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最近、自分がフリーメールを活用できない人間だってことに気付きました。

2008年04月19日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第170回(2版)


お前に貸す耳なんか、ないね。


 シドニーの前髪を、鷲摑みにした。持ち上がった顔面の中央に、拳を叩き込む。花が咲くように、血が蕾を開いた。甲高い悲鳴が、ログハウスの中に響く。

 苦痛に歪んだ表情の向こうに、彼女の家族のことを思い出した。二人の子ども。直接会ったことはないが、二人の連れ子を、当然のように受け入れることのできる、夫。

 同情は、誘われなかった。むしろ、嗜虐的な感情が込み上げる。

 拳を振った。二、三、四、五。血の花が花びらを広げ、シドニーの顔を覆った。彼女の表情が、見えにくくなった。

 六を数えた。シドニーの体が、椅子ごと吹っ飛んだ。掴んでいた前髪が、抜けたのだ。拳には、何かを砕いた感触があった。おそらく、鼻骨だ。

 リタが言った。

「殺すつもり?」

 乾いた言い方だった。倒れた先で、涙を流し始めたシドニーに、同情したのではない。ただ、訊いただけだ。

「あなたに、何の関係があるの、リタ・オルパート?」

 怒りの矛先を、リタに向けてもいいのだ。アイザック・ライクンを呼び覚ましたのは、他ならぬ彼女なのだから。

 リタに向けた流し目に、殺気を込めた。それを察したのか、それとも本心からの反応なのか。リタは、肩をすくめた。

「ただの、好奇心よ」

「なら、黙ってなさい」

 シドニーの腹を、踏みつけにした。

 この女のせいで、兄は死んだ。仲間と分断されなければ、アイザックを倒せなかったとしても、死ななかったかもしれないのだ。

 道長修と、佐治好丸もそうだ。同性愛者であることをネタに、脅迫されていなければ。佐治は、恋人を殺そうなどと、考えなかったかもしれない。道長が、自ら、銃弾の雨の中に飛び込むことも、なかったかもしれない。

 シドニーの腹に、つま先を食い込ませた。

 そして。人を殺める能力と、ベッドの中で男を愉しませる能力。その二つしか、自分にはないのだと、気付くこともなかった。

 もう一発。そう思ったところで、皿の割れる音を聞いた。振り向くと、シドがいた。作ったばかりの炒飯(チャーハン)が、彼の足下で、台無しになっていた。呼ぼうとした彼の名は、声に出さずに飲み込まなければならなかった。頬を、叩かれていた。

「てめえ、何やってんだ!」

 耳に突き刺さるような怒声に、“だって”と小さく呟くことしかできなかった。シドは、シドニーの下に駆け寄り、彼女の体を抱き上げた。紐を解こうとはしなかった。それだけが、救いだった。

 頬が、時間差で、痺れ始めていた。

 一度は、彼に手を上げられることを望んだ。それくらい、当然のことをしている。分かっている。だが、これは違う。

「こいつは」喉から、声を振り絞った。「お兄ちゃんを」

 最後まで、言うことはできなかった。立ち上がったシドに、また、頬を叩かれていた。

「ガキがいるんだぞ、この女には。それを、こんなメチャクチャにしやがって。ガキが見たら、どう思う。ああ?」

 シドは、シドニーのことを、生きたまま帰すことを前提で、考えていた。この男の考え方は常に、自分とは真逆を向いている。鈴乃は思った。シドニーの身柄を拘束したときから、鈴乃の頭に、彼女を生かして帰すという選択肢はなかったのだ。

「話を聞いてよ」

「断る」シドは目を剥いた。「暴力とチャカ(銃)を振り回すことしか頭にない上に、セックス狂いの詮索魔。お前に貸す耳なんか、ないね」

 そこまで言われる筋合いは、なかった。シドの頬に、平手を叩き込んだ。

「カザギワを相手に、スパイ行為を働いてたのよ、この女は。ガキ? そんなの関係ないわ。家に帰るとしても、それは死体になった状態で、よ。でも、死体を丸々一つ、箱に詰めるのは、かさばっていけないわね。バラバラに、解体しましょう。最初に送りつける体のパーツ(部位)は、選ばせてあげるわ。さあ、どこがいい?」

 叩かれた。反撃して、また叩かれた。

 鈴乃は続けた。

「それが嫌なら、家族ごと、皆殺しにするっていう手もあるわね。カザギワ相手にスパイ行為を働けば、どうなるか。いい見せしめになるわよ」

「いい加減に、黙れ、ネコ」

「あたしの言うことを無視して、シドニーを助ける? カザギワと、ツガ。組織間の摩擦に繋がるわよ。たとえそうならなくても、あたしがそのレベルまで、発展させてやる」

 体を引き寄せられた。シドに、胸ぐらを摑まれていた。

「これ以上、したり顔で、もっともな理屈を並べるな。何をするか、分からねえぞ」

 睫毛が触れそうな距離。瞳孔の収縮まで、見ることができそうだった。シドの目には、軽蔑の色しかなかった。そういう感情の対象としか、見られていないのだ。

 体から、力が抜けた。全てが、どうでもよくなっていた。

「オーケイ」鈴乃は言った。「分かったから。放して」

「何?」

 繰り返すことはしなかった。力ずくで、シドの手を振り払った。

 目の縁が、熱を帯びていた。涙だ。そんなもので、シドの感情を動かしても、嬉しくはなかった。それに。もし動かなかったとしたら、今よりももっと、悲しくなる。鈴乃は、シドに背を向けた。

 携帯電話が、鳴った。知らない番号からだったが、涙をやり過ごすのには、役立ちそうだった。出ると、相手はリヴァだった。

「どうして、あたしの番号を?」

「シドから、聞いたんだよ。それより、山で、テントを張った形跡を見つけたぜ。つい最近のものだ」

 アトリエのある小さな山は、周囲を、他の山々に囲まれている。苦労して登ったところで、目を愉しませてくれるような景色はなかった。達成感が生じるほどの、標高もない。

 それに、磐井たちがいる。素人ならば、その監視の目をかいくぐることは、難しいだろう。

 山にいる動機と、道理。両方を満たす人間は、一人しか思いつかなかった。

「アイザックが、来てるのね」

「そう考えるのが、妥当だ。そうだろ?」

「磐井たちを連れて、こっちに戻ってきて。布陣を、敷きなおさなくちゃならないわ」

「そのつもりだ」

 リヴァはそう言って、電話を切った。

 訝しげな表情を浮かべていたシドに、リヴァからの電話の内容を話した。涙はもう、引いていた。

 鈴乃は、自分で自分に驚いていた。

 アイザック・ライクンが、側まで来ていることが分かったというのに、感情が全く、波立たなかったのだ。

つづく




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posted by 城 一 at 13:33| 長編小説 焔-HOMURA-[integral] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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