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最近、自分がフリーメールを活用できない人間だってことに気付きました。

2008年02月27日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第154回


堂々巡り。


 宙を舞ったマウンテンバイクが道路でバウンドし、向かい側の縁石にぶつかって止まった。爆風で吹っ飛んだのだ。星が落ちてきたかのように道路がきらきらと輝いているのは、入口に鎮座していた自動ドアの欠片が辺り一帯に降り注いだから。牢獄としての機能を失った刑務所から逃げ出した囚人たちのように、ビルの入口から出てきた、濃密なまでの灰色の煙が、夜空を濁していた。

<カザギワ>は、混乱していた。SUVのフロントガラスのすぐ下に設置された、車載型の無線機が、休む間もなくいくみに状況の確認を行っている様子で、それが分かる。何度も同じことを聞かれるので、既にいくみは飽きているようだった。運転席側のドアの肘掛けに肘を置き、頬杖を突きながら、マイクに向かって気のない返事を繰り返している。

「ちゃんと、仕事したら?」
 鈴乃の言葉に、いくみは欠伸混じりで答えた。
「してるわよ。ちゃんと、状況の確認に答えてるでしょ。“異常なし”ってね。それとも、何?“うちの娘が、厄介という言葉を教えました、どうぞ!”とでも言う?」
「あなたが必要だと思うんなら、やれば?」
「必要だとは思わないから、やらないわ」いくみは言った。「桧垣君も、初っ端から面倒なことになったわね」

<カザギワ>と<ツガ>の共同で行われている(あるいは、その予定だった)、この<デイライト>掃討作戦。<カザギワ>側の責任者は、桧垣だった。<カザギワ・ビル>という本拠地の中で仕事をするだけだった彼が、初めて外に出た初陣だ。鈴乃は、同情を禁じえなかった。

「当の本人は、何て言ってるの?」
「無線には出てこないわよ。そんな場合じゃないもの。部下から集まる情報を整理して、そこから今、どういった状況にあるのかという答えを出すのに、必死に頭を回転させているはずよ。かわいそうに。あの<ミタライ・ビル>みたいに、彼の頭がそのうちに、オーバーヒートで煙を吹き始めても、不思議じゃないわ」

 白黒のぎざぎざの縞模様のお陰でかわいさが減退している、丸い黒レンズのサングラスをかけた、うさぎのぬいぐるみに、鈴乃が教えた「厄介なことになったわね」の台詞を繰り返していたこのみが、顔を上げて鈴乃を見た。

「“やっかい”って、どんな貝?」

 冗談ではなかった。まだ情報の蓄積が足りない脳で、彼女なりに必死に考え、“やっかい”という言葉を吟味した結果の質問だった。純粋な好奇心で輝く目を見れば、それは分かった。鈴乃は言った。

「黒くて、ぬめぬめした粘液にまみれた貝でね。直径二メートル。下側の貝殻に、鼻孔を持ってるの」鼻孔という言葉を聞いて、このみは首を傾げた。鈴乃は頷いた。「鼻の穴よ。そこは普段は閉じてるんだけど、ときどき呼吸をするのに使うの。で、鼻息を吐くとすごい勢いだから、上空何千メートルもの高さまで飛び上がるのよ。ときどき、UFOを見たって言う人がいるでしょう? でも、それは本当はUFOなんじゃなくて、“やっ貝”なの。ちなみに、“やっ貝”の吐く鼻息は、鯨の潮吹きと同じメカニズムだって言われてるわ」

ふーん。理解しているのか、いないのか。不明瞭な表情で相槌を打ったのこのみは、縞模様のうさぎのぬいぐるみに「すごいね」と言った。実に簡潔な解釈だ。

「こっちも、情報が錯綜してるわね。あまり、変なことを教えないでよ」
 いくみの言葉に、鈴乃は頷いた。
「アー・ハ」

 無線機のマイクを操作しながら、いくみはフロントガラス越しに、<ミタライ・ビル>を見つめていた。入口から上る煙は細くなっているものの、まだ止まっていない。いくみは言った。

「どう思う?」
「どうもこうも」鈴乃は言った。「こっちの状況は、どうなってるの?」
「<ツガ>も<カザギワ>も、動いてないわ。少なくとも、今現在、無線から入る情報だとそうなってるわね。にも関わらず、<ミタライ・ビル>の一階が爆発した。ただ、直前に<カザギワ>に情報が入ってたみたい。筒本君から。知ってるわよね、あなたは確か」

 筒本。聞き覚えのある名前だったが、いまいちぴんと来なかった。鈴乃は、ちょっと、と言葉を濁した。

「井織誠の部下だった男よ」いくみは言った。「<クツマサ・ビル>で、一度会ってるはずだわ」
「ああ」

 映像ははっきりとしなかったが、会ったことがあるというのは、いくみの言葉で分かった。だが、本当に“会っただけ”だ。筒本に関して、何の思い出もともなってこない。

「その筒本君が、作戦開始直前に<ミタライ・ビル>に爆弾が仕掛けられてるという報告をしてたみたいなの。<デイライト>は、<カザギワ>及び<ツガ>がビルに突入したのを見計らって、ビルごと自爆するつもりだってね。作戦の開始が遅れたのは、そのせいよ」
「筒本は、今どこにいるの?」
「報告が入る少し前から、姿を消しているわ」
「筒本が、どうやってその情報を手に入れたのかは」
「不明」
「まあ、爆発は実際にしたんだから、爆弾はあったんでしょうけど」鈴乃は言った。「自爆するつもりだったんなら、あたしたちが突入する前に爆発した説明がつかないわ」
「<デイライト>のお馬鹿さんが、扱いを間違えて爆発させた」
「だと、いいんだけど。敵の人員が減ったことになるから。けど、何にせよ。爆発を理由に作戦の開始を、長々と遅延させていたら、警察に与えた賄賂の効用にも限界が来る」
「ええ」
「だからと言って、爆弾の存在を無視することはできない。お互い、合併を控えた組織同士。判断を間違って、相手側に無駄な死傷者を出せば、パワーバランスが相手側に傾くかもしれない」
「判断に時間がかかる。総合すると?」
「厄介なことになったわね」
「堂々巡り」

 知らないおじさんが来たよ。うさぎと戯れていた、このみが言った。窓の外を見ると、桧垣がいた。鈴乃と視線を交わすと、後部座席に滑り込んでくる。せまーい。鈴乃と桧垣に挟まれる形になったこのみは言った。愚痴をこぼす幼女の頭を撫で、桧垣は言った。

「筒本のことで、話がある。ネコ」

つづく




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posted by 城 一 at 21:42| 長編小説 焔-HOMURA-[integral] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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