Gusuku LABELへようこそ!
最近、自分がフリーメールを活用できない人間だってことに気付きました。

2006年09月08日

ブログ小説 焔-HOMURA- scene21

●狩内 蓮(かりうち れん)/白虎(びゃっこ)

 蓮が部下たちを怒鳴っているところに、ポールが割って入った。NBAチームのレプリカユニフォームを着た、樽のような腹の男。
「しかし、蓮。お前が餌になって、ミカドの連中をおびき寄せるって作戦にも、無茶があったんだ。短絡的過ぎる」
 ポールだけは、蓮のことを呼び捨てにした。蓮も、それを許していた。
「んなこたあ、分かってる」
 蓮は肩を怒らせ、拳を握りながら、吐き捨てるように言った。
「一般人を巻き込まない。確かに大切なことかもしれんが、優先することじゃない。俺たちは、正義の味方じゃないんだ」
 蓮は、今度はポールに向き直り、彼の胸元を掴んだ。
「そう思うのは構わねえ。考えるのは責めねえ。だけどな、口には出すな。俺の前で」
「いい加減、割り切ることを覚えろ、蓮。ミカドはそこら辺のちんぴらとは違う。綺麗事言ってると、死ぬぞ」
「それ以上言うと、お前も殴る」
 ポールは首を振りながらも、それきり、口をつぐんだ。蓮の視線の先では、リヴァたち三人が、ガラスが全て吹っ飛んだ窓から顔を出して、酒場の中を覗いていた。黒人の、背の高い少年、ダンクが言った。
「そんなに言うなら、俺たちの治療費くらい払ってくれるんだろうな。何せ、一般ピープルだし」
 蓮がダンクを一瞥した。
「一般ピープル?寝ぼけたこと言ってんな、ニック・スコールズ」
 ダンクは、自分の本名を言われ、目を丸くした。バーバーが言った。
「驚くことじゃないよ。だって、ツガ組の幹部だよ?」
「その通りだ。ピーター・キニング・戸田」
 バーバーはソフトモヒカンにした髪を指先で弄りながら、肩をすくめた。本名を言われたのに、全く驚いてはいない。
「そして、C・C・リヴァ」
 リヴァは笑顔で軽く手を振った。
「ハロー」
「白虎でも、リヴァの本名、分かんないんだ」
 バーバーの言葉に、蓮は答えた。
「本人が分からないもんは、分からねえさ」
「お前らのやんちゃっぷりは、耳に入ってる。なぜ、この街に来た?」
「前の街に飽きたから、新しい遊び場を探しに来たのさ」
 リヴァが言った。
「それで、僕らはツガ組に入れるんですか?」
「仮採用だ」
「そんなに簡単に、信用していいのかい、ミスタ・白虎?」
「お前らのことは、調査済みなんだよ、リヴァ。それで、早速仕事があるんだが」
「なんでしょう」
 蓮は、床を指差した。
「ここを片づけろ」
「またかよ」
「得意だろ?身ぐるみ剥ぐのは、ミカドだけだぞ」
「へいへい」
 リヴァは、肩をすくめた。


つづく
posted by 城 一 at 03:00| 長編小説 焔-HOMURA- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ブログ小説 焔-HOMURA- scene22

●狩内 蓮(かりうち れん)/白虎(びゃっこ)

 蓮は部下たちに、乱暴に包帯で体中を巻かれ、今は黒塗りの高級車の後部座席に座っていた。
 車は、どんな患者でも受け入れてくれる、最寄りの病院へと向かっていた。最近は、そういった病院が増えたな。蓮は思った。表社会に生きる人間たちだけを相手にしていては、食っていけないのだ。そうなれば、法律で仕切られた、向こう側の住人たちを受け入れなければならない。
 体中に痛みが走り、蓮はそっと呼吸する。隣に座るポールに言った。
「ミカドは、どういうつもりだったんだと思う?」
「軽く遊んだだけだろうな。ツガ組にちょっかいを出せれば、別にお前じゃなくてもよかったんだろうさ」ポールは言った。
 助手席の佐々岡が言った。
「当たり前です。俺たちを殺るつもりなら、少なくとも二桁は揃えてもらわないと」
 蓮は、目を閉じたまま腕を組んでうつむき、静かに言った。
「たかだか五人にもたついてた奴の発言じゃねえな」
 佐々岡はうなだれた。
「すいませんでした」
「お前らは、俺の直属なんだ。ポッと出の組織の、寄せ集めのくず共なんざ、百集まっても、今回の人数でへこまして、当たり前だと思え」
「はい」佐々岡は、さらにうなだれた。
 ポールが言った。
「だが、ミカドには海外のマフィア共が集まってるとも聞くぞ」
 蓮は額に巻かれた包帯に、軽く指で触れた。わずかながら、指に血がついたのを見て、舌打ちする。
「海外だろうが国内だろうが、関係ねえ。俺の街ではしゃぐのは、まとめて潰すだけだ」
 蓮は、血のついた指を舐めた。
「他にも、ミカドの下っ端がこの辺に潜り込んだんじゃなかったか?」
 佐々岡が答えた。
「そういう情報が入ったんですが、その後、何の音沙汰もなく……」
 蓮は、血を舐め取った指を眺めながら言った。
「こいつを知られたら、また爺共にからかわれるな」
 ポールが、佐々岡に尋ねた。
「おおまかな情報も、ないのか?」
「あります。ただ、こちらはデマの可能性もあるので、検討中です。これが正しければ、接触してるのは、おそらくカザギワかと」
 蓮が言った。
「カザギワと俺たちが、協力関係にあるのを知ってんのか、あいつらは?」
「どうかな」ポールが言った。
「だとしたら、戦争するつもりだな、ミカドの奴ら」
「その可能性は大だ」
「理解できん。ミカドは、そんな大胆なちんぴら共だったかね。俺の知ってる限りじゃ、今回の騒ぎで三割ほど逝った計算だぜ。それに、外人共を呼ぶのにも金がかかるはずだ」
「何かあったのかもしれん。ツガ組とカザギワを敵に回しても、勝算が生じるような、何かが」
「佐々岡、ミカドについて、洗い直せ。部下は自由に使っていい」
「はい」
「いい加減、ツガ組の幹部様は、おとなしくしてるんだな。白虎が狩られれば、大事だ」
 ポールが言った。蓮は鼻を鳴らして、窓の外を見ていた。
「何にせよ、しばらくポーカーはしねえよ」


つづく
posted by 城 一 at 06:00| 長編小説 焔-HOMURA- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ブログ小説 焔-HOMURA- scene23

●園村 美江子(そのむら みえこ)

 酒場の中は、無残なものだった。
 原型をとどめているものを探す方が、難しい。美江子は顔を覆った。誰もいない酒場で、彼女の泣く声だけが、聞こえている。
 ツガ、ミカド、白虎、命を賭けたポーカー。
 あれは何だったのだろう。
 ここは、煙草の煙と汗のにおいと、下品な笑い声と酒のにおいに満ちた、ある種、人間臭い場所であったはずなのに。美江子は、口では軽蔑するような言葉を吐きつつも、ここが好きだった。それが、ほんの一瞬で全て消え去ってしまった。
 銃弾が、悲鳴が飛び交い、血飛沫が散る。そして、それと同時に、いくつもの命が散った。いとも簡単に。マスターも、あっけなく死んだ。
 ツガ組の構成員たちが、美江子を病院へと連れて行こうとした。美江子は、必死にそれを振り払った。
 何をされるか分からなかった。もしかすると、連れて行かれる先が、ソープランド、売春宿の可能性もある。そう考えた。
 少し前から、よく現れるようになった、気前のいい客。狩内蓮。
 密かに、好意を抱いていた。だが、その想いはもう、微塵も残っていない。
 ツガ組。ミカド。
 美江子は今一度、彼らが言っていた組織の名を口にして、首を振った。信じられない。あのような存在が、この街にいたことが。
 美江子は、この酒場に住み込みで働いていた。しかし、もうここにいるわけにはいかない。
 美江子は両手にひとつずつの、大きな鞄をバーカウンターの下に置いた。酒瓶の並ぶ棚からいくつか、自分の好みの酒を選び出して、鞄に入れた。そして、棚にあるものでハイボールを作り、飲んだ。
 ふと、猫の鳴き声が聞こえた。
 酒場の入り口でひと鳴きしたその猫は、ゆっくりと安全を確かめながら、中に入って来た。そして、美江子のことを見上げた。
 顔の右半分が黒、左半分がオレンジ、鼻先は白の、ぶちの猫。マスターが気に入って、いつもミルクをあげていた猫だった。
 美江子は怯えさせないように、そっと、猫の目線にかがんだ。
「マスターはね、もういないんだよ」
 猫は美江子を見つめながら、返事をするように鳴く。
 ふいに、美江子の目元に、また涙が溢れてきた。自分に、あんなに親切にしてくれた人はいなかった。あれほどいい人はいない、と思っていた。
 そんな人が、あっけなく殺された。
 美江子は、カウンターの向こう側にある冷蔵庫からミルクを出し、皿に注いで猫にやった。猫は、それが当たり前だとでも言うかのように、無感動でミルクに口をつけた。
 その猫は、野良だ。マスターが言っていた。
「だから、俺が名前を考えてやったんだよ」
 だが、猫に特別な思いを抱いていなかった美江子は、その名前を覚えていなかった。猫が一心にミルクを舐める音だけが、耳に入ってくる。
「ただのミルクなのに。お前は、おいしそうに飲むのが、上手だね」
 美江子は言った。アルコールが、頭の回転をよくするのではないか。そう思いながら傾けていたグラスは、すぐに空になった。美江子は首を振った。やはり、思い出せそうになかった。
 美江子は、足元の鞄に手を伸ばしながら、猫に声をかけた。
「もう、ここに来ちゃ駄目だよ」
 美江子は酒場の出口へと向かった。ドアが軋む。
 その音に、猫の鳴き声が重なったような気がした。美江子は振り返らなかった。


つづく
posted by 城 一 at 09:00| 長編小説 焔-HOMURA- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ブログ小説 焔-HOMURA- scene24

●越智 彰治(おち しょうじ)/銀雹(ぎんひょう)

 何度目になるかは、分からない。
 慶慎は越智に腹を蹴られ、床に転がった。
 慶慎は、その反動を利用して、すぐに起き上がる。その胸は、目に見えて大きく波打っていたが、喘息の発作が起きる気配はない。今のところ。最初にゆっくりと時間をかけて、ウォーミングアップしたお陰だ。
 慶慎が動く度に、体を覆っている汗の玉が散った。
 越智と慶慎が組み手をしているのは、越智が一人で住む一軒家の部屋のひとつ。地下にある、コンクリート打ちっ放しの、広い部屋だった。
 部屋の天井、壁、床には、全部で二十の円が描いてあった。円はバスケットボール大。それぞれ、一から二十まで、数字が振ってある。
 慶慎の右手には、レーザーポインターが装備された銃がある。弾は入っていない。
 グレイのスウェット姿の越智と、黒に赤で螺旋模様が一本、肩から腕のラインと、脚の側面に入ったジャージの上下を来た慶慎は、束の間、睨み合う。
 越智はひと息に、慶慎の懐へ飛び込んだ。
 慶慎が慌てて拳を繰り出す。越智はそれを、余裕を持ってかわし、ジャージの袖を引き、足を払って、床に投げ飛ばした。
 バランスを崩したかのように見えた瞬間、慶慎の体は柔らかくしなり、受け身を取る。
「十七」
 越智は言った。慶慎は即座に銃のレーザーポインターを、越智の言った番号が書いてある、天井の円に合わせた。
 慶慎に息をつかせず、間を詰め、拳を繰り出す。
「十五センチずれた。四番」
 越智の両手を使った攻撃を、十五歳の少年がさばけるはずもない。しかも、慶慎は片手に銃を持っている。肩、腰、額を越智の拳が打つ。
 急所だけは、避けている。慶慎はバックステップを踏んで、銃口を四番に向けた。
 赤い光は円の中心を捉えた。
 やった。そう思ったのだろう。慶慎の表情が綻んだ。油断。その慶慎を、越智の後ろ回し蹴りが襲った。まともに入った。慶慎の体が、勢いよく吹っ飛ぶ。
「遅い。実戦じゃ、お前の狙いの先に、敵はいない」
 立ち上がった慶慎の足元は、ふらふらしていた。そんな慶慎を、ふとした瞬間に、抱き締めたくなってしまう自分がいる。それを払拭するように、越智は叫んだ。
「十三番!」
 レーザーポインターが射たのは六番だった。十三番の側。円を狙うのを優先したせいで、今度は防御がおろそかになっていた。拳が慶慎の顎を捉えた。
 糸の切れた人形のように、慶慎の体が、その場に崩れた。慶慎は気を失っていた。


つづく
posted by 城 一 at 12:00| 長編小説 焔-HOMURA- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ブログ小説 焔-HOMURA- scene25

●越智 彰治(おち しょうじ)/銀雹(ぎんひょう)

 越智はシャワーを浴びた。茶色の綿のパンツに、クリーム色のジャケット、白いシャツを着て、先程、慶慎と組み手をしていた部屋へ行った。
 慶慎はまだ、気を失ったままだ。
 体を冷やさないように、タオルケットをかけてある。体術の基本は教え込んだ。銃は拳銃からショットガン、スナイパーライフル、手に入るものを、ひと通り扱えるようにした。ナイフ、短剣、刀も同様に教え込んだ。
 だが、全ては教えられていない。基本だけだ。武器に関する基礎知識と、必要最低限の、基本的な技術。相手は十五歳の少年なのだ。時間はいくらでも必要だった。
 どこにでもいる、心の優しい、少しだけ引っ込み思案な少年。それを、冷血な殺し屋に育てなければならないのだ。
 技術を、体を鍛えるだけでは、全く足りない。本当ならば、心を鍛えることだって必要だ。しかも、慶慎は、両方共、人一倍、鍛えなければならない人種だった。
 喘息だということ。心が優しいということ。それは大きなハンデとなる。慶慎が殺し屋となったとき、致命的なものになる可能性をも孕んでいる。
 時間は足りない。
 しかし、そう長くは残っていないだろう。そんな悠長な世界ではない。風際秀二郎も、同じだ。先程から、パンツのポケットでは、携帯が震えていた。相手は高田。また何か、仕事を言いつけようというのだろう。
 越智は着信を無視した。後で、何とでも言い訳はできる。
 慶慎がゆっくりと目を開けた。その場で跳ねるように、戦闘態勢に入る。そうしてから、越智から着替えていることに気づき、「あれ?」と言った。
「今日のトレーニングは終わりだ。シャワーを浴びて来るといい」
「はい」
「着替えのある場所は、分かるな?」
 慶慎とのつき合いは長い。着替えくらいは、ひと通り、越智の家に用意してあった。空き部屋は、たくさんあった。一緒に住むか?慶慎に、何度、そう言いかけたか分からない。そうしないのは、慶慎のためだ。今、越智と一緒に暮らし始めれば、慶慎は、自分で生きる力を身につけることができない。
 駆けていこうとする慶慎を呼び止めた。
「体は、大丈夫か?」
「はい」
 慶慎は即答した。が、体を動かすと顔をしかめる。やはり、越智に打たれた場所が痛むようだった。当たる寸前で、できるだけ勢いを殺したが、限界はある。当てないことも考えたが、その分、実戦というよりも、訓練の色が濃くなる。
 それに、父親に受けた傷もあるだろう。
 慶慎は何も言わない。越智に、気を使っているのだろう。
 越智は言った。
「腹、減っただろう。どこかに食べに行こう。何が食べたい?」
「何でもいいんですか?」
「いいよ」
「ハンバーグが食べたいです」
「ハンバーグ?」
「駄目ですか?」
 食べ物の好みなど、普通の同い年の子供と、何ら変わりない。越智は思う。ただ、父親に恵まれなかっただけだ。おどおどし始めた慶慎に、越智は笑いかけた。
「いや、いいよ。ハンバーグ、食べに行こう」
 携帯が、また震えていた。気にならなかった。


つづく
posted by 城 一 at 15:00| 長編小説 焔-HOMURA- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ブログ小説 焔-HOMURA- scene26

●高田 清一(たかだ せいいち)

 高田は、煙草の先で銀のシガレットケースを叩いていた。苛立っているのが、その音だけでも分かる。
 高田の腰かけた机には、いくつもの電話機が並んでいた。
 その一つが鳴った。
 高田は煙草を電話機の横に置いて、受話器を取った。束の間、耳を傾けただけで、すぐに切る。
 間髪入れずに呼び出し音がいくつも重なる。高田は全ての受話器を、手と肩、首を駆使して受けた。どれも、高田を満足させる報告ではなかった。全て、乱暴に電話機の本体に戻す。受話器が戻った途端に、また電話機は呼び出し音を立て始める。
 数時間、この状態が継続している。
 呼び出し音を無視して、高田は携帯電話を使った。電話の向こうで、何度か呼び出し音を聞かされた後、留守番電話の案内が始まる。伝言を吹き込んだ。
「何をしているんですか、越智。この伝言を聞いたら、すぐに来てください」
 通話を切り、別の電話番号にかける。机の上の電話機は、全て呼び出し音が鳴っているので、使えない。
 高田は、携帯電話の向こう、呼び出し音を聞きながら、机の電話機の一つから受話器を取った。首と肩の間に挟める。
 部屋のドアが開いた。女。赤毛のベリーショート。カナコ・ローディンだった。高田は言った。
「カナ――」カナコが目を細める。「忙しくてね。多少の失礼は許していただきたい、ミス・ローディン」
 カナコは言った。
「文永氏が、ミカドの構成員十数名から攻撃を受けています」
「十四人。分かっている」
「彼が自分で作った部隊も、かなりの被害を受けているようです」
「十名のうち、半分が殺された」
「ドライバーつきで車二台を用意しました。狗たちも、あと十五分で揃います」
「待てない。殺し屋を一人、先行させる。そっちにドライバーも一人、回した」
「銀雹が捕まったのですか?」
「いや」
 高田の手元で、携帯電話がつながった。高田は言った。
「迎えの車が、もうすぐそちらに着く。三分で出てくれ」
 言い放ち、高田は、携帯電話を掌の中でくるりと回して、閉じた。カナコが、軽く首を傾げて、高田を見た。高田は言った。
「蝶に舞ってもらう」


つづく
posted by 城 一 at 18:00| 長編小説 焔-HOMURA- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ブログ小説 焔-HOMURA- scene27

●井上 椿(いのうえ つばき)

 無茶を言う野郎だ。
 寝ているところを叩き起こされた。椿は大きな口を開けてあくびをしながら、高田に言われた三分を目指して、身支度を整えた。
 金に近い茶色に染めた、ぼさぼさのセミロングの頭を、ピンク色のベースボールキャップに収める。化粧をしている暇もない。素顔を隠すようにして、大きな赤茶色のレンズのサングラスをかけた。ブラジャーをつける時間も省き、Tシャツを着る。Tシャツには、ディフォルメされたツキノワグマがプリントされていた。本来、白い月のような半分の輪が入っているはずの熊の胸元には、バナナが描かれている。熊のイラストの下にローマ字で『BANANA−NO−WA−GUMA』と入っている。履いているジーパンは、ぼろぼろ。裾はほつれ、膝や太腿の部分には、穴が開いていた。靴を履くのもやめて、安物のビーチサンダルを選んだ。手に持った大きな化粧箱が、揺れる度にがちゃがちゃと音を立てた。
 椿は、マンションから走り出ると、前に止まっていた車に乗り込んだ。スカイラインGT−R。
 運転席の女が、エンジンを吹かしながら、車の時計を見て言った。
「二分、遅刻だよ」
 椿は車に乗り込むと、運転席の女の言葉に、椿は目を剥いた。
「仕方ねーだろ。短過ぎんだよ、制限時間がさ。ベッドから出るので精一杯だ、こっちは」
「もう、夕方だけど」
「どんな時間に寝てようが、人の勝手でしょうが」
「彼氏とお楽しみ中だった感じ?」
「そんなもん、いない」
「一人寂しく、長い夜を持て余して、気づけば朝が開けて、それでも眠たくならなくて、昼頃眠りにつく。ああっ、想像しただけで孤独死しそう」
「人の私生活を、勝手に想像すんな」
「涙が出るね」
「いい加減にしろよ、この……」
 言いかけて、椿は、運転席の女の顔をまじまじと見た。前に一度、見たことがあった。しかし、名前は出て来ない。
「あんた、あたしの名前忘れたのかい。カザギワお抱え運転手の名前くらい、覚えといてくれよ。壮木だ。壮木眞子。前に会ったときに、教えたはずだよ?」
「ごめん、ごめん。あたしってさ、ほら。頭の容量、小さいから」
「だろうね」
 眞子は呆れながら、アクセルを踏み込んだ。車一台がかろうじて通れる、歩道の上の電柱の内側を通り抜けて、コーナーをクリアしていく。
 椿は、化粧箱の中から、皮がついたままの林檎を取り出した。Tシャツで磨くように擦ってから、大きく口を開けて噛りつく。
「で?急ぎの用って、何なのよ」
「何。あんた、何も聞いてないの?」
「だから、聞いてんじゃん。林檎、いる?」
「切ってくれれば」
「無理」
「じゃあ、いらないよ」眞子は言った。「今回呼び出された原因は、文永氏だよ。風際文永。ボスの息子。女の所でよろしくやっいてるところを、ミカドに襲われたのさ」
「好きだねえ、文永氏は。場所は?」
「ミカドの縄張り。ど真ん中ストライク」
「最悪」
 言って、椿は大きな口を開けて、林檎をまた、ひとかじりした。


つづく
posted by 城 一 at 21:00| 長編小説 焔-HOMURA- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月09日

ブログ小説 焔-HOMURA- scene28

●壮木 眞子(そうき まさこ)

「ミカドが動き始めてるってときに、連中のシマで女遊びなんて、頭おかしいんじゃない?」
 椿は言った。壮木眞子は椿を横目でちらりと見ながら、赤信号を突っ切る。
「ま、前々から文永氏は、組織の中でも浮いてたけど」
「頭じゃなくて、下半身で考えて行動するってヤツだ。文永氏って、正式にカザギワのメンバーなんだっけ?」
「名字、風際だけどね。どうかな。確かに言われてみると、組織の仕事やったっての、聞いたことない」
「あの人ってさ、自分で部隊、作ってなかった?」
「それも、もう半分殺られたってさ」
「しょうがないね。自分に忠実なだけの、能無しばかり集めた部隊だから。半分残ってるだけ、マシかも」
 眞子は、車に設置されていた無線を取った。
「壮木です。言われた場所まで、直線で二ブロックですが、交戦中の車群は見えません」
「三ブロック東へずれて、そのまま北上してくれ」無線の相手は、高田だった。
「了解」
 眞子は短く答えて、無線を置いた。
 アクセルから瞬間、ブレーキに踏み変えて減速。若干、左側にスカイラインが沈み込むのを感じながら、コーナーを滑って行く。
 椿は、また化粧箱を開けて、化粧用のペンシルを取り出すと、眉毛を描き始めた。
 眞子はクラクションを鳴らす。赤信号を突っ切った。
「あんた、確かに眉なしだけど、時と場合ってのが、あるんじゃない?」
 椿は無視して、眉を描きながら呟く。
「あんたこそ、前に会ったときよりも、腹が出てるんじゃない?妊娠?」
 波打つ道路で、スカイラインが軽く跳ねた。その反動で、椿が天井に頭をぶつける。化粧箱の中身が、いくらか、車の床に落ちた。
「余計なお世話だよ」眞子が言った。
 眞子はまた、横目で椿を見ると、ギョッとした。化粧箱の中に、まだ組み立てられていない状態の銃が入っていたからだ。
 椿は「やっべ」と呟いて、車の床を覗き込んだ。
 眞子は恐る恐る、椿に訪ねた。
「何か落ちた?」
「うん。部品」
「何の」
「何のって、銃に決まってるじゃん」
 スカイラインは、道路でまた少し、跳ねた。


つづく
posted by 城 一 at 00:00| 長編小説 焔-HOMURA- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ブログ小説 焔-HOMURA- scene29

●風際 文永(かざぎわ ふみなが)

 右腹の端で、血が、文永の着るシャツを汚していた。
「くそっ」
 鈍く響くような痛み。傷の周辺に漂っている。
「てめえ、もっとちゃんと押さえやがれ!」
 腹の傷に、タオルを押し当てる部下を、怒鳴った。
 車は、限界の速度で街を走り抜けている。文永は、運転席に座る男に言った。
「今、どこに向かってる」
 男は、明らかに混乱していた。肩で呼吸をし、睨みつけるように前方を見ている。
「どこへ向かえばいいんでしょうか」
 文永は、男のこめかみを殴った。
「そんなの自分で考えろ、馬鹿」
 後方で、最後の護衛の車が爆発した。残りはこの、文永が乗るベンツのみ。敵は、五台で追跡してきている。
 ミカドの構成員たち。何人が自分を追っているのか、文永には分からなかった。向こうに比べて、二台しかなかった、こちらの戦力。数十分持ちこたえた上に、一台減らすことができたのは、むしろ上出来なのかもしれない。
 文永は、無線に怒鳴った。
「高田!この、くそったれキザ野郎!何やってる。とっとと、応援を寄越せ!」
 高田が答える。
「もう少しの辛抱です。今、そちらに殺し屋を一人、向かわせていますので」
「さっきから、そればっかじゃねえか、この役立たずがっ!!」
 文永は、無線をダッシュボードに投げつけた。
 追っ手の車。横に並ばれた。スコールのような銃弾が降り注ぐ。ベンツの窓は防弾ガラスになっていたが、それでも銃弾のスコールには耐え切れず、窓枠から外れ、落ちた。
 隣で、文永の傷口を押さえていた男が倒れた。背中に銃弾を受けていた。
 さらに、文永の腕を銃弾がかすめる。防弾ガラスの外れた窓の向こうで、銃口が真っ直ぐ文永を狙っていた。
 文永は、歯を食いしばった。
 が、銃弾が文永を襲うことはなかった。文永に向けて、銃を構えていた男が、急にぐったりとして、銃を地面に落としたのだ。
 偶然ではない。男はこめかみを撃たれていた。
 向こうの車の後輪が二つ、破裂する。同時に、運転手も、頭をハンドルにぶつけたまま、動かなくなった。追っ手のその一台は、電柱に衝突して、一瞬で視界から消えた。
 入れ替わりに現れたのは、黒いスカイライン。GT−R。
 敵。そう思い、身構えた瞬間、無線が文永を呼んだ。
「どうも。横のスカイラインの者です。高田さんに言われて、助けに来ました」
「お前は」
「コードネーム、スワロウテイル。よろしくどうぞ」


つづく
posted by 城 一 at 03:00| 長編小説 焔-HOMURA- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ブログ小説 焔-HOMURA- scene30

●井上 椿(いのうえ つばき)/スワロウテイル

 椿は無線に向かって言った。
「ところで文永さん。無事っすか?」
「脇腹を撃たれた」
 椿は素早く無線のスイッチを切り替えて、高田につなぐ。
「高田さん、聞いてる?文永さん、撃たれたって」
「必ず、文永さんを助けろ」
「了解でございます」
 椿は、無線を壮木眞子に渡すと、助手席の窓を全開にした。シートベルトに、片脚をくるくると回して、絡める。脚が固定されたのを確かめると、椿は、窓からその身を放り出した。
 シートベルトに脚が絡まっているので、窓の外で、上半身が逆さまにぶら下がる状態になる。ベースボールキャップとサングラスが、高速で流れる道路に落ちて、転がっていった。
「あ〜あ。お気にだったのに」
 眞子が、運転席から怒鳴るように言う。
「何か言ったか!」
「何も言ってねーよ!!」椿は言った。
 椿は大きく息を吸い込んだ。止める。狙いすまして、追って来る車のタイヤを撃ち抜いた。車はバランスを崩し、真横になって転がる。
「エクセレント、あたし」
 眞子が、バックミラーを眺めながら、口笛を吹いた。
「残り、四台」
 椿は飛び上がるようにして、上半身を振り上げる。窓枠に着地した。後続車の数を数えながら、そのうちの一台の運転手の額を撃った。これで、追跡不能だ。
 後続車の数は、一台になっている。
「二台、少ない」
 眞子はバックミラーを眺めながら、眉を寄せた。
「何だって?」
「消えた二台は、前に回り込む気だっつってんの。ルート変えてよ、運転手さん」
 壮木眞子は走っている道の両脇に流れる街並みに視線を走らせる。無線を取った。
「文永さん、次を右に」
 遅かった。壮木眞子の言ったコーナーまで、数秒しかなかった。文永の乗ったベンツは、慌てて右へ、その頭を向ける。壮木眞子は、それを見て呻いた。
「早過ぎる。あれじゃ、ビルにぶつかっちゃうじゃないか」
 ベンツは壮木眞子の言った通り、コーナーの角にあるビルを目指すように、突っ込んで行く。
「くそっ!手間のかかる!」
 壮木眞子の手が閃く。一気にギアを落とし、ブレーキを踏みつける。
 スカイラインのタイヤが、甲高い叫び声を上げた。ベンツの、さらに内側へ潜り込んで行く。
「椿!中に戻りな!!」
「今はお仕事中!スワロウテイル!!」
 椿は叫んだ。
「潰れちゃ、標本にもなりゃしない」
 言われた通りに、椿は急いでスカイラインの車内に飛び戻る。シートベルトを脚に絡ませたままなので、座席と向かい合うような姿勢になってしまう。
 スカイラインが、その重たい車体を横にしたまま、道路を滑り出した。
 目の前の景色が、真横に流れる。
「四輪ドリフト」
 感心した椿が、溜め息を吐いた。
「その通り」
 スカイラインは、左側面で、ベンツに体当たりをするように迫っていく。アクセルに置く右足。体にかかる重力。壮木眞子は、全神経を集中させた。
 無線から、文永の叫び声が聞こえる。椿が、それを取って怒鳴った。
「少し黙ってろ。世間知らずのくそ親父」
 文永は、無線を握り締めて、後部座席で怒りの表情を浮かべている。いくつもの銃弾を受けて、穴だらけになったベンツが、迫って来る。
 ベンツは、コーナーを曲がるには、スピードが出過ぎていた。ハンドルを切るのも、急過ぎた。お陰で、曲がりきるどころか、スピンしそうな態勢に入っている。
 椿は窓を閉めるスイッチを押した。
 機械音を立てながら、ゆっくりと上がっていく窓。ベンツが近づくスピードの方が、遥かに速い。
 壮木眞子は、横目でベンツを睨んだ。
「歯ぁ、食いしばれ、スワロウテイル」
 衝撃。
 シートに体を固定できていない椿の体が、跳ねる。縦に、横に。壮木眞子の体に、何度もぶつかった。
 壮木眞子は体を硬直させていた。
 眼前を流れるビルの景色は、まだ途切れない。
 アクセルを踏みつけるのが早過ぎれば、ビルに激突する。遅ければ、下手をすると、止まってしまう。追っ手がすぐ後ろにいる、この状況では、致命的な事態になりかねない。囲まれて、一斉射撃。車ごと爆発して、全員死亡。それだけは、避けたい。
 ビルにぶつかる位置から外れ、道路が前方に伸びる位置までたどり着いたベンツは、ふらふらと加速し始めた。
 スカイラインの前のビルも、途切れ始めた。
 椿が、肩越しにその様子を見て、叫ぶ。
「ワンダフル!」
「いや」壮木眞子の口の中で、奥歯が軋んだ。「四十五センチ足りない」
 スカイラインが跳ね上がった。


つづく
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ブログ小説 焔-HOMURA- scene31

●壮木 眞子(そうき まさこ)

 スカイラインが跳ね上がる。
 ビルの角に、車体前方部が激突したのだ。
 右側のヘッドライトが、ビルの窓が砕け、ガラス片が散る。壮木眞子は、シートベルトの下で一瞬、肺が潰れたような気がした。
永遠にも思える数秒。その後に、スカイラインの車体は、再び大きな衝撃と共に、着地する。壮木眞子は、食いしばった歯の隙間から息を吐き出しながら、ギアをバックに入れる。アクセルを踏み込む。
 フロントガラスの左側。小さな蜘蛛の巣ができていた。椿が頭をぶつけたのだ。彼女はシートに寄りかかったきり、動かない。車の揺れに呼応するだけだ。
「椿!おい!!」
 壮木眞子は椿の肩を掴んで揺さぶるが、返事はない。椿は気絶していた。
 スカイラインは全速力で後ろ向きにU字を描く。描き終わると右へ。文永を乗せたベンツを追いかける。
 追っ手の銃弾が、防弾装甲のスカイラインを撃った。椿の応戦で開いていたはずの、追っ手との差は、今やもう、数メートルを残すのみだった。
「椿」
手の甲で椿の頬を叩くが、やはり彼女の声を聞くことはできなかった。
 無線が鳴る。
 壮木眞子は舌打ちして、それを取った。相手は文永だった。
「おい!大丈夫なのか?」
 歩道に乗り上げながら、スカイラインは加速する。歩行者が悲鳴を上げながら逃げていく。
 追っ手の車が、スカイラインを追い越して行った。二台。一台、増えていた。椿が運転手を殺した車。誰かが、運転を代わったのだろう。
 スカイラインがまた、揺れた。後ろ側を突かれたのだ。二台が、後ろにぴったりとついていた。前に回り込もうとした二台だろう。
 壮木眞子は、無線に向かって怒鳴った。
「大丈夫なわけないでしょう!」
「どうすればいい!どこへ行けばいいんだ!」
「決まってるでしょう。ヤマツから出るんです。ミカドの縄張りから!」
「だから、どこへ行けばいい」
「南へ。早急にカナジョウへ帰ってください。それが最善の策です!」
 まだ何か言おうとしている無線機が、銃に撃たれて壊れた。追っ手の銃弾ではなかった。
 スカイラインに左から体当たりしていた、追っ手の車に乗る者たちも、無線機と同じく、瞬く間に絶命する。急所。的確に、一発ずつ。
 椿だった。目を、覚ましたのだ。
 椿は、自分の脚に絡んでいるシートベルトを、ナイフで断った。元通り、普通の姿勢になって座り直す。シートが、わずかに軋む。
 椿は、自分の後頭部を触った手を眺め、溜め息をついた。べったりと、血が付着していた。
 追っ手の車が、再びスカイラインに横づけする。椿は、数センチだけ開けた窓の隙間から、銃の先端を突き出して、車に乗っていた者を全滅させた。
 椿は、後部座席に転がっていた化粧箱を取って、銃のマガジンを交換した。スカイラインは、あっと言う間に、ベンツとの距離を縮めていく。運転手の力が、圧倒的に違う。
 椿は、足元に転がっていた林檎を拾って、ひと口かじった。ゴミがついていたらしい。不味そうに床に吐き出した。スカイラインの窓を開けて、林檎を投げ捨てる。
 壮木眞子は、椿に尋ねた。
「気分は?」
 椿は、ソフトクリームでも食べるかのように、自分の手についた、血を舐め取っていた。
「イッちゃいそうだわ、マジで」そして、軽く笑った後、獣のような光を、目に宿して言った。「あいつら、全殺しだ」


つづく
posted by 城 一 at 09:00| 長編小説 焔-HOMURA- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ブログ小説 焔-HOMURA- scene32

●井上 椿(いのうえ つばき)/スワロウテイル

 少し、吐き気がした。
 頭を打ったのが直接の原因なのか。それとも、出血がひどくて、貧血を起こしているからなのかは、分からない。
 追っ手が、さらに二台増えた。車から身を乗り出している一人の腹に一発撃ち込む。さらに、胸に二発。
 吐き気のせいか、狙いにズレが生じていた。
 腕、肩、脇腹。最後に左胸。ようやく、もう一人。椿は舌打ちした。指先が少し、痺れている。力が入りきらない。
 椿は、窓の外に出している自分の手を、助手席のドア、外側に叩きつけた。へこんだ。一瞬だけ、感覚が戻って来るような気がする。
「ちょっと、あんた。あたしの愛車に何すんのさ」
「どうせスクラップ寸前じゃん。がたがた言うなよ」
 スカイラインが揺れるお陰で、ときどき狙いの先に、ベンツに乗る文永の姿が見えた。ベンツにはもう、文永と運転手しか、残っていない。
 くだらない。椿は思った。一人の身勝手な行動で、九人が死んだ。高田も、カザギワのアジトで目を回していることだろう。
 これが、普通のメンバーならば、放っておかれても不思議ではない。助け出されても、罰として殺される場合も考えられる。だが、文永に関しては、今回のことも、大した罰を受けなくて済むのだろう。
 カザギワのボス、風際秀二郎。組織を立ち上げたときは、越智彰治と、たった二人だけだったという。それを、ここまで大きな組織にした。少数のメンバーにも関わらず、街で最も力を持っていると言われる、ツガ組と肩を並べるまでに。考えるまでもなく、その腕は一流だ。
 しかし、息子に甘い。誰にでも、短所はある。椿は、カザギワのメンバーが文永の尻拭いに駆り出されているとき、それを痛感する。
 マガジンを交換した。追っ手の車。乗っている者を全員殺して、ようやく一台減らす。
 新しい標的を探そうとしたとき、壮木眞子が言った。
「もう、大丈夫みたいだよ」
 文永が乗るベンツが走る先に、黒塗りの二トントラックが二台、道を塞ぐようにして、停まっていた。
 ベンツも、追っ手の車たちも、急ブレーキで停止する。
 その、数十メートル手前。壮木眞子も、スカイラインを停めた。
 深く息を吐いた壮木眞子は、長いメンソールの煙草を取り出して、火をつけた。
「カザギワ自慢の、狗(いぬ)共の、お出ましだ」


つづく
posted by 城 一 at 12:00| 長編小説 焔-HOMURA- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ブログ小説 焔-HOMURA- scene33

●高田 清一(たかだ せいいち)

 電話の音は、未だ部屋中に響き渡っている。しかし、高田は椅子に腰を下ろして、今まで張り詰めていた呼吸を、緩めた。
 一度、高田の部屋を出ていたカナコ・ローディンが、戻って来た。くつろいでいる高田を見て、軽く眉を上げる。
「そんなことをしていて、大丈夫なのですか?」
 高田は煙草を取ると、金のターボライターで火をつけた。煙で肺を満たしてから、一際、大きな息を吐いた。今度は、煙草の煙と一緒に。
「狗が、到着した」
「そうですか」
「カザギワにおいて、唯一、チームでの活動を前提に集められた十人だ。カザギワの殺し屋としてのレベルを落とすことなく、ね。対して、敵は十四人。問題があるとは思えない」
「途中で少し、敵が増えたようでしたが」
「蝶もいる。心配性だな、君は」
「ミスタ・文永は、無事だったのでしょうか」
「撃たれたとは言っていたがね。無線からは、ずっと元気な声が聞こえているよ。多分、かすり傷なのだろう」
「彼は、どうなるのですか」
「この大事な時期に、これだけのトラブル。普通の者ならば、即刻消されている……が」
「相手は、ミスタ・文永です」
「ああ。ボスの大切な一人息子だ。殺されるようなことはないだろう。全く。この組織にとっては、悪性の腫瘍のような存在だな」
「そんな言い方。ボスの前では、しない方が身のためですよ」
「しないさ、もちろん。しかし、しばらくは静かにしてもらうよう、ボスには助言するよ」
「ツガ組との連合も、あります」
「あまり、こちらがトラブルを起こして、彼らに借りを作っても、まずい」
「ミカドの動きも、今回のことを含めて、目立ってきています。ツガ組の方にも、仕掛けたようですし」
「馬鹿な。ミカドに、そんな力はないはずだ」
「しかし、事実です」
「他にも、情報は入って来ているのか?」
「もちろんです」
「取るに足らないものもあるかもしれないが、全て、私に回してくれ」
「かなり、膨大な量になります」
「それが、私の仕事さ」
「分かりました。では」
 カナコは一礼すると、部屋を出て行った。高田は一人、誰ともなく呟いた。
「風際文永。いつか、カザギワにとって致命的な存在にならなければいいが」


つづく
posted by 城 一 at 15:00| 長編小説 焔-HOMURA- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ブログ小説 焔-HOMURA- scene34

●井上 椿(いのうえ つばき)/スワロウテイル

 文永を追っていたミカドの構成員。最後の一人が、眉間を撃たれて倒れた。
 傍らにある、彼らが乗っていた車からは、ぱちぱちと火の爆ぜる音がしている。ほとんどが、爆発、炎上した後だった。
 椿は、ミカドの者たちの死体の間を縫うようにして、狗たちの所へと行った。
 狗は全員、体にぴったりとしたTシャツを着て、黒い革のパンツを履いている。Tシャツ、右胸には、それぞれ壱から拾まで、数字が書かれていた。光を反射する黒いサングラスの向こう、その表情を伺うことはできない。
 椿は、狗たちが横一列に並ぶ中で、一人だけ前に出ている者を見た。右胸には、壱と書かれていた。
 彼らに名前はない。あるのは、数字だけ。
 狗の壱番は、椿と目が合うと、持っていたサブマシンガンを下げ、後ろで両手を組んだ。他の狗たちも、それにならう。
「ご苦労さん」
「いえ」
 椿の視界の端。傷口の応急処置を施す狗の一人を払いのけて、文永がこちらにやって来るのが見えた。椿は気にせず、狗に話しかける。
「そっちに被害は」
「ありません」
「あの、くそ親父の部下共はやっぱり、運転手一人以外、生き残ってないのか?あんたが知ってるのかは、知らないけど」
「ミス・スワロウテイル」
 椿の言葉遣いを諭すように、狗の壱番が言う。椿は、肩をすくめた。
「どうなの」
「ミスタ・高田を通じて、聞いています。全滅です」
「全滅?くそ親父の乗ってた車の、運転手は」
 文永はどんどん、椿の方へ近づいて来る。狗が言った。
「聞こえますよ、ミス・スワロウテイル」
「知ったことか。で?」
「私たちが確認したときに、ちょうど、力尽きました。数発、撃たれていました。運転中に、受けたものでしょう」
 文永の顔は真っ赤に上気していた。椿のことを指差しながら、怒鳴る。
「スワロウテイルってのは、てめえか」
 椿は返事もせずに、首を左右に倒す。ばきばきと音が鳴る。
「お前、口のきき方、知らねえようだな」
「運転手、死んだみたいっすね」
「知るか。あんな役立たず共」
 椿はにっこり笑い、頷く。
「そうですね」
 文永は口を開いて、何か言おうとした。言葉は出て来なかった。椿のハイキック。文永のこめかみをピンポイントで捉えていた。文永は、白目を剥いて、その場に倒れる。
「ミス」
 壱番の言葉を、椿は止めた。自分の唇に、人差し指を当てる。そして、手で銃を作り、壱番のことを、見えない弾丸で撃った。
「風際文永氏は、出血多量で気絶した」
 椿と壱番は、束の間、見つめ合う。やがて、壱番は浅い溜め息を吐いて、頷いた。
「ミスタ・文永は、出血多量で気絶しました」
「スワロウテイルが、頭に蹴りをかました?」椿が言った。
「私たちは、見ていないので分かりません」
 椿は、頷いた。
「いい子だ」
 椿は壱番に向かって、投げキッスをした。


つづく
posted by 城 一 at 18:00| 長編小説 焔-HOMURA- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ブログ小説 焔-HOMURA- scene35

●風際 慶慎(かざぎわ けいしん)

 舌で探る。頬の内側が裂けていて、鉄の味がした。
 その一ヶ所だけではない。口内のあちこちが、切れていた。
 父の目では、また意味のない怒りが燃え上がっていた。脇腹に傷を負っていた。痛むらしく、ときどき、顔をしかめる。そして、その痛みをまた怒りに変え、拳に乗せて、慶慎の頭に打ち下ろす。
 どれくらい、時間が経ったのか。慶慎にはもはや、時間の感覚さえ、ない。片目が腫れて、ふさがってしまっている。
 文永のつま先。みぞおちに食い込む。胃が痙攣するのを、慶慎は感じた。
 直後、慶慎は夕食を床に吐き出していた。
 胃液。溶けかけた夕食。その他、何なのか分からないものたち。
 そこには少しだけ、血の赤色が混じっていた。
 文永は、なおも慶慎の腹を蹴り上げようとしている。慶慎は素早く身を丸くした。
 丸く。ひたすら、丸く。そして固く。全てを遮断するように。卵の殻に、閉じこもるように。
 慶慎は、意識が少しずつ遠のいていくのを感じていた。
 自分の体を、心を傷つける音。痛み。怒声。
 全て、遠のいていく。慶慎を包むものが、静けさを増していく。
 ああ、これなら眠ることができるな。慶慎は思った。
 深く。ただひたすらに、深く。
 誰の暴力も及ばないほどの、深い眠り。
 最後に、体が大きく揺れた。もう、どこを傷つけられたのかは、分からない。それでいい。慶慎は思った。
 慶慎の意識は、暗闇に落ちた。

●越智 彰治(おち しょうじ)/銀雹(ぎんひょう)

 越智は、携帯電話の向こうから聞こえる呼び出し音に、ずっと耳を傾けていた。
 慶慎のことが、気がかりだった。文永が、異常なほどに興奮していたからだ。
 ミカドの追っ手に追われ、あれほど切迫した状況になったのが、初めてだったこと。かすり傷だが、脇腹を撃たれたこと。そして、椿が、文永に対して暴力を働いたこと。
 ただ、椿のことに関しては、文永以外に、知っている者はいなかった。それに。話を聞いてみると、文永に、同情の余地はなかった。
 今、警戒しなければならない組織、ミカド。高田からの情報では、ツガ組にも攻撃を仕掛けていたという。そのミカドの縄張りに、ただ、女に会うために入り込んだ。それこそが、言語道断なのだ。そのために、自分の部下を十人、死なせている。
 その場にいたとしたら。越智は思った。自分でも、感情を抑えきれていたかは、分からない。殴る。もしくは、蹴りはしないまでも、苦言の一つや二つ、吐いていただろう。
 文永は、正式にはカザギワのメンバーではない。その立場の扱いは、本人の自由になっている。文永は、自分の都合でカザギワに関わった。暇なとき、興味があるとき。それ以外のときは、カザギワのことなど、見向きもしない。
 それでも。文永はこれまでに、何度もカザギワの手を煩わせてきた。文永が、ボスである風際秀二郎の息子でなければ、とっくに、この世にはいないだろう。
 文永は、それを全く分かっていなかった。
 自分に非があることは、絶対に認めない。必ず、他人に責任転嫁し、どうしても自分が責められることを避けられない場合は、怒声、暴力で答えた。
 それが、文永だった。
 その文永が、興奮と怒りで、顔を紅潮させたまま、家に帰った。することは、一つしか、思い浮かばなかった。
 全てを暴力に乗せて、息子の慶慎にぶつけること。
 何もできない、言えない、か弱き子供。慶慎を虐げることが、一番手っ取り早い、彼の感情のコントロール方法なのだろう。
 そのために、慶慎の心が、体が、ぐしゃぐしゃに潰される。
 文永と慶慎が共に暮らす家の電話。一向に、つながる気配はない。
 時間を見た。
 もうすぐ、日付が変わる時間だ。眠ってしまっているのかもしれなかった。
 寝ている文永を起こして、機嫌を悪くさせるのも、慶慎のためにはよくないかもしれない。越智は思った。
 案外、何事もなく、今日は眠りについたのかもしれない。今思ったことは、全て、越智の杞憂かもしれない。
 越智は、電話を切った。
 別に、もう会えないわけではない。すぐに、訓練をする予定がある。それを待てなければ、明日、また電話すればいい。
 越智は携帯電話を閉じると、コートのポケットに、それをしまった。


つづく
posted by 城 一 at 21:00| 長編小説 焔-HOMURA- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月10日

ブログ小説 焔-HOMURA- scene36

●風際 慶慎(かざぎわ けいしん)

 腫れていない方の目を開いても、闇の中だった。
 聞こえていたのが、家の電話の鳴る音だったことは、それが切れてしまってから気づいた。
 慶慎は、強張る体を、そっと、少しずつ動かして、起き上がった。窓の外から差す光と、目が慣れてきたことで、部屋の中の様子が見えてくる。
 息を吸い込むと、喉がざらついた感じがした。隙間風が部屋の中に入って来るときのような、ひゅうという音。呼吸をする度に、聞こえてくる。
 思うように、空気が入って来ない。全てが、喉で引っかかったようになっていた。肺が張り詰めて、緊張している。そのどれもが、慶慎の呼吸を邪魔していた。
 喘息の発作だった。
 台所へ行って、水をコップに一杯飲んだ。ゆっくりと、舐めるように。喘息の発作を抑えるための薬が入っている、吸入器を使用した。一度使っただけでは、よくなった気がしなかった。
 吸入器に入っているのは、強い薬だ。慶慎の体を診ている医者が、そう言っていた。心臓に負担がかかる場合もある、と。
 どうだっていい。今、窒息してしまうよりは。
 息を吸い込んでも、満足に入って来ようとしない呼吸。苛立ちに任せて、慶慎は何度も吸入器を使った。
 心臓に負担だって。慶慎は思った。自分はただ、普通の人と同じように、息を吸い込みたいだけなのに。普通の人と同じように、生きたいだけなのに。
 五、六回。吸入器を使うと、喘息は治まった。少なくとも、そんな気がした。
 先程吐いたものが、自分の顔にこびりついていることに、慶慎は気づいた。床で気絶しているうちに、顔についたまま、乾いてしまったのだ。
 洗面所。慶慎は顔を洗った。
 ふと、鏡を見た。見慣れた、自分の顔。目が血走っていた。
 そこに光は、ない。

 痛む体を引きずって、慶慎は外へ出た。
 室内よりも、外の空気の方が、冷たく澄んでいる。気持ちいい。
 雨が降っていたらしく、道路は濡れていた。水たまりが、たくさんあった。鏡のように、街灯の光を反射している。空気がいつもより、ひんやりとしているのは、雨の影響かもしれない。慶慎は思った。
 だが、その気持ちよさに浸ることができたのも、少しの間だけだった。
 脇腹。獣が暴れているような激痛が、膨れ上がっていた。
 多分、肋骨が折れているのだろう。慶慎は思った。何度も折っている場所だった。痛みの激しさと場所で、大体分かった。
 道端には、ミミズが何匹かいた。
 体長が十五センチほどもありそうなミミズもいた。道端にいる中で、一際大きい。軽信はその側に立って、見下ろした。
 ミミズは、慶慎のことなど気づかずに、地面を這っていく。のそり、のそりと。
 なぜ、そんなことをしたのかは、分からない。気づいたときには、足を、ミミズの上に移動させていた。
 踏みつけた。
 頭の部分。少しだけ。ミミズは、音も立てず、声も上げず、残った体で地面をのたうち回る。
 少しして、それが収まる。今度は、尾の方を踏みつけた。
 また、のたうち回る。
 慶慎はそうやって、少しずつ、ミミズの体を踏み潰していった。
「ははは」
 自然と、慶慎の口角が上がる。引きつるように釣り上がる。
 やがて、ミミズの体は全て潰れた。薄いピンク色の肉。無残に、地面に広がっている。命を孕んでいた頃の、面影はない。
 そうなった後も、慶慎は、ミミズの体を踏みにじり続けた。
 ミミズだったものは、いとも簡単に、散っていく。
 父は、いつも、こういう景色を見ているのだろう。
 慶慎はふと、思った。
 慶慎は、取り憑かれたように、何度も足を地面に叩きつけた。
 何度も、何度も。
 地面に張った、水の膜。ぱしゃぱしゃと跳ねて、いつまでも小さく音を立てていた。


つづく
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ブログ小説 焔-HOMURA- scene37

●越智 彰治(おち しょうじ)/銀雹(ぎんひょう)

 長い廊下。
 越智は、風際秀二郎の待つ部屋へと、向かっていた。
 ここ一週間ほど、慶慎に会っていない。ミカドの動きに合わせて、越智が動かなければならない仕事も、増えた。
 何度か電話をかけた。一度、直接会いにも行った。
 会いに行ったときは、文永が応対した。慶慎が、風邪を引いた。文永はそう言った。
 嫌な予感が一瞬、頭をよぎったが、文永の表情は穏やかだった。怒りや、興奮の欠片も感じなかった。
 電話で、慶慎の声も聞くことができた。風邪を引いちゃいました。すまなそうな声で、そう言っていた。
「この大事な時期に、師匠に風邪を移しちゃったら、僕は組織に顔向けできないですよ」
 見舞いに行くと言った越智に、慶慎はそう答えた。
 余計な心配かもしれない。越智は思った。文永と慶慎は、仮にも親子なのだ。
 カザギワとツガ組。合併が近づいていた。
 ヤマツにおける、ミカドの動きも活性化している。
 自分は、慶慎の父親ではない。カザギワの殺し屋として、こなさなければならない仕事もある。越智は、慶慎のことを頭から振り払った。
 廊下を突き当たった。
 扉を叩き、開いている、という秀二郎の声を聞いて、越智は部屋に入った。
 大理石が敷き詰められた床。磨かれていて、光り輝いている。越智の履いている靴が、大きく音を立て、広い部屋に響き渡る。
 部屋に存在するものは、少ない。中央に、風際秀二郎と、重々しい木の机があるだけだ。
 風際秀二郎は、机の上で、指先を合わせて尖塔を作っていた。
「この間は、息子が襲撃されていたときに、救援に行かなかったと聞いた」
「慶慎の訓練をしていました。高田から連絡が来ていることに、気づかなかったのです」
「息子は、自分が襲われているときに、お前が、その慶慎と食事をしていたのだ、と怒っていたが」
 細かいことにこだわる。越智は思った。平静を装った。
「慶慎と、食事に行ったことはあります。しかし、その日ではありません。慶慎が、俺と食事に行ったときのことを話したのを、その日に行ったのと、勘違いしたのでしょう」
 風際秀二郎のくぼんだ目が、越智を見た。飢えた、猛禽類の目だ。
 自分のついた嘘を、見透かしているようだ。越智は、少しだけ速まった、自分の鼓動を聞いていた。
「まあ、いい」風際秀二郎は、一度瞬きをすると、自分の指先に視線を落とした。「越智。お前には、ヤマツに入ってもらいたい。ミカドの店を一つ、潰して欲しいのだ」
「潰す」
「店の者、全員を殺す、ということだ」


つづく
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ブログ小説 焔-HOMURA- scene38

●越智 彰治(おち しょうじ)/銀雹(ぎんひょう)

 風際秀二郎の部屋を出ると、カナコ・ローディンが立っていた。傍らに、大きなトランク。越智は、横目でそれを見た。
「何だ、それは」
「ウージー・サブマシンガン。装弾数、三十二。弾は九ミリ、ルガー」
「そういうことを言っているんじゃない」
「ボスの、お気遣いです」
「俺が銃を好かないのは、知っているだろう」
「しかし」
「いらん」
 越智は、カナコ・ローディンをかわし、廊下を進んだ。カナコが、それについて来る。トランクが、重たそうだった。無視した。
「ミスタ・越智」
「しつこいぞ、ローディン」
「あなたに拒まれたからと言って、ボスに返すことはできません」
 カナコ・ローディンを振り返った。真っ直ぐな目で、越智を見つめている。強い女だ。少年のように短く切った赤い髪。その意志が燃えていることを、見る者に教えているようにも感じる。
 越智は、ローディンの手から、トランクをひったくった。
「だが、使わないからな」
 トランクは、重い。入っているサブマシンガンは、一丁ではない。替えのマガジンも、いくつか入っているのだろう。
 それでも、ローディンは越智を追って来た。
「何だ」
「いつも、不思議に思っていることなのですが」
 越智は返事をしなかった。ローディンは続けた。
「なぜ、そこまで頑なに、銃を拒むのですか」
「簡単に、人が殺せるからだ」
「あなたの投げナイフは超人的です。時には、銃を使うよりも、簡単に人が死ぬことがあるのではないですか」
「もちろん、そうだ。だが、それは、俺の長年の修練によるものだ。素人が投げれば、人が死ぬどころか、どこにも刺さらずに落ちてしまうだろう。俺の言っていること、分かるか?」
「銃ならば、素人が扱っても、多くの場合、たやすく人が殺せるということですか?」
「そうだ。たとえ、子供でも」越智は、ローディンに向き合った。「引き金を引いただけで、死ぬ。それで、その死に対して、人を殺したという実感が伴うか?」
「人による、と思いますが」
「曖昧な答えだ。お前は、どうなんだ」
 カナコ・ローディンが、こういう高圧的な物言いを、嫌うことは、知っていた。だが、知ったことか。越智は思った。ローディンの目の光は、強さを増しているように見えた。
「あります。人を殺したという、実感が」
「そうかな。お前が、銃を使って誰かを殺したとき、どれくらい、離れていた?」
 ローディンは、顔をしかめた。
「距離だ。単純に。殺した相手との、距離」
「十か、十五メートル。詳しくは思い出せませんが」
「それでは、返り血は浴びていないな」
「はい」
 越智は、カナコ・ローディンを見ながらも、そこに別のものを見ていた。越智が、初めて殺した者の姿。
「俺はな、ゼロだ。相手と密着した状態で、喉をナイフでかき切った」
 ローディンが、目を細める。
「返り血は、それはひどいものだった。全身が、赤く染まった。お前、知ってるか?血は、温かいことを。俺は覚えてる。他人の体温。命のこもった体温。俺の頭には、こびりついている。お前には、分かるか?その体温が」
 ローディンは、何も言わなかった。
「ナイフを投げる度に、頭のどこかで、その記憶が蠢く。だから、俺は人を殺すということを、実感することができる。お前に、その実感があるか?殺した相手の体温を、想像することができるか?」
「それで、殺し屋という仕事を、続けていけるのですか?」
「それはまた、別の問題だ。ローディン」
「殺した相手の体温に、意識を囚われていては、今回の仕事、辛いですよ。おそらく、抗争に関係のない者を、何人も殺さなければなりません」
「今回の仕事は、どうしてもやらなければならない仕事なのか?」
「ミカドの活動費を削るため、となっています。確かに、今回襲撃する場所は、ミカドの収入源の中でも、大きな店ですが、それでも」
「やはり」
「先日、ミスタ・文永が襲われたことに対する、報復。少なくとも、わたしにはそう思えます」
 越智は、トランクを持つ手に、力を込めた。
「カザギワを、ここまで育てた人なんだがな。完璧な人間など、この世にはいない。そういうことか」
「人間である限り、完璧はあり得ない。それが、わたしの持論です。あなたが、投げナイフにこだわり続けるのも、わたしに取っては同じです」
「しつこい女だな、お前も」越智は言った。「だが、その持論、嫌いではない」
 越智は、ローディンに背を向けた。もう、追って来なかった。


つづく
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ブログ小説 焔-HOMURA- scene39

●尾張谷 秀洋(おわりや ひでひろ)

 ジン・トニック。透明な色。
 グラスに入ったカクテル越しに、尾張谷は、テーブルの向かい側に座った少年のことを見た。引っかかるようにして、グラスの縁には、カットしたライムがある。
 尾張谷は、赤い革のパンツを履いた長い脚を、組み直した。パンツの表面で、光がざわめく。少年の視線を意識した、優雅な仕草だ。ダークブラウンのサテンのシャツ。大きく開けた胸元からは、木の板がはめ込まれたシルバーのヘッドの、ペンダントが覗いている。
 尾張谷は、長い髪をかき上げた。
「緊張してるね」
「こういうところ、初めてで」
 少年の声は、心許なく、細い。
 二人は、バーにいた。黒い天井、壁。濃い灰色のタイルが敷かれた床。点を打つように、ワインレッド色の材木でできた、インテリアが置かれている。椅子、テーブル、カウンター。
 客は男ばかりだった。だが、雰囲気はむしろ、線の細い、女性的なものがある。
 尾張谷は、少年の目を見つめ続けた。
「こういう、静かな雰囲気のバーに来るのが、かい?それとも、ゲイ・バーに来るのが?」
 少年は、顔を赤らめてうつむいた。喉の奥から絞り出すような声で言う。
「両方です」
 年はおそらく、十代後半だろう。少年の前に置かれたグラスに入っているのは、オレンジジュースだ。尾張谷は、テーブルの上で、頬杖を突いた。まだ、ゲイという響きに抵抗があるのが見える。
 街で、すれ違いざま、目が合った。尾張谷には、それだけで、感じるものがあった。
 居心地の悪さ。異性との恋愛。それが当たり前とされる、少年少女のグループの中。肯定も否定もできず、少年はただ、その居心地の悪さを抱えていた。迷子のように。
 そういう相手は、初めてではない。
 異性と同性。どちらを、恋愛、そしてセックスの対象として見ればいいのか。曖昧な場所にいる者を相手にするのが、尾張谷は好きだった。
 相手を観察するうちに、心の、体の奥底で求めている方向へと導いてやる。それが、同性愛へ向かおうが向かうまいが、構わなかった。
 手始めに。尾張谷は、少年の手に、自分の手を重ねた。
少年の手は、一瞬、驚きを見せた後、受け入れた。
「何。そんなに、構えることはないよ。大切なのは、リラックスすること。ほら、深呼吸して」
 少年は、真剣な顔をして、尾張谷の言う通りにした。素直な子だ。こういう少年に、偏見は少ない。あるがままを、受け入れる。その代わり、傷つきやすい。周囲の心許ない言葉に、心を痛める。
 まずは、時間をかけることだ。尾張谷は思った。
「夜は、まだ始まったばかりさ。ゆっくりと、話をしよう」
「そうはいかない」
 尾張谷は、声のした方を一瞥した。白に近い、灰色のコート。同色のスーツ、帽子。バーの中、一人だけ異質の空気を帯びている。それは、同性愛者ではない、ということだけではない。
「越智さん」
 男の持つ空気に、少年も怯えた表情を見せた。
「誰?」
「仕事仲間さ。すまない。今夜はお開きみたいだ」
「恋人ってわけじゃないんだね」
 少年の言葉に、越智は眉を大きく上下させた。
「心外だな。そのように見えるのか」
「ただ、そう思っただけ」
「俺は、女を抱く方が好きなのだ」
 越智は言った。


つづく
posted by 城 一 at 09:00| 長編小説 焔-HOMURA- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ブログ小説 焔-HOMURA- scene40

●越智 彰治(おち しょうじ)/銀雹(ぎんひょう)

 黒塗りのポルシェが、街を走る。夜闇は、数えきれない街灯、ネオンサインに照らされている。
「連絡が行っていたはずだ」
 越智は言った。殺しの仕事。直前は、神経が張り詰めるものだ。それが、尾張谷と共にいると、狂う。受け入れがたい、気の緩み。それが、意識の外を漂うようだった。
「すいません。ついつい、可愛い子を見つけちゃったもので」
 尾張谷は悪びれもせずに、そう答えた。携帯電話のボタンを打つスピードは、速い。越智には、信じられない速度だった。
「この前、ボスから仕事の話があったときも、来なかったな」
 私事を優先する。それが、尾張谷の欠点だった。自由奔放な振る舞いが、ときおり、現場の空気を尖らせた。だが、本気で責める者は、あまりいない。尾張谷の持つ、独特の雰囲気が、相手の体から怒りの感情を、蒸発させてしまうのだ。
「その日も、素敵な少年を街で見かけまして」
「毎回、そんなことでは困る」
「だからこうして、今日は来たんじゃないですか」
 言葉の端々に込めた、棘。やはり、尾張谷には通じないようだった。全く、この男は。越智は腕を組み、顔を伏せた。目を閉じる。
 助手席から声。吉高光信(よしたかみつのぶ)という男だ。高田の部下だが、年は上だった。五十歳を超えているはずだ。
 吉高が言った。
「仕事の内容を今一度言いますので、しっかり覚えておいてください」
 尾張谷は携帯電話の画面に見入りながら、へーい、と返事をした。吉高が尾張谷を見る。
「大丈夫ですか、尾張谷さん?」
「メール中なのよ。大丈夫。聞いてるって」
 越智は、少し語気を強くして、言った。
「尾張谷」
 携帯を打つ、尾張谷の手が、ぴたりと止まる。
 尾張谷は携帯を閉じ、シートの上で姿勢を正した。越智は、鼻から息を吐いた。
「はい!すいません!ちゃんと話、聞きます」
 越智は溜め息をついた。
「お前、今年でいくつだ」
「三十……三ですね。この年になると、数えるの、あまり楽しくありませんね」
「いい加減、年相応に落ち着いたらどうだ」
「耳が痛いです」
「いつまで、若者みたいな真似をしているつもりだ。少しは」
 言葉を遮るように、携帯電話の着信メロディが流れた。尾張谷のものだ。
 尾張谷は、おそるおそる、越智の顔を覗き込んだ。越智は、殺気を滲ませた目で、尾張谷を一瞥した。
「電源は切っておけ、馬鹿者」
 尾張谷は、言われた通りにした。


つづく
posted by 城 一 at 12:00| 長編小説 焔-HOMURA- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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