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最近、自分がフリーメールを活用できない人間だってことに気付きました。

2008年04月04日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第163回


好きなんだなあ。


 シドニー・安達を訪ねたのは、正解だった。そして、シドが彼女に、部下を付けたことも。彼の部下から、シドニーに動きがあったという連絡が入るまで、長くはかからなかった。

 ひと晩、安達家で得た情報と、そこから生まれる推測と格闘を重ね、日が昇ったあとに、遅刻してやって来る睡魔に身を任せて、浅い眠りに落ちるだけで済んだ。

 また、コルベットを出した。シドを拾い、彼の部下から入る情報に従って、車を走らせた。シドは、シドニーに手を出すことを、部下に禁じていた。シドニーが目的地に着く前に捕まえて、彼女を尋問することもできたが、口を閉ざされて長期戦になると、面倒だった。それなら、彼女を目的地まで行かせて、そこから情報を得る方が確実だ。シドニーの舌というフィルターを通っていない分、手に入る情報は信頼できる。情報との間に舌があれば、常に嘘が介在する可能性を考えなければならない。

「ここだ」

 片手に握力を鍛えるための黒いハンドグリップ、片手に部下からの情報を得るための携帯電話を持ったシドが、言った。

 山奥だった。峠道を数十分走った末に、白いガードレール越しに、眼下に街を眺めることができるような場所にたどり着いていた。街灯はない。道路から、未舗装の道がくねくねと曲がりながら伸びていて、生い茂る木々の向こうに、一軒の家が見えた。明かりはついている。

 小道が始まってすぐの場所に、雑草を踏み倒して、銀色の日産ブルーバード・シルフィが停まっていた。

 並べるようにしてコルベットを停めると、中からシドの部下が出てきた。ふたり。片方は、磐井仁だった。もうひとりの方は、知らない顔だ。

 磐井仁はシドに頭を下げてから、こちらを睨んできた。嫌われこそすれ、好かれるようなことは微塵もしていない。仕方のないことだろう。

 磐井たちは腰の後ろで手を組み、シドにシドニーのことを報告した。ひとりで来ていること。移動手段には、車を使っていること。使った車は、トヨタのist(イスト)であること。色は青。家に入っていったのは、十二分前であること。

 シドはひと通り話を聞いて、頷いた。

「よし。これから俺はネコとともに、あの家に入る。お前たちは、ここで待機。組に連絡を入れて、この家に関する情報の収集と、応援チームの編成と待機をさせろ」

「俺たちも行きます。一緒にいるのが、こんな女ひとりじゃあ」磐井が言った。

「ダメだ」シドは首を振った。

「しかし」

「お前の話を聞いてる時間はない。俺の命令が聞けないなら、ケツまくって、家に帰れ」

 磐井は拳を握り、うつむいた。人の人生を踏み荒らすことしか知らない女殺し屋を、敬愛する兄貴分の隣に、置いておきたくはないのだろう。

 磐井を見ていると、先に歩き始めていたシドが言った。

「余計な気遣いは結構だ。行くぞ、ネコ」

「オーケイ」

 磐井と、もうひとりのツガ組の白虎隊隊員をその場に置いて、歩き出した。コルベットのトランクから、松葉杖型のショットガンを出すことを忘れなかった。

 防弾チョッキはなかった。<ミタライ・ビル>で使用したのを<カザギワ>に返却したあと、そのままになっていた。

 シドは、イサカM37を肩に担いでいた。空いた片手には、ハンドグリップを握ったままだ。

「いつまで、そんなものを持ってるつもりなの」

 ハンドグリップを指差して、シドに言った。

「体が戻るまでさ。リハビリに割く時間を惜しむと、あとで泣くことになるってのが、俺と俺の主治医の方針でね」

「リハビリで力尽きちゃわないといいけど」

「ヤクザは、ハンドグリップくらいで力尽きたりしないさ」

 小道は車が一台、やっと通れる程度の広さしかなかった。でこぼこした黄土色の土でできており、速度もあまり出せそうにない。徒歩での移動にしたのは、だからだ。車を使えば、シドニーが向かった家にたどり着く前に気付かれ、最悪の場合、逃げられてしまう。

 ハンドグリップを握る拳を開閉して、ギチギチという音を立てながら、シドが言った。

「あれから、あの子がシドニーと誰の間に生まれたのか、考えた」

 あの子とは、安達愛のことだ。

「聞かせてほしいわね。あなたの考えを」

「俺としては、こいつを考えと呼ぶには、情報があまりにも偏ってると思う」

「と、言うと?」

「あの子の父親が金あるいは、その系統の色の頭髪を持っているとして。今の俺が知っている、シドニーの周りにいる男の中で、その条件に符合する人間は、ひとりしかいないからだ」

 シドが、同じ意見を有していることが分かった。その名前をシドの口から聞きたかったが、シドは言おうとしなかった。

「あの子の父親は、俺のたちが全く知らない男なのかもしれない」

「もちろん、そうかもしれない。そうじゃないかもしれない。可能性を追求していったら、キリがないわ。たとえ偏ってるかもしれなくても、今ある情報でできる推測を、弾き出すべきじゃないの?」

「俺としては、あまり好ましくない推測なんでね。当たってほしくもない」

「そんなの知らないわ。言ってよ、あなたの頭の中にある名前を」

「何にせよ、もうすぐ分かるんだ。いいだろう」

「嫌なのね。人の汚い部分を見るのが」

「汚い部分だと、決まったわけじゃない。俺はそういう、邪推をするのが嫌なんだよ」
「そうやって、自分の恋人の汚い部分からも、目をそらしてるのね」

 シドの足が止まった。

「何?」

「分かってるでしょう? マリのことよ」

 目が合った。思わず、一歩退いた。シドの全身から、殺気にも似たものが溢れ出していたからだ。シドはショットガンの銃身を、肩の上で弾ませた。ハンドグリップが、ひと際高い音を立てる。

「聞いてやるよ」目を剥いたシドは、かすれた声で言った。「言ってみな」

「マリから、誘ってきたのよ。あるバンドが主催する、乱交パーティにね。最初は、そんなこと知らされなかった。ただのパーティだって言われてた。それでも気が進まなかったのに、彼女に無理やり連れていかれたの」

 アンバー率いる<フォスター>というバンドだと、名前を教えなかったのは、シドがライブハウスに乗り込んで、彼らを皆殺しにしそうな気がしたからだ。マリのために、そんなことをしてほしくはなかった。

「マリは、バンドの連中のほとんど全員とやってたわ。狂ったように、男のペニスをしゃぶって、男の上に乗って、狂ったように腰を振ってた。本当に、気持ちよさそうだったわ。汗と精液のにおいにまみれて、まるでけだものみたいだった」わざと、えげつない表現をしている。分かっていたが、止められなかった。「でも、七十点というところかしらね。まだ、彼女の中では、自分が気持ちよくなることの方が優先されてる。少し後ろから突かれただけで、フェラがおざなりになるんだもの。もっと、余裕が必要だわ。複数の男を相手にするときはね」

 シドはただ、こちらを見ていた。ハンドグリップの音はもう、聞こえない。いつの間にか、ダウンジャケットのポケットに、しまってしまったようだった。

「あなたのことを、強いし、お金を持ってるし、仕事で忙しいから、文句のない男だって言ってるって。それに、乱交パーティに出たのだって、あたしを連れていったのが、初めてなわけじゃないって。そのバンドの乱交パーティの、常連なんだって。パーティじゃないときだって、そのバンドのリーダーとセックスするときがあって」

 喋りすぎている。舌と頭が、マリの欠点を挙げるべく、ひたすら回転しているのは、止まったときに認識しなければならない何かを、恐れているからだ。恐怖に突き動かされるようにして、オーバースピードで回り続けていた。

 皮肉な笑みを浮かべた自分が、体から幽体離脱のように、抜け出すのが分かった。馬鹿な女。幽体は、冷徹なまでに自分を客観視して、そんなことを思っている。

 その全てが止まった。シドが、口を開いたからだ。

「好きなんだなあ、お前は。会ってから、そう長くは経っちゃいないから、全部を分かったなんて言うつもりはねえ。でも、これだけは確かだ。お前は、好きなんだよな。人と人が、それぞれの事情で築き上げてきたものを、身もふたもない言葉や行動で、ぶち壊すことがさ」

 まばたきを忘れ、炎をともした瞳とは裏腹に、微笑をたたえた唇。それが、どうしようもなく怖かった。弁解すべきだ。思考回路は、そう答えを弾き出していたが、そのための言葉を紡ごうとはしなかった。口は間抜けに開閉するだけで、何も言うことができなかった。

「マリのことなら、知ってるさ。けど、俺にはどうしようもないことなんだよ」

「何言ってるのよ。簡単じゃない。止めればいいのよ。やめろと」

「ダメさ」

「どうして」

「マリがやってることはな、俺への復讐なんだ。あいつは、俺のことをズタズタにするまで、やめないよ」

「復讐?」

「俺はな、あいつの姉貴を、ソープに“沈めた”んだ。あいつは、その復讐をしてるのさ。俺と恋人関係にありながら、数えきれないほどの男と寝て、俺を傷つけて、悶えさせて、嫉妬に狂わせる。そういう復讐をな」

 シドはおどけたステップを踏むと、踵を返して、こちらに背を向けた。

「マリの姉貴をソープにやったことは、後悔なんかしちゃいない。仕方ないことだった。マリの姉貴は、買いもの依存症ってヤツでね。借金をしてでも、買いものをせずにはいられなかった。名前はサキってんだが、俺の所に来たときにはもう、どうしようもない状態になってた。借金は雪だるま式に増えて、一千万を超えてた。サキには、とうてい支払えない額だった。俺は、同じような条件下にある女と同じように、サキを、ソープで働くように仕向けた。頑張れば、また前みたいに、買いものができるようになるって言ってな。サキは張り切って、行ったよ。そして、今も働いてる」

「なら、あなたは悪くないじゃない」

「そう。だが、もしもお前さんが、ソープで働いてる女の家族だとしたら、どう思う? どう考える? 誰かのせいにしたいとは、思わないか?」

「けど」

「マリは、最初からそうするつもりだったわけじゃないと思う。人の気持ちなんて、計算できないからな。最初はただ、俺へどうにかして復讐を果たすために、接近しただけだ。けど、あいつが側に来たところで、俺はあいつに惚れちまった。自分がソープに沈めた女のひとりの、妹であることを知らずにな。そのことを知ってからだろうな。あいつが、この復讐の方法を思いついたのは。いわゆる、惚れた弱みにつけ込む方法をな」

「他にも、女はたくさんいるじゃない。他の女を、好きになればいい」

「理屈通りに動かないのが、気持ちってもんだろ。ええ?」

「いつまで、そんな関係を続けるつもりなの」

「マリの気が済むまでさ。あいつが、姉貴の恨みを晴らしたと思ったら、終わるだろ。そのとき、初めてフラットな、スタート地点に立てる」

「スタートなんて、できるわけがない。一度そんな関係になった女を、本当の恋人にしたいって言うの?」

「俺の気持ちが、そう言ってるからな」シドはそこで、ハッと笑った。「そのときまでに、俺の気持ちが残ってるかどうかも、分からんがな」

「そんなの」

「何にせよ」シドの声が、きっぱりと言った。「お前の口出しは、必要ない。よかったな、お前。女で。じゃなきゃ、とっくにぶん殴って、ボコボコにしてるよ」

 道の起伏が、想像以上に左足に負担をかけていたらしい。ギプスの下が、痛みで脈打ち始めていた。鈴乃は、足を止めた。

 いいよ、殴ってよ。そう言った。その言葉に自信がなくて、声がとても小さくなってしまった。シドには聞こえなかったらしい。彼の足は、止まらなかった。殴ってよ。もう一度言った言葉も、シドに届くほどの声量を伴ってはいなかった。悔しさで、思わず唇を噛んだ。

 シドの足が止まった。小道を、横から圧迫するように立っていた木々が消え、視界が開けていた。目の前には、シドニーがいるはずの家があった。

「さて、何が出るか、お楽しみだな。ネコ」

 シドは振り返らなかった。二度と、自分のことを、本当の意味では見てもらえない。そんな気がしていた。

つづく




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posted by 城 一 at 18:50| 長編小説 焔-HOMURA-[integral] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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