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最近、自分がフリーメールを活用できない人間だってことに気付きました。

2008年05月01日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第173回


嘘つき。


 鈴乃は、右腕から釘を抜いた。一本ずつ。抜く度に走る痛みに、意識が遠のきそうになる。疲労と、苦痛が蓄積しているのだ。自分が今、目を開き、自らの足で立っていることの方が、不思議だった。

 体に増えた傷に対して、経過した時間は、そう長くない。頭の中に浮かぶ、稼いだであろう時間は、三十分。だが。緊張感と集中力が、時間を圧縮していることを考えれば、もっと短いだろう。磐井がログハウスにたどり着いていれば、御の字、というところだ。

 枝の折れた音がした。上。姿を捉えぬまま、マカロフを撃つ。青い二つの瞳が線を描いて流れた。木が揺れ、表皮が剥がれ落ちてくる。跳んだのだ。横。捻った体が軋んだ。右腕を蹴られていた。釘の刺さった穴から血が飛ぶ。マカロフの引き金を引き続けた。鞠のように弾むアイザックの体。まるで関節が存在しないかのように自由に舞い踊る四肢。銃弾が尽き、銃声が途切れる。左腕が音を立てて、来た。掌底。マカロフから取り出した空の弾倉を、右手の指先で弾く。掌底を食らい、吹っ飛んだ。その衝撃を利用し、アイザックと距離を取り、木の陰に身を寄せる。

 脇腹にめり込んでいた、マカロフの弾倉が、落ちた。つづら折りになった、長い釘とともに。掌底は食らったが、釘を打ち込まれるのだけは、避けた。弾倉を、盾に使ったのだ。別の弾倉を取り出した。もう、新しいものではない。使用して、弾が半端になったものは、全弾が入っているものと交換。隙を見て、半端になった弾倉の弾をかき集めて、全弾が入っている弾倉を作る。そうやって残った、最後の半端な弾が残った弾倉だ。四。鈴乃は数え、マカロフに装填した。これで稼げる時間は、一体どれくらいあるだろう。十分? 五分? あるいは、もっと短いかもしれない。

 憤怒。復讐。報復。仇討ち。頭の中を巡る思考は、そういった色を帯びない。無色だ。どんなに、アイザックの姿を視界に入れようと、自分の体が、羽継の死体を思わせるものになっていこうと、変わらなかった。外気と同じように、冷えきっていた。羽継の仇を取るために、ここに来たのではないのだろうか。自分で、自分のことが分からなくなっていた。

 鈴乃は煙草をくわえた。火はつけない。煙で自分の居場所を知らせたくはない。葉のにおいを嗅いで、呟いた。

「考えても無駄、か」

「嘘」

 鈴乃は、目を細めた。向かい側の木に寄り掛かるようにして、幼い日の自分がいた。王子にガラスの靴を履かせてもらうシンデレラを模したシルエットがプリントされた、白いTシャツ。下は、水色のパンティしか履いていなかった。羽継と、初めてのセックスをしたときの格好だ。

 幼い頃の自分に掛けようとした声を、呑み込んだ。殺気を感じた。捻った肩口を、銃弾がかすめていった。空気が鳴る。鈴乃が寄り掛かっていた木に、アイザックが飛び蹴りを叩き込んでいた。打ち込まれた釘で、木にひびが走る。マカロフ。向けた銃口の先から、アイザックは逃げなかった。低姿勢になり、さらに踏み込んでくる。放った銃弾は、アイザックの太腿を薙いでいった。残弾数、三。体当たりを受けて、吹っ飛んだ。

 木で強打した頭から、一瞬、意識が飛んでいった。戻ってきた視界に、アイザックの左の掌底。頭をそらしてかわした。それ以上、逃げることができなかった。アイザックに、上に乗られていた。二撃目。掌底の中央をマカロフの銃口で受け止めた。引き金を引く。一、二、三。義手の手のひらに穴が開き、さらにその向こうの腕を銃弾がえぐった。脇腹に、右フックを叩き込まれた。さらに、肩口。顎。マカロフを捨てた。左の裏拳でアイザックの頬を叩いた。戻ってきたところで鼻に短いストレートを打ち込む。二発目は打てなかった。アイザックの右手に、捕まえられていた。自分の右は、言うことを聞かない。残った、アイザックの左腕も、同じだ。だが、振り下ろすことはできる。鉄の塊が、視界に落ちてきた。

 意識が、白く弾けた。戻ってくることは、許されなかった。連続して振り下ろされる鉄の塊に、体から遠く、引き離されていく。

「どうして、アイザック・ライクンの姿を目にしても、感情が爆発しないのか。怒りで、血が沸騰しないのか。教えてあげようか?」

 スズノの声を聞き、鈴乃は目を開いた。体の上に乗り、自由を奪っている者の姿が、アイザックからスズノに変わっていた。周囲の景色に、変化はない。自分の意識が戻っているのか、いないのか。判断がつかなかった。

 黙れ、邪魔だ。そう吐き捨てた。スズノは、傷ついた表情を浮かべた。唇を尖らせて、寂しそうに呟く。

「知りたいくせに」

「知りたくない」

「嘘つき!」

 スズノの左手が降ってきた。右肩を緩衝材に使い、直撃を避ける。それでも拳に額を捉えられ、意識が飛びそうになった。下半身を捻り、スズノの体との間に、膝を捩じ込んだ。左手でスズノの顎を突き上げ、さらに距離を広げる。数十センチ。脚を伸ばしきるのにも、足りない距離だ。だが、ないよりはいい。膝を胸につけ、足先を引き寄せる。足の裏で、スズノの胸を捉える。間は、置かなかった。スズノの体を、蹴り飛ばした。

 スズノの体は、木々の枝影に消えた。葉や枝がぶつかり、静けさに包まれた山の空気を、揺らした。鳥の一群が、無数の羽音を立てて、飛んでいった。

 武器が、必要だった。今の自分に残っているのは、空のマカロフ一丁だけだ。記憶を頼りに草木を掻き分け、来た道を戻った。落としたままになっていた、松葉杖型ショットガン(クレッシェンド)を拾う。満身創痍の今の体には、少々重たい武器だが、丸腰でアイザックを待つわけにもいかない。

 察知した気配に、躊躇なくショットガンを撃った。いたのは、スズノだった。散弾は彼女の体を素通りして、その向こうにある大木の幹を抉った。スズノは後ろ手に手を組み、無残な姿になった大木を振り返った。甲高い、笑い声を上げる。

「こわぁーい」

 散弾を連ねた。砕けるのは大木の幹だけで、幼い頃の自分の表情が、苦痛に歪むことはなかった。自分が物理的に破壊されないことを確認し、勝ち誇ったように、笑い続けていた。空になったクレッシェンドを捨て、デクレッシェンドに持ち替える。

「正直」アイザックが言った。数歩先の木の陰から、その姿を現す。「見くびっていたよ。あれだけ、罠(トラップ)を重ねれば、勝負は一瞬でつくと思っていた」

「あたしも少し、そう思ったわ」

 アイザックの口許が歪んだ。

「謙虚だね」

 アイザックの体が跳ねた。右ストレート。松葉杖の骨で受けた。左フック。いや、もうその呼び方は正しくない。ただ、手の形をした鉄の塊が、振り回されているだけなのだから。体を捻って、それをかわした。中段蹴り。脇腹に食らった。釘が突き刺さる。一、二。松葉杖を振る。速度は出なかった。後方へと跳んだアイザックに、楽々とかわされた。ショットガンを撃った。さらに、アイザックの姿が遠ざかった。

 ブービートラップに利用され、大きな穴が開いた、テンガロンハットを見つけ、拾った。頭頂部を覆う部分がないので、まるでシャンプーハットだった。

「またまた、無理しちゃって。そんなもの、本当はどうでもいいくせに」

 スズノの声がした。姿は見えない。

 鈴乃は地を蹴り、木と木を交互に跳躍し、他の木から頭一つ抜け出した巨木の頂に立った。遮るものがなくなり、猛然と降り注ぐ陽光に、目を細める。空が近い。透き通るような青色を、手に摑むことができそうだった。強風に飛ばされそうになったテンガロンハットを、押さえる。

 兄が肌身離さず、いつもかぶっていたテンガロンハット。それを取り戻すために、ここまで来た。そう思っていた。だが、テンガロンハットを頭に乗せても、何の感慨も生じなかった。もし、手を離して、テンガロンハットが風に吹き飛ばされてしまっても、追いかけはしないだろう。

「物理的な距離を取ったって、駄目だよ。浅はかね」

 スズノが後ろにいた。振り向き、デクレッシェンドで殴り飛ばそうとした。が、振り向いた先に、スズノはいなかった。背中で、また彼女の声がした。

「いつまで、そうやって逃げ回るつもり?」スズノが言った。「分かってるの? あなたは、あたしから逃げることなんて、できないのよ。ただあたしが、あなたのことを見逃してあげてるだけ。モラトリアムをあげてるのよ。でも、もう限界」

 アイザック。肩からの突進。デクレッシェンドで受け流した。跳躍し、アイザックを追いかける。散弾を放った。当たらない。回し蹴り。左膝で受けた。衝撃が、折れた骨に伝わり、激痛が生まれる。体が軋み、硬直した。アイザックの、右と左のコンビネーション。防御できたのは数発だけだった。こめかみ、顎、胸、腹。いくつも受けて、吹っ飛ぶ。視界の中で空の青色が流れて消える。林の中へ。枝、幹。体が弾み、方向を失った。

「あたしは」スズノが言った。側にある木の枝の上で、両膝を胸につけて、かがんでいた。頬杖を突くようにして、手のひらを頬に当てている。「あなたは。羽継に犯されたのよ」

 違う! 叫んでいた。直後、衝撃。アイザックの足に、腹を捉えられていた。釘が、奥深くまで突き刺さるのが分かる。木に背中から衝突。胃から込み上げてきたものがあった。咳とともに、それを吐き出す。血。デクレッシェンドを振った。鉄製の松葉杖型ショットガンは、重すぎた。速度が出ず、アイザックの体を捉えることはできなかった。アイザックの姿が、木々の中に消える。鈴乃は、枝に体を絡め、地面に落ちるのを防いだ。

 同じ枝の上に、スズノも座っていた。鼻歌を歌いながら、足をぶらぶらさせている。

「なら、説明してよ」スズノは言った。「あの日、あなたはどうして羽継とセックスをしたの?」

「互いに、愛し合っていたからよ」

「なら、どうして羽継は、黙ってベッドに入ってきたの? 手のひらで口を覆って、騒がないようにしたの?」

 デクレッシェンドで、枝先の、スズノが座っていた部分を破壊した。スズノのくすくすと笑う声は、背後に移動しただけで、消えることはなかった。

「無駄だって、言ってるのに。可愛いのね、鈴乃」

 声をデクレッシェンドで薙いだ。感情に任せて、無理な姿勢で動いた。崩れた体のバランスを、取り戻すことができなかった。枝から落ち、地面に衝突した。スズノの姿は消えない。

「ねえ、答えてくれないの?」

「そんな、細々としたことまで、覚えてないわ。昔のことだもの」

「嘘ばっかり! 覚えてないんじゃないでしょ。切り捨てたからよ。羽継に犯されたあたしのことを。まるで、別の人間のことのように扱って」

「そんなこと、してない」

「嘘つきは、嫌いよ!」

 スズノの両手が、首に伸びた。逃れられなかった。首を、締め上げられていた。抵抗しようにも、手は空を掻くだけ。途切れた酸素供給に、耐えられる力は残っていなかった。視界に、黒い幕が落ちた。

つづく




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posted by 城 一 at 15:54| 長編小説 焔-HOMURA-[integral] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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