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最近、自分がフリーメールを活用できない人間だってことに気付きました。

2008年03月07日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第156回


ショウ・タイム。


 ドアの向こう側からわずかに差し込む月明かりを拾い上げ、その身の中で反射させる型板ガラス。中央に明朝体で『株式会社 electrica』と記されたそれがはめ込まれたドアを開けると、狂ったピアニストのように、夜という名の鍵盤を叩く銃声が、鼓膜を突き刺した。鈴乃は、ピアニストを少しでも遠ざけようと、耳にはまったイヤホンを指で押さえた。

『行動は迅速に。でないと、せっかく怪我をおして出勤した意味が、なくなっちゃうわよ。誠と筒本君に会って、話したいことがあるんでしょう?』
 イヤホンの向こうで、いくみが言った。イヤホンは、いくみと通話中の携帯電話に繋がっている。

「話したいことと言うか、何と言うか」

『別に、無理に言葉にしなくてもいいわよ。あなたは詩人でも、小説家でもないんだから』
「分かってるわ」鈴乃は言った。

 夜を騒がせているのは、<カザギワ>の構成員たちだった。四車線の広い道路を挟んで向かい側にある<ミタライ・ビル>の六階にいる、<デイライト>の者たちと、銃撃戦を繰り広げているのだ。鈴乃がいるのは、<ミタライ・ビル>の北側に位置する、<グォ&パク・ビル>。通称<GPビル>だった。その七階に入っている、『株式会社 electrica』のオフィス。室内には、所狭しと言った感じで、デスクトップ・タイプのパソコンが並んでいた。そのうちのいくつかには電源がついていて、スクリーンセーバーが表示されていた。色とりどりのビリヤードの球が、黒い画面の中を、大きくなったり小さくなったりしながら、転がっている。ラシャの張られていない画面には、もちろん穴はない。終わりのない、ナイン・ボール。

 鈴乃は、銃撃戦が繰り広げられている窓際の、黒服の後ろに立つと、ショットガンが内蔵された松葉杖を大きく振りかぶり、投げた。クレッシェンド、デクレッシェンド。<デイライト>の者をひとり吹っ飛ばし、<ミタライ・ビル>六階の床に突き刺さる。

 鈴乃は、ライフルの引き金を引く黒服のひとりの肩に、手を置いた。
「援護、頼むわよ」鈴乃は言った。「でも、あたしのことは撃たないように」

 もちろんです。答えた黒服に頷いて、鈴乃はオフィスの入口のドア付近まで戻った。そこで踵を返し、再び窓側を向く。

 いくみが言った。
『<ツガ>組が警察を止めていられる時間は、長くて四十分だそうよ』

 鈴乃は、背中に背負ったコットン生地のリュックサックから、手榴弾を出した。マウンドの足下を整える野球の投手のように、リノリウムの床をとんとんと足で軽く蹴ると、ワインドアップ・モーションに入る。頭上で組み合わせた手のひらの中で、手榴弾のピンを外す。足を振り上げ、鈴乃は言った。「十分」手榴弾を投げる。「よ」

 音もなく宙に真っ直ぐ線を描く手榴弾を追いかけるようにして、鈴乃は走った。上昇する速度に、視界が限定されていく。体が、これから始まる“戦闘”の二文字に向けて、意識を収束させていく。ギプスの下の、骨を再生中の脚からは、痛みが遠のいていく。

飛んだ。

先に目的地に着いた手榴弾が爆発する。<ミタライ・ビル>の外に舞う、ガラス、壁や床材、そして人。噴き出す粉塵。テレビの中で、スターの登場を歓迎するドライアイスのようだった。だが、今夜は違う。登場するのは殺し屋だ。手榴弾の爆発で他のものと同様に吹っ飛んだ松葉杖を空中で受け取り、鈴乃は<ミタライ・ビル>に着地した。

「ショウ・タイム」

 足下で銃弾が跳ねた。正面に敵。ショットガンの引き金を引く。男は吹っ飛び、壁にその体を打ちつけた。ずるずると腰から崩れるようにして、床に倒れる。右方向で足音。煙で姿はほぼ影の状態だったが筒本ではないことが分かった。かなりの肥満体だった。筒本は中肉中背だ。ショットガンで撃った。後ろに殺気。気づいたときには撃たれていた。衝撃を利用して床を転がり、膝立ち、振り向きざまにショットガンを撃った。右手のショットガン。左手のショットガン。敵は遠かった。傷が浅い。片方の松葉杖を投げた。松葉杖の先端は敵の胸を貫き、壁に釘付けにした。鈴乃は深呼吸した。撃たれた背中が痛んだが気にはならなかった。ダウンの下に、防弾チョッキを着ている。背中にできているのは、せいぜい打撲だ。鈴乃は走った。

 上下に伸びる階段室。敵の足音と銃声で挟まれた。階上へ手榴弾を放り投げ、爆発音を聞きながら階段を飛び下りる。敵。突然視界に現われた。間合いがない。肘で顎を打ち抜き、ショットガンを内蔵した鉄製の松葉杖で殴った。壁に衝突して気絶した男の体に、散弾を叩き込んだ。そしてその男の体を階下へ投げる。下方向から降る銃弾の雨がその死体を襲った。“この人でなし野郎が!”という声も聞こえた。否定はしないわ。鈴乃は呟いた。床すれすれに這うように飛んだ。憤怒の感情で乱れた銃弾はことごとく鈴乃の体の上を通りすぎて壁に着弾した。敵はふたり。ショットガン一発とガンベルトから抜いたマカロフ一発で決めた。飛ぶ。着地寸前にまた敵。松葉杖で頭蓋を叩き割った。さらに敵。複数。松葉杖を投げて牽制。両手に装備したロブ&ロイで一掃した。さらに感じた気配に向けた銃口の先に、筒本が現われた。

 鈴乃は言葉を発しようとしてやめた。筒本の瞳に浮かんだ殺意が全く曇らなかったからだ。筒本は鈴乃の容姿を知っている。<カザギワ>の殺し屋だということを知っている。にも関わらず、だ。腰を落としてステップを踏んだ鈴乃の耳元を銃声がかすめた。次の銃弾が発射されるまでは待たなかった。筒本の手にあったライフルの銃身を掴み、みぞおちに蹴りを入れた。筒本は床でバウンドしながら、吹っ飛んだ。

 鈴乃は、ライフルを脇へ放り投げて、言った。
「ご機嫌麗しゅう。ミスタ・トラブルメーカー」

 返答は銃声。銃弾を発射したのは、筒本の手に握られたベレッタだった。隠し持っていたのだ。弾は脇腹に当たった。衝撃で倒れたところからヘッドスプリングで起き上がる。筒本の顔に動揺が走った。鈴乃は跳躍し、ベレッタを蹴り飛ばし、筒本の手を取った。そのまま背後に回り、関節を極める。ぐう。呻いた筒本は、言った。

「そうか。防弾チョッキか」
「今度からは、頭を狙うのね」

 筒本を床に組み敷いた。体を探り、武器の有無を確認する。肩、上腕、前腕。腹、脇腹、脚の内側と外側。不自然に膨らんでいる部分はなかった。抵抗の素振りを見せれば、殺すわ。そう耳元で呟いてから、鈴乃は筒本を解放した。

 何を言ってやがる。独り言ちるように呟きながら、床でごろんと仰向けの姿勢に態勢を変えた筒本は、言った。
「何にせよ、殺しに来たんだろう? 俺を。<デイライト>もろとも」
「そうよ。けど、その結末に至るプロセスには、多少融通が利くかもしれない」

 筒本はゆっくりと姿勢を変えた。鈴乃に警戒心を与えないように、という意味もあるだろうが、同時にひどく体力を消耗しているようだった。そのために、ゆっくりとしか動けないのだ。
筒本は言った。
「どういうことだ?」
「時間をあげることはできるかもしれない、ということよ。あなたの目的次第ではね。その説明を」言ったところで、鈴乃は顔をしかめた。手のひらが濡れていたからだ。血。だが、自分のものではなかった。筒本が鼻を鳴らして、笑った。

「時間は、あまりない」

 筒本の顔には、色がなかった。代わりに、脇腹から下半身にかけてが、深紅に染まっていた。イヤホンの向こうで、いくみが言った。
『作戦の第一段階は完了かしら?』
「ええ。けど、あまり状況は思わしくないわね」いくみに言ってから、筒本を見た。「確認をさせて。目的は、井織誠なの?」

「それ以外に、何があるってんだ」

 鈴乃は頷いた。
「先行するわ。あとからついて来なさい。けど、援護以外の目的で、あたしに銃を向けないように。殺意の有無は分かるんだから。それをした瞬間、目的は達成できなくなると思いなさい」なぜ。そう筒本の唇が動こうとしているのが、表情で分かった。言わせなかった。鈴乃は続けた。「時間がないんでしょう?」

 筒本は、額に脂汗を浮かばせながら、立ち上がった。
「ああ」
「なら、行きましょう」

つづく




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posted by 城 一 at 22:55| 長編小説 焔-HOMURA-[integral] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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