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最近、自分がフリーメールを活用できない人間だってことに気付きました。

2008年04月03日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第162回(2版)


ある家庭。


 鈴乃は、ようやくベッドを出て、動くことを許されたシドとともに、シドニー・安達(あだち)を訪ねた。かつて、ジェイソン・リーヴの妻であった、シドニー・リーヴだ。今は、安達良一郎(あだちりょういちろう)という、普通に働く会社員の男と結婚し、安達に姓が変わっていた。

「愛(あい)。お客さんに、悪戯しちゃダメよ」

 シドニーに言われて、愛は口を尖らせた。安達愛。シドニーの娘だ。
 愛は、シドに肩車をしてもらっていた。まだ自分の意思を、うまく言葉で伝えることができない彼女は、母親の言葉に不満そうな表情を浮かべたまま、何も言わなかった。そして、シドニーが自分から視線を外すのを待って、またシドの頭のスタイリング作業に戻る。草むしりでもするかのように、シドの頭髪を引っ張る。

「いいさ。子どもは、嫌いじゃないんだ」シドは笑った。

 シドニーを訪ねたのは、アイザックに関する話を聞くためだ。アイザックの親友であり、<カザギワ>の仲間でもあった、ジェイソン・リーヴ。その妻なら、アイザックのことを知っているのではないか。そう考えたのだ。

 だが時間は、シドニーの子どもをあやすことと、彼女が語る子どもの話に、費やされるばかりだった。

 シドニーには、愛の他に、ジェイミーという息子がいた。愛よりも少し年上の、赤茶色の髪を持った少年は、シドニーに居間に案内されたときから、ずっとテレビの前におり、テレビゲームに興じていた。同じ居間にいるのにも関わらず、来訪者には見向きもせず、黙々とコントローラーを操っていた。

「ジェイミー。お客さんが来てるんだから、挨拶くらいしたらどうなの? まったく、いつもいつも、ゲームばかり」シドニーはそう言ったところで、返事をする気配も見せないジェイミーに、溜め息をついた。「この子ったら、あたしどころか、良一郎さんのことも聞かないのよ。やっぱり、本当の父親じゃないと、ダメなのかしらね」

 舌打ち。したのは、ジェイミーだ。音を立ててコントローラーを床に転がす。「そんなこと、ひと言も言ってないのに」と呟くと、立ち上がり、鈍い音を立てて床を踏み鳴らし、居間を出て行った。

 シドニーは苦笑した。

「ごめんなさいね。反抗期、というヤツかしらね」

 それだけではないと思ったが、口を出すつもりはなかった。所詮、他人の家庭だ。好きに築けばいい。

 ジェイミーの背中を見送りながら、自分のコーヒーに角砂糖を入れていたシドが言った。

「安達良一郎は、あいつの本当の父親じゃないのか?」

「そう。ジェイミーの父親は、ジェイソン・リーヴよ。アイザックに殺された」シドニーは頬杖を突いて、テーブルの上を見ていた。木製のテーブルの上には、皿に出された菓子があった。チョコレートチップの入った、クッキーだ。シドニーは空いた手を伸ばして、皿の底に溜まったクッキーのかすを指先に付けて、舌で舐めた。「愛の父親は、今のあたしの夫。安達良一郎」

 愛はシドの髪の毛を引っ張り、彼の肩から下ろしてもらうと、今度はシドの膝の上に、自分の居場所を移した。彼のことを、気に入っているようだった。

 シドは微笑みながら、愛の金色の髪を撫でた。少し癖があり、ふわふわとしたたんぽぽの綿毛のようだった。

「すまなかった」

 シドの言葉に、シドニーは首を振った。

「いいのよ。腫れものに触るみたいに、気を遣われるよりも、その方がいい。あの人がもういないってことを、言葉にしてくれる人がいた方が、その事実を受け入れる方向へと動くことができる。事実から目をそらしてたら、前に進めないもの」

「そう言ってくれると、ありがたいんだがな」

 壁に掛かったコルクボードに、画鋲で写真が留めてあった。シドニーが今の家族と、どこかの遊園地の観覧車を背に、写っているもの。生まれたばかりの愛が、自分の右手の親指をしゃぶっているもの。ジェイミーではなく愛だということは、髪の色を見れば分かる。黒光りするランドセルを背負って、半ズボンにブレザーという姿で、学校の校門の前で笑うジェイミー。

 シドニーが家族とともに築いてきた、思い出の場面がひとつずつ、色褪せずに飾られている。

 隅の方にある一枚に、目が止まった。その縁を、指でなぞった。そこに写っているシドニーは若く、ふたりの男と一緒だった。金髪を長く伸ばした容姿端麗な男と、浅黒い肌の色をした、頑強な体つきの、黒髪の男。

 シドニーが言った。

「金髪の男の人が、アイザックよ。もうひとりが、ジェイソン。ずっと昔に撮った写真よ。あたしの生活の中に、まだ<カザギワ>という組織があった頃の」

「どうして。アイザックは」

「ジェイソンが写ってる写真が、それ一枚しかないのよ。その写真を撮ったときは、ずっと一緒にいられると思ってた。アイザックが<カザギワ>を辞めてからね。全てがおかしくなったのは。歯車が突然、噛み合わなくなったみたいに」

 シドが背もたれに深くもたれて、椅子を軋ませた。

「俺たちは、そのアイザックを探してるんだ。ヤツがいそうな場所を、知らないか?」

「彼を見つけたら、どうするの?」

「それは」シドは、言葉を濁した。膝の上には、愛がいる。「ヤツがしたことは、知ってるだろ。あんたからジェイソンを奪い、<カザギワ>の連中も、何人もやられてる」

「そう」

「どうなんだ?」

「分からないわ。ごめんなさい」シドニーは少しうつむき、こめかみを揉んだ。「その、あまり思い出したくなくて」

「そうだな。いや、こっちこそすまない。書くものはないか?」

 シドニーはテーブルを離れて、保険会社の名前が隅に入った、卓上メモとボールペンを持ってきた。シドはそれを使って、携帯電話の番号を書いた。

「俺の携帯の番号だ。もし、何か思い出したことがあったら、いつでも連絡してほしい。ヤツに関することなら、何でもいい。ほんの小さなことでも」

「分かったわ」

「あと」シドは膝から愛を下ろし、椅子を立って言った。「今度は、子どものいないとき、あるいは、場所で会いたい。生臭い話になるからな」

「今はちょっと、すぐには返事をできないけれど」

「ああ。都合がついたら、連絡をくれ」

 シドニーは頷いた。

 シドニーがアイザック・ライクン・そしてジェイソン・リーヴとともに写った写真と、安達家の家族全員が写っている、遊園地の写真を指差して、言った。

「この写真、欲しいんだけど。もらってもいいかしら?」

「ああ、ごめんなさい。遊園地の写真はフィルムがあるからいいけれど、アイザックとジェイソンと写ってる方は、コピーで勘弁してもらえないかしら。そっちは、もう焼き増しとかは、無理なの」

「いいわ」

 シドニーは居間にあった、デスクトップのパソコンを起動して、それに繋がっていたデジタル複合機を使い、シドニーとアイザック、ジェイソンが写っている写真をコピーした。

 少し粗くなりはしたが、光沢紙を使ってくれたお陰で、違和感は少なかった。コルクボードから取った、安達家の家族写真とともに、コートのポケットに入れた。

「話をしてくれて、ありがとう」シドは言い、テーブルの上からクッキーを取り、口に放り込んだ。食べながらかがみ、愛の頭を撫でる。「じゃあ、またな」

 シドとともに、部屋を出た。

 シドニーの住む部屋のあるマンションには、コルベットで来ていた。退院を許されたばかりのシドに、車を運転させるのは、酷な話だ。駐車場を出るときに、死角から子どもが出てきて、軽く急ブレーキをかけなければならなかった。左足が痛んだ。

 人のことは言えないか。胸の内で呟いた。左足のギプスは、まだ外れていない。

 運転をしながら、シドに先ほどの写真を渡した。

「どうした? 何か、気になったことでもあったのか?」

「ジェイソン・リーヴの髪の色は、黒。安達良一郎も、同じよ。シドニーは」

「赤毛」写真を眺めながら、シドは言った。シドニーは、写真に写っていた昔も今も、鮮やかな赤毛をしている。髪はワンレングスのストレート。胸元まで届くほどの長さも変わらない。「それが、どうしたんだ?」

「愛は、どうやったら生まれるの?」

 愛の髪は、誰がどう見ても、金と称する色をしている。母親の赤毛と、彼女が父だと言う安達良一郎の黒髪では、金髪はできない。同じように、黒い頭髪を持つジェイソン・リーヴでも、同じだ。

 シドはドアの肘掛けを使って頬杖を突き、言った。

「部下を使って、シドニー・安達を張らせるか」

「そうして」

つづく




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posted by 城 一 at 23:26| 長編小説 焔-HOMURA-[integral] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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