。見ると、リタが銃を構えていた。
「こんな場面が、前にもあったわね。懐かしいわ。そのときは、立場は逆だったけれど」リタが言った。「そろそろ、限界でしょう? いいのよ、涙腺を緩めても。とっくに、許可は出しているんだから」
「そっちこそ、緩んでるんじゃないか? 緊張の糸がさ」リヴァは言った。「後方にご注意」
 リタの手元で銃口が弾んだ。アイザックの蹴りを食らったダンクの体を、背中に受けたのだ。はずみで放たれた弾道はそれていた。崩れたバランスを立て直そうとする腕を取り、リタを投げ飛ばした。
 壁に衝突しそうになったリタの体を、アイザックが受け止めた。
「紳士だねぇ」
 言いながら、リヴァは床のCZ75を拾った。唸るような声に振り向くと、バーバーが起き上がっていた。耳を手のひらで押さえ、顔をしかめていた。リタの撃った弾が、バーバーの耳元に着弾したらしい。手荒い目覚ましというわけだ。
「おはよう、ベイビ」リヴァは言った。
「ねえ、リヴァ。僕、鼓膜が破れたんじゃないかな」
「肝心なときに気を失ってる仲間は、可燃ゴミの日に出せばいいのか? それとも、不燃ゴミの日?」
 バーバーは、リヴァを睨んだ。
「優秀な人材は、気を失ってても、ゴミの日に出すべきじゃないよ」
「鼓膜は無事みたいだな」言いながら、リヴァはCZ75の銃口をアイザックたちに向けた。引き金を引く。リタを抱えていても、アイザックには当たらない。だが、牽制にはなる。リヴァは言った。「頃合だ。逃げるぞ」
「弁当は」床に転がったまま、ダンクが言った。
「コンビニ弁当は、心中するに見合う価値のある食いものなのか?」
 ダンクは立ち上がり、リヴァとバーバーを見て言った。
「頃合だ。逃げるぞ」
「二度も言わなくていいよ」バーバーが言った。
 窓の外。バーバーとダンクが、先に出た。
 慶慎の部屋があるのは、三階だったが、心配はなかった。部屋の中からでも、隣接する民家の屋根が見える。それを、足場に使えばいい。
 リヴァは、窓枠に足をかけたところで、部屋の中に再び銃を向けた。アイザックの、鋭い殺気を感じたのだ。が、それもすぐに止んだ。リタが、アイザックの腕の中で、呻き声を上げたせいだった。リタは、右肩の辺りを、痛そうに手で押さえていた。
 さっき、投げたときのことだろう。リヴァは思った。確かに、手応えがあった。肩が外れたか、靭帯を痛めたか。骨までは、いっていないはずだ。
「あたしのことはいいから、やつらを」リタが言った。
 アイザックの表情が、殺気を放っていたときとは打って変わって、情けなく、弱々しいものになっていた。今にも、泣き出しそうだった。
 リヴァは、その様子を見て、目を細めた。やはり、リタ・オルパートが、アイザック・ライクンのウィークポイントだ。
 アイザックは言った。
「そうはいかないよ、リタ。治療が必要だ」
「そうそう。いい男ってのは、傷ついた女を、放っといちゃあいけない」
 リヴァの言葉に、アイザックは目を剥いた。
「必ず殺してやるからな。風際慶慎(かざぎわ けいしん)ともども」
「させねぇよ、そいつだけは。絶対にな」リヴァは銃を撃ち続けた。一度も、標的を捉えられないまま、弾倉が空になる。リヴァは、自嘲的な笑みを浮かべながら、呟いた。「嫌になるね、まったく」
 これ以上、この場で講じられる策は、思いつかなかった。引きどきだった。リヴァは、窓から飛んだ。
 民家の屋根を、足場に使う。いざやってみると、そう簡単なことではなかった。リヴァは、一つずつ、慎重に高さを測りながら、屋根から屋根へと飛び移り、下りて行った。地面にたどり着いたときにはもう、バーバーが、スカイラインで乗りつけていた。ダンクも中にいた。
 ここに来るときに、使った車だった。近くに停めておいたのだ。リヴァは、空いていた後部座席に乗り込んだ。
 後方を、何度も振り返りながら、スカイラインを発進させようとするバーバーに、リヴァは言った。
「焦らなくても、大丈夫だ。やつは、追って来ない。彼女の治療にご執心さ」
「そう」
「あれだけ運動したあとだ。みんな、腹が減ったんじゃないか?」ダンクが言った。
「バーバー。食事ができるところがあったら、入ってやんな。二十四時間営業のファミレスくらい、どっかにあるだろ」
「うん」
 スカイラインが走り出した。リヴァは窓を全開にし、枠に肘をかけた。空を見たかった。そのはずだった。なのに、いつの間にか、慶慎のことを考えていた。顔も知らない、兄弟のことを考えていた。
「何をやってる、慶慎」
 リヴァは呟いた。ダンクが、なんと言ったのかと、聞いてきた。適当にあしらった。
 空に星はなかった。雲に埋められ、重々しい黒色に染まっていた。

つづく




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posted by 城 一 at 00:00| 長編小説 焔-HOMURA-[integral] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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