Gusuku LABELへようこそ!
最近、自分がフリーメールを活用できない人間だってことに気付きました。

2008年04月25日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第171回


賭けてもいい。罠ですよ。


 西の空に、一筋の煙を見つけた。

 リヴァが、山中にキャンプの痕跡を発見してから、二日が経っていた。

 煙は、ごく細いものだった。火事と言うほどの規模では、決してない。誰かが暖を取るために、焚き火をしている。せいぜい、その程度のものだった。肝心の、その“誰か”が、アイザック・ライクンなのか。それとも、全く別の人間なのか。確かめるために、鈴乃は、アトリエを出た。

 早朝だった。夜はまだ、明けたばかりだ。冷気を含んだ、夜の残り香は、まだ辺りに漂っている。太陽が地平線を離れてから、いくらも経っていない。

 汚れた窓がなくなり、明瞭になった視界の中で、煙との距離を計った。徒歩で、三十分。鈴乃は、そう読んだ。松葉杖を突きながらならば、もっと掛かるだろう。

 誰も気付いていない。そう思ったが、違った。

「どこに行くつもりだ?」

 数歩進んだ先で、そう声を掛けられた。磐井だった。煙には、気付いていないようだった。気配を殺してアトリエを出たことが、逆に、磐井の気を引いてしまったのだ。

 隠す理由はなかった。煙について、手短に話して聞かせた。思った通り、磐井は、煙の存在に気付いていなかった。雲で白く染まった空に目を凝らして、ようやく煙を見つけ、小さく感嘆の声を漏らしていた。

 アイザックを迎え撃つための布陣は、一新していた。ツガ組から来ている応援を含めた十二人を、六人ずつの二チームに分け、三時間交代でアトリエの外周を見張った。夜間は、間隔を六時間にした。そうしなければ、睡眠時間が細切れになってしまう。

 眠りをケアした時間割りを提案したのは、鈴乃だ。だがそれを、自分が一番、有効に活用できていなかった。煙を見つけられたのは、そのためでもある。ひたすら窓の外を眺めて、眠れぬ夜を過ごしていたのだ。

 睡魔が寄りつかないのは、頬が持っている熱が原因のようだった。シドに、平手を食らった場所だ。もちろん、十分に時間は経過している。痛みも、腫れも、とうに治まっていた。それでも時折、頬が熱を持つのは、蘇るからだ。シドに叩かれたときの感情が。

 ログハウスから、数メートル離れた所に、ダンクがいた。水の入った二リットル入りのペットボトルを十本、ビニールテープでまとめたものを、左右の手それぞれに持ち、肘から先を上げ下げしていた。筋力トレーニングだ。が、瞼は八割がたが下に落ち、頭はがくんがくんと揺れていた。努力は認めるが、お世辞にも、起きて見張りをしているとは言い難かった。

 鼻っ柱に一つ。拳を叩き込んだ。

「誰だ! 敵か!? どこだ! 何だ!?」

 ペットボトルで作ったダンベルを構え、ダンクが叫んだ。その頭を、磐井が叩く。

「だったら死んでるよ、お前。他の連中のためだけじゃねえ。お前自身のためでもあるんだ。気ぃ入れて見張れや」

「当ったり前だ!」

 ダンクは背筋を伸ばし、声を張り上げた。持って、せいぜい三十分が限度だろう。強く責めることはできなかった。一人での見張りは、孤独だ。たとえ、側に仲間がいるのだとしても。

 時刻は、午前四時を回ったところ。今、見張りを担当しているのは、リヴァたちに、ツガの応援三人をプラスしたチームだった。交代まではまだ、二時間近くが残っていた。

「それで? ダンクが訊かないからって、説明もなしに行くつもりですか?」

 バーバーだった。だが、分からなかった。人手が六人あるとは言え、ログハウスの外周は広い。バランスよく配置したのならば、これほど早く、他の人間が担当する場所で起きた異変に、気付けるはずがないのだ。

「感心しないわね。自分のやるべきことを棚に上げて、異変を見つけたら、英雄(ヒーロー)気取り。あたしたちは、朝の散歩に行くところよ。持ち場に戻りなさい」

「ご心配なく。僕の持ち場は、ここから五十メートルの所だし、ダンクが“おねむ”のときは、ここも僕の持ち場になるんです」

「一人で、二人分を?」

「ときどき、三人分を」バーバーは微笑んだ。リヴァのフォローも行っているのだ。「その代わり、腕力や暴力方面のことは、助けてもらってます」

 苦手な分野では、遠慮なく助けをもらい、得意な分野は、他の者の分まで動く。効率の良さが分かってはいても、なかなか実行に移すのが難しいやり方だ。それが、平然とできている。バーバーたちの強さというものを垣間見た気が、鈴乃はした。

 鈴乃は、隙間なく肩を寄せるようにして立つ、木々の向こうに見える煙を指差した。

「あれの、確認よ」

 バーバーは、自身の表情に影を落とした。煙の存在に、気付いていたのだ。

「あれですか」バーバーは、煙の方角を見上げた。「ここまで、うまく身を潜めていたアイザックが、こんな尻尾の出し方をしますか? 僕は、そうは思わない。距離も、時間稼ぎには十分。賭けてもいい。罠ですよ」

「その可能性は、承知の上よ」

 それでも、行かなければならない。アイザックがそこに存在する可能性が、わずかでもある限り。そうでなければ、自分は何のために、ここにいると言うのだ。

「もし、煙が囮なら。本命は、逆サイドかな?」バーバーが言った。

「どこが本命にしろ、それぞれが、それぞれの場所でベストを尽くすことが肝要よ。そこの馬鹿にも、きつく言っておきなさい」

 鈴乃は、ダンクを示して、言った。ダンクは再び夢の中にいて、頭を激しく上下させながら、筋力トレーニングに励んでいた。鼻提灯を作っていないことだけが、救いだった。

「あれが、ダンクのベストなんですよ」

「とんだベストだこと」

 煙のことを皆に伝え、警戒態勢を取らせるのは、バーバーに任せた。ただ、話をしているだけでも、時間は過ぎていく。もたもたしている暇はなかった。煙がいつまであるか、分からないのだ。消えてしまえば、水の泡だ。

 鈴乃は、山中に足を踏み入れた。

 磐井が帰る気配なかった。何を考えているのだろう。鈴乃は思った。嫌いな人間と行動をともにするなど、苦痛でしかないはずなのに。

つづく




続きを読む
前回の話を読む
ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第1回から読む
ブログ小説 焔-HOMURA- scene1から読む
posted by 城 一 at 01:02| 長編小説 焔-HOMURA-[integral] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。