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最近、自分がフリーメールを活用できない人間だってことに気付きました。

2008年01月30日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第148回(6版)


あたしは、君。君は僕。


 艶やかに伸びる黒髪は、長いワンレングス。力強く弧を描く眉。触れると切れそうな、細い目。各パーツが作り上げたバランスを、微塵も乱さない鼻。ぷっくりとした唇には、瑞々しい珊瑚色の口紅が塗られている。あどけない表情に、化粧が毒薬のような色香を添えている。年は慶慎と同じか、少し上。少女の微笑に、慶慎は眩暈を覚えた。慶慎は言った。
「君は、誰?」
 今度のこの台詞は、言葉通りのものだった。少女は、慶慎の知らない人間だ。ただ、それだけでは済まない何かがあった。誰にも似ていないようでいて、誰かに似ているのだ。そんな印象が、慶慎の胸の奥をかき立てる。彼女を形作るパーツのひとつひとつが、慶慎の記憶を刺激してやまないのだ。
 少女は、うっとりと彼女に見とれている、野球のユニフォーム姿のケイシンを、そっと押しのけた。
「どうでもいいじゃない。そんなこと」
 少女は猫のように静かに歩を進め、慶慎と距離を詰めた。人差し指で、慶慎の胸骨を撫でる。
「そうはいかないよ」慶慎は言った。声が、かすれていた。
「どうして?」少女は、小首を傾げた。「君がいる。あたしがいる。それで、十分じゃない」
「だって」
 言いながら慶慎は、“確かに、それで十分かもしれない”と思った。“だって”と言ったきり、言葉を繋ぐことができなくなり、押し黙る。手を伸ばせば届く距離にいる、少女の体から発せられる体臭は、甘ったるい。香水を使っているのだ。それが、慶慎の思考を著しく鈍化させていた。
「あたし、魅力的じゃない?」
 そんなことない。慶慎はそう言おうとしたが、できなかった。少女に、唇をふさがれていた。珊瑚色の、彼女の唇で。キス。慶慎の口内を、少女の舌が撫でる。この唾液の味は、知っている。慶慎は思ったが、記憶をくすぐる、唾液の持ち主の映像と、少女の容姿は重ならない。混乱する思考を、何とかして正常な状態に戻さなければと思う一方で、“そんなことはどうでもいい”と思う自分がいる。ちくしょう。慶慎は胸の内で呟き、そっと少女の体を押し戻した。彼女が側にいると、自分の何かが狂う。慶慎は思った。
「こんなこと、よくない」
「どうして」
「ここは、どこなんだ? 君は、知ってるんだろ?」
「知ってるよ。けど、そんなこと知ってどうするの? ここから出たければ、いつでも出られるよ。外の世界が、そんなに好きなの?」
 そんなわけがない。散々虐待した挙句、家族でいることを諦める父親がいるような世界。殺し屋として、人を殺し続けなければ、自分の居場所を守ることのできない世界。自分の犯した罪が、目に見える形をとって襲いかかってくる世界。そんな場所に、執着する気持ちなど、微塵もない。慶慎は、首を振った。
「なら、ここにいればいいじゃない。そして、あたしとしよう? あたしなら、君のこと、癒してあげられるよ。誰よりも、うまくできるよ」
「そんなこと、どうだっていいんだ」
「“そんなこと”なんて、言わないで。あたしは、君のためにいるんだよ? 君のためだけに。君に拒絶されたら、あたし。存在する意味がなくなっちゃう」
「ごめん」
 慶慎は、頭を垂れた。少女の目が見れなかった。彼女を傷つけてしまったことが分かったこともあったが、それだけではない。彼女とは、視線を合わせているだけで、体力が激しく消耗しているような気がするのだ。
 自分の足下を捉えていた、慶慎の視界の中に、白衣が飛び込んできた。少女が着ていたものだ。黒いジャケット、白いカットソー。デニムのミニスカート。黒いロングブーツ。慶慎は、顔を上げた。少女は、自分の体から自分で、身につけているものを剥いでいた。
「何をやってる」
 少女は、返事をしなかった。目の縁が、涙で光っていた。少女は緑色のブラジャーとガーターベルトを外し、同色のパンティを脱いだ。最後に、目の粗い黒いストッキングを床に投げ、少女は慶慎を見た。
「あたしのこと、好きにしていいんだよ」少女は、すがるように言った。「何でも言って。あなたの好きなように、してあげるから」
「君は」
 慶慎は、目を見開いた。溜め息をついて、少女の右の乳房に手を伸ばす。そこにある、ふくらみに触れたかったわけではない。そこに刻まれた、黒い炎を見つけたのだ。トライバルの、刺青(タトゥー)。
 少女は、宝物でも見つけたかのように、乳房に触れる慶慎の手のひらを、自分の手のひらで包み込んだ。少女は言った。
「あたしは、君」
「君は、僕」
 慶慎はそこで、言葉を止めた。今まで、壁のくすんだ灰色しか見えなかった、地下鉄の窓の外に、あるはずのない景色が見えたのだ。まるで、車両内と外界の間に隔てるものがないかのように、音や声も聞こえる。この上ないほど、明瞭に。<サンドーム・ビル>の前で、怒り狂うミカドの者たち。真っ白な病室で、陰鬱な表情を浮かべ、“殺し屋になれ”と告げる、越智彰治。ビール瓶を振り上げる、風際文永。罵倒の言葉を叫びながら、灰皿を投げる風際文永。慶慎のことを下の名前で呼び、あざける、出血のせいで顔色の悪い、エイダ・ヒトツバシ。別離の言葉を口にする、眼帯をした風際文永。死体の山。殺した者たちの返り血で、真っ赤に染まった、慶慎の顔。
 何なんだ。呟きながら、よろけた慶慎を、少女が後ろから支えた。
「外は怖いよ。平気な顔して、君を傷つけるんだから。勝手なことを言って、君を操る。勝手な理屈で、君を殴る。蹴る。間違った方向へと、導く。君のことを理解しようともしないで、一方的に罵る。今まで、たくさん傷ついたでしょう? でも、それで全部じゃないんだよ。まだまだ、怖いことが。痛いことが。辛いことが、あるんだよ。だから、ここにいよう? ここなら、安心だよ。ここでずっと、あたしと一緒にいた方が、幸せだよ」
「そうなのかな」
「そうだよ」
 慶慎は、後ろから少女に抱き締められた。ふんわりとした体温に、慶慎は思わず涙を流した。
「君は、優しいね」
「当たり前じゃん」少女は笑った。
 慶慎は、少女の方へと向き直った。改めて、その体温を味わおうと思ったのだ。正面から。そのときだった。少女の体が、揺れた。
 角。二本の角が、少女の胸を刺し貫いていた」
「これ以上、この世界の主をたぶらかさないでもらおう」
 低い声が言った。ずるりと、少女の胸から角が抜ける。少女の胸には、大きな穴がふたつできていた。彼女の口も合わせて、三つの穴から、血が溢れる。少女は、その場に音を立てて倒れた。少女に駆け寄ろうとする慶慎に、低い声が“やめておけ”と言った。無視して、慶慎は少女の手を取った。が、すぐに手の中の温もりは消えた。少女の姿ごと。床には、彼女が流した血だけが残る。慶慎は、声の主を見た。
「お前」
 そこにいたのは、四本の角を持った羊だった。
「少し、話をする必要がある。慶慎」

つづく




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posted by 城 一 at 15:39| 長編小説 焔-HOMURA-[integral] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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