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最近、自分がフリーメールを活用できない人間だってことに気付きました。

2008年02月08日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第150回(2版)


Happy New Year


 慶慎は、目やにで汚れた目を擦った。寝癖のついた頭に、少し前まで見ていた夢の記憶は、残っていない。ただ、バターを箱ごと流し込んだような不快感が、胃と胸の間で、慶慎の気持ちを重たくしている。
「ハッピー・ニューイヤー」
 男が言った。カジという名の、ホームレスだ。当てもなく歩き回る慶慎を、街で何度も見かけるうちに、心配になって、自分の根城に連れてきたのだ。薄汚れた、山吹色のテントの中に。
 紺色の寝袋の上であぐらをかき、いまいち状況を把握できていない慶慎の前に、カジはカップそばを差し出した。湯を入れてからしばらく経っているので、湯気は今にも消えそうなほどにしか、立っていない。
「年越しそばだ。本当は、お前さんと一緒に、カウントダウンをしながら食べたかったんだがな。いくら起こしても、起きないもんだから。新年が、もう少し時間に融通の利くヤツだったら、よかったんだけどなあ」カジはそう言って、笑った。
 年を越してしまえば、意味がなくなるものでも、食べものは食べものだ。腹に入れれば、胃は満たされる。慶慎は、ふたの上に乗っていた割り箸を割って、そばを食べた。
 テントの外は、騒がしかった。三十代後半、カジに似たり寄ったりの年の頃のホームレスたちが、入れ替わり立ち代わり、テントの入口から顔を出し、カジに新年の挨拶をしていった。テントがあるのは、外ではない。街にある、<モッキンバード・ビル>という、何年も前からテナントに恵まれていない廃ビルで、今やホームレスたちが集まり、肩を寄せ合って生活をする場になっている。外が騒がしいのは、その集まったホームレスたちが新年を祝い、早々に酒盛りを始めているからだ。正確には、前日の大晦日から始まっていたのだが。慶慎は、テントから出て、そこに加わるつもりはなかった。慶慎はまだ、このビルに来て間もない。カジ以外のホームレスとは、全くと言っていいほど、打ち解けていなかった。もっと言えば、カジとの関係も、打ち解けたと言うには、いささか早急な感が否めない。
 そんな慶慎に気を使ったのか、カジはテントの中で、慶慎の側にいた。酒盛りを始めた連中から分けてもらったらしい、缶ビールが、テントの隅にいくつかあった。カジはそれを、慶慎に勧めた。慶慎は首を振った。そばを食べ終え、スープをすする。
 カジはひとりで開けたビールを飲みながら、テントの外を眺めていた。無理して、僕と一緒にいなくてもいいのに。慶慎は思うが、口には出さない。
 カジが言った。
「うなされていたよ」
「え? 誰が、ですか?」
「お前さんが、さ。何があったのかなんて、聞かないよ。けど、無理だけはするなよ。いたけりゃ、いつまででも、ここにいていいんだからな」
「はい」
 慶慎は頷いたが、そう長く、カジたちのいる、この“聖域”に留まるつもりはなかった。カジや彼らのことが、嫌いなのではない。僕は、この場所にいるべきではない。漠然と、そんな思いに駆られているからだ。
 新年なのにも関わらず、盛り上がらない会話を少し続けたあと、慶慎は、もう少し眠ります、と言って寝袋に入る。そして、眠ったふりをする。カジはしばらくテントの中にいた。何も言わず、動いて音を立てることもしないが、慶慎のことを見守っているのが分かった。嘘の寝息を立てるのにも疲れ、慶慎は黙って目を閉じていた。それを、寝入ったものと思ったのか、それとも慶慎の寝顔を見ているのに飽きたのか。カジは、酒盛りに加わるためにテントを出ていった。
 酒盛りは、新年第一日目の夜まで、参加人数を減らしながらも、続いた。ようやく終わりを迎えたのは、日付が二日に変わった頃だった。皆、宴に気分を高揚させていたものの、体力が底をついたのだ。酒盛りに興じたホームレスたちは、軒並み眠りについていた。
 慶慎は違った。テントを出れば、強制的に酒盛りに参加させられるような気がして、寝袋に入ったままでいて、のんびりと眠りと覚醒を繰り返していた。その結果、酔いしれるホームレスたちが睡魔に勝てなくなった頃に、慶慎はすっかり睡魔に見放されていた。ちょうどいい。慶慎は思った。今までありがとうございました。寝袋の中で眠るカジにそう言い残し、慶慎はテントを出た。

つづく




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posted by 城 一 at 06:31| 長編小説 焔-HOMURA-[integral] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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