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最近、自分がフリーメールを活用できない人間だってことに気付きました。

2008年03月24日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第161回


火は、自分で自分を消せない。


 目が覚めた。しかし、時間の感覚を掴めなかった。瞼を開いても、視界が闇に包まれていた。割れた窓から見える空に、うっすらと残るブルーが、夜の浅さを教えている。けれど、これから夜が深くなるところなのか、朝へ向かっている途中なのかは、分からなかった。時計はない。

 覚醒を促したのは、人の気配だった。部屋の外で、足音がした。敵か。<ミカド>という名詞が、頭をよぎる。武器はなかった。体をわずかに起こし、床に突いた足に力を溜める。

 が、その脚力を使う必要はなかった。ドアを失い、枠だけになった入口に姿を現したのは、若い男だった。アイザック・ライクンではない。日本人。知っている顔だった。同じアパートの住人だ。

「お前」男が言った。

 毛皮をあしらったフード付きの、黒いダウンジャケットを着た男。赤い毛糸の手袋をはめた手が、殺意を持って動いた。だが、あまり使われていない殺意だ。鈍さがあった。慶慎は待った。出てきたのは、ナイフだった。手の中に収まるサイズの、飛び出すタイプのものだ。

「こんな所で、何をやってる。この疫病神の、くそ野郎が」

 罵られる理由が分からなかった。ナイフの切っ先が光る。

「あなたは」
「覚えてるか? 同じアパートに住んでた、相澤だ」

 相澤は、ナイフを右手から左手に持ち替え、体をゆらりと揺らした。

「分かりますよ。けど、そんなものを突きつけられる理由に、覚えはありません」
「へえ。大家さんを、殺しておきながらか」

「何を」
「赤毛の女と、金髪の男がやって来て、ガキ三人組と戦って、このアパートをこんなにボロボロにしていった。それくらいは、聞いてるんだろうが」

「何だよ、それ。僕は」
「しらばっくれんな!」

 ナイフの切っ先が線を描いた。かわし、相澤の手からナイフをはたき落とし、その力を利用して、相澤の体を投げる。Uの字を描いて、元来た場所へ戻り、相澤は床を転がった。

「くそっ。俺のことも殺すのかよ」
「大家さんを殺したのだって、僕じゃない。それに、そんなことはしない!」

「大家さんは、体中に釘を打ち込まれて死んでたそうだ。警察は情報規制を敷いてるが、インターネットで流れてる」

 釘。アイザック・ライクンに間違いなかった。ならば、一緒にいた赤毛の女というのは、リタ・オルパートになる。死んだ松戸孝信の復讐を果たすために、ここに来たのか。相澤の言うガキ三人組に、心当たりはひとつしかなかったが、このアパートに来る理由が分からなかった。

「最初から、うさんくさいと思ってた。そんな年で、ひとり暮らし。学校に行ってる様子もないし、顔も見せずに、部屋にひきこもってばかり。ときどき頭のおかしくなったガキが、家族を殺したり、強盗をしたりする事件があるけどな。そういうヤツと同じ目をしてるよ、お前は」

「何も知らないくせに、勝手なことを言うな」
「なら、答えろよ。どうして、こんなことになった。どうして、大家さんは殺された。どうして、このアパートは使いものにならなくなった。住んでたヤツらは、軒並み出ていかなきゃならなくなった」

 それは。そう言ったきり、言葉を続けられなくなった。口には出せなかったが、はっきりとはしていた。人を、殺したからだ。人を殺し、人の怒りを買い、怨恨の連鎖の輪の中に、この身を投じてしまった。そして、そんな存在になった自分が、住処をこのアパートにしてしまった。

 焔。刺青を見て、風際秀二郎から与えられたコードネームを、皮肉に思った。人の死を、悲しみを、怒りを火種に、燃え上がる負の感情の焔。それは消えることを知らず、ひたすら周りにあるものを飲み込み、大きくなっていく。災厄の種。

「火は、自分で自分を消せない」
「何?」

 立ち上がり、入口の方へと向かった。後ろでまた、鈍い殺意が生じるのを感じた。相澤だ。ナイフを拾ったのだろう。だが、すぐには来なかった。あくまでも、素人だ。武器を使うことに、抵抗がないわけはない。

 相澤が床を蹴る音が聞こえた。足を止めて、待った。が、ナイフは来なかった。振り返り、相澤を見る。相澤はナイフを構えたまま、歯を食いしばり、うつむいていた。

「どうしたんですか? 僕を刺すつもりで、ナイフを取ったんじゃないんですか」
「やれば、血が出る。傷つく。もしかすると、死ぬかもしれない」

 ナイフの刃を、素手で掴んだ。皮膚を切り裂き、食い込んでくるのを構わず、握り締める。血が、滴った。相澤はそれを見て息を呑み、ナイフの柄から手を離してしまった。

「分かってるなら、やらないことだ。人を傷つけることが嫌なら、武器なんて持たないことだ。ナイフも、銃も。人を傷つけてから後悔したって、遅いんだから」

 相澤は、何も言わなかった。ただ、怒りを持て余して、ナイフを失った拳を握り締めていた。言葉にしたいことも、尽きたようだった。これ以上、同じ空間を共有している必要はなかった。慶慎はアパートを出た。

 冷たい風が、手のひらの傷に染みた。一度握り締めてみて、血を伸ばす。

「リタ・オルパート」
 赤く染まった手のひらの中に、そう呟いた。

つづく




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posted by 城 一 at 09:08| 長編小説 焔-HOMURA-[integral] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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